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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

虫の宴

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カヤに頼んでウェナトリアに会いに行くと彼は植物の国があった島に居た。この島の大樹はベルフェゴールが寝床にしていた巨大な穴にすっぽりとはめているのだが、その大樹には穴を掘って家が作られていた。

「魔神王様、こんにちは」

蜘蛛の亜種人類、ウェナトリアはにこやかに僕を出迎えてくれた。

『こんにちは……ここに家作ったんですね』

「私の家ではないよ、定住は性に合わない。悪魔様の家だよ、寝床を作れと頼まれてね」

そういえばベルフェゴールはヘルメスが死んだらここに戻るとか言っていたな。ヘルメスが死んでも彼の親兄弟は居るのだから、もう数十年は神降の国に居て欲しいものだ。

「それで、何か用かな?」

『あ、いえ、特に用とかはなくて……色々落ち着いたので、皆さんに挨拶回りでもと。すいません急に来て、そっちの都合もあるのに』

「いやいや、構わないよ。他ならぬ君だからね」

ウェナトリアはもう目も脚も隠していない。蜘蛛の脚を出すには背中がぱっくりと空いた服を着なければならないから上着を羽織ってはいるが、裾から力の抜けた脚がはみ出ている。僕はもう彼を見て怯えたりしない、真っ直ぐに目を見られる。

『国境を廃止、大樹の管理人として各大陸に魔王を配置……言いましたよね。新しい地域名が決まっていないので植物の国って言いますけど、植物の国の今の魔王はウェナトリアさんです。次代を選ぶのも魔王の役目、候補が出来たら僕に教えてくださいね』

「あぁ、それなんだが……私は子供を作らないと思うし──」

発言の途中で草陰から飛び出してきた何かがウェナトリアに抱き着き、彼は上着を捲り上げて八本の脚を揺らし、威嚇の体勢を取った。

「何言ってるのよォ、ウェナトリアァ……アナタは私と子供作るのよォ? たァくさん……ね?」

『……おめでとうございますウェナトリアさん』

ウェナトリアに抱き着いた黄色と黒のドレスを着た女には見覚えがある。確かホルニッセ族の族長、モナルヒ・ルフトヴァッフェだ。ちなみにホルニッセ族は虫で言うと蜂だ。

「やめてくれ! 引き剥がすのを手伝ってくれ……!」

優しい気質のウェナトリアは乱暴にモナルヒを振り払えず、モナルヒは殴られないのをいいことにウェナトリアのベルトを外そうとしている。

『はぁ……ほら、モナルヒさん。離れてください。僕の妻に男の股間とか見せたくないんです、僕も見たくありませんし』

彼女の背後に回って翅にベチベチ叩かれるのを我慢しながら羽交い締めにし、引き剥がす。

「酷いわァ、ウェナトリアァ……アナタ、それでも男なのォ? 私みたいな美人が迫ってるんだからァ、さっさと落ちなさいよォ」

前にウェナトリアが実の娘のように可愛がっているツァールロスを人質にして首を絞められたことを忘れているのかこの女。

「君みたいな美人が私のような醜男を相手にするな。ほら、行った行った」

もうここからは痴話喧嘩しか見られないだろう。ツァールロスや姫子達の方へ行ってみよう。地面に寝転がっていたアルを揺り起こし、背を撫でる。アルはじっとウェナトリアを見上げていた。

『アル? ウェナトリアさんがどうかしたの?』

『いや、大した事ではないが……蜘蛛の交尾は触肢でスポイトのように精子を注入するのではなかったかな、と』

それを聞いたモナルヒはウェナトリアのうなじ辺りから生えた比較的短い蜘蛛の脚、触肢と呼ばれる部分を掴んだ。

「ここねェ! ウェナトリア、ここなのねェ! 出しなさい!」

「やめないか! もげる! 痛いっ……! あのなぁ! 私達はあくまで亜種人類、虫とは生態が違う! 君もそうだろモナルヒ!」

「……もうどっからでもいいからさっさと出しなさいよォ!」

「ベルトを掴むな! やめろっ……君な、族長ならもう少し淑やかに……!」

そろそろ行こう。変なものを見ても嫌だし。

『なんでアル蜘蛛の交尾なんか知ってるのさ』

『ん? いや、私はこれでも読書家だからな』

図鑑でも読んでいたのだろうか。

『ところで、ヘル。私は一年以内に子供が出来るに私の一日の自由を賭ける』

『じゃあ僕二年以内。僕の一日の自由を賭けるよ』

「君達! 人で賭けをするな!」

おっと、聞こえていたか。説教されてはたまらないので次に行こう。カヤを呼び、まずは姫子の元へ行った。

『姫子さん! と……えっと、影美さん? お久しぶりです』

ナハトファルター族、蚕の亜種人類、姫子。白髪に白翅の彼女の儚げな美しさは神の子と言うにふさわしい。その隣に座っているのは姫子の姉の影美、茶色っぽい髪と翅は地味に見えるが翅の目玉のような模様には圧倒される。

「魔神王様、久しぶり」

「久しぶり、魔神王さ──」

「姫子に何の用! あっ、ま、魔神王様……お久しぶりですー……あはは、ごめんなさい」

姫子の挨拶を遮ったのは毒々しい濃いピンクと黄色の翅を持つロージー、確か彼女は姫子の親友だったはず。

『久しぶり、ロージーさん』

「あ、名前覚えててくれたんですね」

『……どうしたの? 敬語なんか使って』

「ぃやー……やっぱり魔神王様ともなると」

こういう扱いは少し寂しいが、仕方ない。王があまり気楽に話していても統治に支障が──いや、偉ぶって他者の意見が届かないような王になってはいけない。

『まぁ気にしないでよ。僕は僕だからさ、ね?』

「うーん……姫子? 姫子はどうするの?」

「魔神王様は恩人。たくさん助けてくれた。ありがとうと言う」

真っ黒の複眼は僕を虚ろに見つめ、無表情のまま軽く頭を下げた。

「……影美さんはどうするんですか?」

「魔神王様は恩人。たくさん助けてくれた。そういう人だから、感謝する」

本当に姫子と血が繋がっていないとは思えない。表情の少なさも、口調も、瞳の虚ろな感じまでそっくりだ。

「じゃあ……敬語、やめとこっかな。えっと、あの時は本当に……姫子を助けてくれてありがとう」

ロージーと会った時は『黒』と一緒だったけれど、彼女の記憶に『黒』は居ない。僕以外の記憶からも消えてしまった『黒の存在を証明するのは僕の薬指の二つの指輪だけだ。悲しく、虚しい。

「あら、汚らしいナハトファルターを見に来たのに綺麗なのが居ると思えば……魔神王様じゃない」

ロージーを見て微笑みながら感傷に浸っていた僕を現実に引き戻した女の方を向く。

『……こんにちは。瑠璃さんでしたっけ』

シュメッターリング族、蝶の亜種人類、照魔・瑠璃。正直言って僕は彼女があまり好きではない。しかし露骨に嫌がる訳にもいかない、王が感情的になってはいけない。

「ええ、私はこの島を出るからその前に一言挨拶に来たのよ。影美ちゃんとは付き合いがあったからね」

『出るんですか? 色々苦労が増えると思います、頑張ってくださいね。制度は最大限利用してください、出来るだけ分かりやすく伝えますから』

「大丈夫よ。私はこの世界で一番のアイドルになるんだから」

アイドル……? 聞き慣れない言葉だ。

「ふふ、何が何だか分からないって顔ね、影美ちゃん。いい? 酒色の国や娯楽の国には歌を歌ってお金をもらう人が居るの、歌うとお金がもらえるのよ? 他にも踊りとか……色々あるの。お金は食べ物や服と交換できるのよ」

歌手なら僕もたまに見かけた。そうか、植物の国の民にとっては未知のものなのか。貨幣のシステムすらも慣れないもの……骨が折れそうな案件を失念していたな、彼らが他の島や大陸と円滑に交流出来るようにしなければならない。

「そういう人達は歌や踊りが上手いだけじゃなくて、顔やスタイルが良いのよ。だから、とても美しい私がやれば、ちょっとくらい歌や踊りが下手でも人気になるわ」

「そう。頑張って」

「何よ影美ちゃん……私が遠い人になるっていうのに、冷たいのね。まぁ知ってたけど」

瑠璃は拗ねているように見える。僕の想像以上に彼女達の仲は深いようだ。

『確かに瑠璃さんは美人ですけど、ちゃんと歌が上手くないと売れないと思いますよ? ただの美人ならいくらでも居ますし』

「ふんっ、分かってないわね魔神王様。いい、私は美しいシュメッターリング族、人間や悪魔は蝶の翅を生やした人間に馴染みがあるかしら。花の蜜だけで生きる儚い美しさを見たことがあるかしら。私は人気者になるのよ」

「……私、何も食べなくても大丈夫」

「断食趣味のナハトファルター族には聞いてないのよ! 影美ちゃんはもっと食べて! 何も食べないからそんなに足が細いのよ、こんなのじゃ折れちゃうわ」

彼女達の仲は本当に良いようだし、瑠璃の勝算にも説得力があった。元気そうだし彼女達は大丈夫だ。僕は喚く瑠璃をぼうっと眺める姫子に手を振り、カヤを呼んだ。
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