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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界
死地を巡る
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アル曰く、ハートを喰ったのは玉座の間らしい。
『……ここに倒れたんだね』
『あぁ、綺麗に掃除してしまって……もう匂いもない』
そっと手を当てると柔らかな絨毯の毛の感触が返ってきた。ハートを思い出すものは何もないのに、僕はハートの死すら知らなかったのに、何故か涙が溢れてくる。
『ヘル……ヘル、済まない、ヘル、貴方の大切な恩人を……私は』
涙は絨毯に落ちる前にアルに舐め取られる。頬を撫でる舌は擽ったい。
『ううん、いいんだ……それがハートさんの望みだったんなら、アルはいいことしたんだよ。大切な人が居なくなったら、たとえそれが邪神でも……大切だったら、死にたくなるもん、僕には分かる……』
アルが死んだ時、僕はどうして自分を殺さずに済んだんだっけ。
『……私にも分かるよ。私も貴方を失った事がある』
『うん……僕達は戻って来れたけど、ハートさんのはダメだ、戻って来ちゃ困る奴だった。うん……仕方ないよ、ね。ハートさん……またいつか産まれてきてください。その時こそ、どうか幸せに』
たった一人の子供に、それも邪神に依存するような孤独な人にならないで。ぎゅっと目を閉じて手を合わせ、祈り、長い時を過ごした。
『……ヘル、そろそろ』
『…………うん』
僕とアルは言葉を交わすことなく次の行動を決めた。
『カヤ、お願い』
アルを抱き締めてカヤを呼ぶと僕達は見知らぬ家の中に居た。
「ぅわあっ!? な、なんだよ……魔物使い、ぁいや、魔神王……様」
『……セレナ、久しぶり』
セレナの元へ──とカヤに頼んだ。家の前に連れてきてくれたのなら不法侵入だとか変態だとか、そんな汚名から逃れられたのに。
『セレナはここに住むの?』
「あぁ、アタシの出身の武芸の国は亜種人類を庇って滅ぼされただろ? アタシはよく知らないけど……多分、亜種人類は庇いたくなるような良いヤツらなんだろうなって」
どこに家が建っているのか分からないので適当に探ってみたが、狙い通り言ってくれた。亜種人類達と……ということは植物の国だ。
「で、なんか用かよ。嫁連れて」
『……多分死んだ雪華に挨拶に行こうと思って。一緒にどうかな』
オレンジの瞳が見開かれ、魔力によって筋力強化が成された手が僕の胸ぐらを掴んだ。
「……死んだ、のか。雪華は」
『多分』
「多分!? 多分って何だよ!」
『正義の国に居た人間の死体はどれも性別も分からないくらいになってたんだ、どれが雪華かなんて分からない。戦争の前に国を出てたなら生きてるだろうけど、雪華は……多分、逃げたりしなかった』
セレナに掴まれたままカヤを呼び、正義の国跡地に転移する。瓦礫は片付けたが移住者はまだ居らず、どこまでも更地が続いて地平線が見える。
「……っ、なんで、引きずってでも逃げさせなかったんだよ、友達だろ……」
『僕は迎えに行ったよ、零さんと。でも雪華の意思は硬かったんだ、零さんの説得に応じないならもうダメだろ。何もしなかった君に言われたくない』
「アタシだって! アタシだって、手紙が検閲されなかったら、入国出来たら、雪華を連れ出した!」
『……でも、出来なかったんだろ』
何も無い地面。雪華はきっとこの場所で死んだのではない。それでも僕はここで祈る。目を閉じて手を組み──セレナに蹴り飛ばされた。
『セレナ! 貴様っ……!』
『アル、やめて』
土埃を払って立ち上がり、セレナを真正面から見つめる。セレナは怯えたような顔をしていたが、瞳には怒りを滾らせて拳を構えた。
『…………何言ったって雪華は戻ってこない。セレナが何したって……でも、君が君の鬱憤を晴らしたいだけなら好きにしろよ。雪華が死んだ理由は僕なんだから僕を殴ればいいさ、反撃はしないよ、だって反撃したら君はあっさり死んじゃうからね、雪華と同じに』
右頬に渾身の拳が入り、まっさらだった地面が僕の血で汚れた。頬の骨と鼻が折れた、歯もだ。
「アタシはっ……アタシは、本当に何も出来なかった。雪華を連れ出してやる気で、正義の国をぶっ潰したくて……竜に外に出させて、その竜を死なせかけた。アタシも雪華もお前らみたいな化け物じゃないから、お前ら同士の戦いに巻き込まれても何も出来なかった」
僕も少し前まで人間だったはずなのに、雪華の慟哭は僕には理解出来ない。本当に上位存在に成り果てたんだなと寂しく思う。
「…………もう、いい。お前らに付き合ってても……何にもならない。雪華……供える花もないんだな」
死者に花を供える風習は多くの国で見られる。僕はセレナに聞いてようやく思い出し、足元に名も知らぬ白い花を咲かせてそれを摘み、セレナに渡した。
「……ははっ、本当に……バケモンだな、魔物使い」
僕とアルの分も用意して僕の血で汚れた地面から一歩離れ、花を落とした。
「…………アタシが失った友達は雪華だけじゃない、お前もだ。最初に会った時……良い友達になれたと思ったんだ、でももうお前はアタシの友達なんかじゃなくなったな」
『かもね』
「……っ! 大っ嫌いだ!」
『零さんのとこにも行こうと思ってるんだけど、来る?』
潤んだオレンジの瞳で僕を睨みながらもセレナは頷いた。カヤを呼んで近くの砂浜に転移し、本来なら花なんて育たないだろう白い砂の上に花を咲かせ、摘んだ。
「師匠さんも死んでたんだな」
零は死んだのではなく、不死身となって親友と深海に沈んだ。ナイを世界から追い出した今引き上げればツヅラはツヅラのまま暮らせるのだろうか、いや、クトゥルフを起点にナイが戻ってくるのだろうか……今度ハスターに聞いてみよう。
『うん、死んじゃった。氷を操ってたのは覚えてるよね、あの力は天使に与えられた加護で……とっても体に悪いんだ。だから戦ってるうちにじわじわ死んでいった』
「…………アタシが気に入らないのはな、お前が平気な顔してペラペラ死に様を話すことだ。お前はもう人間じゃないから、人間の死なんてどうでもいいんだろ!」
『かもね』
「大っ……嫌いだ! 本当に、大嫌いっ……!」
アルと共に二人分の花を海に投げる。セレナは花を持ったまま僕を見つめている。
「……戦いながらじわじわ死んだなら、なんで海に居るんだよ」
『えっと……海に落ちちゃったんだ』
「引き上げなかったのか……? なんでっ……あぁ、そうだよな……お前は魔神王様だもんな、神父一人なんかどうでもいいんだな」
僕への苛立ちをぶつけるようにセレナは海に花を投げた。
『……じゃあ、残りの会いたい死人達のとこには一人で行ってね。とりあえず家に帰すよ、カヤ』
瞬きの後にはセレナは居らず、寒気と共に戻ったカヤは完了報告に僕の手のひらを舐めた。
『ヘル……どうしてあんな物言いをしたんだ? 貴方が少し言い方を変えていれば貴方とセレナは再び友人になれたろうに』
『んー……自分勝手なんだけどさ、僕ってこれから何百年何千年生きても死なないんだろ? 不老不死になっちゃったんだ。ならさ、あと何十年も生きないセレナと仲良くなりたくないんだよ』
それに元々ああいう肉体派は苦手だ。
『あの女もあの女だ、ぶつけるものがないからと私のヘルに当たって……蹴り、殴りまでした! 許せない……私が何度噛み付きたくなったことか! ヘルが友人や恩人の死を何でもないと思うなどありえないと言うに、あの女っ……!』
怒るアルの頭を撫でてなだめ、正義の国跡地に戻った。ここにはもう一人僕の友人が眠っているかもしれない。
『…………十六夜さん。僕にはあなたが本当に死んだかどうかは分かりません……一応花を供えます』
オファニエルを取り込んだ後、十六夜と戦闘になった。と言っても僕が勢い余ってやり過ぎてしまい、一撃で終結した。
『温泉の国ではお世話になりました……』
ウサギを連れた加護受者の彼女は楽しい人だった。
『フェルを殺そうとしたこと、兄さんを殺そうとしたこと、アルを殺したこと、絶対に許さない。でも……友人だった過去を思って、祈ります……おやすみなさい』
きっと彼女の生まれ変わりには会わないだろう。僕は人界を旅行して回ったりはしないだろうから。
あぁ……それじゃクラールとドッペルとハルプの生まれ変わりはどうやって見つけようか。
十六夜に祈っていたはずの僕はいつの間にか自分の子供達のことを考えていた。
『……ここに倒れたんだね』
『あぁ、綺麗に掃除してしまって……もう匂いもない』
そっと手を当てると柔らかな絨毯の毛の感触が返ってきた。ハートを思い出すものは何もないのに、僕はハートの死すら知らなかったのに、何故か涙が溢れてくる。
『ヘル……ヘル、済まない、ヘル、貴方の大切な恩人を……私は』
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『…………うん』
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『カヤ、お願い』
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「ぅわあっ!? な、なんだよ……魔物使い、ぁいや、魔神王……様」
『……セレナ、久しぶり』
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『セレナはここに住むの?』
「あぁ、アタシの出身の武芸の国は亜種人類を庇って滅ぼされただろ? アタシはよく知らないけど……多分、亜種人類は庇いたくなるような良いヤツらなんだろうなって」
どこに家が建っているのか分からないので適当に探ってみたが、狙い通り言ってくれた。亜種人類達と……ということは植物の国だ。
「で、なんか用かよ。嫁連れて」
『……多分死んだ雪華に挨拶に行こうと思って。一緒にどうかな』
オレンジの瞳が見開かれ、魔力によって筋力強化が成された手が僕の胸ぐらを掴んだ。
「……死んだ、のか。雪華は」
『多分』
「多分!? 多分って何だよ!」
『正義の国に居た人間の死体はどれも性別も分からないくらいになってたんだ、どれが雪華かなんて分からない。戦争の前に国を出てたなら生きてるだろうけど、雪華は……多分、逃げたりしなかった』
セレナに掴まれたままカヤを呼び、正義の国跡地に転移する。瓦礫は片付けたが移住者はまだ居らず、どこまでも更地が続いて地平線が見える。
「……っ、なんで、引きずってでも逃げさせなかったんだよ、友達だろ……」
『僕は迎えに行ったよ、零さんと。でも雪華の意思は硬かったんだ、零さんの説得に応じないならもうダメだろ。何もしなかった君に言われたくない』
「アタシだって! アタシだって、手紙が検閲されなかったら、入国出来たら、雪華を連れ出した!」
『……でも、出来なかったんだろ』
何も無い地面。雪華はきっとこの場所で死んだのではない。それでも僕はここで祈る。目を閉じて手を組み──セレナに蹴り飛ばされた。
『セレナ! 貴様っ……!』
『アル、やめて』
土埃を払って立ち上がり、セレナを真正面から見つめる。セレナは怯えたような顔をしていたが、瞳には怒りを滾らせて拳を構えた。
『…………何言ったって雪華は戻ってこない。セレナが何したって……でも、君が君の鬱憤を晴らしたいだけなら好きにしろよ。雪華が死んだ理由は僕なんだから僕を殴ればいいさ、反撃はしないよ、だって反撃したら君はあっさり死んじゃうからね、雪華と同じに』
右頬に渾身の拳が入り、まっさらだった地面が僕の血で汚れた。頬の骨と鼻が折れた、歯もだ。
「アタシはっ……アタシは、本当に何も出来なかった。雪華を連れ出してやる気で、正義の国をぶっ潰したくて……竜に外に出させて、その竜を死なせかけた。アタシも雪華もお前らみたいな化け物じゃないから、お前ら同士の戦いに巻き込まれても何も出来なかった」
僕も少し前まで人間だったはずなのに、雪華の慟哭は僕には理解出来ない。本当に上位存在に成り果てたんだなと寂しく思う。
「…………もう、いい。お前らに付き合ってても……何にもならない。雪華……供える花もないんだな」
死者に花を供える風習は多くの国で見られる。僕はセレナに聞いてようやく思い出し、足元に名も知らぬ白い花を咲かせてそれを摘み、セレナに渡した。
「……ははっ、本当に……バケモンだな、魔物使い」
僕とアルの分も用意して僕の血で汚れた地面から一歩離れ、花を落とした。
「…………アタシが失った友達は雪華だけじゃない、お前もだ。最初に会った時……良い友達になれたと思ったんだ、でももうお前はアタシの友達なんかじゃなくなったな」
『かもね』
「……っ! 大っ嫌いだ!」
『零さんのとこにも行こうと思ってるんだけど、来る?』
潤んだオレンジの瞳で僕を睨みながらもセレナは頷いた。カヤを呼んで近くの砂浜に転移し、本来なら花なんて育たないだろう白い砂の上に花を咲かせ、摘んだ。
「師匠さんも死んでたんだな」
零は死んだのではなく、不死身となって親友と深海に沈んだ。ナイを世界から追い出した今引き上げればツヅラはツヅラのまま暮らせるのだろうか、いや、クトゥルフを起点にナイが戻ってくるのだろうか……今度ハスターに聞いてみよう。
『うん、死んじゃった。氷を操ってたのは覚えてるよね、あの力は天使に与えられた加護で……とっても体に悪いんだ。だから戦ってるうちにじわじわ死んでいった』
「…………アタシが気に入らないのはな、お前が平気な顔してペラペラ死に様を話すことだ。お前はもう人間じゃないから、人間の死なんてどうでもいいんだろ!」
『かもね』
「大っ……嫌いだ! 本当に、大嫌いっ……!」
アルと共に二人分の花を海に投げる。セレナは花を持ったまま僕を見つめている。
「……戦いながらじわじわ死んだなら、なんで海に居るんだよ」
『えっと……海に落ちちゃったんだ』
「引き上げなかったのか……? なんでっ……あぁ、そうだよな……お前は魔神王様だもんな、神父一人なんかどうでもいいんだな」
僕への苛立ちをぶつけるようにセレナは海に花を投げた。
『……じゃあ、残りの会いたい死人達のとこには一人で行ってね。とりあえず家に帰すよ、カヤ』
瞬きの後にはセレナは居らず、寒気と共に戻ったカヤは完了報告に僕の手のひらを舐めた。
『ヘル……どうしてあんな物言いをしたんだ? 貴方が少し言い方を変えていれば貴方とセレナは再び友人になれたろうに』
『んー……自分勝手なんだけどさ、僕ってこれから何百年何千年生きても死なないんだろ? 不老不死になっちゃったんだ。ならさ、あと何十年も生きないセレナと仲良くなりたくないんだよ』
それに元々ああいう肉体派は苦手だ。
『あの女もあの女だ、ぶつけるものがないからと私のヘルに当たって……蹴り、殴りまでした! 許せない……私が何度噛み付きたくなったことか! ヘルが友人や恩人の死を何でもないと思うなどありえないと言うに、あの女っ……!』
怒るアルの頭を撫でてなだめ、正義の国跡地に戻った。ここにはもう一人僕の友人が眠っているかもしれない。
『…………十六夜さん。僕にはあなたが本当に死んだかどうかは分かりません……一応花を供えます』
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『温泉の国ではお世話になりました……』
ウサギを連れた加護受者の彼女は楽しい人だった。
『フェルを殺そうとしたこと、兄さんを殺そうとしたこと、アルを殺したこと、絶対に許さない。でも……友人だった過去を思って、祈ります……おやすみなさい』
きっと彼女の生まれ変わりには会わないだろう。僕は人界を旅行して回ったりはしないだろうから。
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