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第四十七章 支配の魔神と無貌の邪神
爆破しろ
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銀の鍵を持っていた頃、時を遡ると現れた異臭を放つモノ、ライアー曰く猟犬。別に犬にも見えない彼らは別次元に住んでいて、こちらの世界の者を嫌っているらしい。
『……ニャルラトホテプ。少しまずいかもしれません』
『何が? ん……? なんか臭い』
『リソースは貴方を優先しており、私には時を少し弄って貴方に都合のいい未来を提供する程度しかありません。ですから、勝てません』
『だから何が……って、え? 嘘、うそぉ! ティンダロスの連中に神力回したことないんだけど!?』
周囲に散らばった瓦礫の一つから異臭が立ち込めると、ナイは慌て始めた。
『僕さ~、邪神成分抜けるの早すぎたと思わない~?』
『ハスターっ……! キミにそこまでの権利を渡したつもりはないんだけど』
『え~だって~、黄衣の王は~、にゃる君の顕現でもあるんだよね~? あの顕現使ってる僕をにゃる君が侵食出来るなら~、逆もまた然りだよね~』
『あぁそう……ボクにアクセスしたら問答無用で乗っ取るつもりだったんだけど……ファイアーウォール抜けてたかぁ、そっかそっかー…………ふざけんなよ』
異臭と共に吹き出た煙が実体を持つ。やはり犬には似ていない。
『んふふ~……リソースが限界なのは間違いない。本来なら負けることはなくても、今はキツイよね~? 王だしさ~』
ハスターの手を取って自由意志の加護を与えて透過させると、僕に真っ直ぐ向かって来ていた猟犬達は踵を返してアスタロトの元へ向かう。
『ティンダロスの猟犬……いや、王か! 魔法あんまり使いたくないんだけど、倒せない訳じゃない……でも、リソースが……』
『ニャルラトホテプ、彼らは私を標に神話から呼ばれた存在。私を返せば消えるかと。残り少ないリソースは無駄に出来ません』
『……言うのが遅い』
白衣を着ていたおそらく科学の国に侵入していただろうナイが拳銃を抜き、アスタロトの頭を撃った。悪魔である彼の体はその程度では死なないし、邪神ならば体が損傷を受けても強制送還されたりはしない。
しかしアスタロトの姿は黒い塵に変わり、地に落ちた。拳銃の力ではない、あの拳銃はただのポーズ、自分の意志かもしくはナイの意志によってこの世界を出ていったのだ。
『ふん……結局一匹も減らせなかった。時間ももう戻せない。ボク一人になっちゃった』
猟犬達はアスタロトの姿が消えると同時に消えていった。ヨグ=ソトースに紐付けて呼び出したのが、その紐付けた元がこの世界を出たからそれに引っ張られたのだろう。
『ハスター、あれもはったり?』
『いや~、もう強いの呼べないだろうし~、弱いの呼んだって意味ないし~、多分事実』
事実なら何故言った? ハスターが居るのだからバレると分かっていただろうに。まだ何か隠し玉があるのか。
『よーちゃん微妙に協力的じゃなくなかった? 手抜いてたよね』
『魔物使いを門に通せって言ったり通すなって言ったりしたから拗ねてるんだよ。通すかどうかは自分で決めたい人だから』
『顕現いっぱい居ると意見バラけるんだよねー、ボクだけにやらせてればよかったんだよ』
白衣を着たナイは後ろでこそこそと話していた比較的幼い顕現の頭を撃ち、その傷口から漏れる黒い霧を吸収した。
『その通り、一箇所に集まるなら少ない方がいい』
『ははっ、ひっでぇな自分撃つとか』
『無駄なお喋りしてる暇があるならとっとと殺せ!』
白衣のナイに怒鳴られて嫌な笑みを浮かべたままこちらに来るのはロキの姿をした顕現だ。少し前に乗っ取られた友人だ、アスガルドのような事態はこちらで起こしてはいけない。
『メタトロン……槍を。カマエル……針を。ミカエル……剣を。サリエル……鎌を──』
頭から伸ばした腕に魔力と神力を混ぜて実体化させた武器を握らせる。雨が降り出し、雹が降り出し、雪が降り出し、雲の切れ目から日が差し、雷が連続して落ちて濡れた地面に紫電を走らせた。
『へぇ、すごいな。支配属性が根幹なら全属性を手に入れても自壊することはない……考えたじゃねぇか、サタンさんよ。それならテメェで創造神の座について自我崩壊する危険性はないわな』
不敵な笑みをたたえたままのロキの懐へ一跳びで侵入し、無数の武器を振るう。鎌を首に、剣を腹に──しかしロキは僕の背後に転移し、背骨をヒールで抉った。
『そんだけ長い髪して大量の腕振り回してりゃ視界相当悪いだろ、視線誘導は基本テクだが、テメェにゃ気にしなくてよさそうだな』
『ちょっと! もっと派手にやったらどう!? 長期戦はこっちに不利って分かってる!?』
『仕方ねぇだろロキの能力はイタズラ専用が多いんだから……化けるの移動するのハッタリ爆発だのそんなのばっかなんだよ、攻撃性能微妙なの! ったく、こんなことならトールでも取ればよかったのに』
『ボクと属性が違いすぎて取れないんだよあんな脳筋善神!』
治癒の力を使いっぱなしにしているからすぐに治ったが、今一瞬下半身が麻痺した。攻撃の地味さと威力の低さに騙されてはいけない、その分的確だ。目を増やさなければ。
『うぉ……キモ』
三十六枚の翼、その羽根の一枚一枚に目玉を生やす。この目は飾りなどではない。
『おっ、ぅわっ、ちょ、攻撃が正確にっ……痛っ!』
頻繁に空間転移を行う者など捉えられないと思っていたが。よく観察してみれば次の転移場所を見ていることが多い、先回りして武器を振るえば勝手にぶつかってくれる。
『クソっ……ニーベルングの指輪!』
『ルヒエル……風を!』
ロキの指輪から炎が巻き起こる。僕はそれを空気の渦を作って受け流す。炎に隠して黒い腕を伸ばし、純白の槍をロキに突き刺した。封印されていた時のルシフェルよりも多く、針鼠のようになるまで、肉塊に変わるまで突き刺した。しかし頭部は残してある。肉体を破壊しても再生するかもしれないから、念入りに殺さなければならない。
『サリエル……死与の魔眼』
虹色の眼を白目まで黒に変え、ロキを見つめる。
『ま、待て……よ、タブリス、友達を殺すのか? 助けて、くれよ……オレは、操られて』
『死ね』
潤んでいた赤い瞳から光が消え、頭がカクンと垂れ下がる。
『君はロキに取り憑いてるんじゃない、ロキのガワを奪ったんだ……僕が今殺したのはロキじゃない、よね』
ロキは僕を何度も助けてくれた、迷惑もかけられたけれど、話していて楽しい貴重な友人だった。そんな彼の見た目をした死体なんて見たくなくて、仲間の方に視線を移す。
『……時間稼ぎどうも、ロキ。ありがとうねヘルシャフト君、キミが高出力の魔力神力を吹き荒れさせたおかげでキミの仲間達に邪魔されなかった』
僕の仲間達は僕の攻撃に巻き込まれないように散らばり下がっていたが、ライアーの姿がない。ナイの方を睨めば彼に肩を組まれ、ぼうっとしていた。
『兄さんっ……!』
『元お友達は躊躇なく殺せたみたいだけど、お兄さんはどうかな? ほらっ……!』
ナイに突き飛ばされたライアーが一歩二歩とよろけながら僕の元に進み、止まり、ナイの方を振り返った。
『……分かってたんだ。侵食されるって。分かってたんだ。ボクが居る限りキミ達を完全に追い出すことは出来ないって。分かって、たんだ……弟と、ずっと一緒には居られないって』
『兄さん……? 兄さん、大丈夫なの?』
頭に生えた腕を消し、翼を一対に減らしてライアーに駆け寄る。背を摩ると彼は僕を見下ろし、優しい微笑みを浮かべた。侵食は失敗だったのだろうか。
『……何してるの? とっとと殺し合ってよ』
『ありがとう……ボクをニャルラトホテプにしてくれて、キミ達に繋いでくれて、これでっ……キミ達を道連れに出来る!』
白衣のナイを筆頭に周囲に散らばっていたナイの足元に空間転移の魔法陣が浮かぶ。ライアーの足元にもだ。
『前から考えてた……仕込んでたんだよ、こういう手はキミの十八番のくせに、焦るから見落とすんだよ』
『兄さん? 何する気なの兄さん! 大丈夫なんだよね、兄さんは! 兄さんは、僕の傍に居てくれるんでしょ!?』
言いようのない不安に駆られてライアーの腕を引っ張ると、土塊の体は崩れて腕は取れてしまった。
『ヘル……いい子で居てね。ボクが居たらニャルラトホテプはボクを道標に何度でもキミを狙うんだ。だからお兄ちゃんはちょっと遠くに行くよ』
『え……や、だ。嫌だっ、あいつらはもうこの世界に居られないって、そろそろ追い出せるんだって、だから!』
『……そうだよ。でも、ボクが居ると戻ってくる』
『ならまた追い出せばいいじゃん! 兄さん……やだよ、兄さん』
『ボクは本物のライアーでも、本物の兄でもない。嘘で固めたただの土の塊。そんなボクを想ってくれてありがとう、ヘル……さようなら。キミに造られて、キミと居られて、嬉しかった』
空間転移の魔法陣が強く輝き、僕の目も眩む。手を伸ばして必死にライアーを探したが、何にも触れられなかった。
『行き先は、南魚座のα星! 超長距離惑星間転移……発動!』
光の洪水が終わり、目が慣れるとライアーもナイも一人残らず居なくなっていた。僕が取ってしまったライアーの腕だった土は地面に混ざってしまってどこにあるのかも分からない。
『ター君、大丈夫~?』
見覚えのない可愛らしい少年が僕の顔を覗き込む。いや、ハスターか。仮面を頭の横にズラしている、素顔は初めて見たな。
『ハスター……? 君、顔……』
『僕やっと顔ができたんだよ~、邪神成分が完全に抜けた証だね~。どぉどぉ変な顔じゃない~?』
『弟にしたい……ねぇ、ハスター、兄さん……どこに行ったの? 連れ戻せる? 会えるよね?』
『弟はもう懲り懲りだよ~。えーとねぇ、南魚座の……えーと、フォーマルハウトだね、恒星の一等星だよ~』
星の名前なんて言われても分からない。
『どうして……そんなところに?』
『何でもかんでも燃やしたがりの邪神が居るんだよ~。にゃる君彼を毛嫌いしててね~、まぁ僕も好きじゃないけど~。にゃる君を燃やせば彼らのリソースは完全に消失して~、彼も消えるから~……クトゥルフ神話の連中は完全に消せたってことになる、かな~?』
燃やしたがりの……ナイが嫌いな……魔法の国を過去に一度滅ぼしかけたアイツか。砂漠の国でも召喚されかけたアレだ。アレ自身を呼ぶのではなく、こちらから行ったと? 大丈夫なのか? ナイは本当に戻ってこないのか? ライアーと本当にこれでお別れなのか?
『ター君? あれ……泣いちゃった~。ター君のお兄さんター君のお兄さん、何とかしてあげなよ~』
『…………分かってるよ。おとーと、ほら……抱っこしてあげるから、泣かないで』
兄はきっと複雑な気分なのだろう。自分の代理を果たしてもいて毛嫌いしていたライアーが消えて、その慰めをしろと言われたのだから。
それでも文句を言わずに昔のように抱き上げてくれた。兄も成長したのだ。僕も早く立ち直らなければ。
『……ニャルラトホテプ。少しまずいかもしれません』
『何が? ん……? なんか臭い』
『リソースは貴方を優先しており、私には時を少し弄って貴方に都合のいい未来を提供する程度しかありません。ですから、勝てません』
『だから何が……って、え? 嘘、うそぉ! ティンダロスの連中に神力回したことないんだけど!?』
周囲に散らばった瓦礫の一つから異臭が立ち込めると、ナイは慌て始めた。
『僕さ~、邪神成分抜けるの早すぎたと思わない~?』
『ハスターっ……! キミにそこまでの権利を渡したつもりはないんだけど』
『え~だって~、黄衣の王は~、にゃる君の顕現でもあるんだよね~? あの顕現使ってる僕をにゃる君が侵食出来るなら~、逆もまた然りだよね~』
『あぁそう……ボクにアクセスしたら問答無用で乗っ取るつもりだったんだけど……ファイアーウォール抜けてたかぁ、そっかそっかー…………ふざけんなよ』
異臭と共に吹き出た煙が実体を持つ。やはり犬には似ていない。
『んふふ~……リソースが限界なのは間違いない。本来なら負けることはなくても、今はキツイよね~? 王だしさ~』
ハスターの手を取って自由意志の加護を与えて透過させると、僕に真っ直ぐ向かって来ていた猟犬達は踵を返してアスタロトの元へ向かう。
『ティンダロスの猟犬……いや、王か! 魔法あんまり使いたくないんだけど、倒せない訳じゃない……でも、リソースが……』
『ニャルラトホテプ、彼らは私を標に神話から呼ばれた存在。私を返せば消えるかと。残り少ないリソースは無駄に出来ません』
『……言うのが遅い』
白衣を着ていたおそらく科学の国に侵入していただろうナイが拳銃を抜き、アスタロトの頭を撃った。悪魔である彼の体はその程度では死なないし、邪神ならば体が損傷を受けても強制送還されたりはしない。
しかしアスタロトの姿は黒い塵に変わり、地に落ちた。拳銃の力ではない、あの拳銃はただのポーズ、自分の意志かもしくはナイの意志によってこの世界を出ていったのだ。
『ふん……結局一匹も減らせなかった。時間ももう戻せない。ボク一人になっちゃった』
猟犬達はアスタロトの姿が消えると同時に消えていった。ヨグ=ソトースに紐付けて呼び出したのが、その紐付けた元がこの世界を出たからそれに引っ張られたのだろう。
『ハスター、あれもはったり?』
『いや~、もう強いの呼べないだろうし~、弱いの呼んだって意味ないし~、多分事実』
事実なら何故言った? ハスターが居るのだからバレると分かっていただろうに。まだ何か隠し玉があるのか。
『よーちゃん微妙に協力的じゃなくなかった? 手抜いてたよね』
『魔物使いを門に通せって言ったり通すなって言ったりしたから拗ねてるんだよ。通すかどうかは自分で決めたい人だから』
『顕現いっぱい居ると意見バラけるんだよねー、ボクだけにやらせてればよかったんだよ』
白衣を着たナイは後ろでこそこそと話していた比較的幼い顕現の頭を撃ち、その傷口から漏れる黒い霧を吸収した。
『その通り、一箇所に集まるなら少ない方がいい』
『ははっ、ひっでぇな自分撃つとか』
『無駄なお喋りしてる暇があるならとっとと殺せ!』
白衣のナイに怒鳴られて嫌な笑みを浮かべたままこちらに来るのはロキの姿をした顕現だ。少し前に乗っ取られた友人だ、アスガルドのような事態はこちらで起こしてはいけない。
『メタトロン……槍を。カマエル……針を。ミカエル……剣を。サリエル……鎌を──』
頭から伸ばした腕に魔力と神力を混ぜて実体化させた武器を握らせる。雨が降り出し、雹が降り出し、雪が降り出し、雲の切れ目から日が差し、雷が連続して落ちて濡れた地面に紫電を走らせた。
『へぇ、すごいな。支配属性が根幹なら全属性を手に入れても自壊することはない……考えたじゃねぇか、サタンさんよ。それならテメェで創造神の座について自我崩壊する危険性はないわな』
不敵な笑みをたたえたままのロキの懐へ一跳びで侵入し、無数の武器を振るう。鎌を首に、剣を腹に──しかしロキは僕の背後に転移し、背骨をヒールで抉った。
『そんだけ長い髪して大量の腕振り回してりゃ視界相当悪いだろ、視線誘導は基本テクだが、テメェにゃ気にしなくてよさそうだな』
『ちょっと! もっと派手にやったらどう!? 長期戦はこっちに不利って分かってる!?』
『仕方ねぇだろロキの能力はイタズラ専用が多いんだから……化けるの移動するのハッタリ爆発だのそんなのばっかなんだよ、攻撃性能微妙なの! ったく、こんなことならトールでも取ればよかったのに』
『ボクと属性が違いすぎて取れないんだよあんな脳筋善神!』
治癒の力を使いっぱなしにしているからすぐに治ったが、今一瞬下半身が麻痺した。攻撃の地味さと威力の低さに騙されてはいけない、その分的確だ。目を増やさなければ。
『うぉ……キモ』
三十六枚の翼、その羽根の一枚一枚に目玉を生やす。この目は飾りなどではない。
『おっ、ぅわっ、ちょ、攻撃が正確にっ……痛っ!』
頻繁に空間転移を行う者など捉えられないと思っていたが。よく観察してみれば次の転移場所を見ていることが多い、先回りして武器を振るえば勝手にぶつかってくれる。
『クソっ……ニーベルングの指輪!』
『ルヒエル……風を!』
ロキの指輪から炎が巻き起こる。僕はそれを空気の渦を作って受け流す。炎に隠して黒い腕を伸ばし、純白の槍をロキに突き刺した。封印されていた時のルシフェルよりも多く、針鼠のようになるまで、肉塊に変わるまで突き刺した。しかし頭部は残してある。肉体を破壊しても再生するかもしれないから、念入りに殺さなければならない。
『サリエル……死与の魔眼』
虹色の眼を白目まで黒に変え、ロキを見つめる。
『ま、待て……よ、タブリス、友達を殺すのか? 助けて、くれよ……オレは、操られて』
『死ね』
潤んでいた赤い瞳から光が消え、頭がカクンと垂れ下がる。
『君はロキに取り憑いてるんじゃない、ロキのガワを奪ったんだ……僕が今殺したのはロキじゃない、よね』
ロキは僕を何度も助けてくれた、迷惑もかけられたけれど、話していて楽しい貴重な友人だった。そんな彼の見た目をした死体なんて見たくなくて、仲間の方に視線を移す。
『……時間稼ぎどうも、ロキ。ありがとうねヘルシャフト君、キミが高出力の魔力神力を吹き荒れさせたおかげでキミの仲間達に邪魔されなかった』
僕の仲間達は僕の攻撃に巻き込まれないように散らばり下がっていたが、ライアーの姿がない。ナイの方を睨めば彼に肩を組まれ、ぼうっとしていた。
『兄さんっ……!』
『元お友達は躊躇なく殺せたみたいだけど、お兄さんはどうかな? ほらっ……!』
ナイに突き飛ばされたライアーが一歩二歩とよろけながら僕の元に進み、止まり、ナイの方を振り返った。
『……分かってたんだ。侵食されるって。分かってたんだ。ボクが居る限りキミ達を完全に追い出すことは出来ないって。分かって、たんだ……弟と、ずっと一緒には居られないって』
『兄さん……? 兄さん、大丈夫なの?』
頭に生えた腕を消し、翼を一対に減らしてライアーに駆け寄る。背を摩ると彼は僕を見下ろし、優しい微笑みを浮かべた。侵食は失敗だったのだろうか。
『……何してるの? とっとと殺し合ってよ』
『ありがとう……ボクをニャルラトホテプにしてくれて、キミ達に繋いでくれて、これでっ……キミ達を道連れに出来る!』
白衣のナイを筆頭に周囲に散らばっていたナイの足元に空間転移の魔法陣が浮かぶ。ライアーの足元にもだ。
『前から考えてた……仕込んでたんだよ、こういう手はキミの十八番のくせに、焦るから見落とすんだよ』
『兄さん? 何する気なの兄さん! 大丈夫なんだよね、兄さんは! 兄さんは、僕の傍に居てくれるんでしょ!?』
言いようのない不安に駆られてライアーの腕を引っ張ると、土塊の体は崩れて腕は取れてしまった。
『ヘル……いい子で居てね。ボクが居たらニャルラトホテプはボクを道標に何度でもキミを狙うんだ。だからお兄ちゃんはちょっと遠くに行くよ』
『え……や、だ。嫌だっ、あいつらはもうこの世界に居られないって、そろそろ追い出せるんだって、だから!』
『……そうだよ。でも、ボクが居ると戻ってくる』
『ならまた追い出せばいいじゃん! 兄さん……やだよ、兄さん』
『ボクは本物のライアーでも、本物の兄でもない。嘘で固めたただの土の塊。そんなボクを想ってくれてありがとう、ヘル……さようなら。キミに造られて、キミと居られて、嬉しかった』
空間転移の魔法陣が強く輝き、僕の目も眩む。手を伸ばして必死にライアーを探したが、何にも触れられなかった。
『行き先は、南魚座のα星! 超長距離惑星間転移……発動!』
光の洪水が終わり、目が慣れるとライアーもナイも一人残らず居なくなっていた。僕が取ってしまったライアーの腕だった土は地面に混ざってしまってどこにあるのかも分からない。
『ター君、大丈夫~?』
見覚えのない可愛らしい少年が僕の顔を覗き込む。いや、ハスターか。仮面を頭の横にズラしている、素顔は初めて見たな。
『ハスター……? 君、顔……』
『僕やっと顔ができたんだよ~、邪神成分が完全に抜けた証だね~。どぉどぉ変な顔じゃない~?』
『弟にしたい……ねぇ、ハスター、兄さん……どこに行ったの? 連れ戻せる? 会えるよね?』
『弟はもう懲り懲りだよ~。えーとねぇ、南魚座の……えーと、フォーマルハウトだね、恒星の一等星だよ~』
星の名前なんて言われても分からない。
『どうして……そんなところに?』
『何でもかんでも燃やしたがりの邪神が居るんだよ~。にゃる君彼を毛嫌いしててね~、まぁ僕も好きじゃないけど~。にゃる君を燃やせば彼らのリソースは完全に消失して~、彼も消えるから~……クトゥルフ神話の連中は完全に消せたってことになる、かな~?』
燃やしたがりの……ナイが嫌いな……魔法の国を過去に一度滅ぼしかけたアイツか。砂漠の国でも召喚されかけたアレだ。アレ自身を呼ぶのではなく、こちらから行ったと? 大丈夫なのか? ナイは本当に戻ってこないのか? ライアーと本当にこれでお別れなのか?
『ター君? あれ……泣いちゃった~。ター君のお兄さんター君のお兄さん、何とかしてあげなよ~』
『…………分かってるよ。おとーと、ほら……抱っこしてあげるから、泣かないで』
兄はきっと複雑な気分なのだろう。自分の代理を果たしてもいて毛嫌いしていたライアーが消えて、その慰めをしろと言われたのだから。
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