上 下
893 / 909
第四十七章 支配の魔神と無貌の邪神

爆破しろ

しおりを挟む
銀の鍵を持っていた頃、時を遡ると現れた異臭を放つモノ、ライアー曰く猟犬。別に犬にも見えない彼らは別次元に住んでいて、こちらの世界の者を嫌っているらしい。

『……ニャルラトホテプ。少しまずいかもしれません』

『何が? ん……? なんか臭い』

『リソースは貴方を優先しており、私には時を少し弄って貴方に都合のいい未来を提供する程度しかありません。ですから、勝てません』

『だから何が……って、え? 嘘、うそぉ! ティンダロスの連中に神力回したことないんだけど!?』

周囲に散らばった瓦礫の一つから異臭が立ち込めると、ナイは慌て始めた。

『僕さ~、邪神成分抜けるの早すぎたと思わない~?』

『ハスターっ……! キミにそこまでの権利を渡したつもりはないんだけど』

『え~だって~、黄衣の王は~、にゃる君の顕現でもあるんだよね~? あの顕現使ってる僕をにゃる君が侵食出来るなら~、逆もまた然りだよね~』

『あぁそう……ボクにアクセスしたら問答無用で乗っ取るつもりだったんだけど……ファイアーウォール抜けてたかぁ、そっかそっかー…………ふざけんなよ』

異臭と共に吹き出た煙が実体を持つ。やはり犬には似ていない。

『んふふ~……リソースが限界なのは間違いない。本来なら負けることはなくても、今はキツイよね~? 王だしさ~』

ハスターの手を取って自由意志の加護を与えて透過させると、僕に真っ直ぐ向かって来ていた猟犬達は踵を返してアスタロトの元へ向かう。

『ティンダロスの猟犬……いや、王か! 魔法あんまり使いたくないんだけど、倒せない訳じゃない……でも、リソースが……』

『ニャルラトホテプ、彼らは私を標に神話から呼ばれた存在。私を返せば消えるかと。残り少ないリソースは無駄に出来ません』

『……言うのが遅い』

白衣を着ていたおそらく科学の国に侵入していただろうナイが拳銃を抜き、アスタロトの頭を撃った。悪魔である彼の体はその程度では死なないし、邪神ならば体が損傷を受けても強制送還されたりはしない。
しかしアスタロトの姿は黒い塵に変わり、地に落ちた。拳銃の力ではない、あの拳銃はただのポーズ、自分の意志かもしくはナイの意志によってこの世界を出ていったのだ。

『ふん……結局一匹も減らせなかった。時間ももう戻せない。ボク一人になっちゃった』

猟犬達はアスタロトの姿が消えると同時に消えていった。ヨグ=ソトースに紐付けて呼び出したのが、その紐付けた元がこの世界を出たからそれに引っ張られたのだろう。

『ハスター、あれもはったり?』

『いや~、もう強いの呼べないだろうし~、弱いの呼んだって意味ないし~、多分事実』

事実なら何故言った? ハスターが居るのだからバレると分かっていただろうに。まだ何か隠し玉があるのか。

『よーちゃん微妙に協力的じゃなくなかった? 手抜いてたよね』

『魔物使いを門に通せって言ったり通すなって言ったりしたから拗ねてるんだよ。通すかどうかは自分で決めたい人だから』

『顕現いっぱい居ると意見バラけるんだよねー、ボクだけにやらせてればよかったんだよ』

白衣を着たナイは後ろでこそこそと話していた比較的幼い顕現の頭を撃ち、その傷口から漏れる黒い霧を吸収した。

『その通り、一箇所に集まるなら少ない方がいい』

『ははっ、ひっでぇな自分撃つとか』

『無駄なお喋りしてる暇があるならとっとと殺せ!』

白衣のナイに怒鳴られて嫌な笑みを浮かべたままこちらに来るのはロキの姿をした顕現だ。少し前に乗っ取られた友人だ、アスガルドのような事態はこちらで起こしてはいけない。

『メタトロン……槍を。カマエル……針を。ミカエル……剣を。サリエル……鎌を──』

頭から伸ばした腕に魔力と神力を混ぜて実体化させた武器を握らせる。雨が降り出し、雹が降り出し、雪が降り出し、雲の切れ目から日が差し、雷が連続して落ちて濡れた地面に紫電を走らせた。

『へぇ、すごいな。支配属性が根幹なら全属性を手に入れても自壊することはない……考えたじゃねぇか、サタンさんよ。それならテメェで創造神の座について自我崩壊する危険性はないわな』

不敵な笑みをたたえたままのロキの懐へ一跳びで侵入し、無数の武器を振るう。鎌を首に、剣を腹に──しかしロキは僕の背後に転移し、背骨をヒールで抉った。

『そんだけ長い髪して大量の腕振り回してりゃ視界相当悪いだろ、視線誘導は基本テクだが、テメェにゃ気にしなくてよさそうだな』

『ちょっと! もっと派手にやったらどう!? 長期戦はこっちに不利って分かってる!?』

『仕方ねぇだろロキの能力はイタズラ専用が多いんだから……化けるの移動するのハッタリ爆発だのそんなのばっかなんだよ、攻撃性能微妙なの! ったく、こんなことならトールでも取ればよかったのに』

『ボクと属性が違いすぎて取れないんだよあんな脳筋善神!』

治癒の力を使いっぱなしにしているからすぐに治ったが、今一瞬下半身が麻痺した。攻撃の地味さと威力の低さに騙されてはいけない、その分的確だ。目を増やさなければ。

『うぉ……キモ』

三十六枚の翼、その羽根の一枚一枚に目玉を生やす。この目は飾りなどではない。

『おっ、ぅわっ、ちょ、攻撃が正確にっ……痛っ!』

頻繁に空間転移を行う者など捉えられないと思っていたが。よく観察してみれば次の転移場所を見ていることが多い、先回りして武器を振るえば勝手にぶつかってくれる。

『クソっ……ニーベルングの指輪!』

『ルヒエル……風を!』

ロキの指輪から炎が巻き起こる。僕はそれを空気の渦を作って受け流す。炎に隠して黒い腕を伸ばし、純白の槍をロキに突き刺した。封印されていた時のルシフェルよりも多く、針鼠のようになるまで、肉塊に変わるまで突き刺した。しかし頭部は残してある。肉体を破壊しても再生するかもしれないから、念入りに殺さなければならない。

『サリエル……死与の魔眼』

虹色の眼を白目まで黒に変え、ロキを見つめる。

『ま、待て……よ、タブリス、友達を殺すのか? 助けて、くれよ……オレは、操られて』

『死ね』

潤んでいた赤い瞳から光が消え、頭がカクンと垂れ下がる。

『君はロキに取り憑いてるんじゃない、ロキのガワを奪ったんだ……僕が今殺したのはロキじゃない、よね』

ロキは僕を何度も助けてくれた、迷惑もかけられたけれど、話していて楽しい貴重な友人だった。そんな彼の見た目をした死体なんて見たくなくて、仲間の方に視線を移す。

『……時間稼ぎどうも、ロキ。ありがとうねヘルシャフト君、キミが高出力の魔力神力を吹き荒れさせたおかげでキミの仲間達に邪魔されなかった』

僕の仲間達は僕の攻撃に巻き込まれないように散らばり下がっていたが、ライアーの姿がない。ナイの方を睨めば彼に肩を組まれ、ぼうっとしていた。

『兄さんっ……!』

『元お友達は躊躇なく殺せたみたいだけど、お兄さんはどうかな? ほらっ……!』

ナイに突き飛ばされたライアーが一歩二歩とよろけながら僕の元に進み、止まり、ナイの方を振り返った。

『……分かってたんだ。侵食されるって。分かってたんだ。ボクが居る限りキミ達を完全に追い出すことは出来ないって。分かって、たんだ……弟と、ずっと一緒には居られないって』

『兄さん……? 兄さん、大丈夫なの?』

頭に生えた腕を消し、翼を一対に減らしてライアーに駆け寄る。背を摩ると彼は僕を見下ろし、優しい微笑みを浮かべた。侵食は失敗だったのだろうか。

『……何してるの? とっとと殺し合ってよ』

『ありがとう……ボクをニャルラトホテプにしてくれて、キミ達に繋いでくれて、これでっ……キミ達を道連れに出来る!』

白衣のナイを筆頭に周囲に散らばっていたナイの足元に空間転移の魔法陣が浮かぶ。ライアーの足元にもだ。

『前から考えてた……仕込んでたんだよ、こういう手はキミの十八番のくせに、焦るから見落とすんだよ』

『兄さん? 何する気なの兄さん! 大丈夫なんだよね、兄さんは! 兄さんは、僕の傍に居てくれるんでしょ!?』

言いようのない不安に駆られてライアーの腕を引っ張ると、土塊の体は崩れて腕は取れてしまった。

『ヘル……いい子で居てね。ボクが居たらニャルラトホテプはボクを道標に何度でもキミを狙うんだ。だからお兄ちゃんはちょっと遠くに行くよ』

『え……や、だ。嫌だっ、あいつらはもうこの世界に居られないって、そろそろ追い出せるんだって、だから!』

『……そうだよ。でも、ボクが居ると戻ってくる』

『ならまた追い出せばいいじゃん! 兄さん……やだよ、兄さん』

『ボクは本物のライアーでも、本物の兄でもない。嘘で固めたただの土の塊。そんなボクを想ってくれてありがとう、ヘル……さようなら。キミに造られて、キミと居られて、嬉しかった』

空間転移の魔法陣が強く輝き、僕の目も眩む。手を伸ばして必死にライアーを探したが、何にも触れられなかった。

『行き先は、南魚座のα星! 超長距離惑星間転移……発動!』

光の洪水が終わり、目が慣れるとライアーもナイも一人残らず居なくなっていた。僕が取ってしまったライアーの腕だった土は地面に混ざってしまってどこにあるのかも分からない。

『ター君、大丈夫~?』

見覚えのない可愛らしい少年が僕の顔を覗き込む。いや、ハスターか。仮面を頭の横にズラしている、素顔は初めて見たな。

『ハスター……? 君、顔……』

『僕やっと顔ができたんだよ~、邪神成分が完全に抜けた証だね~。どぉどぉ変な顔じゃない~?』

『弟にしたい……ねぇ、ハスター、兄さん……どこに行ったの? 連れ戻せる? 会えるよね?』

『弟はもう懲り懲りだよ~。えーとねぇ、南魚座の……えーと、フォーマルハウトだね、恒星の一等星だよ~』

星の名前なんて言われても分からない。

『どうして……そんなところに?』

『何でもかんでも燃やしたがりの邪神が居るんだよ~。にゃる君彼を毛嫌いしててね~、まぁ僕も好きじゃないけど~。にゃる君を燃やせば彼らのリソースは完全に消失して~、彼も消えるから~……クトゥルフ神話の連中は完全に消せたってことになる、かな~?』

燃やしたがりの……ナイが嫌いな……魔法の国を過去に一度滅ぼしかけたアイツか。砂漠の国でも召喚されかけたアレだ。アレ自身を呼ぶのではなく、こちらから行ったと? 大丈夫なのか? ナイは本当に戻ってこないのか? ライアーと本当にこれでお別れなのか?

『ター君? あれ……泣いちゃった~。ター君のお兄さんター君のお兄さん、何とかしてあげなよ~』

『…………分かってるよ。おとーと、ほら……抱っこしてあげるから、泣かないで』

兄はきっと複雑な気分なのだろう。自分の代理を果たしてもいて毛嫌いしていたライアーが消えて、その慰めをしろと言われたのだから。
それでも文句を言わずに昔のように抱き上げてくれた。兄も成長したのだ。僕も早く立ち直らなければ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...