上 下
871 / 909
第四十五章 消えていく少年だった証拠

掻き鳴らせ

しおりを挟む
再生を進めているラミエルの身体は紫電を纏っている。これは攻撃として放っている訳ではないのでアイギスの盾は反応しない、ラミエルに触れれば感電してしまうだろう。
ウェナトリアは今ラミエルに触れてはいけないと理解していた。触れないようにぎゅっと剣を握り、起き上がってくるのを待つ──つもりだ。

「……えっと、王様? 大丈夫? 居るよね?」

弾けるような静電気の音でウェナトリアの呼吸音が聞こえないヘルメスは彼の返事を求めている、しかしそれは応えられない。ウェナトリアは唾液を拭う自らの手首に噛み付いていたからだ。
久々に十本の真剣を振るって強敵を倒した。血が吹き出る肉の切れ目を見た。戦闘特化の肉食の蜘蛛としての本能と人間としての理性が彼の中でせめぎ合っていた。

「……っ!? な、なんだ……?」

「王様? やっぱ居た、よかった。どったの?」

ラミエルの体から細い雷撃が放たれた。それは攻撃ではなく連絡だ。開きっぱなしの竜の里への門から攻め入ってこいと部下に連絡したのだ。
空の穴から降り注ぐようにやってくる陶器製の天使達──ウェナトリアは天使の群れに向かって跳躍した。

『…………へへっ、やっぱり……な』

陶器が砕け散る音が響く中、ラミエルがゆっくりと起き上がる。ヘルメスは盾を構えたがラミエルは攻撃をする様子はない。

『アシダカグモには……食事中だろうと、目の前を走る獲物を追いかけちまう習性があんのよ。人間混じって知的に振る舞おうが、所詮、虫だな……』

傍に降りてきた陶器製の天使に支えられて立ち上がり、陶器製の天使に拾わせたギターを軽く鳴らす。

『……さ、俺は逃げたクソッタレ共殺すか。あの蜘蛛にゃ恨みがあるが……んなもん優先してらんねぇ』

「ま、待てっ……! クソっ……待て! 待てよ! 逃げるな!」

ヘルメスはラミエルを怒らせて足止めしようとあえて「逃げるな」と叫んだが、ラミエルは誘いに乗らずさっさと行ってしまう。ウェナトリアの目に止まらないよう早歩きで。

「……王様! 王様、天使が逃げる!」

大声で叫んだ直後、多量の血を吐いて地面に横たわる。それでも盾は離さず、効力も生きたままだ。

「…………待て!」

いくら興奮状態にあったとはいえ、ヘルメスの声も届かない彼ではないし、一度捕らえた獲物が逃げることほど腹立たしいことはない。
ウェナトリアは陶器製の天使達を踏みつけに空中戦を行っていたが、足場の天使を蹴り壊して地上に降りると十本の剣を構えてラミエルに突進した。
ラミエルの反撃は全て盾に吸い込まれる。そう考えていからこその無謀な突進だった。

『……へへっ、バーカ』

ラミエルは剣に触れる寸前で頭を抱えて小さく丸まった。突然屈んだラミエルに対応が間に合わず、ウェナトリアは彼に躓いてバランスを崩し、彼の横に立っていた陶器製の天使が持っていた槍に胸を庇った腕を刺してしまった。

『これは攻撃じゃねぇ、てめぇがマヌケに転んで危ねぇモンに当たっちまっただけ、だよなぁ? へへへっ! バーカでぇー』

ラミエルは盾を軽く蹴りつつウェナトリアの腕に刺さった槍を陶器製の天使から奪い、ゆっくりと動かす。先端を地面に突き刺して標本のようにし、動きを止めてゆっくりと殺す気だったのだ。しかしウェナトリアは躊躇なく腕を切断し、もう片方の腕でラミエルの肩を掴み、うなじに生えた触肢で首を掴み、首に噛み付いた。

『いってぇっ!? てめっ……この、離せ! 離しやがれっ!』

怒鳴りつつもラミエルにはウェナトリアに攻撃を加えて引き剥がすという手段が取れない。
ウェナトリアの狙いはこれだった。血肉を感じて本能を満たしつつ、破壊と再生を繰り返すことなく足止めする、彼が自画自賛するほどのアイディアだったのだ。
腕を切断しなければならない事態に陥らなければ、ヘルメスが盾の力を使っていられる間はラミエルを足止めできた。しかし腕を切断したウェナトリアの失血は酷く、彼の意識喪失というタイムリミットができてしまった。

『クソ……根性比べかよ。おい、てめぇらはとっとと竜だの何だの殺してきな』

ウェナトリアやヘルメスに槍を向けても盾に防がれてしまう。それをよく知らない陶器製の天使達はラミエルの判断に戸惑ったが、逆らうことはできずに竜の里の各所へ四散した。




一方その頃、竜の里に移した酒色の国の街中に一人の獣人が走っていた。
獣寄りの獣人の彼には全身に灰色の毛が生えており、首から上は完全に狼のもので、時折に地面に這いつくばったり壁に張り付いて匂いを嗅いだりするものだから、道行く吸鬼達に避けられていた。

「……いい女の匂い…………こっちか」

ボソッと呟かれたその言葉を吸鬼達は聞き逃さなかった。

『ねぇねぇ狼のお兄さん溜まってるの~?』
『そこのお店来てくれたらサービスするよ~?』

「触るな、気が散る」

狼の獣人──正義の国の労働所では11895と番号を振られていた彼は腕に絡みついた少女達を振り払う。

『何よ~失礼しちゃ~う』
『今度来たら倍額取ってやるからね~!』

少女達を無視して歩を進めた彼はヴェーン邸に辿り着いた。『いい女』の匂いが濃くなってきたことにほくそ笑みつつ、柵を乗り越えて庭に入る。

「ん……? 美味そうな匂い……」

発情期ではない彼の意識はついつい食欲の方に傾いてしまう。彼の視線は庭の隅で日向ぼっこを楽しむ羊の方へ向いた。

『あ~っ! 狼! 何! 何見てるの! 羊に手出したら怒るよ~!』

全く怒気の感じられない緩みきった声の方に視線を向けると黄色いローブを着て白い仮面を着けた少年がブラシを持っていた。

「……手を出す気はない。なんだアンタは……」

『ハスターだよ~、信仰して~?』

「信仰……? よく分からないが、人間じゃなさそうだな、魔王様の家はここで合ってるか? まずいことになった、天使が攻めてきたんだ」

魔王を……ヘルを呼びに走った者は何人も居たが、誰も彼の詳しい居場所を知らず、また狼の獣人である彼より足が遅く、一番にここに辿り着いたのは彼だった。王城に行ってしまった者は何人も居るだろう。

『魔王? あ~ター君? ここで合ってるよ~』

「ありがとう!」

『あ、部屋は~……ん? 順番だよ~、並んで~』

どの部屋に居るかは聞かなくていいのかと疑問を抱いたが、ブラッシングをねだる羊の声にその疑問を忘れた。


邸内に入った狼の獣人の彼は嗅ごうと意識するまでもなく鼻に届いた匂いに頭がクラっとするのを感じた。

「なんて強烈な雌の匂いだ…………やばい、たちそう……」

獣人には普通の獣と同じように発情期が存在する、獣寄りの彼には特に顕著に。しかし完全な獣という訳でもないため、そうそうそんな気にならないというだけで全く反応しない訳でもない。

「魔王様、いらっしゃいますか」

匂いの元である部屋の扉を開けると、一瞬の静寂の後枕が飛んできた。

『急に入ってこないでよ! 何、誰! ちょっと外出て!』

枕を投げたのは純白の髪を振り乱した少年──ヘルは狼の獣人が部屋を出たのを確認してベッドから出ると慌ててバスローブを羽織り、部屋を出た。

『ごめんこんなカッコで。ぁ、えっと……君、11895? さん、だっけ。何か用?』

「ぁ、あぁ……天使が攻めてきたんだ」

『は!? なんで!?』

「分からない」

『すぐ行く、どこ? 誰か戦ってる?』

ヘルの横にはいつの間にか半透明の犬が控えていた。

「えぇと……大樹と亜種人類のナハトファルター族族長の家を線で繋いで、その線を底辺として二等辺三角形を作って、新たにできた点を中心に底辺に触れる円を描いて、円周上で大樹から一番遠い地点だ」

建設の労働をしていて、竜の里に来てからも設計などを担当していた彼はヘルには理解できない方法でラミエルの居場所を正確に伝えた。これでも彼は分かりやすく丁寧に教えたつもりだ。

『…………カ、カヤ?』

『理解……シ汰』

『え、すごい……じゃあそこ行って。11895さん、知らせてくれてありがと!』

ヘルとカヤの姿が消えたことに面食らいつつも、彼の意識はすぐに部屋の中に向いた。そっと扉を開けて中に入ると再び彼にとって最高の女の匂いが鼻腔を突いた。

「……っ、ア、アンタは……誰だ?」

シーツに包まって不貞寝しようとしていた彼女が顔だけをシーツから出すと彼は生唾を飲んだ。
全身の毛が逆立つような寒気を覚える美貌があった。

『…………出て行け』

心臓を鷲掴みにするようなときめきを与える美しい声が響いた。その声は扉を開ける寸前まで途切れ途切れに聞こえてきていた声と同じで、更に彼の心臓に早鐘を打たせた。

「……アンタ、魔王様の……奥方、か?」

『だったら何だ』

「い、いや、何という訳でもないが……」

『なら早く出て行け』

美顔が再びシーツの中に引っ込む。

「…………も、もう少し話をしないか? もう少し近付く許可を──」

『出て行けと言ってるのが分からんか! 出て行け!』

怒鳴られた彼はクゥンと声を漏らして耳を寝かせ、慌てて部屋を出た。彼にとって彼女は存在を疑うほどの美女であると同時に、一吠えで死を覚悟するような圧倒的な力の差がある獣だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...