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第四十五章 消えていく少年だった証拠

魔王軍の牽制

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癒しの属性を手に入れ、力の属性を手に入れ、後方支援としても前線の戦士としても十二分に働けるようになってきた。

『さ……て、一旦帰るか……』

ゼルクとの戦いで損傷した大樹の傷を癒し、更に成長させた。大樹はもう放っておいてもいいだろう、人間や並の天使に切り倒せる大きさではない。
彼ら二人の天使を吸収できたのはマンモンから彼らが娯楽の国に留まっていると聞いたからで、僕が彼らの居場所を探知した訳ではない。カヤにも名前のある天使を探るのは難しいようだし、僕には吸収すべき天使を探る手がない。

『ただいまー……』

だからとりあえずヴェーン邸に戻ってきた。
各国に大樹を生やすつもりだが、それは戦争が終わってからでもいいだろうし、誰かが一人で居る天使を知っているかもしれないし、何よりアルに会いたいし……

『おかえりなさい魔物使い様今すぐ来なさい!』

帰宅とほぼ同時に蝿の大群に包まれ、情けなくも甲高い悲鳴を上げた。

『何なのいきなり!』

蝿による空間転移の行き先は魔界の浅層、見覚えのない悪魔達が大勢居る赤黒い景色の中だった。悪魔達は今魔界と人界を繋ぐ門を作っている、それも巨大なのを正義の国の間近に開けるつもりだ。

『天使に気付かれたんです』

バカなの? どうして領地外なら真横で大丈夫だと思ったの?

『……魔物使い様、なんか私を馬鹿にするようなこと考えてません? そんな顔してますよ』

ベルゼブブに読心能力があったとは驚きだ。

『いいですか魔物使い様、まだ門は完成していません。今邪魔されるのは困るんです。しかし門を開けるのに尽力している悪魔は私も含め、今は人界で複数の天使を相手にするのは厳しいんです、人界に満ちていた魔力も全て吸収して門開通に注いでいますから』

そんな不自然な魔力の流れを天使が気付かない訳がないだろう。やっぱり悪魔はバカなのかもしれない。

『戦争に備えて天使は天界に大勢引き上げてるので大丈夫だと思ったんですけどねぇ……ま、そんな訳で邪魔してきそうな天使は少数です、きっと独断でしょう。上位の天使は近場にドデカい穴が開いてくれたら魔界に攻め込みやすいと考えるでしょうから、人間の犠牲も最小限にしたいタイプの正義感のお強い方々ですね』

『少数かぁ……何、僕に倒せって?』

『ええ、もちろん。先程言ったように今の人界では悪魔はろくに活動できません。ま、名前持ちが三体に陶器製が十万ほどです、余裕でしょう?』

『全っ然余裕じゃないんだけど!?』

一体でも苦戦する名前持ちが三体に、薙ぎ払える陶器製とはいえ聞くだけで嫌になる十万という数。

『いいから行ってきてください!』

翠髪の少女の姿が揺らぎ、無数の蝿となって僕を包む。不快だが叫ばずに済んだと自分を褒めているうちに地上に放り出され、無数の天使の前に立ち尽くす。

『……魔物使い!? やはり……この不自然な魔力の流れは貴様の仕業か! 娯楽の国のと同じ冒涜をここで行うつもりだな!』

柔らかな紫の髪を揺らし、甲冑に身を包んだ天使が剣を片手に僕に怒鳴る。娯楽の国のと同じ──大樹のことか? 情報が早いな。門に気付いた訳ではないのか、こっちもバカだ。

『カマエルか……能力は確か、毒だっけ? 横の二人は……?』

カマエルの両隣に居る乗り気でなさそうな天使達にも見覚えがある。イロウエルにシャティエルだ、恐怖と沈黙……だったかな? どっちも使い道は思い付かないが、喰って損にはならないだろう。

『なんだ、魔物使い……貴様一人か?』

『え? マジ? じゃあ打つチャンスじゃんカマさんやっちゃえ』

イロウエルがカマエルの頬をつつく。カマエルは鬱陶しそうにその手を払い、怒鳴る。

『貴様もやるんだ! さぁ……魔物使い、正々堂々戦おうではないか! 私はカマエル、神の敵を打ち倒す者! ほら貴様らも!』

『イロウエル、恐怖を司る天使でーす、天界に避難してたかったのにカマさんに無理矢理連れてこられましたー』

『…………』

『彼女はシャティエル! 沈黙を司る天使だ!』

首に包帯を巻いたシャティエルは何も言わない。彼女を喰ったら喋れなくなるなんてことは……ない、よな?

『魔物使い、貴様にも名乗りを上げることを許してやる。遺言として聞いてやろう』

恥ずかしいしやりたくない、そう言ったら怒るかな、怒ろうがどうしようがどうでもいいけれど。

『支配、自由意志、雨、月、雪、癒し、力の属性を持つ……魔王、ヘルシャフト・ルーラー。新たに三つの属性を手に入れるため……どんな手を使ってでも勝つ』

『……フンっ! 勝てるものならやってみろ!』

カマエルが右手に持った剣を振ると空中に待機していた無数──おそらく十万の陶器製の天使達が僕に向かって突撃を仕掛ける。しかし彼らの大半は美しく禍々しい光に曝され、蒸発した。

『なっ……!?』

『うぇぇ……あの超極太ビームは……』

背後から荘厳な羽音が聞こえる。黒い羽根が散る。

『明けの明星、ルシフェル。私の神様に光と勝利を……』

『ルシフェル、三人相手だ、僕の魔力をしっかり読んで息を合わせて』

翼を広げて飛び立つと足に繋がれた鎖が鳴る。ルシフェルは首枷に繋がるその鎖をたわませたまま僕の後に続いた。

『くっ……散開!』

名前持ちの三人がバラバラに広がり、陶器製の天使達が僕の視界を塞ぐ。

『まだ多いっ……ルシフェル!』

ルシフェルに背後から抱き締められ、ぐるぐると三回転。腹の立つ動きだったが、十二枚の黒い翼から放たれる禍々しい光線は周囲の天使を粗方蒸発させた。

『神様、どう?』

『よくやった。離して』

目くらまし……いや、陶器製の天使達はほとんど消えていた。しかし、変わりに周囲の空間を埋めつくしていたものがあった、カマエルが作り出した魔法陣もどきだ。

『毒針……斉射!』

『ゼルク、早速出番だよ……鉄羽てっぱ!』

膝を抱えて丸まり、自分の翼で自分を包む。鋼鉄と化した羽根はカマエルが撃った毒針を通さない。

『貴様、それはゼルクの!』

『会いたいなら会いに来いよ……僕の腹まで!』

毒針による攻撃が止まるのを待ってカマエルの元に飛び込む──が、足首を鎖にグンッと引かれ、彼女に辿り着けなかった。

『ルシフェル! 何して……ぁ』

『か、神様? ごめんなさい……ちょっと、待って……』

ルシフェルは身体中に刺さった毒針を抜いていた。しかしその手の動きは鈍い、毒が回ってきているのだろう。

『……あぁもうこっち来て!』

鎖を巻き取ってルシフェルを手繰り寄せる。しかしその途中でイロウエルがルシフェルの頬を掴んで彼女と無理矢理目を合わせ、彼女の胸を蹴ってすぐに離れた。

『ルシフェル!? ルシフェル、何されたの!』

首枷を掴んで引っ張り、頭に手を当てて癒しの力を使うよう意識すると再生した肉が毒針を押し出した。毒まで癒せたかどうかは不安だ、ルシフェルの反応は鈍いままだし……

『ぁ、嫌……嫌っ、嫌ぁああっ!』

赤い瞳を震わせて僕を見つめていたかと思えば突然叫び声を上げ、僕の首を締めてきた。イロウエルに何か仕込まれたのか? 元天使長のくせに部下の攻撃に耐性がないのか?

『ポテー、力を貸せっ……ルシフェル、さっきの忘れろ!』

側頭部を叩くと僕の首を掴んでいた手から力が抜ける。

『…………あれ? 神様……私、何を』

ルシフェルに僕を攻撃するような様子はない。簡単に対処できたことに拍子抜けしつつ、カマエルの後ろに隠れたイロウエルを睨む。

『……カマさん、帰っていい?』

『ダメに決まってるだろう!』

言い争う二人を放ってシャティエルを探すが、見当たらない。隠れているだけなのか、帰ったのか……まぁ、沈黙させられたところで詠唱は必要ないし問題ない。技名を叫ばなければ取り込んだ属性との同期が不十分になりやすいが、技の威力が下がるだけだし問題ない。

『無理だって絶対無理無理! アンタも見ただろ簡っ単に対処されちまった!』

『ポテーは一体いつの間に……国に居たはずでは……』

『…………じゃあな!』

『あっこら待て!』

イロウエルはカマエルの隙をついて正義の国の方へと逃げる。

『茶番やってくれて助かったよ!』

『しまっ……!』

雨水の剣を振り下ろすが、カマエルの持つ剣に防がれてしまった。しかし、防がれて飛び散った水滴は彼女の甲冑を濡らし、一部は隙間に潜り込んだ。

『フンっ……貴様より私の方が剣の腕は上のようだな!』

カマエルの剣が振り抜かれると僕の雨水の剣は弾け飛び、僕と彼女を濡らした。

『……ま、素材が水だからね。鍔迫り合いじゃ負けるよ。でも属性の多さじゃ僕の勝ちだ、凍れ』

びしょ濡れになっていたカマエルはただ温度を下げるだけで凍りついた。

『さぁ……その魂、喰わせろっ!』

力いっぱいカマエルの頭を殴りつけると想像以上の速度で地面へと吸い込まれていった。岩場に叩きつけられたカマエルの元に降り、続けて拳を繰り出す。表面だけを凍らせていたからか殴ってひしゃげた甲冑の隙間からは温かい血が溢れた。

『すごいっ……すごい、何この腕力っ……すごいすごいすごいっ、僕、強いっ!』

簡単に頭蓋骨を砕き、脳漿を地面のシミにできる。
小突くだけで骨を折れる。強く殴れば岩が割れる。
ゼルクの「神の腕」の力は素晴らしい。

『……ぁ、忘れるとこだった』

無数の小石のようになってしまっている肋骨を避けて胸元を漁ると真球を見つけた。同意しない天使から魂を取り出すには肉体に損傷を与え、霊体から丁寧に切り離さなければならないので、結構な手間だ。

『ん……ごちそうさま。ルシフェル、シャティエルどこに居るか分かる?』

『陶器の欠片の下に隠れて神様を狙ってるね』

魂を取り出すのは面倒だ。喰われることに同意してもらいたいな。
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