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第四十四章 海面より浮上する理想郷

魚臭い神職者

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遅い朝、リビングに集まる。

『……昨晩アスタロトより伝言がありました。正義の国並び天界攻略作戦立案の為、魔界に雁首揃えやがれとのことです』

コーヒーに混ぜて溶け残った砂糖を食べながらベルゼブブの報告を聞く。きっとそんな言い方はされていないんだろうななんて考えながら。

『雁首……ね。じゃあ、陸海空でにいさま酒呑ベルゼブブは絶対。兄さんも来て、ベルフェゴールは……来てもしょうがないか』

『同盟国の連れてった方がいいんじゃないですか? あと、これ』

椅子の背にかけたまま一晩を越してもハスターは戻らなかった。

『…………そうだね、隣の国も行ってみないと』

もしかしたら魔力や神力が足りないのかもしれない。僕は彼を兄に貰ったローブの上から羽織った。

『ほなうちは部屋で寝てるわ』

茨木は早々に部屋に帰ってしまう。続けてアザゼルとヴェーンも。

『魔物使い様、ワタシも部屋に戻るわ。セネカ心配だもの』

僕が部屋に戻った後、セネカは自室に運ばれたらしい。メルは彼女の様子を見に部屋に戻った。

『……私は兄弟達が心配だから留守番をしているよ、クラールも任せろ』

『珍しいね、自分から言うなんて』

獣達は暖炉の前で眠っていたようだ、今は暖炉は消えているが、変わらずそこに居る。

『零さんとツヅラさんはどうします? 僕これから神降の国行きますけど』

「どうする? りょーちゃん、あんまり居るのも迷惑だよ」

『ん~……もうちょいここ居たいなぁ~……疲れ取れてへんし、人化けんのめんどくさいし~……』

樽の中に居る彼は昨晩よりも魚らしい姿になっていた。上半身のシルエットが人でなければ大きな魚にしか見えないだろう。

『冷蔵庫の中の物は好きにしてくれて構いませんから、それじゃ……えっと、みんな、先に魔界行ってて』

『魔物使い様魔界への行き方分かります?』

いつもマンモンに鞄に詰められて運ばれていたから分からない。

『……そのアホ面は分かってませんね? 皆様、王城にマンモンが来てますから彼に連れてってもらってください、私は魔物使い様の案内として残ります』

『ご、ごめんねベルゼブブ……』

兄の魔法で作戦会議に参加する者達がリビングから消える。僕は蝿の羽音を背にアルとキスを交わし、ヘルメスとベルゼブブと共に神降の国に向かった。

『テレパシーの件大丈夫ですかね?』

「……盾俺が持ってたし……やばいかもだね」

昨晩はヘルメスにテレパシーについて説明するのを忘れていたが、僕が起きる前にベルゼブブが済ませてくれたようだ、助かる。

「……嫌に静かだね。とぉー、ねぇー、にぃー、どこー?」

王城を歩き回って数分、庭で国王を見つける。

「とぉ! 大丈夫?」

前よりも老けて見える国王の金髪には白髪が混ざっていた。しかしベンチに腰掛け双頭の狼に餌をやっていた彼に特に変わった様子は見られない。

「……誰だっけお前」

「ヘルメスだよ! 第二王子! ねぇとにぃは? 無事?」

「おー、そういやお前どっか行ってたな、どうだった?」

話が噛み合わないのは前からだったよな……? いや、前からなのは息子の名前を覚えないことだけだったか。どちらにしてもヘルメスは違和感を覚えていないようだから大丈夫なのだろう。

『国王様、正義の国に攻め入る作戦会議を行いたいので来ていただけませんか?』

「……今からか? 急だな、事前に言っとくもんだろ」

『ごめんなさい……僕もそう思います』

その辺りの苦情は悪魔の方に言ってもらえると助かる。

「会議か……アレス、お前らは留守番だ。知ってるとは思うが国中大パニックだからな……三人で頑張って騒ぎ抑えとけ」

「えー……二人は大丈夫なの? あと俺ヘルメスね」

「見てないから知らん」

国王はぶっきらぼうに言って髑髏の兜と三又の槍を持つ。ヘルメスはぶつぶつと文句を呟きながらも僕と別れの挨拶を交わし、兄と姉を探しに行った。

「正義の国侵攻か……気が重いな、戦争は苦手だ」

『僕もできればしたくないですけど、仕方ないですよ、やられる前にやらなきゃ』

「……仕方ないって顔じゃないな? 新支配者どの」

国王は僕を見つめて意地の悪い笑みを浮かべる。僕は自分がどんな顔をしているのか気になって顔に手を触れさせたが、何も分からなかった。

『私はワクワクしますけどねぇ。それじゃ、行きますよ!』

握り拳ほどの大きさの蝿の大群に包まれる空間転移はいつまで経っても慣れない。叫びたくなる心を抑え、目を閉じた。

『着きました。さ、どうぞ魔物使い様』

羽音が消えるのを待って目を開ければヴェーン邸よりも数段豪奢な客間に居た。兄もライアーも酒呑も既に座っていて、上座にはサタンとリリスが座っていた。

『……揃ったか?』

高濃度の魔力は人間には毒ということで、国王にはメルが過去に魔界に来た時に使った鳥籠のような調整装置が与えられた。国王は渋々ながらも鳥籠の中に入り、呼吸がしやすくなったと皮肉った。

『……まず、クトゥルフのテレパシーについて。これは嬉しい誤算だ、侵攻が楽になるかもしれない。しかし誤算だということを忘れるな、未だに謎の多い神の仕業だということもな』

テレパシーで弱っていると決めつけての対応は厳禁、当然だな。

『作戦を説明する、貴様らは各々それに乗れ、いいな』

自分勝手な物言いだが、その金の眼光と威圧感に反対する者はいない。

『……まず、ベルゼブブが事前に蝿を飛ばしている。これによって正義の国近辺に移動が可能だ。それを使ってリリスが王族を暗殺』

『はーいだーりん、上手くやりまーす』

コツンとサタンの肩に頭をぶつけて微笑む。真っ赤な瞳や髪、そしてその顔の造形はメルによく似ている。

『……え、キミもやるの?』

僕も薄らと思っていたことをライアーが零した。

『何、女には無理とか言う気ぃ?』

『いやそういう意味じゃなくてさぁ……キミそういうタイプじゃなさそうで……』

今までサタンの傍に居た記憶しかないが、彼女も相当強い悪魔なのだろう、魔界の底に住んでいるのだから当然だ。

『リリスは暗殺や諜報、指揮に関しては余を凌ぐ』

『そぉそ、ワタシすごいのよ』

『失敗は死罪だ、貴様らもな』

『ワタシが失敗する訳ないじゃーん、だーりんこわぁい』

妻を敵地に忍び込ませる勇気も、失敗は死罪だと脅す勇気も、僕にはない。彼らのアレは信頼と呼べるのだろうか? アルと僕には信頼がないのかも……

『暗殺が終わればベルフェゴールを正義の国の中心に置き、人間を呪う。誤算があるとはいえ確実性は必要だろう』

テレパシーの影響で使いものにならない人間の兵士達も念の為に眠らせる──と。

『……そして最も懸念されるのが天使の存在だ。天界に居たなら彼奴らにテレパシーは届いていない、余やリリスのようにな。そこで貴様らだ、各々で天使を撃破せよ』

『適当だね、割り当てとかは?』

『好きにしろ。レヴィに魔界に通じる穴を正義の国の大陸に開けさせている、補給の心配はするな』

僕がいちいち分け与えなくていいというのは嬉しい。

『人界での軍は結局お飾りでしたねー、軍として動ける数居ませんよ』

『海軍は割と居ったで。てれぱしー言うやつで逆叉えらい死んでもうたけど』

『え……!? 待って、逆叉……』

『座礁してよーさん死んどったで。骨鯨は無事みたいやったけど』

大勢死んだ? そんな……あの子達は僕によく懐いてくれていて、可愛い声で鳴いて僕に甘えていて……

『……シェリー……そうだっ、シェリーは!?』

『竜のことやったら里に逃げたみたいやったけど』

竜の里にはテレパシーは届かなかったのだろうか、シェリーは賢い子だ、きっと大丈夫だ。

『骨鯨って見た人間は熱が出たりするんですよね? だったら科学の国の牽制に使えますよ、あの国は珍しい事件がすぐに広まりますから──』

逆叉達の死を知って落ち込む僕を放ってベルゼブブと酒呑は作戦を考え始めた。僕もそうするべきなのだが、目を閉じる度に逆叉達が僕に向けていた瞳が浮かんできて何も考えられない。

『……で、魔物使い。ルシフェルを使って天界に突貫、余と共に天界を蹂躙、余が神を殺し神に成り代わる──いいな?』

『ぁ……う、ん、成り代わる……の?』

『本当に成り代わることは出来んが、立場を奪い人間を扇動することは出来るだろう?』

僕のように存在そのものを奪うのではなく、人間同士の権力争いのように座だけを奪うのか。案外俗っぽいな。

『ルシフェルに天界に行けるようにしてもらって、サタンが創造神を倒す手伝いすればいいんだね、分かったよ』

『天界に悪魔を雪崩込ませる為にはルシフェルは必須だ、よく教育しておけよ』

天使を殺すことは不可能で、ウリエルなどのように強制送還という形で追い払ってきた。ミカも天界側からだったが似たような帰り方だった。天界に行けば彼女達を取り込めるだろうか、更に強くなれるだろうか──あぁ、先程まで悲しくて仕方なかったのに、力への欲求で塗り潰されてしまった。
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