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第四十四章 海面より浮上する理想郷

独立か吸収か

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蹲って叫ぶライアーに誰も何もできなかった。
異常過ぎたのだ、過去の投影だったはずのナイがこちらに干渉してきた謎も、ライアーが受けた攻撃がどんなものかも分からず、どう対応すればいいというのだ。

『に、兄さんっ……』

叫ぶライアーの姿が歪む。サラサラと土が零れ、異形の触手が皮膚だった土を崩して生える。

『ぁ、まっ、魔物使いの名の元に宣言する! 僕の兄に戻れ!』

ライアーを構成しているのは僕の魔力なのだから、僕の自由にできるはず。そんな予想は正しかったのかライアーの姿は元に戻った。

『…………兄さん?』

『……ぅ、ん……ん? ヘル……?』

表情も穏やかなものに戻り、そっと顔を覗けば頭を撫でられた。

『ライアー兄さんだよね?』

『ん? うん……そうだけど。何があったんだっけ……』

『ナイに何かされたんだよ、大丈夫?』

『え? ナイ? うーん……覚えてないけど、大丈夫は大丈夫だよ』

ナイの成り代わりを心配したが、短期の記憶喪失以外はライアーと変わりないように感じる。微笑み方も撫で方も僕が覚えているものだ、ナイが真似できるとは思えない。

『……よかった。でも……ツヅラさんの居場所、分からない……』

「そんなぁ……あ、でも、今出てきたの、ぷーちゃんに似てたし……もしかしたら正義の国かも」

『神父服でしたしね。僕としてはクトゥルフの何とかってのが気になりますけど……前のと同じなら場所は絞れないし』

強いて言うなら妖鬼の国か。

『……とりあえず、兄さん。石に戻って』

『え? どうして?』

『クトゥルフやナイ相手なら兄さん危ないでしょ』

覚えていないなら仕方ないが、たった今危なかった。二度とあんな手を使われてたまるものか。

『あいつらに対してはお兄ちゃん役立たずどころじゃないからねー……頑張って、ヘル』

優しく微笑んだライアーは黒い霧と土に分離し、霧の方は僕が首から下げている石の中に吸い込まれた。

『クトゥルフとナイが相手か……』

酒呑と茨木に協力を頼もうか? 彼らはテレパシーの影響を受けにくい。しかしナイと相対するには再生能力がなく防御手段に乏しいのが心配だ。クトゥルフがテレパシーだけとは思えないし……仲間には何も言わずにいよう。

『……とにかく、ツヅラさんの居場所を突き止めないことには何も出来ない……カヤ、分からない……よね』

カヤに頼めば大抵の失せ物は見つかるのだが、稀に首を横に振ることがある。玉藻なんかもそうだったが、隠すのが上手い相手には負けてしまうのだ。

『…………ぁ、そうだ。カヤ、ハスター連れてきて。ハスター、分かる?』

彼はクトゥルフを目の敵にしていたし、何か分かるかもしれない。そんな単純な思考と共にカヤを見下げれば、白い仮面が鼻先に触れた。

『……ター君? あれ~……こんなとこに居たっけ僕~』

『ハスター、クトゥルフが復活したかも』

『どこ? 殺す』

腹を掴んで持ち上げようとした時の猫のようにぬっと伸び、黄色い布の下から覗く触手を増やす。

『実は場所が分かんなくてさ……心当たりない?』

『…………海~?』

『広いなぁ……』

『ルルイエの場所は分かるよ~。どうせそこで寝惚けてるんだあのタコ野郎、寝惚けたまま永遠に眠らせてやる、早く行こう』

いつもと全く違うな。

「……あの、魔物使い君? 何と話してるの?」

ハスターをすり抜けてヘルメスが心配そうな瞳を僕に向ける。スメラギに取り憑いていないハスターは目に見えないんだったか……面倒だな。

「ん……? ぅわぁああっ!?」

『ごめん~、調整忘れてた~。はじめまして人間~、僕ハスター、ター君の友達、よろしく~』

面倒事が片付いた。残りの彼への疑問は彼自身に答えさせるとして、そろそろ出発しなければ。


ヘルメスが扱えるヘルメス神の神具に、あらゆるものを防げるというアイギスの盾。それらの物を抱えたヘルメスの隣、シェリーの頭上で、僕達は邪神共を探していた。

『……ルルイエ浮いてないね~。よくよく考えたら星辰も揃ってないし~。タコ野郎の気配感じないし~、本当に復活してるの~?』

『ナイがそんなこと言ってたってだけでまだかもしれないけど、そろそろなのは確実だと思うよ』

ハスターに言われた座標の位置に来てみたが、どこまでも広がる大海原に大自然の壮大さと自身の矮小さを知らされるばかりだ。

「……りょーちゃんどこに居るの!? ふざけた話し方してっ……真面目にやってよ! りょーちゃんが大変なんだよ!?」

『神父様、落ち着いて……』

「もういい、一人で探す! 下ろして!」

『周り海なのにどうする気なんですか! 落ち着いてくださいよ、必ず見つけますから! カヤにずっと探させてはいますから……』

カヤに見つけられないものが零に見つけられる訳がない。

『……きゅうっ? きゅーぃ、きゅうきゅう』

可愛らしい声が足の下から聞こえてくる。シェリーが何かを伝えたいようだが、今は零を落ち着かせる方が先だ。一旦シェリーを無視した僕達は数秒後、海に落ちた。

「ぷはっ! な、何? ドラゴンさん? あれ、どこ?」

シェリーが突然頭を上げ、僕達を振り落としたのだ。その上海深くへと潜ってしまった。

『シェリー! シェリー、どうしたの!? シェリーっ……! な、何? 今何か居た?』

宙に浮かんでいるハスター以外、僕達は皆海面から顔だけを出している。足を動かして浮いているのだが、その足に何かが触れた。

「え……何、サメとか? 怖いんだけど……ハスター? さーん、俺持ち上げてもらえないかなー?」

僕からも零とヘルメスを抱えてもらうよう頼み、ハスターが二人に触手を伸ばした直後、二人が海の中に沈み、彼らの腕に触手を巻き付けていたハスターも海の中に引っ張られた。

『へっ……? 待って……ぁ、透過。よし……待って!』

海水を透過し、浮力も水圧もなく三人を追う。ハスターはともかく二人は人間だ、並の人間よりは丈夫だろうと深くに引きずり込まれたら水圧で死んでしまう。

『……人魚?』

なんとか追いついたヘルメスの足を掴んでいたのは女の人魚だった。僕は素早くその人魚の元に向かい、腕を引きちぎった。続けて零を掴んでいた人魚にも同じことをし、浮上していくハスターに向けて叫んだ。

『すぐに二人を上げて! 僕はシェリーを探す、人魚に掴まれないよう海面から離れて待ってて!』

『了解~』

緩い返事を聞いて更に潜っていく。潜れば潜るほど暗くなっていく。深い青に恐怖を覚え始めたその時、目の前をシェリーが通った。

『シェリー! 待っ……ぅわっ!?』

シェリーが高速で通り過ぎたかと思えば、数多の海洋魔獣達が同じように通り過ぎていく。どうやらシェリーは海洋魔獣達に襲われているようだ。

『……魔物使いの名の元に命令する、止まれ!』

海洋魔獣達がピタリと止まり、シェリーがこちらに向かってくる。透過しているのは海水だけなのでシェリーの頭突きを全身で受け止め、内臓や骨の損傷を修復しつつシェリーの額を撫でる。

『酷い怪我……ごめんね』

美しい鱗はところどころ剥がれ、血が海中に漂っていた。治癒を使える者が居ないことへの危機感が足りなかった、兄達に甘えていたのだ。

『……シェリー、とりあえず上がって』

数は多いが全てかすり傷だ、動けない訳ではない。ひとまず海面に上がって、それからシェリーを港に送り、兄に治療を頼もう。

『ター君おかえり~、人間なんか様子がおかしいんだけど~』

シェリーの額に乗ったまま海面に上がるとハスターがぐったりとした二人を見せてきた。

『え……!? 神父様、ヘルメスさん! 大丈夫ですか、どうして……ぁ、溺れた? そうだ、人間なんだから……ハスター、溺れた人の手当できる?』

『やったよ~? 水吐かせて~、意識戻って~……それからなんか関節痛いとか筋肉痛いとか痺れてるとか~……』

関節と筋肉は分からないが痺れは海の生物の毒らしさがある。

『人魚って毒持ってたりするのかな……』

『きゅーぃ? きゅっ!? きゅう! きゅうううっ!』

二人を覗き込んだシェリーが突然叫び出した。

『な、何? シェリー、どうしたの?』

『え……? あ~、なるほど~、人間面倒だね~、うんうん、つまりこうだね!』

僕にはきゅうきゅうとしか聞こえないシェリーの声はハスターに伝わったようで、一瞬そよ風が吹いた。しばらくすると二人が起き上がり、自身の手を握り、開き、腕を伸ばしたりの動作確認を行い、ふぅっと息をついた。
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