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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合
決別はとっくの昔に
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開け放たれた裏口を眺める十六夜はポカンと口を開けていたが、オファニエルは珍しくも何かを察したように深い深いため息をついた。
『全く……この国は。これだからここでの仕事は嫌なんだ……別のが増える』
「あ、あの、天使様? 神父さんはどうしたのでしょう、追うべきでしょうか」
『あー……陶器、何体か行け。捕らえて中央裁判所に連れて行って……報告書は私が上げるから留置頼んでおけ』
いつも以上に気だるげな彼女はキョトンとしている十六夜と少年達の顔を順に見て再び深いため息をついた。
『……鳴神、一番魔力反応が濃かった部屋に行ってくれ』
「どうしてです?」
『…………私が調査する。その補助を頼みたいから、先に行って待っててくれ。ちょっとやることがある』
十六夜は納得した様子で少し前に僕が連れていかれた部屋に走っていった。オファニエルは少年達に向き直り、陶器製の天使に何かハンドサインらしきものを送った。
『……まず、調書だな。お前達、私達が来る直前、何をして──いや、神父に何をさせられていた?』
「え……? いや、普通に……なぁ?」
「は、はい……普通に。奉仕を……」
『…………中央裁判所に行って、具体的に言え。お前達には処罰はない……と思う、多分』
「え!? 裁判所って……僕達何かしましたか!?」
「処罰って……多分って……!」
『あぁ怯えないでくれ、多分大丈夫だから。いいから行け。おい、連れて行け』
陶器製の天使達に付き添われ、少年達も教会から出ていった。オファニエルは十六夜の元に向かうことなく近くにあった長椅子の背もたれに腰を下ろし、うねった月色の髪をかきあげた。
『…………どうしてどいつもこいつも戒律を守れないんだ……』
『……戒律ってどんなの?』
僕は隣に腰を下ろし、実体化してオファニエルの手を握った。
『暴飲暴食の禁止。飲酒、麻薬禁止。他者との性的接触禁止、自涜禁止。あと……えっと、一日六時間以上の睡眠禁止……? だったかな』
『厳しいね』
睡眠時間まで決まりがあるなんて。そりゃそれだけ厳しければ逆に守らなくなるだろう、罰則にもよるけれど、規則というのは厳し過ぎると守られなくなるものだ。
『…………ん? なっ……まっ、魔物使い!?』
『……狂言、通り雨』
予め降らしておいた不可視の雨が可視となり、壁や床など四方八方から雨水の針が生えて陶器製の天使達を割った。
『オファニエル、久しぶり……だよね』
彼女の周りの水溜まりからは針は生えないように調整した。部下を一瞬で全て破壊された彼女は怯えたような顔をしている。そっと正面に浮かんで両手を握り、目を合わせる。
『……自由意志の天使、タブリスだよ。君の親友さ』
『え……? たぁちゃん……? あれ、でも、今の力はザフィ……いや、お前は魔物使いで……』
オファニエルは混乱しているようだ。十六夜や眷属を呼ぶことも腰に差した剣を抜くこともしない。
『何言ってるの、僕の愛しい親友……僕はタブリス、それ以上でも以下でもない』
以上も以下も『それ』を含む。まぁ、そんな面倒な言葉の意味の粗探しは趣味ではないけれど、僕という存在には矛盾した言葉が似合う。
僕はタブリスかもしれないけれど『黒』ではないし、僕はヘルと呼ばれるけど今やヘルシャフト・ルーラーとは言えない。
あぁ、なんて言語化の面倒な存在だろう。
『………………たぁちゃん、なの? わ、私を、愛しい親友なんて、そんな、たぁちゃんが、そんな……』
少し考えれば僕が彼女が愛した天使とは全くの別物であると感情的に理解出来るはずだが、「愛しい」だとか「親友」だとかの欲しい言葉を与えれば感情を解析する余裕すら消せる。
『……オファニエル、僕とひとつになろうよ』
『え……? そ、それって、そんな、たぁちゃん……そんな、急に、こんなところで……』
『さぁ、オファニエル、僕に君の魂をちょうだい』
『…………そ、そうすれば、たぁちゃんは……私を好きになって、私と一緒に居てくれるんだね? 私の隣で笑ってくれるんだね?』
彼女が監禁や殺害などを目論むタイプではないのは分かっている。何よりも『タブリス』の幸福そうな姿を願っている優しい良い人だ。
僕はそんな天使らしく純粋で、天使らしくない執着心を持った彼女に微笑みかけた。
『いいよ、ちょっと待って……今出すから』
オファニエルは鎧の上から胸に手を当て、半透明の真球を胸の奥から取り出した。星のない夜の満月のように輝くその魂からはオファニエルらしさを感じた。
『はい、たぁちゃん。あげる』
『……ありがとう』
ニコニコと笑って自らの魂を差し出すオファニエルには憐れみすら覚える。そっと差し出された魂に手を伸ばし──肘から下が弾け飛んで視界が赤く染まった。
「何をしているんですか天使様! そいつが魔物使いですよ!」
『十六夜っ……! 昔は、仲良くできてたけど──』
『たぁちゃん! たぁちゃん、大丈夫!?』
妨害をしてきた十六夜に攻撃を仕掛けるはずが、僕を庇うように詰め寄ったオファニエルに視界を遮られる。バサバサと揺れる白い翼が邪魔で何も見えない。
『あぁぁ……なんて酷い怪我を……』
タンッ……と着地音が背後で鳴り、振り向けば散弾銃を二丁構えた十六夜が居た。
『……っ、鳴神、やめろ!』
オファニエルは僕を抱き寄せて剣を抜き、散弾を弾き落とした。十六夜の銃は魔力を弾に変える魔道具だ、その魔力の元はオファニエルなのだから、当然弾こうと思えば弾けるだろう。
「どうしたんですか天使様! 魔物使いを捕えなければ……それは天使と国連の総意です!」
『黙れっ……この子は、たぁちゃんっ……!?』
僕は再生した腕を浮遊していたオファニエルの魂に伸ばし、輝く真球を口の中に放り込んだ。握り拳より少し小さなその球は本来なら飲み込むのに苦労する代物だが、実体がないからなのか簡単に飲み込むことが出来た。
『…………たぁちゃん?』
『ありがとう、オファニエル。さ、僕におかえり』
困惑するオファニエルの首に腕を回し、額にそっと唇を触れさせた。
『ずっとタブリスを愛してくれてたお礼だよ、ごめんね、僕には奥さんが居るからこれくらいしか出来ないんだ』
手足の末端から大気に溶けていくように消えていくオファニエルは幸福そうな満面の笑みを浮かべた。
『十分だよ、たぁちゃん……』
透けた身体が倒れてきて、彼女だった光の粒が僕の身体に吸い込まれる。
『…………私の想いは、報われた……』
心臓から血液が手足の末端に送られていくのを知覚する。全身の脈動が分かる。魔力が増えた、上位存在として更に高みに登った、そんな確信がある。
連発される散弾は魔力の塊だ、不意打ちでなければ背後から来たものだって止められるし、その気になれば吸収もできる。
『魔物使いの名を持って宣言する、この場全ての魔力は我が支配下に……ふふ』
「魔物、使いっ……! 天使様をどこへやったんですか!」
『…………食べちゃった』
奇妙な高揚の中に居る僕は悪戯に口を開けて舌を出し、それから口の端を吊り上げて笑った。
『多分、取り込まれる瞬間ってめちゃくちゃ気持ちいいんだろうね。吸収に納得していようがしていまいが、その気持ちよさに任せて全部捨てちゃうんだ』
「食べたって……なんですか、なんなんですかあなたは! 人間じゃなかったんですか!? なんなんですかその翼、光輪、まるで天使様じゃないですか!」
『ひとつになる……ふふ、うん、確かに、きっとあの快感は…………セックスに近い』
「このっ……!」
十六夜が近付いてくる。僕から数歩手前で銃を捨て、スカートを捲り上げて太腿にベルトで固定していた折り畳み式のナイフを振りかざした。僕はそれを手のひらに突き刺して止め、十六夜の手を握った。
『……ま、僕は味わってないから予想でしかないんだけどさ、味わえたら味わえたで問題だよねぇ? 僕は既婚者な訳だし……そのものじゃないって言ってもアルはいい顔しないだろうしさ?』
「…………魔物使い。温泉の国で出会った時のことを覚えていますか? 人形の国で話したことを覚えていますか? 私は、あなたのことを友人だと思いたかった」
『十六夜さん、あなたは…………アルを殺した。僕も友人だと思いたかった……でも、あの時点で、もう、無理だよ……』
思いっ切り腕を振り、遠心力でナイフを抜いて彼女の手を離す。すると十六夜は吹き飛んで神の像に叩きつけられる。
『……でも、君をいたぶる気にはなれなくて……元友達ってことで楽に殺して……』
床に落ちた十六夜は起き上がろうとしない。虫の息だ。
『あぁ、そっか……オファニエルが一瞬消えて、僕になっちゃったから……加護が消えたんだね。そう、だよね……人間はこのくらい脆いんだよね』
殺す気だったのに、覚悟したはずなのに、どうして涙が零れてしまうのだろう。動けない十六夜にトドメを刺すこともできないなんて、僕は一体何なのだろう。
オファニエルを取り込んで魔力が増えたというのに、どうして虚無感を抱えているのだろう。
『全く……この国は。これだからここでの仕事は嫌なんだ……別のが増える』
「あ、あの、天使様? 神父さんはどうしたのでしょう、追うべきでしょうか」
『あー……陶器、何体か行け。捕らえて中央裁判所に連れて行って……報告書は私が上げるから留置頼んでおけ』
いつも以上に気だるげな彼女はキョトンとしている十六夜と少年達の顔を順に見て再び深いため息をついた。
『……鳴神、一番魔力反応が濃かった部屋に行ってくれ』
「どうしてです?」
『…………私が調査する。その補助を頼みたいから、先に行って待っててくれ。ちょっとやることがある』
十六夜は納得した様子で少し前に僕が連れていかれた部屋に走っていった。オファニエルは少年達に向き直り、陶器製の天使に何かハンドサインらしきものを送った。
『……まず、調書だな。お前達、私達が来る直前、何をして──いや、神父に何をさせられていた?』
「え……? いや、普通に……なぁ?」
「は、はい……普通に。奉仕を……」
『…………中央裁判所に行って、具体的に言え。お前達には処罰はない……と思う、多分』
「え!? 裁判所って……僕達何かしましたか!?」
「処罰って……多分って……!」
『あぁ怯えないでくれ、多分大丈夫だから。いいから行け。おい、連れて行け』
陶器製の天使達に付き添われ、少年達も教会から出ていった。オファニエルは十六夜の元に向かうことなく近くにあった長椅子の背もたれに腰を下ろし、うねった月色の髪をかきあげた。
『…………どうしてどいつもこいつも戒律を守れないんだ……』
『……戒律ってどんなの?』
僕は隣に腰を下ろし、実体化してオファニエルの手を握った。
『暴飲暴食の禁止。飲酒、麻薬禁止。他者との性的接触禁止、自涜禁止。あと……えっと、一日六時間以上の睡眠禁止……? だったかな』
『厳しいね』
睡眠時間まで決まりがあるなんて。そりゃそれだけ厳しければ逆に守らなくなるだろう、罰則にもよるけれど、規則というのは厳し過ぎると守られなくなるものだ。
『…………ん? なっ……まっ、魔物使い!?』
『……狂言、通り雨』
予め降らしておいた不可視の雨が可視となり、壁や床など四方八方から雨水の針が生えて陶器製の天使達を割った。
『オファニエル、久しぶり……だよね』
彼女の周りの水溜まりからは針は生えないように調整した。部下を一瞬で全て破壊された彼女は怯えたような顔をしている。そっと正面に浮かんで両手を握り、目を合わせる。
『……自由意志の天使、タブリスだよ。君の親友さ』
『え……? たぁちゃん……? あれ、でも、今の力はザフィ……いや、お前は魔物使いで……』
オファニエルは混乱しているようだ。十六夜や眷属を呼ぶことも腰に差した剣を抜くこともしない。
『何言ってるの、僕の愛しい親友……僕はタブリス、それ以上でも以下でもない』
以上も以下も『それ』を含む。まぁ、そんな面倒な言葉の意味の粗探しは趣味ではないけれど、僕という存在には矛盾した言葉が似合う。
僕はタブリスかもしれないけれど『黒』ではないし、僕はヘルと呼ばれるけど今やヘルシャフト・ルーラーとは言えない。
あぁ、なんて言語化の面倒な存在だろう。
『………………たぁちゃん、なの? わ、私を、愛しい親友なんて、そんな、たぁちゃんが、そんな……』
少し考えれば僕が彼女が愛した天使とは全くの別物であると感情的に理解出来るはずだが、「愛しい」だとか「親友」だとかの欲しい言葉を与えれば感情を解析する余裕すら消せる。
『……オファニエル、僕とひとつになろうよ』
『え……? そ、それって、そんな、たぁちゃん……そんな、急に、こんなところで……』
『さぁ、オファニエル、僕に君の魂をちょうだい』
『…………そ、そうすれば、たぁちゃんは……私を好きになって、私と一緒に居てくれるんだね? 私の隣で笑ってくれるんだね?』
彼女が監禁や殺害などを目論むタイプではないのは分かっている。何よりも『タブリス』の幸福そうな姿を願っている優しい良い人だ。
僕はそんな天使らしく純粋で、天使らしくない執着心を持った彼女に微笑みかけた。
『いいよ、ちょっと待って……今出すから』
オファニエルは鎧の上から胸に手を当て、半透明の真球を胸の奥から取り出した。星のない夜の満月のように輝くその魂からはオファニエルらしさを感じた。
『はい、たぁちゃん。あげる』
『……ありがとう』
ニコニコと笑って自らの魂を差し出すオファニエルには憐れみすら覚える。そっと差し出された魂に手を伸ばし──肘から下が弾け飛んで視界が赤く染まった。
「何をしているんですか天使様! そいつが魔物使いですよ!」
『十六夜っ……! 昔は、仲良くできてたけど──』
『たぁちゃん! たぁちゃん、大丈夫!?』
妨害をしてきた十六夜に攻撃を仕掛けるはずが、僕を庇うように詰め寄ったオファニエルに視界を遮られる。バサバサと揺れる白い翼が邪魔で何も見えない。
『あぁぁ……なんて酷い怪我を……』
タンッ……と着地音が背後で鳴り、振り向けば散弾銃を二丁構えた十六夜が居た。
『……っ、鳴神、やめろ!』
オファニエルは僕を抱き寄せて剣を抜き、散弾を弾き落とした。十六夜の銃は魔力を弾に変える魔道具だ、その魔力の元はオファニエルなのだから、当然弾こうと思えば弾けるだろう。
「どうしたんですか天使様! 魔物使いを捕えなければ……それは天使と国連の総意です!」
『黙れっ……この子は、たぁちゃんっ……!?』
僕は再生した腕を浮遊していたオファニエルの魂に伸ばし、輝く真球を口の中に放り込んだ。握り拳より少し小さなその球は本来なら飲み込むのに苦労する代物だが、実体がないからなのか簡単に飲み込むことが出来た。
『…………たぁちゃん?』
『ありがとう、オファニエル。さ、僕におかえり』
困惑するオファニエルの首に腕を回し、額にそっと唇を触れさせた。
『ずっとタブリスを愛してくれてたお礼だよ、ごめんね、僕には奥さんが居るからこれくらいしか出来ないんだ』
手足の末端から大気に溶けていくように消えていくオファニエルは幸福そうな満面の笑みを浮かべた。
『十分だよ、たぁちゃん……』
透けた身体が倒れてきて、彼女だった光の粒が僕の身体に吸い込まれる。
『…………私の想いは、報われた……』
心臓から血液が手足の末端に送られていくのを知覚する。全身の脈動が分かる。魔力が増えた、上位存在として更に高みに登った、そんな確信がある。
連発される散弾は魔力の塊だ、不意打ちでなければ背後から来たものだって止められるし、その気になれば吸収もできる。
『魔物使いの名を持って宣言する、この場全ての魔力は我が支配下に……ふふ』
「魔物、使いっ……! 天使様をどこへやったんですか!」
『…………食べちゃった』
奇妙な高揚の中に居る僕は悪戯に口を開けて舌を出し、それから口の端を吊り上げて笑った。
『多分、取り込まれる瞬間ってめちゃくちゃ気持ちいいんだろうね。吸収に納得していようがしていまいが、その気持ちよさに任せて全部捨てちゃうんだ』
「食べたって……なんですか、なんなんですかあなたは! 人間じゃなかったんですか!? なんなんですかその翼、光輪、まるで天使様じゃないですか!」
『ひとつになる……ふふ、うん、確かに、きっとあの快感は…………セックスに近い』
「このっ……!」
十六夜が近付いてくる。僕から数歩手前で銃を捨て、スカートを捲り上げて太腿にベルトで固定していた折り畳み式のナイフを振りかざした。僕はそれを手のひらに突き刺して止め、十六夜の手を握った。
『……ま、僕は味わってないから予想でしかないんだけどさ、味わえたら味わえたで問題だよねぇ? 僕は既婚者な訳だし……そのものじゃないって言ってもアルはいい顔しないだろうしさ?』
「…………魔物使い。温泉の国で出会った時のことを覚えていますか? 人形の国で話したことを覚えていますか? 私は、あなたのことを友人だと思いたかった」
『十六夜さん、あなたは…………アルを殺した。僕も友人だと思いたかった……でも、あの時点で、もう、無理だよ……』
思いっ切り腕を振り、遠心力でナイフを抜いて彼女の手を離す。すると十六夜は吹き飛んで神の像に叩きつけられる。
『……でも、君をいたぶる気にはなれなくて……元友達ってことで楽に殺して……』
床に落ちた十六夜は起き上がろうとしない。虫の息だ。
『あぁ、そっか……オファニエルが一瞬消えて、僕になっちゃったから……加護が消えたんだね。そう、だよね……人間はこのくらい脆いんだよね』
殺す気だったのに、覚悟したはずなのに、どうして涙が零れてしまうのだろう。動けない十六夜にトドメを刺すこともできないなんて、僕は一体何なのだろう。
オファニエルを取り込んで魔力が増えたというのに、どうして虚無感を抱えているのだろう。
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