魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合

決め手はスパイ

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国連加盟国の中には強い軍事力を持つ国が多い。しかし酒色の国には少し前まで軍はなく、娯楽の国はせいぜい準軍事組織、神降の国は神具頼り……物量で攻められては一溜りもない。

『希少鉱石の国には友人の神性が居まして、彼の信者は引き込めるかもしれません』

「……神性と友人ってサラッと言うなー、流石は新支配者どの」

セツナとメイラはどっちにつくだろう。錬金術は創造神に歓迎されることはないが、わざわざ敵対する理由もない。もしかしたら姿をくらますかもしれない、この場で示すのはやめておこう。

『兵器の国の跡地に居ると思われる竜は僕に懐いているはずですし……そんな感じで国連加盟国からも引き抜きは可能かな、と』

『なるほど、いいですねそれ。武芸の国なんて武術の国だった頃の恨み持ってる人居るかもですし、呼びかければ集まるかもしれませんよ』

僕は知り合いだけに声をかけるつもりだったが、そういうのもありか。恨みや野望による連合軍……統率が難しそうだな。

『え……? あ、はい、はいはい……分かりました』

ベルゼブブとマンモンとライアーが揃ってツヅラに視線を注いだかと思えば、ベルゼブブが僕に耳打ちしにやってきた。

『魔物使い様。正義の国に行かれてはと。獣人と言えば分かるだろうと』

『……ツヅラさん?』

頷くベルゼブブを席に戻るよう促し、ツヅラと目を合わせる。
ハスターについて相談しに行ったあの日、クラールがミーアに攫われたあの日、僕はツヅラから獣人の真実を聞いた。獣人には獣に近い獣人と人に近い獣人、その中間が居る。獣人の国に居たのは中間、繁殖用に管理された者達。その他、獣に近い者と人に近い者は正義の国で奴隷として扱われているらしい。彼らが解放を望むなら協力が願えるかもしれない。

『兄さん、妖鬼の国の勧誘頼んでいい? 酒呑連れて行ってみてくれない? 僕は正義の国に行ってみるから』

「え? ちょ……魔物使い君、なんで? 正義の国の国民は全員訓練を受けてるはずだし、信者じゃなくなったら速攻で処刑だし……あ、情報盗むの?」

『ええ、まぁ……そんなところです。情報が皆無のままなのは避けたいので。天使に見られなければある程度は大丈夫そうですし』

『加護受者も危ないですよー』

兄を連れて行けば隠匿の魔法で天使の目も誤魔化せる、それをわざわざ説明するのは面倒だ。それに兄は正義の国の国民が理不尽に戦いに巻き込まれるのはいけないという僕の考えに賛同してくれているし、その仕掛けを進めるのにも兄を連れて行かなければ。

『じゃあ、善は急げって感じで……明日あたり正義の国に忍び込みますね』

『お兄ちゃんも一緒に行くね』

『だから兄さんは妖鬼の国だって。正義の国にはナイが大勢潜んでるかもしれないんだよ? 危ないだろ』

「……ねぇ、魔物使い君。ちょっと頼みたいんだけどいいかなぁ」

落ち込むライアーを余所に零が仮面の下から落ち着いた声を投げてくる。

『なんですか?』

「零もね、連れてって欲しいんだぁ。雪華を置いて来てるんだよぉ、このまま正義の国に居ても前線に駆り出されて死んじゃうだけだろうしぃ……こっちが安全とは言えないけどさぁ?」

『……分かりました』

弟子が心配なのは分かるが、雪華は零とは違って盲目的な創造神の信者だ。悪魔を庇ったり政府命令を無視したりの師匠に着いてくるとは思えない。

『じゃあ明日の朝、迎えに行きますね』

零の了承の後、別の議題が浮かぶ。具体的な戦術についてだ。天界から降りてくる以上、天使に対応するには対空兵器が必要。正義の国から人間の兵が送られるかもしれないし、何より危険なのは科学の国だ、未知の兵器があるかもしれない……そんな内容だった。
会議が終わる頃には皆暗い顔で、静かに解散が告げられた。ライアーの魔法で邸宅に帰った僕は兄の部屋に向かった。

『……にいさま、ちょっとお願いがあるんだけど』

そう言いながら開けた扉の先には髪の毛を逆立たせた兄が居た。

『な、何してるの? 髪……大丈夫?』

『……蓄電石の解析。ちょっと静電気が酷くて』

手に持っていた光り輝く石を胸の中に収納すると髪を整え始めた。僕は後ろ手に扉を閉じ、ベッドに座って兄が身嗜みを整えるのを待った。

『お待たせ、ごめんね? お願いって何?』

『……明日、正義の国に忍び込むつもりだから一緒に来て欲しい』

僕は兄に奴隷とされている獣人の存在と、国民の避難用の魔法陣か何かを仕掛ける案を話した。

『…………どうして僕なの? 魔法が必要なのは分かったけど、それならライアーでいいだろ?』

『……にいさまの方が信用出来る』

隣に座っている兄の膝の上に向かい合わせになるように跨り、身体の前面がぴったりと触れ合うように抱き着く。

『僕の扱いが分かってるね、いい傾向だよ』

平静を装った声は震えている。僕の背に回そうとした手が空を漂っている。

『もちろん、君の言うことはなんでも聞くよ』

いつものように薄っぺらな微笑みを浮かべているつもりなのだろう。しかし口角の上がり方は不自然だし、全体的に硬くピクピクと痙攣している。

『ありがと、にいさま』

兄の膝から降りて立ち上がれば兄は寂しそうな顔をする。まるで母親に甘える手を払われた子供だ。幼い表情が面白く思えた僕は兄の頭を撫でて部屋を出る──

『……待って!』

『わっ、な、何?』

扉に向かう途中、手を掴まれて振り返る。

『ぁ……い、いや、ごめん……その、えっと…………ぁ、聞きたいこと、聞きたいことがあってね!』

無理矢理笑顔を作った兄は僕の目の前に広げた手のひらから蓄電石を浮かび上がらせた。

『君は神様に教わったっていう力を使ってるよね? それに取り込んだ天使の力を使う時もある』

『……うん、それが何?』

『その時に使うのは魔力だよね? 神力じゃない』

僕は神力を魔力に置き換えて教えられたやり方で術を使っている。そう兄に伝えた。

『……どうやってるの? 塩を砂糖で代用するのより無茶だよ』

『感覚だから……よく分からないよ』

『お願い、教えて、それが出来れば僕はトールの力を少なくとも三割は再現出来る。トールを作れるかもしれない』

三割か。三割だろうと彼の力を再現出来るのは魅力的な話だ。しかし、作るというのはどういう意味だ。

『作るって何? 僕とフェルみたいな?』

『そうだよ。そりゃ本物にはかなり劣るけど戦力は格段に──』

『もうやめなよ、そういうの。作ったところで本物とは全く違うんだし、作られた方は自分の存在についてかなり苦しむんだし……良いことないよ』

この発言をフェルに聞かれたら大変だな。彼を否定している内容だ、僕はもちろんフェルが作られて良かったと今は思っている。しかし感情と倫理は別だ。

『トールさんに僕の時みたいな執着がある訳でもないんでしょ? 利用したいだけで生命を産まないで』

『…………君は、甘えられる家族が居るからそんなこと言えるんだよ』

『……どういう意味?』

そりゃ兄には甘えられる家族は居なかったし、これからも出来ないけれど、それは兄が驕り高ぶって父母を下に見たからだし、僕に執着して恋愛を捨てたからだし、自業自得だ。

『見上げられる人なんて、僕には今まで居なかったのに……守ってくれる人なんて、お願いを聞いてくれる人なんて、居なかったのに……それを取り戻そうとして何が悪いの。そりゃ僕が悪いよ、考えが甘かったからお父さんは死んじゃったんだよ。でもどうして君にそんなこと言われなきゃいけないんだよ、僕はお父さんに会いたいんだよ……また我儘聞いて欲しいんだ、それだけなのに、どうして』

『…………お父さんって』

『え……? あっ……い、いや……その……忘れろ!』

兄の手に魔法陣が浮かぶ。しかしその輝きを認識した直後に魔法陣は僕の額に叩きつけられ、発動してしまった。

『……………………あれ? 何の話してたっけ』

目の前に立っている兄は何故か泣きそうな顔をしている。僕はそんな兄の服を引っ張って屈ませ、まだ静電気が溜まったままらしい髪を撫で、頭を抱き締めた。

『……どうしたの、にいさま』

『ん……』

僕の腹に擦り付けるようにして頭を振る兄は酷く幼く思えた。

『えっと、魔力で神力の代用をするコツだっけ? 感覚だからよく分かんなくてさ……にいさま、記憶とか読めるよね? それで調べてみてよ』

脳を覗くための魔法陣が浮かんだ手のひらが側頭部に触れ、頭の中心に針が刺したような痛みが走る。

『にいさまがそれを習得してくれたら、にいさまがトールさんの術とか使えるようになるんだよね? すっごく強くなるよね。期待してるよ、にいさま』

適当に機嫌を取りつつ兄の頭を撫でれば、変わらずに僕の腹に押し付けられている頭が微かに縦に揺れた。
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