魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合

各国の立ち位置

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口喧嘩を止めるとベルゼブブはムスッとした顔のまま世界地図を机の上に広げた。彼女が上で寝られそうなくらい大きな物だ。

『いいですか、まず酒色の国はここです。この地図には反映されていませんが、神降の国との間にある山は消滅し、行き来が楽になっています』

歪な楕円形の島、その北側に酒色の国がある。北側と言っても魔法の国とは位置が違うため、北に行くほど暑い。赤道がどうとかという説明を聞いたが感覚ではしっくりこない。地図では山を挟んで南に位置するのが神降の国。それを越えて更に南には水中都市がある海岸線。

『……こうして見ると、科学の国って意外と近いね』

水中都市から直線距離で十数センチ先に科学の国があるこの大陸の半分ほどの大きさの孤島がある。

『魔物使い様、地図には縮尺というものがありましてね』

『分かってるよ! でも近いでしょ。正義の国がある大陸はここだったよね? でもお菓子の国を挟んでるし、かなり離れてる。でも科学の国とこんなに近いのはちょっと怖いよ』

『ついでですが魔物使い様、お菓子の国は正義の国の植民地になりました』

『は……!?』

『そりゃ、便所蝿も王族も居ねぇんだから当然だろうよ』

お菓子の国は正義の国がある大陸と酒色の国がある大陸の間にある島国だ。赤道にかかったその国がなければ正義の国は直線的にこの国に攻め込める。

『砂漠の国も片付け終わったら植民地らしいぜ』

『えっ……そっちもやっぱり直線で来れる……やばい』

砂漠の国は赤道直下、地図の左端にある。つまり右端にある正義の国とはそもそも近い。それでも国連非加盟国だったのは流石と言えるが、近年はそれも保てなくなって、この間とうとう壊滅した。そしてそんな砂漠の国と酒色の国を挟むのは広大な海のみ。

『……って言うか砂漠の国が正義の国の領土になったら植物の国もやばいじゃん!』

『そんなに近くないですし』

『結界張ったから大丈夫だよ、お兄ちゃん信用して欲しいな』

植物の国がある孤島も砂漠の国から直線的に攻められる──まぁ、確かに、結構離れているし結界もあるけれど。

『そもそも正義の国との距離も直線も関係ありませんよね、天使は天界から降りてくる訳ですし』

『だよな? この地図出したのは正義の国の植民地と国連加盟国を分かりやすく見てもらいたかったからだ』

『この戦争の割合的な無謀度を測っていただきたいんですよ』

砂漠の国の隣、希少鉱石の国に赤い印が付けられる。

『この国は恩知らずにも寝返りました』

『まぁ元々正義の国とはいがみ合ってる訳じゃなかったからね、呪いの性質的に国連加盟国になりにくかっただけなのよん』

次いで砂漠の国とお菓子の国と科学の国にも同じ印が付けられる。こちらは先程説明したばかりだからいいだろうと説明を放棄され、赤い印は科学の北側に位置する武芸の国にも付けられた。

『ここは言わずと知れた属国ですからね』

『ちょっと前に亜種人類庇ってえらい目にあったんだよな』

『当時は武術の国という名でしたね。この孤島には魔力を術などで外に放つのではなく血中に流して肉体の超強化を行う特殊な文化がありまして、珍しかったのですが……近年では廃れていますね、残念です』

肉体の超強化か……酒色の国には人間は観光客くらいしか居ないからあまり関係はないけれど、人間に乗り移るような奴らに覚えられると厄介だな。

『……ヘル? 聞いてる?』

『ぁ、うん、ごめん……なんかすっごい大きな剣振り回してた女の子に昔会ったことあってさ、しっかりとは覚えてないんだけど……あれ、よく考えたら腕の太さに合ってなかったような……』

暦では数ヶ月前でも僕の体感としては数十年前だ、覚えていなくても仕方ないだろう。

『加護受者とかじゃなくてですか?』

『…………さぁ?』

『先輩に聞いたら分かりますかね?』

『あぁ、そうだね、多分一緒に居たから』

なら後で聞いておけと命令され、立場的には僕の方が上のはずなのにと落ち込みつつ、話を続ける。

『兵器の国は現在手出しが出来ないみたいなのよ』

『クソトカゲの呪いを暴走させてるよく分かんないのが居ましてね、天使にやらせりゃ片付くとは思うんですけど、今のところは放置みたいです』

兵器の国に居るサタンの呪いを暴走させている──竜、か? 兄が解放した直後に様々な攻撃に巻き込まれて死んでしまったあの可哀想な竜か。そうか、まだ居るのか。

『……よし、その子引き入れよう。領土にされても困るからそこからは動かさずに、協力だけ申し入れておくよ』

『その子って……知り合いなの?』

『うん、多分……覚えててくれるといいんだけど』

前に会った時は僕を庇っていてくれたからきっと覚えてくれているはずだ。

『……で、兵器の国の隣が娯楽の国なんですね』

『兵器の国と希少鉱石の国と色彩の国相手にやってる国だからねー、少し前まではもう一つ大きな国が近くにあったんだけどぉ……ルシフェルに消されちゃってねー』

『ま、国連加盟国だったんで気にすることはないですよ』

『……売り上げ下がってんだよこっちはよぉ!』

『知りませんよこの業突く張り!』

また喧嘩が始まった。そのルシフェルに消された国は地図も対応してあってどんな国があったのかは分からない、僕は行ったことがないし、調べてもいない。だからどんな人が居たのかもどんな文化があったのかも分からない。けれど──国連加盟国だったからだとか、売り上げがどうだとか、そんなことだけで語っていいことではない。

『……普通に暮らしてた人が大勢居たんだよ』

『なんですか急に』

『…………国連加盟国だったら滅びてもいいなんて言い方、やめて欲しい』

『……ハッ! 何を言うかと思えば。いいですか、私達からすれば国連加盟国は全部滅びてもらった方が助かるんです。第一……邪神にちょっと唆されただけで砂漠の国を食い荒らした貴方が、今更何を良い人ぶってるんですかぁ?』

机に膝を乗せてまで僕の顔を覗き込んで煽るベルゼブブの胸倉を掴み、立ち上がろうとしたがライアーに肩を押さえられ、手もベルゼブブ服から離された。ライアーはそのままベルゼブブの顔を押し、僕の椅子を引いた。

『喧嘩しないの。ヘル、君は普段温厚なくせにどうしてそう急に暴力的になるのかな……よくないよ』

『ごめん、兄さん……ベルゼブブもごめんね』

『便所蝿、てめぇも謝れ』

『私悪くありませんよ?』

『内容はな、態度がムカつく。こっち来てたら俺でも殴ったね』

マンモンも内容には問題がないと判断するのか。悪魔なのだから仕方ない、この価値観を変えるのはきっと不可能だし、全ての悪魔に暗示をかけるのも不可能だ。だから発言や精神性はそのままに行動だけに制限をかけるのが現実的な手だろう。

『……ぁ、色彩の国ってどうなの?』

『一応軍は持ってますけどクッソ弱いので気にしなくていいと思いますけど、調べたところ加盟国みたいですね』

あの国は確か人形の国と名前を変えられていたはずだが──戻ったのか、あの兄弟を倒せたのは本当に幸運だったと思う。もし彼らが正義の国についていたら僕達は既に負けていたかもしれないのだ。

『……ぁ、ねぇ、トートの家系って』

『現実改変能力者のですか?』

『そう……大丈夫かな? 正義の国に味方してたりしない?』

『そもそも現実改変能力は隔世遺伝でその家系でも珍しい方だし、何十年も前にあらかた処刑されたぞ』

粗方、というのが怖いところではあるけれど、数十年前の人間も僕と同じ思考だったらしい。危険なモノは消してしまおうと、危険なモノそのものよりも酷い手を使う……人間なんてそんなもの、全く気が滅入る。今の排除対象が僕だということも、僕もその思考を持っているということも含めて。

『偶に出るんですよね、超能力者……まぁ、中でも現実改変能力なんてトート家くらいしかないと思いますけど』

『てめぇんとこの悪魔が人間に手ぇ出したからじゃなかったか、あれ』

『えっ……い、いや、知りませんよ。違います、多分違います』

特殊な力を持った人間は天使の加護受者か悪魔の契約者、でなければ悪魔か堕天使の子孫。

『……しっかり部下の管理してよ』

『だから違いますって!』

とりあえず主要各国の状態は分かった。この会議はこれでお開きだ。しかし対応はまだまだ思い付きすらない状況、酒呑達には仕事を休んでもらわなければならないかもしれない。
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