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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合

精神汚染は殴打で解決

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カヤに跨り希少鉱石の国へ。と言っても希少鉱石の国らしさなんて欠片もないこじんまりとした家の中に転移──転移ではないのか? カヤの移動は空間を操っている訳ではないと思うし……いや、密室にも入り込めるなら空間転移なのか? まぁそのあたりは僕には分からないが、とにかく家の中に現れたのでは希少鉱石の国らしさは感じられない。

『ん……おぉ、昨日ぶりだなボーイ、刺激的なライドが恋しくなったのか?』

部屋を見回していると机の下から蟻や蜂に似たシルエットの中程度の大きさの魔獣……いや、ビヤーキーが現れた。

『ハスターは? 留守?』

『ハスター様なら城に呼ばれてんぜ。今日は錬金術師も大勢集められてる。俺にはさっぱりだが、なんか色々起こってるみたいだな』

こちらにも正義の国の活発化やメタトロンの顕現の影響が出ているのだろうか。

『そう……話したいことあったんだけど』

『急ぎなら伝言聞いとくぜ。でも俺としてはハスター様帰ってくるまでここでその整い倒した顔見せてて欲しい』

『整い倒した……?』

もうどっちの意味か分からないな、その言い方。褒めてくれているのだとは思うけれど。

『うーん……割と急いでるからなぁ。伝言お願いできる? あとお土産置いて行くから言っておいてね』

机の上に蜂蜜クッキーの箱を入れた紙袋を置き、目の前にちょこんと座ったビヤーキーを見つめる。

『ナイ……いや、ニャルラトホテプがクトゥルフ復活に注力、対策を講じたい。伝言を聞いたら派遣部隊を使い折り返しを求める……こんなものかな?』

『…………も、もう一回頼む』

僕が話していた間ずっと開いてしまっていた口を閉じ、ぷるぷると首を振って瞬きし、僕の腕を前足で掴むようにして詰め寄ってきた。

『──って、伝えて欲しいんだ。覚えた?』

『よし、よし……覚えた! 分かった、伝える!』

『不安だな……まぁ、うん、お願いね』

城への呼び出しで何日も拘束されることはないだろうから、伝言が上手く伝わらなくても明日また来ればいいか。僕は四度目でようやく覚えたらしいビヤーキーを横目にカヤを呼んだ。

『じゃあ僕帰るよ。ありがとうね』

『対策をコージたい……鯛? あ、おぅ! またな!』

酒色の国のヴェーン邸、そのリビングを覗くともう誰も居なかった。僕の指示通りに情報を集めてくれているのだろう。なら僕は何をするべきだろうか、トップは情報が集まるまで動くべきではないのだろうか、トップとしての動きは酒呑に聞いておきたいが、彼はいて帰ってくるだろう……そんなことを考えつつ自室の扉を開ける。

『ふふ……ん? ヘル、帰ったか。話は終わったのか?』

すっかり目を覚ました様子のアルに出迎えられ、生返事をする。部屋着に着替えつつ横目でアルとクラールの様子を観察する。ベッドに腰掛けたフェルと仲良さげに話している、楽しそうに笑っている。
…………近くないか? なぁ、なんでそんなに近くに寄る必要があるんだよ。どうしてお前がアルの頭を撫でるんだよ。どうしてアルは嫌がらずに耳を倒して目を閉じるんだよ。

『おかえり、お兄ちゃん。二人とももうご飯終わって…………お兄ちゃん?』

『ん……ぁ、あぁ、何、フェル』

『……なんかぼーっとしてるよ? 大丈夫?』

立ち上がったフェルが寄ってくる。不健康そうな四肢を近付けて、濃いクマのある瞳を心配そうに歪めて、冷たい手を額に押し付けてくる。

『熱とかはないよね……疲れたなら、ほら、お姉ちゃんの隣座って』

血色の悪い皮膚の端、綺麗に整えられた爪が肩にくい込む。わざわざ言うほどでもない痛みを与えて僕をベッドに座らせ、先程までのフェルの体温を感じさせる。

『何か甘いもの持ってくるね』

『要らない』

『え……そ、そう? でも、お兄ちゃん朝ごはんも食べてないでしょ? いくら不老不死でも糖分余計に取らないと頭働かないよ?』

『…………うるさいな』

『お、お兄ちゃん……?』

『黙れよ、黙って出てけ、うるさいんだよ、鬱陶しい、出てけよニセモノ!』

虐待を示す未発達の身体がビクッと跳ねて、か細い謝罪を呟きながら慌てて部屋を出て行った。フェルの姿が見えなくなると途端に苛立ちが消えて、肩を掴むように巻き付いた黒蛇に痛みを覚える。

『アル……僕、今なんて言った?』

眉間に皺を寄せていたアルは覗かせようとしていた牙をしまい、首を傾げ、不思議そうな顔をしながら事実だけを伝えた。

『……とても酷い言葉を吐いた』

『だ、よ……ね。なんで……なんで、あんな』

『…………今すぐ謝って来い』

『うん、そうする。ごめん、ちょっと待ってて』

するすると黒蛇が僕の身体から離れ、毛布の中に潜り込んだ。自室を出た僕はまずキッチンダイニングを探し、次にリビングを覗いた。リビングの隅に蹲ったフェルを見つけ、名前を呼びながら走り寄った。

『フェル、フェル……さっきは──』

僕の声に顔を上げたフェルの頬は涙で濡れていて、酷く腹立たしかった。頭を撫でようと伸ばした手は何故かフェルの髪を掴んで彼を無理矢理立ち上がらせた。

『おっ、お兄ちゃん……? 僕、何かした……?』

痛みを感じていないらしいフェルは僕の行動そのものに怯えている。

『……なんでかな、君の顔見てるとすっごいイライラする……ねぇ、フェル、お願いがあるんだけど……いい?』

『え? イライラって……ぁ、お、お願い? うん、お兄ちゃんのお願いならなんでも聞くよ』

『…………殴らせて』

昔の僕と同じ虚ろな黒い左眼が驚愕に見開かれ、涙を一粒落とす。兄に殴られていた時の僕もこんな顔をしていたのだろうか、なら殴られても仕方ないな、そんなことを考えつつ振り上げた拳はフェルに当たる前に止められた。

『……っ! あ、れ……? トール……さん?』

止めた手の主の顔を見上げれば見覚えのある男──いや、青年と言うべきか。トール……なのか? よく似ているが何か違う、少し若いような……身体も少し細いし、背も少し低いし、何よりトールはもう──
自分の衝動の根源すら分からずにいたのに死んだはずの知人を目にして更に混乱した頭は殴打によって揺さぶられ、思考を中断させられた。

『トールさん!? や、やめてください! お兄ちゃんに乱暴しないで!』

左手で首を掴まれ、右手で側頭部をひたすらに殴られる。頭蓋骨が砕け、視界がぼやけて吐き気に襲われる。殴打が終わって床に投げられるとフェルが駆け寄り、杖を取り出して僕の怪我の治療を始めた。

『万物の母よ、千の子を孕みし我等が母よ──』

ぽすぽすと頬に当てられる杖にも涙声の詠唱にも何の苛立ちも覚えず、優しいフェルに愛おしさを抱く。

『五分……いや、力を使えば二分未満…………神力の生成、いや、魔力での性質複製の方面から……』

自身の能力でも再生を進めて頭部の傷を癒せばトールはもう居らず、蓄電石を見つめて独り言を呟く兄が居た。

『……あぁ、弟、大丈夫? 汚染されてたみたいだから浄化したけど……あのバカの能力コピー試してたところだったから、乱暴になっちゃった。悪いね、あんまり操作できなくてさ』

『え……と、ちょっと待って、最初から説明して……そ、そこ座ろ』

リビングに置かれている上等なソファに腰掛け、隣に座るフェルの顔に苛立ちを覚えないのに安堵する。

『それで、汚染って?』

『精神汚染だよ。あの邪神に会った時、隙を作らなかった? 解析してないから詳しくは分からないけど、多分内部破壊を狙うものだよ』

『……じゃあ、フェルに酷いこと言ったりやったりしたのは』

『それが原因だね、気を付けなよ。しっかりしてたら君には本来誰も干渉出来ないはずなんだからさ』

悲しみに暮れたり激情に駆られたり、ナイの前では身も心も隙を剥き出しにしていた。あの油断が今回の事件を招いたというのか。

『……僕はにいさまがトールさんになってた方が気になるんだけど』

謝ろうと横を向けばフェルは話題を変えて無意識に僕の謝罪を遮った。

『前アスガルド行った時に神力をたっぷり込めた石を貰ってね。僕の肉体は変幻自在の細胞の集まりな訳だし、エネルギーに宿る性質から神の力をコピーしてやれないかなーって……まぁ今のところは流し込む神力の性質で無理矢理それっぽくしてるだけだから蓄電が目減りするんだよね……』

『……なるほど』

『何がなるほどなの? 全然分かんないよ……』

フェルは理解したようだが僕は理解出来ていない。やはりフェルは僕の上位互換だ。

『ほら、にいさまはお兄ちゃんの脳をコピーして僕を作った訳でしょ? 似た感じだよ。トールさんの神力を解析して自分に投影を──』

『完璧に解析は出来てないよ、そんなすぐ出来るわけない。流石は神だね、難しくって嫌になる。他は概ね当たりだよ』

相変わらず意味の分からない生態をしているな、兄もフェルも。兄は解析に集中したいと言ってリビングを出て行った。僕は丁度良いとばかりにフェルの方へ向き直り、改めて謝罪を行った。
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