魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十二章 悪趣味に遅れた顕在計画

帰界

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兄に頼んでハスターとベルゼブブの居場所を特定。彼らは共に神々の戦いが激化していない場所に居たので、合流は容易だった。

『よし、じゃあ帰ろう』

『来たばっかりじゃないですか、ロキさんはどうするんです?』

『ロキはナイと同化しちゃってる。被害もかなり出たし……時間を遡ってやり直したいんだけど、そのための道具がナイに奪われた』

ベルゼブブはぽかんと口を開けている。当然だ、一度に伝えるには情報の濃度と量が適切ではなかった。

『時間を遡るってさ~、お父さん~?』

『銀の鍵……えっと、ウムルさん? いや、ウムルさんは案内人で、遡らせてくれるのはヨグ=ソトース……とか』

『ウムル……? あぁ、お父さんの顕現の一つだよ~、そんなにバラして考えなくていいよ~?』

ハスターが父親と呼んでいるのはヨグ=ソトースのことなのか? 邪神同士繋がりがあるとは思っていたがまさか血縁関係とは……待てよ? ハスターの親ならナイを追わなくてもいいかもしれない。

『ハスター、父親なら話できたりしない? 銀の鍵を奪われたってのは物理的な話だし……あの、ほら、契約的? こう、権利的なアレは……僕に時間を遡る権利があるのは向こうも判断してくれるよね?』

証明書を紛失しても本人確認が出来れば再発行可能であるべきだ。僕はそう言いたかった。

『う~ん、仮説だから微妙なんだけど~、にゃる君がもしなりふり構わずに顕在を目指し始めたなら~、お父さんもそうするんじゃないかな~』

『……どういう意味?』

『君をアカシックレコードの保持者にしておくと~、にゃる君が何やってもなかったことにしちゃうから~、まぁにゃる君もやるかもなんだけど~、イタチごっこの持久戦はにゃる君には不利で~、にゃる君はこの世界への干渉権を失うでしょ~? にゃる君が失うならお父さんも失うことになるから~』

『銀の鍵を取り返しても取り返さなくても、ウムルさんが僕に時間を遡らせてくれなくなるってこと……?』

『一回到達したら基本的にはありえないんだけど~……顕在がかかってたら~、お父さんも私情挟むかも~』

世界への干渉権、顕在……確かに神性にとっては重要な話だ。僕がいくら権利を主張したところで彼が首を横に振れば僕は時間遡行が出来なくなる。大金を持っていたって店主に売ってもらえなければリンゴは食べられないのだ。

『……にゃる君は基本的には娯楽のために動くし~、お父さんは感情挟むことまずないんだけど~……今回ばかりはね~』

『…………で、も……さ、それって向こうもピンチってことだよね? 自分の主義を曲げてでも、嫌いな手段を使ってでも……ってことだもんね?』

『そう、だね~?』

『タイムオーバーで世界の干渉権を失う……なら、その時まで抵抗してたら僕の勝ち、だよね?』

『向こうにはお父さん居るって忘れないでね~?』

過去と未来に同時に干渉されては抵抗すら出来ないと? 確かに、先祖を殺されたりしたら人間は産まれられない。僕はもはや人ではないからいいとしても、僕の仲間には過去を狙われれば一溜りもない者は多い。

『それに、にゃる君やクトゥルフが信者増やしたりこっちの世界の存在を顕現として吸収したりしたら、彼ら用の容量が増えて、他の旧支配者達も来ちゃうし、魔王が顕在したらもうダメだし』

魔王……そういえばウムルは副王という言葉をしきりに使っていたな。仮にも神性のくせに魔王が居るなんて、相変わらずこっちの常識に当てはまらない連中だ。

『貴方のお父様の時点で割と詰んでる気はしますけど、その魔王の能力は?』

『ん~………………お父様は宇宙を夢見る白痴の魔王だよ、キミ達に対する創造神なんてものじゃない、眠り続けてくれなければボクは遊んでいられない』

鬱陶しく間延びした語尾が消え、彼が放つ雰囲気の肌触りがより胸糞悪く変化する。

『ハスター!』

『最重要はお父様だけど、最優先はお父様じゃない』

『ハスター、こっち見て、僕の声聞いて!』

胸倉を掴んで彼の名前を連呼するとビヤーキー達が喚き出す。主の異常を感じ取ったか、それとも不敬な僕を非難しているだけなのか、どちらかは分からないけれどとりあえず繋ぎ止められた。

『…………手間かけてごめんね~?』

『……いや、ナイの考えをある程度読めるのはこっちに有利だし……』

しかし全幅の信頼を置くのは危険だ。そもそもハスターが本当に味方をしてくれているのかどうかは微妙で、もっと言えばハスターなんて神は存在せず、ナイが演技をして僕の元に潜り込もうとしているだけかもしれない。

『わ~ター君優しい~、ベルゼブブさんなら絶対怒鳴ってきてたよ~、あの人怖いんだよター君何とかしてよぉ~』

まぁ、ナイだとしたらナイに顕現を奪われかける演技なんて不必要だし、可能性は低い。ナイである可能性を考え始めると絡みつく触手がより不快になってきたし、そろそろ杞憂は終わりにしよう。

『貴方の態度が悪いんでしょう!? まともに話せるならまともに話してくださいよ!』

『え~、やだ~』

『嫌いなんですよその語尾の伸ばし方っ……!』

気持ちは分かる。普通に話してくれていたのならもう少し信用出来たし、もっと仲良く出来た。

『…………ま、その触手のエロティックさは好きですけど。個人的には中性化が進む魔物使い様より兄君の方が映えそうなので、兄君に絡めてください』

その気持ちは全く分からない。

『絡めるって言ってもただ巻くだけじゃダメですよ? 服の中に潜り込ませるとか際どいとこ摩るとかしてですね!』

『……君暴食じゃなくて淫蕩の悪魔じゃないの?』

『違いますよ私女性に興味ありませんもん。ちょっと腐ってるだけです』

よく分からないが面倒臭いことだけは確かだ。妄想は結構だが妄想対象にそれを話さないで欲しい。

『……とりあえず、帰るよ。後は帰ってから話そう』

時間がズレるなんて問題があるのに何を悠長に話していたんだ。とにかく帰還して、その後で帰還理由や情報交換を行えばよかったのに。この時間の浪費で向こうに嫌な変化が起こっていなければよいのだが。

『分かった~……ぁ? ビヤーキー? 三匹足りない……』

『……二匹死んだよ、悪いね、襲われて守り切れなかった』

兄のことだ、多分守ろうとすらしていないだろう。

『そっか~、ま、そのための予備だし~……ぃ? 予備も居ないねぇ……』

今この場に居ないのが三匹で、兄が死んだと言ったのは二匹。乗っていたビヤーキーとははぐれないだろうから兄は予備のうち一匹と共に居て、もう一匹の予備はまた別の場所にはぐれてしまっているのだろうか。

『二人乗りとか出来ないの?』

『心中にならいいけどね~。どうしよう、誰が残る~?』

『行方不明のもう一匹はまだ生きてるかもしれないし、そういうのはやめてよハスター、にいさまとベルゼブブは自分勝手なんだよ?』

『否定はしませんよ、魔物使い様も大概ですけどね!』

生死不明のビヤーキー捜索のためカヤを呼び出し、放つ。瞬きの後には酷く怯えた様子のビヤーキーを咥えたカヤが目の前に居た。

『生きてた……よかった、帰れないかと思ったよ』

『何か怯えてるみたいだけど』

僕を乗せてきたビヤーキーが怯えるビヤーキーに歩み寄り、鳴き声を交わす。

『…………まぁこんな訳の分かんねぇ治安最悪のとこで独り放り出されたら、な』

『あ、特に理由はない? そっか……よしよし、大丈夫だよ』

『次からこういう時にはロープ付けようかな~』

『多分ちぎれますよ、最悪絡まって死にそうですね』

怯えるビヤーキーの震えが止まるのを待って、各々跨り界移動を開始。必死にしがみつき、奇妙な景色の世界を抜け、見慣れた景色に帰ってきた。しかし兄とベルゼブブとはまたはぐれ、僕はハスターと共に酒色の国の王城の庭に居た。

『……まぁ帰りたいところには帰ってこれたね』

人界なら兄とベルゼブブを心配する必要はない。二次会会場であるホストクラブに移動しよう。

『あ、待って待ってター君、結婚のお祝い~』

そういえばハスターは祝いの品を王城の庭に置いているとか言っていたな、せっかくだし見て行こうか。

『……えっと、羊?』

ハスターが指したのは花壇に生えた雑草を貪る、黒い手足と顔に白い毛が特徴的な可愛らしい羊二頭。

『うん、番だよ~。ポンポン増えるから安心してね~』

増えないで欲しい。

『う、うん、ありがとう……』

可愛らしいというだけで育てるのは難しいが、粗末に扱ったらハスターに何かされそうだし、突き返しても何かされそうだ。可哀想だが避妊させるか……

『増えてきて扱い難しくなったら連絡してね~、牧羊犬送るから~』

『牧羊犬……!? 犬!?』

増やそう。毛も乳も肉も利用出来る羊を増やさない理由はない。牧場を作ろう。

『ぼ、牧羊犬って……どんなの?』

『え? 白黒の~、ふわふわの~……』

『頑張って増やすよ! 色々教えて!』

『あ、うん~、ター君なら羊の良さ分かってくれると思ってたよ~』

牧場を作る土地を作らなければいけないな、これはこの間神降の国との間にあった山が消えたから、貿易用の道を整備した後の余りを使おう。牧歌的な風景は馬車移動の憂鬱を和らげるはずだ。
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