魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十二章 悪趣味に遅れた顕在計画

興奮状態

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家の傍や市街地に置く訳には行かないけれど、目の届く範囲にはあって欲しいルシフェルの檻。僕は数十秒考え、檻の移設場所を王城の庭の地下に決めた。

 『ここだな』

『うん、ありがとうロキ』

ベルゼブブが勝手に立てた掘っ建て小屋こと空軍本部。その地下に檻を移動させてもらった。皆まだホストクラブで二次会を楽しんでいるのだろう、ベルゼブブがここに居たなら絶対に反対されていた、許可はやった後で取るものなのだ。

『じゃ、次は黒いの連れて帰ってくるんだな』

『あ、待ってロキ。こっそり僕連れてって、兄さんには見つからないようにね。僕はそのままあの場所に置いてきて、兄さんだけをこの国に連れて帰って欲しい』

『おー……黒い兄さんに気付かれないように交換しろって? なんかすんの?』

『……ミカエルを口説き落とす』

『マッジ……かっ、よぉー……おいおいおいおい……』

ロキは笑いが堪えられないと天を仰ぎ、半笑いのまま僕と目線を合わせるために屈む。

『アレ大天使だろ? 天使の中じゃ最強クラスだ。つ、ま、り……神に最も近いんだよ、いやむしろ神の化身っつってもいいな。お前にとっての黒兄さんみたいなもんだ』

僕にとってのライアーという喩えならミカは創造神より強いことになってしまう。それはおかしい。

『無理だと思うけど、ま、俺には関係ないし……じゃ、行くぜ!』

ロキに腕を掴まれたかと思えば景色が変わっていた。魔法による空間転移のように浮遊感や光の洪水はない、予備動作も少ない、まさに神業だ。
気が付けばロキはおらず、目の前に佇む巨大な化け物もボロボロと崩れて土に戻った。

『たおした……?』

恐らくライアーが武器として作り上げた、ナイを殺した際に出てくる巨大な顕現を模した土塊。完全に崩れた土塊の、いや、盛り上がった土の上に降りたミカは土の中に大剣を突っ込んで静止を確認していた。僕は姿を消したまま彼……彼女? の背後へと近付き、実体化し、名を呼びながら抱き着いた。

『魔物使い……!?』

大剣を握る手に力が入る。

『……久しぶり、ミカ』

しかし、肩を掴んだまま少し離れて無害をアピールする笑顔を見せれば大剣を振られることはない。

『…………ぼく、きみとあったときになにかあって、きおく、ちょっととんでるんだけど』

会った時? 魔界での話か?

『うん、会いたかったよ、ミカ』

『……ぼくも』

そうは言っているが、赤い双眸には警戒が見て取れる。どうすれば警戒を解いて取り込むことが出来るだろう。ザフィエルは何故僕に取り込まれてくれた? 神に褒められたくて認められたくて頑張っていたのに、それが叶わなかった? 微妙に違う。それでは神を裏切る理由にしかならない、僕を神の代わりに選ぶ理由があったはずだ。

『ミカ……疲れただろ? 僕の膝に座っていいよ』

盛り上がった土の上に座り、膝をポンポンと叩く。

『…………きみ、さぁ、おおかみとこどもつくったよね?』

『……よく知ってるね』

『ほうこくにあったからね』

ミカは僕の膝に座ることなく僕を見下ろしている。何故だろう、非常に居心地が悪い。ミカに神の代わりに僕を選ぶ理由を与えなければならないのに、何も思いつかない。とにかく甘い言葉をかけていけばいいのか? いや、何か違うような……でもそれしか──

『まったくちがうかたちの、きみたちのあいだに、こどもがうまれるなんて、ふつうはありえない。だから……魔物使いは、魔物使いのちからをつかって、おおかみをはらませた』

『ミカ? あの……何言ってるの? ほら、座りなよ……』

『つまり……こういちゅうに、はらめとか、おれのこをうめとか、いったわけだよ…………きもちわるい』

『なっ……!? なんで分かっ……いや、ちがっ、僕そんなこと言ってない! 言ってないから!』

僕に取り込まれるどころか僕に近寄ろうともしないのは勝手な思い込みで僕を気持ち悪がっていたからか、なんて迷惑な。

『おおかみは、サタンとおなじ、ふんぬのけもの! ひつじをおそう、がいじゅう! ただでさえ、つみぶかいけものと、 いんこうにはしり、つみぶかき、けものをふやした! 魔物使い……いくら、ぼくをかわいいって、いってくれたきみでも……もう、じょうかするしかない!』

『……足高蜘蛛十刀流複写』

ミカの頭上にだけ雲に穴が空くのなら、僕の頭上には黒雲が集まる。

『ザフィエル……!?』

『荒舞、黒雨!』

僕の手に握られた水の剣、それに連れ立つ八本の水の剣、計十本の驟雨の剣での滅多切りがミカの小さな身体を切り裂く──いや、切れていない。

『…………だてんより、なおわるい!』

『蒸発した……? ふざけるなよ、下手に出てれば調子に乗りやがって……!』

『魔物使い……ほんしょうあらわしたな!』

『害獣だとか、罪深いだとか、僕の妻と娘に向かって随分ふざけたこと言ってくれたなぁっ! もういい、もういらない、もう死ねっ!』

激情に任せて剣を振り回すも、陶磁器のようなミカの肌に触れる直前で蒸発してしまう。降ってきているはずの雨粒もそうだ、地に落ちて溜まる前に全て蒸発してしまう。ザフィの力はミカと相性が悪い。

『お前ら兄弟は最悪だよ、大っ嫌いだ! 二人揃ってアルをバカにしやがって……!』

『……っ、魔物使いの……ばかーっ!』

巨大な翼が一層大きく──いや、白い炎の火力が増している。ミカは頭の上まで振り上げた大剣に翼の炎を移し、白く燃え上がる大剣を僕に向かって振るった。

『透過……うわ、雲が……!』

透過したため僕自身に損傷はないが、吹き上がる熱気に雲が吹き飛ばされてしまった。周囲に浮いていた雨の剣も蒸発してしまったし──どうする?

『ザフィエルをとりこむなんて……このっ、ひとでなし! ぼくはっ、ずっと、きみをっ……いいあつかいで、天界におくために、がんばってたのに!』

僕が透過していると気付いているのかいないのか、ミカは大剣を振り回し続ける。攻撃を食らわないのはいいが僕にはミカに攻撃する方法がない。ザフィの力はダメだ、鬼の力はきっともっとダメだ、植物を操っても燃やされるだけだ、自由意志の力は戦闘には使えない。カヤもきっと燃やされる、外には出せない。

『かわいいっていったくせに! しねだとか、だいきらいだとかぁっ……! ぼくも、だいっきらいだ魔物使い! しんじゃえ! ぜんぶ……もえろぉっ!』

──本当に自由意志の力は戦闘に使えないのか?
振り回される剣も燃え盛る炎も無視してミカの懐に入り込める。入り込んでどうする? 透過していては何も出来ない……いや、透過したままミカ胸に腕を突っ込み、貫いた状態で透過を解けば、どうなる?

『……っ!? ぅ……いっ、たい……なぁっ!』

実体化した直後、ミカに蹴り飛ばされる。彼の胸の真ん中を貫いた腕はちぎれていた。どうやらミカの胸と僕の腕の重なった部分は互いの身体から切り離されるようだ、ミカの胸にも風穴が空いている。

『ミカ……君、何のために戦ってるの?』

『…………は?』

『神様は褒めてくれないんだろ?』

『……きみ、ほめてほしくて、いきてるの? あさいね』

子供の見た目でそんなセリフを吐かれると腹が立つ。浅い? 浅いだと? ルシフェルもザフィエルも創造神がしっかり労っていれば裏切らなかったかもしれないのに?

『君の姉もザフィエルもそれが理由だろ』

『しったふうなこと、いわないで。ザフィエルはしらないけど……あのうらぎりものは、おごりたかぶっただけの、おろかものだ!』

飛んできた火球を透過して真っ直ぐにミカの前に進み、脳を掴むように手を頭に突っ込んで透過を解除。手首から下と脳、損傷はミカの方が上だ。

『おーいタブリスー、お前心配されてるぞー』

手を再生させているとミカを睨みつけていた瞳に紫色のパーカーを着た青年が映り込んだ。

『ロキっ、邪魔!』

『無理だった言ったじゃーん、聞かねぇなぁ』

『いかいのかみ……! しょうこりもなくまたきたな!』

『おっ、可愛いしょた……ろり? どっち?』

天使にとって僕とロキではどちらが優先すべき敵なのだろう。

『ロキ、ミカを倒すの手伝って』

『えー、めんどい』

そう言いながらもロキは指輪から炎を巻き起こし、楽しそうな笑顔を浮かべた。ロキにも警戒を向けるミカの剣の向きを一瞬確認して、再びロキの方をチラリと見れば、背後に開いた異界との扉からの手に腕を掴まれていた。
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