802 / 909
第四十一章 叩き折った旗を挙式の礎に
中断
しおりを挟む 璃久に押さえつけられた手の感触と温かさを逃したくなくて、ルークは自分の手を握りしめる。
ルークは璃久が申し出てくれた時にやっぱり噛んでおけば良かったと少しだけ後悔する。断ったのは、璃久の血の味を覚えてしまうのが怖いからだ。
璃久は全てが済んだら元の世界に帰さなくてはならない。『魔女の気紛れ』によって璃久の人生が歪められたのなら、ルークの願いを叶えた瞬間、『魔女の気紛れ』は終わるはずなのだ。そうすれば、璃久はきっと元の世界で穏やかに暮らせる。吸血鬼というものが居ない世界に戻るのだから、血に飢えて苦しむ事もない。
ルークは大司教に嬲られながら、現実逃避するように頭では璃久の事を考えていた。
ただでさえ信徒から集金するために『延命の儀式』でルークを多く呼びつけていたのに、璃久がこちらの世界に来た頃から更に頻度が上がっている。何かに勘付いたのか、それともルークが無意識のうちに違和感を与えてしまっているのか、『延命の儀式』に関係なく呼ばれ、ルークがどうにか躱そうとしても『悪魔の印』を使われた。
一度穢されてしまった体は何度穢されようと同じだと思い、ルークは自分の容姿を武器に使ってきた。甘い声で鳴いてくれと言われればそうしたし、痛がって泣く様が好きだと言われればやはりその通りにした。
だけど、璃久と再会して以降は、どんどん辛くなっていった。もうこれ以上無いほど穢れた体でもルークはいつしか璃久に触れてほしい気持ちを抑えられなくなってしまっていた。
娼館から戻った日に大泣きして吹っ切れた璃久は、これまでの気を張っていた姿が嘘のように角が取れてルークに優しくなった。瑠夏を通して異世界に居た頃の、あの心底瑠夏が愛しいと全身で伝えてきていた璃久の面影と重なって、だけどそれがルークではなくルークの中に垣間見える瑠夏に向けられているのだと思うと、石を飲んだように心が重くなった。
何度、瑠夏だと思って抱いてくれと言おうとしたか分からない。今日も大司教に邪魔をされなければ、あのまま璃久に唇を許していただろう。
体は汚れ切り、璃久に命を絶たせたルークには、璃久に愛される資格など無いというのに。
「全くお前は美しい。『悪魔の印』は我ながら本当に素晴らしい最高の魔術だ! さぁ、その傑作で狂うお前を見せておくれ、ルーク」
思考を中断されてルークは機械的に笑う。大司教の言葉に反応して勝手に笑い、勝手に媚びて、喜ばせるようデザインされた機械になる。
ルークは二人の少年の人生を歪ませてその命を終わらせた。だからせめて、最初の願いの通り同胞を救い切るのだ。そのためには、璃久へ寄せる間違った想いを消さなくてはならない。
深く目を閉じると同時に、心の瞼も下ろした。
これで大司教に嬲られても苦しくない。璃久がルークの中の瑠夏に笑いかけても、苦しくない。
一度だけ『悪魔の印』に抗えずに璃久を襲ってしまった事がある。二度とそんな事にならないように、大司教の用事が済んだ後はルークはひっそりと屋敷へ戻る事にしていた。
前は馬車をやってルークを城へ連れ去ったが、最近は所かまわず大司教はルークを苛んだ。地下道を通り『延命の儀式』を行った後で、そのまま教会に飾られた神を象った彫像の前で騎士にルークを犯させる。下卑た笑みを浮かべて己の悪魔の力を用いてルークを屈服させるのだ。
それが終わった後は脱がされた服をどうにか自分で着直して食堂から地下に下り、手燭もなく暗い地下道を通り抜け、もはやどこが痛いのかも分からない体を引きずり階段を登る。階段裏にある地下道への入口まで出ると大抵アルブスが不安げに待っているのだが、今夜はそこに白髪の少年の姿は無かった。
「璃久……」
何でという思いが過ぎる。
璃久はルークが男たちを相手に股を開き籠絡している事を嫌っている。大司教の手垢の付いたルークの体を嫌悪している。『悪魔の印』によって二度とルークに襲われないよう、璃久はルークが大司教に呼ばれた日は決して姿を現さなかった。だというのに、どうして今日に限ってルークを待っていたのだろうか。
破けたシャツや床で擦られ汚れたコートを着た自分の姿が途端に恥ずかしくなって、璃久から顔を背けてしまう。こんな姿を璃久に見られたくない。
「璃久、今日は、その」
「使われたんだろ。印」
「そう。だから、近付かないで」
ルークが後退ると視界の端で璃久が傷付いたような顔をするのが見えた。どうしてそんな顔をするのか分からないで戸惑っていると、ルークが一人では重たくて動かせない地下道を閉じるための鉄板を、璃久一人で閉めてしまった。それから無言でルークの方に向かってきて、有無を言わさず抱え上げられる。
「り、璃久!!」
「分かってる。風呂行くんだろ? アルブスが沸かしてくれてる」
「一人で行けるから、下ろしてっ」
璃久は何故か怒っていて、その後浴室に着くまでルークの言う事を一切聞いてくれなかった。
大理石の床の上に下ろされると、すっかりこちらの服に慣れた璃久はルークの服を手早く脱がしていく。
「璃久、璃久ってば!」
「俺が洗う」
「何で? 何で急にこんな事」
「アルブスが、時々浴室でそのまま朝まで気絶してる事があるって教えてきた。俺そんなの知らなくて……遠慮してたのが馬鹿らしくなったんだよ」
「アルブスが……」
呆然としているうちにズボンに手を掛けられて、するりと下着ごと落とされ足元に蟠る。シャツ一枚になると暖炉の無い冷たい空気が腿を撫でていき、どうしても下腹部を意識せずにはいられない。そこはまだ『悪魔の印』の影響が残っていて、緩く芯を持ってしまっている。
強制的に淫らにされた自分の体があまりに恥ずかしくてシャツの裾を引っ張って隠していると、璃久はベストを脱いでズボンとシャツを捲りあげて、最後の砦であるルークのシャツまで脱がそうと手を掛ける。
「ボタン外すぞ」
「待って! 自分で脱げるから!」
鎖骨の辺りに当たった璃久の指にびっくりして反射的に叫んでいた。
一糸纒わぬ姿になると自分の反応している場所を隠せなくなり、その心許なさに俯きがちに浴室の中に入る。こちらの世界の風呂にはシャワーなんて便利な物はなく、基本的に大鍋で沸かしたお湯をバスタブに張って水でうめて、それを手桶で汲んで大きな盥に溜めながら洗う。
ルークは璃久に言われておずおずと盥に座ると、璃久は手に石鹸をつけて泡立てて、まずはルークの腕を洗い始めた。
「あの、浴用の布、あるよ?」
「知ってるよ。俺だって風呂使ってんだから。こっちの布ってあんま柔らかくないだろ。これ以上お前の肌に傷付けたくない」
「そう……」
璃久は誰にでも手を差し伸べる事が出来る人だ。でも今はその優しさが苦しい。そういう正義感を持てる人だからこそこの世界に呼んだのに、自分を通して瑠夏を感じるためならそんな優しさなんていらないと思ってしまう。思ってしまうのに、優しく触れられるとどうしても彼の手を拒めなかった。璃久の手だと思うとその事で頭が一杯になる。
腕の次は背中を向けさせられる。後ろで璃久が息を詰めたのが分かった。そこは鞭で打たれて皮膚が裂けているはずだ。慣れた感覚なので傷の程度は見なくとも分かる。薄っすらと血が滲み、きっと脱いだシャツにもいくらか血が付いていたはず。
璃久は背中には石鹸を使わなかった。
「滲みるぞ」
程よい温度の湯がそっと背中に掛けられる。ジクジクと傷に滲みて歯を食い縛ると、口元に手が伸びてきて柔く唇をなぞられた。
「あんま噛むな。吸血鬼は歯が命だろ」
「っうん……」
璃久の触れたところが熱い。印のせいで反応しているが、心が璃久を求めて体を唆しているのが分かってしまう。だって心臓が痛いくらい鳴っている。収まれと念じても体は一向に言う事を聞いてくれない。
背中の後は、盥の外に足を出させられ、下から順に洗われて、とうとう股の所に璃久の手が辿り着く。
「指、入れる。いいな?」
「よ、良くないよ!」
「中に出されてるだろ? 足のところに垂れてたから隠しても無駄だぞ」
カァッと耳まで熱くなる。
さすがに中まで洗われては我慢も何も利かなくなりそうだと駄目と言って璃久の胸に手を置き突っ張ったが、傷の少ない腰の辺りを抱き寄せるようにされると、ルークの気持ちとは裏腹に体は璃久に従ってしまう。軽く璃久に寄りかかった体勢になると、璃久の手が探るように尻を撫でた。それだけで勝手に尻の筋肉がきゅっと縮んでしまう。
「ゆっくりするから痛かったら言って」
「や、璃久……!」
尻の肉をかき分けるとすぐにそこを見つけ、ぬぷ、と吐き出された物の滑りを借りて璃久の指が一本侵入してくる。
「だめっ、汚いから!」
「何が? 汚いのはお前を犯す男どもだろ」
「そうじゃなくて、本当に汚いから……っ」
掻き出すために指を中で曲げられるとどうしても感じてしまって体が仰け反った。璃久は複雑な顔をしている。
「僕の体は、『瑠夏』みたいに綺麗じゃ、ないから」
「は? 何でそこで瑠夏の名前が出てくるんだよ」
「瑠夏に触ったのは璃久だけなんだよ。璃久だけに許した体は、とても綺麗だった。好きな人にだけ抱かれて、瑠夏は綺麗なまま死ねた」
「何だよそれ……!」
「あっ!」
奥の方で璃久の指が曲がる。耳障りな音を立てて大量に出された物がドロドロと腹の奥から流れ出す。
「それがお前が死んだ理由?」
「違うよ。だから何度も言って、る……っ、魂が消えたからって」
「他にもあるって言ったろ」
「それは、全部が済んだら」
ルークが頑なでいると璃久は苦い顔になって唇を引き結んだ後、暫く考えてから質問の方向を変えた。
「……じゃあ教えて。『瑠夏』は『璃久』の事、本当に好きだった?」
どうしてそんな訊き方をするのか不思議に思う。何だか自分たちではない誰か別人の話をしているような訊き方だ。しかしそれはルークの強張って開かなくなったあの日の気持ちを少しだけ緩めてくれた。
「瑠夏は、璃久が好きだったよ」
「そう」
そして璃久は嬉しそうに笑うのだ。
涙が出そうになって堪えた。今泣くのは違うと思った。
璃久への想いに蓋をしたはずなのに、苦しい。瑠夏の事であっという間に当時に戻って幸せそうに笑う璃久を見るのは、もう嫌だ。
「んっ!?」
気付けば、笑みを象る璃久の唇に自分のそれを押し付けていた。
「んむっ、は……」
瑠夏の事を忘れてほしい。今璃久の前に居るのはルークなのだ。だからルークを見てほしい。
忘れて、忘れてと祈るように思いながら、璃久の吐いた息を一片も取りこぼさないように何度も唇を重ねる。
「ルー、ク」
そう、僕はルークだ。瑠夏じゃない。瑠夏と魂を共鳴し彼の体を自在に操って璃久を誑かしたのはルークだ。
「今日だけでいいから。僕を見て。瑠夏の事を忘れて、璃久」
璃久はよく分からないという顔をしたが、反論されたくなくてすぐに口を塞ぐ。
璃久のたった一本の指で高められたルークは空っぽになってしまったそこからほとんど精液を出さずに果ててしまった。
その後ルークは気を失った。目を覚ました時には背中に軟膏が塗られてあり、口の中に薄っすらと血の味を感じた。璃久の腕には一筋の切り傷が出来ており、ルークが気を失った後で璃久が血を飲ませてくれたのだと分かった。
恥ずかしさと情けなさと、そしてどう足掻いても璃久の心は手に入れられないのだと悟った絶望で、お礼を言う事さえも出来なかった。
ルークは璃久が申し出てくれた時にやっぱり噛んでおけば良かったと少しだけ後悔する。断ったのは、璃久の血の味を覚えてしまうのが怖いからだ。
璃久は全てが済んだら元の世界に帰さなくてはならない。『魔女の気紛れ』によって璃久の人生が歪められたのなら、ルークの願いを叶えた瞬間、『魔女の気紛れ』は終わるはずなのだ。そうすれば、璃久はきっと元の世界で穏やかに暮らせる。吸血鬼というものが居ない世界に戻るのだから、血に飢えて苦しむ事もない。
ルークは大司教に嬲られながら、現実逃避するように頭では璃久の事を考えていた。
ただでさえ信徒から集金するために『延命の儀式』でルークを多く呼びつけていたのに、璃久がこちらの世界に来た頃から更に頻度が上がっている。何かに勘付いたのか、それともルークが無意識のうちに違和感を与えてしまっているのか、『延命の儀式』に関係なく呼ばれ、ルークがどうにか躱そうとしても『悪魔の印』を使われた。
一度穢されてしまった体は何度穢されようと同じだと思い、ルークは自分の容姿を武器に使ってきた。甘い声で鳴いてくれと言われればそうしたし、痛がって泣く様が好きだと言われればやはりその通りにした。
だけど、璃久と再会して以降は、どんどん辛くなっていった。もうこれ以上無いほど穢れた体でもルークはいつしか璃久に触れてほしい気持ちを抑えられなくなってしまっていた。
娼館から戻った日に大泣きして吹っ切れた璃久は、これまでの気を張っていた姿が嘘のように角が取れてルークに優しくなった。瑠夏を通して異世界に居た頃の、あの心底瑠夏が愛しいと全身で伝えてきていた璃久の面影と重なって、だけどそれがルークではなくルークの中に垣間見える瑠夏に向けられているのだと思うと、石を飲んだように心が重くなった。
何度、瑠夏だと思って抱いてくれと言おうとしたか分からない。今日も大司教に邪魔をされなければ、あのまま璃久に唇を許していただろう。
体は汚れ切り、璃久に命を絶たせたルークには、璃久に愛される資格など無いというのに。
「全くお前は美しい。『悪魔の印』は我ながら本当に素晴らしい最高の魔術だ! さぁ、その傑作で狂うお前を見せておくれ、ルーク」
思考を中断されてルークは機械的に笑う。大司教の言葉に反応して勝手に笑い、勝手に媚びて、喜ばせるようデザインされた機械になる。
ルークは二人の少年の人生を歪ませてその命を終わらせた。だからせめて、最初の願いの通り同胞を救い切るのだ。そのためには、璃久へ寄せる間違った想いを消さなくてはならない。
深く目を閉じると同時に、心の瞼も下ろした。
これで大司教に嬲られても苦しくない。璃久がルークの中の瑠夏に笑いかけても、苦しくない。
一度だけ『悪魔の印』に抗えずに璃久を襲ってしまった事がある。二度とそんな事にならないように、大司教の用事が済んだ後はルークはひっそりと屋敷へ戻る事にしていた。
前は馬車をやってルークを城へ連れ去ったが、最近は所かまわず大司教はルークを苛んだ。地下道を通り『延命の儀式』を行った後で、そのまま教会に飾られた神を象った彫像の前で騎士にルークを犯させる。下卑た笑みを浮かべて己の悪魔の力を用いてルークを屈服させるのだ。
それが終わった後は脱がされた服をどうにか自分で着直して食堂から地下に下り、手燭もなく暗い地下道を通り抜け、もはやどこが痛いのかも分からない体を引きずり階段を登る。階段裏にある地下道への入口まで出ると大抵アルブスが不安げに待っているのだが、今夜はそこに白髪の少年の姿は無かった。
「璃久……」
何でという思いが過ぎる。
璃久はルークが男たちを相手に股を開き籠絡している事を嫌っている。大司教の手垢の付いたルークの体を嫌悪している。『悪魔の印』によって二度とルークに襲われないよう、璃久はルークが大司教に呼ばれた日は決して姿を現さなかった。だというのに、どうして今日に限ってルークを待っていたのだろうか。
破けたシャツや床で擦られ汚れたコートを着た自分の姿が途端に恥ずかしくなって、璃久から顔を背けてしまう。こんな姿を璃久に見られたくない。
「璃久、今日は、その」
「使われたんだろ。印」
「そう。だから、近付かないで」
ルークが後退ると視界の端で璃久が傷付いたような顔をするのが見えた。どうしてそんな顔をするのか分からないで戸惑っていると、ルークが一人では重たくて動かせない地下道を閉じるための鉄板を、璃久一人で閉めてしまった。それから無言でルークの方に向かってきて、有無を言わさず抱え上げられる。
「り、璃久!!」
「分かってる。風呂行くんだろ? アルブスが沸かしてくれてる」
「一人で行けるから、下ろしてっ」
璃久は何故か怒っていて、その後浴室に着くまでルークの言う事を一切聞いてくれなかった。
大理石の床の上に下ろされると、すっかりこちらの服に慣れた璃久はルークの服を手早く脱がしていく。
「璃久、璃久ってば!」
「俺が洗う」
「何で? 何で急にこんな事」
「アルブスが、時々浴室でそのまま朝まで気絶してる事があるって教えてきた。俺そんなの知らなくて……遠慮してたのが馬鹿らしくなったんだよ」
「アルブスが……」
呆然としているうちにズボンに手を掛けられて、するりと下着ごと落とされ足元に蟠る。シャツ一枚になると暖炉の無い冷たい空気が腿を撫でていき、どうしても下腹部を意識せずにはいられない。そこはまだ『悪魔の印』の影響が残っていて、緩く芯を持ってしまっている。
強制的に淫らにされた自分の体があまりに恥ずかしくてシャツの裾を引っ張って隠していると、璃久はベストを脱いでズボンとシャツを捲りあげて、最後の砦であるルークのシャツまで脱がそうと手を掛ける。
「ボタン外すぞ」
「待って! 自分で脱げるから!」
鎖骨の辺りに当たった璃久の指にびっくりして反射的に叫んでいた。
一糸纒わぬ姿になると自分の反応している場所を隠せなくなり、その心許なさに俯きがちに浴室の中に入る。こちらの世界の風呂にはシャワーなんて便利な物はなく、基本的に大鍋で沸かしたお湯をバスタブに張って水でうめて、それを手桶で汲んで大きな盥に溜めながら洗う。
ルークは璃久に言われておずおずと盥に座ると、璃久は手に石鹸をつけて泡立てて、まずはルークの腕を洗い始めた。
「あの、浴用の布、あるよ?」
「知ってるよ。俺だって風呂使ってんだから。こっちの布ってあんま柔らかくないだろ。これ以上お前の肌に傷付けたくない」
「そう……」
璃久は誰にでも手を差し伸べる事が出来る人だ。でも今はその優しさが苦しい。そういう正義感を持てる人だからこそこの世界に呼んだのに、自分を通して瑠夏を感じるためならそんな優しさなんていらないと思ってしまう。思ってしまうのに、優しく触れられるとどうしても彼の手を拒めなかった。璃久の手だと思うとその事で頭が一杯になる。
腕の次は背中を向けさせられる。後ろで璃久が息を詰めたのが分かった。そこは鞭で打たれて皮膚が裂けているはずだ。慣れた感覚なので傷の程度は見なくとも分かる。薄っすらと血が滲み、きっと脱いだシャツにもいくらか血が付いていたはず。
璃久は背中には石鹸を使わなかった。
「滲みるぞ」
程よい温度の湯がそっと背中に掛けられる。ジクジクと傷に滲みて歯を食い縛ると、口元に手が伸びてきて柔く唇をなぞられた。
「あんま噛むな。吸血鬼は歯が命だろ」
「っうん……」
璃久の触れたところが熱い。印のせいで反応しているが、心が璃久を求めて体を唆しているのが分かってしまう。だって心臓が痛いくらい鳴っている。収まれと念じても体は一向に言う事を聞いてくれない。
背中の後は、盥の外に足を出させられ、下から順に洗われて、とうとう股の所に璃久の手が辿り着く。
「指、入れる。いいな?」
「よ、良くないよ!」
「中に出されてるだろ? 足のところに垂れてたから隠しても無駄だぞ」
カァッと耳まで熱くなる。
さすがに中まで洗われては我慢も何も利かなくなりそうだと駄目と言って璃久の胸に手を置き突っ張ったが、傷の少ない腰の辺りを抱き寄せるようにされると、ルークの気持ちとは裏腹に体は璃久に従ってしまう。軽く璃久に寄りかかった体勢になると、璃久の手が探るように尻を撫でた。それだけで勝手に尻の筋肉がきゅっと縮んでしまう。
「ゆっくりするから痛かったら言って」
「や、璃久……!」
尻の肉をかき分けるとすぐにそこを見つけ、ぬぷ、と吐き出された物の滑りを借りて璃久の指が一本侵入してくる。
「だめっ、汚いから!」
「何が? 汚いのはお前を犯す男どもだろ」
「そうじゃなくて、本当に汚いから……っ」
掻き出すために指を中で曲げられるとどうしても感じてしまって体が仰け反った。璃久は複雑な顔をしている。
「僕の体は、『瑠夏』みたいに綺麗じゃ、ないから」
「は? 何でそこで瑠夏の名前が出てくるんだよ」
「瑠夏に触ったのは璃久だけなんだよ。璃久だけに許した体は、とても綺麗だった。好きな人にだけ抱かれて、瑠夏は綺麗なまま死ねた」
「何だよそれ……!」
「あっ!」
奥の方で璃久の指が曲がる。耳障りな音を立てて大量に出された物がドロドロと腹の奥から流れ出す。
「それがお前が死んだ理由?」
「違うよ。だから何度も言って、る……っ、魂が消えたからって」
「他にもあるって言ったろ」
「それは、全部が済んだら」
ルークが頑なでいると璃久は苦い顔になって唇を引き結んだ後、暫く考えてから質問の方向を変えた。
「……じゃあ教えて。『瑠夏』は『璃久』の事、本当に好きだった?」
どうしてそんな訊き方をするのか不思議に思う。何だか自分たちではない誰か別人の話をしているような訊き方だ。しかしそれはルークの強張って開かなくなったあの日の気持ちを少しだけ緩めてくれた。
「瑠夏は、璃久が好きだったよ」
「そう」
そして璃久は嬉しそうに笑うのだ。
涙が出そうになって堪えた。今泣くのは違うと思った。
璃久への想いに蓋をしたはずなのに、苦しい。瑠夏の事であっという間に当時に戻って幸せそうに笑う璃久を見るのは、もう嫌だ。
「んっ!?」
気付けば、笑みを象る璃久の唇に自分のそれを押し付けていた。
「んむっ、は……」
瑠夏の事を忘れてほしい。今璃久の前に居るのはルークなのだ。だからルークを見てほしい。
忘れて、忘れてと祈るように思いながら、璃久の吐いた息を一片も取りこぼさないように何度も唇を重ねる。
「ルー、ク」
そう、僕はルークだ。瑠夏じゃない。瑠夏と魂を共鳴し彼の体を自在に操って璃久を誑かしたのはルークだ。
「今日だけでいいから。僕を見て。瑠夏の事を忘れて、璃久」
璃久はよく分からないという顔をしたが、反論されたくなくてすぐに口を塞ぐ。
璃久のたった一本の指で高められたルークは空っぽになってしまったそこからほとんど精液を出さずに果ててしまった。
その後ルークは気を失った。目を覚ました時には背中に軟膏が塗られてあり、口の中に薄っすらと血の味を感じた。璃久の腕には一筋の切り傷が出来ており、ルークが気を失った後で璃久が血を飲ませてくれたのだと分かった。
恥ずかしさと情けなさと、そしてどう足掻いても璃久の心は手に入れられないのだと悟った絶望で、お礼を言う事さえも出来なかった。
0
お気に入りに追加
439
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

どーも、反逆のオッサンです
わか
ファンタジー
簡単なあらすじ オッサン異世界転移する。 少し詳しいあらすじ 異世界転移したオッサン...能力はスマホ。森の中に転移したオッサンがスマホを駆使して普通の生活に向けひたむきに行動するお話。 この小説は、小説家になろう様、カクヨム様にて同時投稿しております。

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる