魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十一章 叩き折った旗を挙式の礎に

恋が生まれる日

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メルと共にジュースとお菓子を楽しんでいたセネカを呼びつけ、男に変わってもらう。

「……淫魔、かぁ」

アルテミスは少し不満そうな顔をしたものの、少し話してセネカの純朴さを気に入ったらしく、手を繋いだ。途端、コルクを抜いたような音を立ててセネカが女に戻る。

『セネカさんは異性恐怖症で……』

「じゃあダメじゃない! アタシ女は趣味じゃないのよ」

『ご、ごめんねアルテミスちゃん。でもお友達にはなって欲しいな……』

セネカはアルテミスの手を両手で包み、雨の日の捨て仔犬のような目を向ける。

「え、ぁ……うん……と、友達ね。ありがとう、アタシ、友達居ないから……」

『性格のせいですね』

「王女だから機会がなかったのよ!」

『痛い!』

どう考えても人の爪先をヒールで踏み抜くような性格のせいだと思う。

『なら、メルちゃんとも……メルちゃーん!』

「あ……えっと、アタシ今ちょっと忙しいから」

『え……そっかぁ、じゃあ、また後でこの席来てね!』

セネカはパタパタと走ってメルの隣に戻り、またクッキーを頬張った。

「……いい子そうね」

『ああいういい子の誘いを男漁りで断るようだから友達居ないんですよ』

「……アンタも居なさそうよね」

今度は踏んだ上に躙られた。やはり友達も恋人も居ないのは性格のせいだ。

「魔物使い君! 来てくれたか、この子が影美だ」

ウェナトリアに声をかけられて足を止めると、目玉のような模様がある茶色い翅を持った女が頭を下げた。

「……姫子と私を助けてくれてありがとう。ずっと、伝えたかった」

『あ、いえ……こちらこそ』

「…………あなたは、いい人」

『へ? あ、ありがとうございます……』

見た目は全く違うが、話し方や雰囲気がそっくりだ。義理の姉妹らしいと言うべきだろうか、隣に座っているし仲は良さそうだ。

「……そちらのお嬢さんは?」

『隣の王女、アルテミスさんです』

「神降の国の……!? これはとんだ無礼を」

ウェナトリアは素早く席を立ち、アルテミスの前に跪くと彼女の手を取り、驚く彼女を見上げた。

「私はウェナトリア、植物の国の国王をしております。紹介が遅れて申し訳ない」

「い、いえ……」

手の甲にキスを落とされ、アルテミスの顔が仄かに赤くなる。好感触だ、しかしウェナトリアにはアルテミスにとって重大な問題がある。

「……あの、お顔を」

アルテミスは希少鉱石の国で一度彼を見ている。アレは偽物だったけれど見た目は同じだ、あの時は顔を見て脅えていた。

「…………無礼は承知です。私は醜男、この布を取れば王女様の美しい瞳を穢してしまいます、どうかお許しを」

「そんな……アタシは、そんなの」

細い指先がウェナトリアの目隠しの白布を摘む。その布を捲れないように押さえたのはうなじから生えた触肢だった。

「……っ!?」

自身の手の間近に置かれた巨大な蜘蛛の脚にアルテミスは慌てて手を引く。

「……お許しを。私はシュピネ族なのです」

「しゅ……ぴ、ね……族?」

「…………愛らしい獣人とは訳が違う。亜種人類は虫混じりの民。私は……アシダカグモ。きっと王女を不快にさせます。お許しください」

「………………ごめんなさい」

アルテミスは震える声で謝って、頭を下げ、足早にウェナトリアの元を去った。僕は影美と姫子に手を振り、彼女の後を追う。
皆が食事と歓談を楽しむ席を離れ、壁にもたれてウェナトリアの口が触れた手の甲を摩っていた。

『……アルテミスさん』

「…………あの人、きっといい人ね」

『はい、ウェナトリアさんはいい人なんです。だから傷付けないで欲しい、あんな、気味悪がって逃げたみたいな態度、取らないで欲しかった……』

最初、僕も怖がったくせに。約束を破って怯えて彼を傷付けたくせに、いや、だからこそアルテミスに最善の対応を求めた。事前に伝えておけばよかったのに、それを怠った僕が悪いのに、遠回しにアルテミスを責めた。

「苦手なのよ。虫とか、蜘蛛は……特に」

『……ウェナトリアさんは人間です』

「分かってる。分かってるのよ、頭では。でも……すぐに引っ込んだけど、あの、蜘蛛の足……怖かった。ねぇ……彼の顔、どんななの?」

『…………目が八つあります。でも、綺麗な目ですよ、宝石みたいな』

アルテミスは自身の手をぎゅっと握り、俯いて肩を震わせる。

「……蜘蛛の、あの目が苦手なの」

『…………そうですか』

彼女を責めるのは少し違う。これ以上理解を求めるのも難しい。どちらも悪くはないのに相容れないなんてよくある話だ。目の前で起こると解決したくなるけれど、きっと僕は空回りしてしまう。

『とーりょー、何しとんこんな寂しいとこで』

『うわっ……あぁ、酒呑……』

『お、隣のおひいさんやん。なんや、結婚式当日に浮気か?』

『なわけないだろ!?』

冗談だと笑う酒呑に誘われ、席に戻る。そうだ、酒呑はどうだろう。少々強面で声が大きいがなんだかんだ優しい。細身ではないが背は高いし、怖いけれど顔は良い。

『アルテミスさん、彼は酒呑。妖鬼の国出身の鬼で、えっと……見た感じ怖いけど意外と優しくて……』

『そない怖ないやろ』

『怖いよ。それで、えっと……彼女とか居ないよね? 酒呑』

頷く酒呑を横目に俯くアルテミスの顔を覗き込む。

『アルテミスさん、どうかな……?』

微かに顔が縦に揺れたのを確認し、そっと席を交代し、アルテミスを酒呑の横に座らせる。

『……おひいさん隣に座ってくれるなんて嬉しいなぁ、どないしたん、えらい元気ないやん』

一応ホストだし落ち込んだ女性の相手は手馴れているだろう、このまま任せようか。

「…………ちょっと自信なくしちゃって」

『自信? そらまたなんで』

「……いいなーって思った人、みんな酷い男だし。優しい人、分かってたのに態度間違えて傷つけちゃった」

『ふぅん……? まぁ、とりあえず飲み?』

あんまり聞いていなかっただろ。それに酒の勧め方も雑だ、それでもホストか。

『落ち込むんもええけど、いつまでも腐っとったらべっぴんさん台無しやで。笑っとったらそのうちええ男も見つかるやろし、その優しい人にもごめんなー言えるわ』

しっかり聞いていたようだ、先程の心の中での暴言は心の中で謝っておこう。

「酒呑さん……! あの、酒呑さんは……好きな、タイプとか……」

俯いていた顔を上げ、花が開くように笑顔になったアルテミス。このまま上手くいくかと思われたが、ドサッと酒呑の膝の上に座る者が居た。

『旦那様、また若い娘口説いてはるん?』

「……え? また……?」

茨木だ。さっきまで別の席に居たくせに悪いタイミングで戻ってきた。
披露宴用なのか大人しい柄ながら何故か色気を溢れさせる着物を着た茨木は酒呑の膝の上に横向きに足を組んで座り、彼の首に腕を絡めた。

『重いがな茨木、どき』

『嫌やわぁ酒呑様、普段乗っかっとるんは酒呑様の方やのに。たまには乗せてくれたって構へんやん』

アルテミスは席を立ち、また人気のない方へ走っていった。

『はぁ……? 俺がいつお前に乗ったんや』

『ふふ、冗談や冗談。堪忍なぁ旦那様』

茨木は酒呑の肩を叩きながら膝を下り、アルテミスが座っていた場所に座った。

『おひいさんどっか行ってもうたし……どないしたんあの子』

『うん……ちょっと見てくるね。あとさ、茨木……もしかしてだけどさ、分かっててやった?』

茨木は紅い瞳を楽しそうに細めて、妖艶に口元を歪めて首を傾げる。

『……頭領はんが何言うてはるんか分からんわぁ』

袖で口元を隠してくすくすと笑い、酒呑の肩に頭を預ける。

『…………やっぱり付き合ってるよね?』

『嫌やわぁ頭領はん、酒呑様とやなんて考えたただけで吐きそうやわぁ』

『頭領がなんでそう思とるんか知らんけど、俺と茨木はただの昔馴染みや。で、茨木……吐きそうとはえらい言うてくれたなぁ!』

酒呑は茨木の左の角を掴んで思いっきり引っ張る。茨木は持っていたグラスを膝の上に落とし、着物を濡らした。

『角引っ張らんといてください! やめて、離して……離せっ……離せ言うとるやろボケぇっ!』

乱闘が始まった。逃げよう。
アルテミスを放っておけないとそれらしい理由を付けて乱闘の場を離れ、アルテミスの元に……おや?

『ほらほら笑ってー、姫ー。何があったか知んないけど、俺、姫の笑顔見てみたい的な! ほらほら、おしぼりペンギン! 可愛く……ない?』

桃色の髪に緑色の斑点。あの毒キノコのような髪は確か、この店のホストの……ブランシュだったか。

『姫、何の動物が好きー? 俺おしぼりで何でも作れる的な。あ、動物じゃなくてもいいよ?』

「……じゃあ、犬。頭二個あるやつ」

『わぉ! お買い得なワンちゃん! ちょい待ち~』

彼に誘われてこの店を二次会の場に選び、僕のノンアルコールカクテルも作ってもらった。

『どぉ? 姫のお眼鏡に叶う感じ? ほら、ワンワン……ぁ、やーっと笑ってくれた、やっぱ姫には笑顔が一番的な! 可愛いよ、ひーめ』

やはり鬼達はホストとしても男としても二流だったのだ。彼こそ一流だ。
僕は心の中で拍手を送り、今度こそ邪魔者だろうとその場を離れた。
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