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第四十一章 叩き折った旗を挙式の礎に

最美の予行

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巻尺がアルの身体に巻かれていく。僕は体を測る前に描かれたスケッチを眺めながら、クラールを膝の上で遊ばせていた。アップルパイを丸々一つ食べ終え、眠くなってきたようだ。

『……絵、上手いなぁ』

「俺もこれくらい描けるぜ?」

服のデザインは出来る限りそのままに、人型からアルの形に整える。そのためのスケッチだからなのか毛は細やかには描かれてはいない、しかしもふもふ感は見て取れる。

『おとーたん、おとーたん、おててー』

『ん? 手? ちょっと待ってねー』

スケッチブックを隣に座ったヴェーンに渡し、右手をクラールの枕にして左手で背を撫でる。手のひらを舐めたり親指を甘噛みしたり、可愛い行為を返してくれる。

『……あ、クラールの服も要るよね』

「式出すのか?」

『式の間どこにやる気なのさ、そりゃ出すよ』

「ふーん……? この大きさなら俺が服作ってやるよ。ネル兄は子供服とか苦手だもんな?」

ヴェーンはアルの尾の太さを測っているネールに話しかける。

『苦手っていうか……子供の足は趣味じゃないからどうにもやる気が出ないだけだよ』

「面倒な奴だよなぁ。俺は目さえ綺麗ならガキだろうがジジババだろうがいいけどよ」

どっちもどっちだと思う。

『じゃあ寝てる間に測っちゃって』

「起きねぇ?」

『撫でてれば多分大丈夫』

いつの間にかクラールは僕の親指を咥えたまま眠っていた。クラールにもアルと同じように巻尺が巻かれて、各部位ごとの太さや長さが測られていく。くすぐったいのかピクピクと動く後ろ足がなんとも可愛らしい。

『……よし、一通り終わりました。お疲れ様です王妃様』

『…………あぁ、どうも』

ネールは机に置かれていたスケッチブックを取り、雑誌に載せられたウェディングドレスを横目にアル専用のドレスを描いていく。

『基本はこんな感じに』

ドレスの型が描き上がると僕とアルに見せる。

『パニエのボリュームは少なくトレーンは長めに。尻尾はスリットから出して、蛇の頭の方にも飾りと……ヴェールはどうします?』

『……頭だけでいい』

『じゃあ蛇の方は尻尾として扱ったデザインで……』

アルのスケッチはインクで、ドレスのデザインは鉛筆で描かれる。手直しのためだろう、絵を描かない僕には新鮮で良質なアイディアに思える。

『挨拶の際に後ろ足で立ったりはしますか?』

『する……のか?』

『んー……見えにくいかもだし、一回くらいは立つかな』

『では胸元にワンポイントを。そのネックレスは外したくないとのことでしたので、それを目立たせる形で……』

次のページに後ろ足で立った状態のアルが描かれる。

『見事なくびれを目立たせる形で、四足でも二足でも見栄えよく……スカートはこんな感じに』

スケッチを見てもよく分からないが、ふんわりとした可愛らしいスカートが後ろ足を隠しているのが分かる。

『個人的にはここにスリットを入れてその素晴らしい御御足をチラチラと……』

『しない』

『……まぁウェディングドレスとしましてはセクシーが過ぎますよね。で、背中側のリボンはこのような形になり、スカート全体にレースをかけて、ヴェールはこうやって垂らして……耳、耳は……うーん』

足を見せることを拒否したからだろうか、途端に手が鈍る。花嫁の顔を隠すヴェールにピンと立つ三角の耳を入れるかどうか、どの角度で頭にヴェールを乗せるのか、それについて悩むネールの手元を覗いていると肩を叩かれた。

「これでどうよ」

どうやらクラールの服のデザインが出来たようだ。前足は半袖、後ろ足はスカートのフリルに完全に隠れる、まるで人形のようで可愛らしい。

『可愛い! アル、どう、これ』

『ほう……可愛らしいな』

『どれどれ……あぁダメ全然ダメ。ダメですよ王様、このフリルじゃ身動き取れません。本当にお人形さんですよ』

ヴェーンは人形作家なので多少人形らしいのは仕方ないにしても、身動きが取れないのはクラールは嫌がるだろう。

「式で走り回ったりしねぇからいいだろ。どうせ抱きかかえて運ぶんだろ?」

『王女を着せ替え人形扱いする気か、この無礼者』

「王様の足に頬擦りしてた変態に礼儀とか語られたくないな」

ヴェーンには足を刺され目を抉られた覚えがあるのだが、よく頬擦り程度で対抗できるな。確かに気持ち悪かったけれど。

『……喧嘩は後にしてくれませんか。ヴェーンさん、もう少しフリル減らして。式中に泣いたら走り回るより大変だよ』

『も、申し訳ありません国王様……』

「減らすぅ? これが一番可愛いのに……しょうがねぇなぁ……」

芸術家肌と言うべきか、こだわりが強いのも考えものだな。

「……てか式の日程発表済みだよな? 後一週間でドレス作れんのか? 俺はできるけど」

『やる気が出れば二日で縫える』

『すいません……本来なら一番優先するところなのに』

レンタルで大丈夫だろうなんて甘い考えだったからドレスを決める前に他の物を粗方決めてしまった。まさかオーダーメイドになるなんて……誰だよ人間の服でも大丈夫だろうとか思ってたの……僕だよ。

『いえ、大丈夫ですので足を触らせてください』

それをしなければやる気が出ないとか言う気か?

「俺が踏んでやろうか」

『……君筋肉の付き方バランス悪いから見たくもない』

そんな話をしながらも手は動いている。これがプロか。

「……こんなもんでいいか。どうよ、フリル減らしたぞ」

『ありがとう。多分大丈夫』

『こっちも出来ました。どうでしょうか』

『いいと思います……アルは?』

完成した絵はどちらも素晴らしい。しっかり線を濃くなぞって色をつけて額縁に飾りたいくらいだ。ドッペルとハルプにもこんな可愛らしい格好をさせてみたかったな。

『…………ヘル?』

『ん? 何、アル』

『……いや、石の色が一瞬濁った気がして…………気の所為か。何でもない、済まないな』

アルは鮮やかな虹色の首飾りの石を前足で持ち上げ、うっとりと眺めている。

『仮縫いを用意しますので一度帰ります……御御足に頬擦りをしても?』

『……後払いで』

『触らせていただけるんですね!? ありがとうございます、ありがとうございますっ! では失礼します!』

これなら後から反故にしても今必要なやる気は出る。罪悪感はあるが触られたくないし、代金に心付けをするので許して欲しい。


数時間後、裁縫道具と硬い布を持ってネールが戻ってきた。布は大まかにワンピースの形に整えられており、巻尺の測定だけでは不備が出た部分を修正していく。

『なんか……照れる、ね』

修正作業中、アルは二足で立っていた方がやりやすいとのことで、アルは僕の肩に前足を置いて後ろ足と尻尾で立ち上がっている。間近に来た美顔と真っ直ぐに僕を射抜く黒い双眸に目眩がした。

『……今更何を』

『だって、アル……綺麗だから』

アルも照れてくれたのか視線を逸らした。その仕草が可愛らしくて、口付けてしまおうかと頬に手を添えたその時。

『ホンットそうですよね獣として完璧な美脚です! 骨の長さ太さ関節の具合、筋肉の付き方に至るまで完璧です! この脚が地面を抉って走るのを想像するとっ……! もうっ……!』

ネールに雰囲気を壊された。人妻の太腿に頬擦りしないで欲しい。ちょうどいい高さに顔があることだし蹴り飛ばしてやろうか、なんて考えているとアルがネールを尾で殴った。

『…………失礼しました。美脚を見るとどうも正気を失ってしまって。蛇は少し苦手なんですよね、美しい足を持たないなんて……最悪ですよ。ぁ、もちろんリボンなどで美しく飾らせてもらいますよ?』

彼は喋っていた方が捗る部類の者なのだろうか。

『……よし、仮縫い完成です! どうですか、王様、王妃様』

ゆっくりと後ろに下がり、アルは少しふらつきながらも自分の後ろ足と尾だけで立った。短い袖のシンプルな白いワンピースを着た姿は可愛らしく、同時に何故か笑いが込み上げてきた。

『ふふっ……か、可愛いよ、アル』

『なっ、何故笑う! やはり私が服を着るなど……!』

『あぁ違う違う、違うよアル。本当に可愛いんだ、ほら、足下ろして見せて?』

四足で立ってもお尻が丸見えにならないように、スカートは背中側が長くなっている。尻尾を出す穴は菱形で、白く分厚い布から飛び出た黒蛇の根元を隠すような銀毛が艶っぽい。

『うわ……可愛い』

先程何故か笑いが込み上げてきたのは直立していたからだろうか、やはりこちらの方が馴染みがあるし、その分服が引き立てる美を僕の目が拾いやすくなる。無地で縫い目も見えている仮縫いの服でこれなのだから、ウェディングドレスなんて着られたら、僕はもう心臓が破裂するか停止するかしてしまう。

「…………全裸より着衣がエロいって言ってる奴たまに居るけど」

『あぁ、分かる分かる。素足もいいけど網タイツとか最高だよね』

「あー……確かに目玉入れる瓶に水草の飾りとか入れると良くなることもあるよな」

背後で特殊性癖共が理解し難い話をしているけれど、本質的なものなら何となく分かる。さらけ出されているよりも少し隠されていた方が興奮を煽る。品が出るというか、ミステリアスな雰囲気が出るというか、剥いてやりたいという野性的な欲情か──

『王様、基本はこれでよろしいでしょうか。よろしければこの仮縫いを持ち帰り、ドレス制作に入りますが……』

『…………すいません、一晩だけ預けておいて頂くことは可能ですか?』

『え……? あっ、あぁ……はい、あまり汚さないでくださいね』

『ヴェーンさん、悪いけどクラールちょっと見てて』

クラールの方も仮縫いなどは必要だろうし、今は眠っている。今のうちにこの昂りを放熱してしまおう。

『アル、ちょっと部屋戻ろっか』

『ヘル……? 何をする気だ?』

アルは訝しげな目を僕に向ける。

『…………嫌だぞ。窮屈なんだ、とてもそんな気分にはなれん。ネールと言ったか、とっとと脱がせて貰えないか。ただでさえ無茶な納期だ、ヘルが我儘を言って済まんな』

『ぁ、いえいえ~。では、失礼しまーす……』

ネールは仮縫いを持ってそそくさと帰った。アルは僕を数秒睨みつけた後、わざとらしいため息をついて暖炉の前に僕に背を向けて寝転がった。
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