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第四十一章 叩き折った旗を挙式の礎に

挙式の準備

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ある日の王城、僕はカタログを眺めていた。何のって? ウェディングドレスのだ。

『ワタシはこれ良いと思う』

呪術陣の傍に背を向けて座っているから、国を呪っている真っ最中のメルにも本の内容は見えるし、彼女の気になる物があれば指してくる。

『んー……ちょっとフリル多過ぎない?』

『フリル可愛いじゃない。ワタシはこういうの着たいなぁ』

『そう……かなぁ。うーん……悩む』

こういうものは本人に決めさせるべきだと思うけれど、その本人が「貴方が私に着せたい物を選べ」なんて寝転がりながら言うから仕方ない。とりあえず女性の意見をもらおうとメルを訪ねた次第だ。

『……ふふ、だーりんとウェディングドレスのカタログ見るの、楽しいわ』

『そう? 楽しんでくれてるならよかった』

『…………意地悪ね、だーりん』

『え? な、なんで? 僕何かした? ごめんね?』

楽しんでいたのではなかったのか? どうして急に……

『ふふ……なんでもないわ。ごめんなさい、ちょっと困らせてみたくなったの。あんまり幸せそうだから、つい、ね』

意地悪をしたのはメルの方だと? しかし、妙に声が寂しげだ。

『……何か不満があるなら言ってね?』

『不満なんて……ないわ』

あるとしか思えない声と言い方だ。だが言ってくれないのなら仕方ない。

『……ぁ、これにしようかな。どう思う? メル』

『いいんじゃない?』

『じゃあこれ頼んでくるよ。ありがと、またね』

呪術陣の上にぺたんと座り、微笑んで僕に手を振るメルに扉の前で手を振り返す。

『……ばいばい、魔物使い様』

応接室に小走りで向かい、ワインを飲んでいるマンモンにカタログを渡す。ちなみにこのカタログはマンモンが持ってきた訳ではなく、プランナーに相談に行ったら渡された無料本だ。

『これか?』

『うん、作れる?』

『おぅ、デザイナーに許可取ってこい。出来れば連れてこい』

『分かった。次はいつ来れる?』

『んー……お前の兄貴の分身共が呪い整えたおかげで結構安定してるからな、明日も来れると思うぜ』

娯楽の国にも小規模の軍隊を送っておいた。内訳は兄の分身一体に希少鉱石の国から回収した魔獣達……軍隊とは言えないな、これ。

『式場はどこにするの?』

『えっと……挨拶は広場でして、式そのものはここの庭。机出して立食にするつもり。二次会は酒呑達が働いてるホストクラブに、三次会以降は各々適当に……』

『立食?』

『ダメ?』

『長引かないならいいけど』

二人とも親は居ないし、式で語れるような美しい生涯でもなかった。各々の兄に短めのスピーチを頼んでいるが、その間も別に飲み食いはしていいようにしようと思っている。

『ゆるーく行こうよ。もう子供居るし、アルそんなに乗り気じゃないし……乗り気じゃ、ない……し…………はぁ……』

『魔物使いくんも乗り気じゃなさそうねぇ?』

『いや、乗り気だよ。アルのドレス姿見られるし、皆でご馳走食べてケーキ食べて国全体お祝いムードで……いいこと尽くしだしさ』

僕の性質として結婚式のような明るく幸せなイベントは向かないのだけれど、いざやってみれば楽しめるのかもしれないし、周りがやった方がいいと言ってくるのだから仕方ない。

『でも……アルが』

『女の子の憧れーなんて言うけどねぇ?』

『うん……やっぱりドレス着るの嫌なのかなぁ』

『ゆっくり話した方がいいわよ?』

『だよね……うん。行ってくる。カヤ、お願い』

カタログと机の上に置いてあったリンゴを持ち、カヤにヴェーン邸の自室まで運んでもらった。アルは床に寝転がり、クラールと縄を引っ張って遊んでいた。

『……ヘル! おかえり』

『きゃうっ!? わふ……わぅ!? わぅ! おかーた、かっちゃ!』

突然帰ってきた僕に驚いたアルは咥えていた縄を離し、僕に気付かないクラールは反動で転んだ。そしてアルに勝ったと喜んでいる。

『ただいま。クラール、お土産』

『ぅ……? おとーたん? おとーた、おきゃ、りー!』

アルの向かいに座った僕の膝に登ってくるクラールにリンゴをそのまま渡す。

『あぃあとー!』

僕の手に頬を擦り付けてからリンゴに齧り付く。可愛らしい限りだ。

『アル、ドレスなんだけど……』

『決まったか?』

『僕はこれかなって思うんだけど、アル……本当に希望ないの?』

『無い』

カタログを開いて僕の選んだ物を見せたが、これといった反応はない。数秒眺めて終わりだ。僕が考えたふわっとした式の流れを話しても、深く考えることなく了承を示す。

『アル……僕と結婚するの、嫌?』

『な、何を突然。嫌な訳が無いだろう』

それは分かっている。子供まで居るんだ、嫌な訳がない。

『……じゃあ、式が嫌なんだね、やっぱり』

『そんな事は……』

ない、とは言わない。誤魔化せない程に嫌なのか。

『……貴方は国王である訳だし、妻が居ると明言もしている。だから国民が王妃を見たがるのは当然の事だし、式を挙げると言うならそれも見たがるのも無駄遣いするなと喚くのも分かる』

『税金使わないから大丈夫だよ』

会場は魔法で一銭も使わずに用意出来るし、食材は狩りを込みにした自腹、調理だってフェルが分裂すれば間に合う。
問題はそれをまとめた書類を見せて税金を使っていと示さなければいけない点だが──ライアーに頼むので僕は悩まなくていい。

『別に、式に反対という訳では……』

『ドレス着たくないの?』

『いや、貴方が見たいと言うから──』

『僕じゃなくて、アルはどうなの?』

『……貴方が喜んでくれるなら、着たい。本当に……私はそれだけなんだ。身を飾る趣味は無いし、飾るのなら貴方に喜んで貰う為だけ……私自身にはドレスに嫌いも好きも無い』

妖鬼の国で狸の宿に泊まった時に着物を着せたら嫌がっていたから、服を着るのが嫌なのだと思っていたが、違うのだろうか。服を着せると暴れる犬の話はよく聞くし。

『服は鬱陶しいとか窮屈とかじゃないの?』

『……それが無い訳では無いが、それを理由にウェディングドレスを着ないとごねる程ではない。そうだな、貴方が包帯を巻かれるようなものだろう』

確かに包帯は暑いし窮屈だし嫌になる。しかし程度はそこまで。分かりやすい例えだ。

『じゃあ、人が多いのが嫌?』

『……別に』

『人前に出るのが嫌?』

『…………』

アルは何も言わずに目を逸らす。目立つのが嫌いなんて性格ではなかったと思うのだが……僕じゃあるまいし。というか、ズボンにリンゴの汁が染み込んで冷たくて真面目な話をしにくいのだが、一度着替えるべきだろうか。

『人前に出るのが嫌なら挨拶が終わったらご飯は室内で、とかでもいいけど……挨拶も嫌?』

『……国民は王妃が姿を出す事を望んでいる』

『うん、だから挨拶は出て欲しいけど……そんなに嫌なら仕方ないよ』

自惚れではなく支持率は高いし、何かと愛妻家だと言われることも多いから、妻が嫌だと言うので……と言っても何とか通るだろう。

『………………私は、狼だ』

『うん……? そうだね』

『それも禁忌とされる合成魔獣だ、生命を弄んだ結果の……合成魔獣』

アルはぎゅっと目を閉じ、身体を丸めて自らを翼で包む。

『…………そんな、王妃……嫌だろう。貴方の評判にも関わる……』

黒翼に遮られてアルの表情が見えない。けれど感情は震える声で読み取れる。

『……メルを出したらどうだ。丁度良いだろう。酒色の国らしく、しかしそこまで下品ではなく、呪いを管理している……酒色の国の王妃として完璧だ』

『僕のお嫁さんはアルでしょ?』

『…………私は、貴方に……相応しくない』

まだそんなことを考えているのか。そろそろ分かってくれたと思っていたのに。
僕はリンゴの汁で毛を黄色く染めたまま眠り始めたクラールをクッションの上に移し、黒翼をかき分けてアルの頭を両手で掴んだ。

『アルみたいな美女が僕には勿体無いって言うなら分かるけど、アルが僕に相応しくないってのはおかしいよ』

『……私は、魔獣だ。継ぎ接ぎの醜い……禁忌の』

『アルのどこが醜いの』

『…………見たままだ』

『分かんない。銀色の毛並みも、この大きな黒い羽も、かっこいい黒蛇の尻尾も、全部かっこよくて綺麗で美しくて、完璧だよ』

アルに醜いところなんてない。全身をくまなく観察し、愛撫した僕が言うのだから間違いない。

『アルより綺麗な女の子なんて見たことない』

『……それは貴方の感想だろう? 国民は……』

『国民は淫魔や吸血鬼だ』

『…………人間よりは魔獣に抵抗が少ないと? だが、それでも……』

『僕が言えば魔物の感性も変わる。拡声器を使って挨拶するんだ、世界一美しい僕の妻ですって、紹介するんだよ』

逸らされ続けていたアルの瞳が僕の方を向き、驚愕に見開かれる。

『洗脳すると言うのか、国民を』

『洗脳なんかじゃない。真理を解くだけだよ』

『貴方は……本当に…………分かった。しっかりやるよ、挨拶も、式も、ちゃんと出る。嫌な顔なんてしないから……だから、魔物使いの力を使わずに挨拶してくれ』

嫌な顔をしなくても心は嫌がったままなのだろう。アルが自分は醜いと思い込んでいるのなら覆すのは難しい、鏡の前に固定して──いやいや拷問だろうそれは。
あぁ、そうか……挨拶の時に使わないということは前日に使ったなら約束を破ったことにはならないのか。

『……うん! 挨拶の時には魔物使いの力は使わない。使わなくてもきっとみんなアルを綺麗だって言ってくれるよ! 楽しみだね』

褒め称えられたら照れるだろうか、思い込みも消えるだろうか、あぁ、本当に楽しみだ。
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