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第四十章 希少鉱石の国で学ぶ人と神の習性

はぐれっ仔

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クラールを抱いたまま砂浜に立ち上がり、周囲を見回すもアルは居ない。爪先立ちになってもアルの姿は見えない。

『……クラール、お母さん探しに行こっか』

『わぅ? おかーたん、さがちゅ!』

『そうだ、吠えてくれない? 遠吠え……えっと、あおーんって』

クラールは首を傾げて焦点の合わない瞳を僕に向けている。

『…………ぁおぉー……げほっ、ぇほっ……こ、これだよ。やってくれない?』

『わん! あぉおーー……ん…………わぅ!』

砂浜に残された肉球の跡を追い、岩場を登って砂浜から脱出。これからは草と木の根に覆われた土の上を行く。

『……ん? 返事かな』

どこからか狼の遠吠えが聞こえる……アルの声か? いや、複数居るような。
ガサガサと周囲の草むらが揺れる、荒い息遣いと獣の匂いに囲まれた。

『わん! わぅわぅ!』

クラールの声に答えるように僕達を囲んでいた者が姿を現す。

『……っ、うわっ……可愛い……!』

背中側は濃い灰色、腹側は白の毛色の狼が目の前に現れる。見回せば似たような色合いの狼だけでなく、真っ黒な者や全身灰色の者も居る。
どうやらクラールの遠吠えに反応したのはアルではなくこの辺りに住んでいた狼の群れのようだ。

『わぁぁ……あっ、君特に美人……可愛いなぁ、可愛いっ…………ぁ、ごめんね上から……』

ゆっくりとその場に座り、円を描いて僕とクラールを囲んだ狼達を見回す。そうしているとその円の中に全身濃い灰色の狼が入ってきた。

『……君がリーダー?』

クラールを左手に抱き、右手を突き出す。最初に手のひらを見せて、次にゆるく拳を握って匂いを嗅がせる。かしららしき狼は僕の手の匂いを嗅ぐと一瞬眉を顰め、それから他の狼達に何かを伝えた。

『うーん……クラール、翻訳……お願いできる?』

『わぅ? おとーた、から……おなぃ、におい、しゅりゅー……かりゃ、んー? っちぇ!』

『僕から同じ匂いがするから不思議がってる?』

同じ匂いとは同種の匂いということだろうか。狼の匂いなら多分アルだ。

『しきゃみょ、ちゅよくて、いーおんにゃって!』

『強くていい女……でしょー? 分かるー? じゃないよ人の妻にいい女とか言わないでもらえるかな!』

『わぅ……?』

彼らが嗅ぎとったのはアルの匂いで間違いない。しかしアルはどこに行ったんだ? クラールの遠吠えが届かない距離に……クラールはまだ遠吠えが下手だから大した距離ではないのか? アルなら数キロは届くのだが。
考え込んでいると左手側に居た全身黒い狼がクラールに話しかけているのに気付く。何を話しているかは全く分からないが、多分話している。

『……クラール? 何話してたの?』

会話が終わったタイミングを見計らって尋ねる。

『くぁーぅ、の、こぇ、きいちぇ、にんぇん、ちゅかまっちぇりゅ、おもっちぇ、きちゃ!』

『クラールの声を聞いて人間に捕まってると思って来た……?』

『くぁーぅ、が、おかーたんって、いってちゃ、から! あぶにゃいって』

『クラールがお母さんって言ってたから危ないって……?』

拙い言葉の解読が合っていれば、この狼達はクラールは母親とはぐれた仔狼で、そこを人間に……僕に捕まってしまったと考えた。そして助けに来た、と言ったところか。

『……そっか、じゃあ僕は君のお父さんだって伝えて……わっ、な、何?』

狼達が一歩下がり、身体を低く落とす。直後、大きな黒い塊が僕の目の前に降ってきた。黒い羽根に包まれていたのは──銀の毛皮だ。

『ヘル! クラール! 大丈夫か? 済まない、遅くなったか』

アルは素早く僕を左翼で包むと右翼は広げて周囲の狼達を威嚇した。

『あ、あの、アル……クラールにアルを呼んでもらおうと遠吠えしてもらったらこの狼達が来ちゃっただけで、襲われてはないよ?』

『………………そうか』

アルは僕の首元や手の匂いを嗅ぐと威嚇をやめた。もし狼達に抱き着いて撫で回していたら、舐められていたら、ここで何が起こっていたのだろう。

『ん? 何だ……は? 巫山戯るな、死にたいのか』

『アル? どうしたの?』

『……息子と見合いをしないかと言われて……何だ、私は子持ちだぞ! 夫はこの人間だ! 若く見える? 黙れ! 私は歳は取らん!』

アルに怒鳴られているのは頭の狼だ。耳を寝かせて目を逸らし、きゅうんと声を上げている。群れの中での株が下がりそうだな。

『全く…………ヘル、クラール、面白い物を見つけた。竜の巣だ、行こう』

『あ、うん……えっ、竜? ホント? わぁ……!』

竜は異空間を作って隠れ住んでいるのだが、時たまに異空間を出た者や追い出された者、そもそも入っていないはぐれ竜と出会える。

『……何だ執拗いな。危ない? 大丈夫だ、私の旦那様はこう見えても強い……本当だ。本当だ! 本当だと言っているだろう!』

『…………ま、弱く見えるよね』

竜の巣なんて危ないと引き止めてくれているのか、いい子達だ。心配しているのは美女のアルとその子供のクラールだけかもしれないけれど。
狼達の引き止めを振り払い、アルが案内する竜の巣へ向かう。

『全く失礼な奴等だ! どこが良いんだ、本当に夫なのか、愛はあるのかと……挙句の果てに弱味でも握られているのかだと!? ヘル、今からでも戻って噛んできて良いよな?』

『ダメだよ……心配してくれてたんでしょ』

『私が貴方に惚れたんだ! それなのに貴方が私を無理矢理手篭めにしたような言い草……!』

アルを妻だと紹介した時の人々の反応は様々だったが、大抵は本気なのかと聞いてきたように思える。人にとってアルがそうなら狼にとって僕もそうなのだろう。

『私が馬鹿にされて貴方が怒る理由が分かった、自分の事より腹が立つ!』

こんな怒り方をしているアルは珍しい。その珍しさと僕のための怒りだという事実は僕の頬を緩ませる。しかし、それを見たアルには馬鹿にされたのにヘラヘラするなと怒られてしまった。

『……まだ何か用か?』

洞窟のようなものが見えてきて足を早めると、僕とは反対にアルは立ち止まって振り返った。
洞窟の入口辺りには植物が生えていない。雨でも降ったのか一面泥になったそこには無数の肉球の跡があった、まるで洞窟に出入りしているように。

『アル?』

『……あの狼共が着いて来ている』

『へぇ? アルってモテるね』

『違う。敵意を感じる』

敵意? 先程まで僕達を心配してくれていたのに?

『…………ヘル、そこの洞窟が竜の巣だ。だが、この狼共は私達をそこに入れたく無いらしい』

『竜が危ないからでしょ?』

『それは方便だな。私がこの場所を知っている事に憤っている、子供を利用して俺達を引き付けたのだろうとな……』

子供を利用して──クラールに遠吠えをさせて狼の群れを引き寄せ、その隙にアルが竜の巣を探ったと? まるで竜の巣を縄張りにしているような話だ。

『アル? ここ本当に竜の巣なの? この子達の家とかじゃない?』

『入り口で魚を食っている小さな竜を見た。恐らく水棲種だ、洞穴の奥は海に繋がっているのだろう』

『……狼って竜と協力関係だったり』

『有り得ん、魚を喰う竜なら狼も喰うだろう』

それなら何故洞窟に出入りした痕跡がある? 何故勝ち目のないアルに対して威嚇が出来る? ここに住んでいるらしい竜と仲間でなければ考えられない、いや、仲間だとしても稀有な深い愛情が見受けられる。
争い始めたら止めなければと魔眼を意識しつつ、対話をアルに任せてクラールを不安がらせないように少しずつ後ろに下がる……と、足に何かが触れた。

『…………きゅぃ?』

ぺた、ぺた、と足に触れる水掻きのある手。僕の足を支えに立ち上がろうとする小さな……トカゲ?

『……っ、止 ま れ !』

視界の端に狼達が飛び出してきたのが見えて、咄嗟に力を使う。

『ふぅ……竜って……こんなに小さいの?』

過去を巡った時に見た幼竜はアルより少し大きい程度だったと記憶している。まぁ、竜は種族差の激しい生き物だ。地中に棲むモノ海中に棲むモノ空を飛ぶモノ……本当に『竜』の一言でまとめていいのか甚だ疑問だ。

『アルより小さいよ……体長は……んー、三メートル?』

長い首と長い尾を持っているから体長はかなりのものだが、身体だけ見れば中型犬程度。背びれや水掻きから水棲竜だと分かる、尾の先端のひれも魚に似ている。

『きゅい、きゅう……』

翼はない、角はある、牙と爪は鋭い、声は高い……

『…………ヘル、竜を調べているところ済まないが、狼共とその竜の関係を聞き出せた。聞くか?』

『あ、うん、教えて』

甘えているような、僕によじ登ろうとしているような竜を抱き上げたいところだが、彼の身体は泥だらけであまり触りたくない。泥の上に座るのも嫌だ。
僕は竜にしがみつかれたままゆっくりと歩いて、木の根の上に腰を下ろした。
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