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第四十章 希少鉱石の国で学ぶ人と神の習性
会談
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身体の熱を抑えるため、メイラと話した時のハスターの様子を思い浮かべる。不気味で、狂気的で、グロテスクな布の下を──
『……っし萎えた。ありがとうそしてごめんなさいハスター』
多分、こういう使い方をしていい存在ではない。
心からの感謝を唱え、心の中で土下座し、顔を上げる。
『…………ヘル? 大丈夫か? よく分からないが……大変な仕事なんだな』
素肌に触れる湿った毛皮、開けた視界に映る傾げられた首。
『……っ、わざとなの!?』
『な、何がだ?』
『可愛すぎるんだよもぅっ! 理性持たないんだけど!? あぁもうクラール居るし仕事あるしちくしょう帰ったら覚えててよアル!』
『分かった……何を覚えていればいいんだ?』
『だから! 帰ったらセッ……せ、背中を、撫でさせてね』
冷たいシャワーに四肢の末端が震えてきた。泡も流せたことだし、もう湯船に浸かろう。手だけを外に伸ばしてクラールを洗おう。
『背中くらい今撫でれば良いだろう』
『いや、ほら、ご褒美あった方がやる気出るから』
『……そうか? まぁ、貴方が良いなら私は何でも構わないが……』
駄目な男に引っかかりそうな……いや、もう引っかかっていたな。駄目でなくなるように精進したいものだ。
『…………ふふ、クラール、庭を走っていた時より楽しそうだな』
『そうなの?』
『きゃふっ、わふわふ! おとーたん、わぅ!』
『うーん……まぁ楽しそうだけどさ』
桶に入って泡やお湯を被せられているだけなのに、庭を駆け回るより楽しいのか。よく分からないな、アルに似て風呂好きということだろうか。
『……アル似ってことかな』
『そうだな、私に似て貴方が大好きなんだ』
『アルって僕を一日何回ときめかせるかのノルマ決めてる?』
『む……?』
『目丸くして首傾げるだけで数稼げるよ』
心臓が持たないとはこのことか。普段はここまでではないように思うのだが、やはり気味の悪いモノと半日以上過ごしたから生存本能とやらが刺激されているのだろうか。
『……ま、いいや。僕そろそろ上がるね』
『お仕事頑張って、旦那様。私は邪魔にならない所で見ているよ』
『おとーたぁ、がんぁってぇー』
妻子が可愛いので引きこもりたいです、そう言ったら会談は中止にならないだろうか。そんなくだらないけれど本気の願望を抱えてライアーが用意した正装に身を包む。髪を後ろで束ねて打ち紐を二本結び、鏡の前で不自然でない笑顔を二回出せたら準備完了。
『……っし、行こ。ぱっぱと済ませてとっとと帰るんだ』
『…………真面目にやってね?』
『もちろん、僕はずーっと真面目だよ』
真面目以外の取り柄がないくらいに──とまで言ったところでライアーの視線の冷たさに気付き、冗談の才能のなさを痛感する。
『怠け癖さえなければ、だな』
『そ、そんなに怠けてるかな……』
寄り添うアルとクラールに一時的に加護を与えて水気を払う。ふわふわの毛並みに指を沈めて、アルの頭の上から僕の腕の中に移ろうとするクラールを窘める。
『お父さんもうちょっとお仕事だから、お母さんと居てね』
『きゃうぅ……』
『可愛い顔してもダメなものはダメなんだ。片手なら遊んでていいから』
アルの首に置いた手にクラールが甘噛みをする。妻と子を片手でいっぺんに感じられる効率のいいスキンシップだ。
空間転移の浮遊感に少し酔って、会談の場だろう扉をノックするライアーの隣で咳払いをした。
『酒色の国君主、ヘルシャフト・ルーラー、参上しました。こちらは──』
ライアーとアルとクラールの紹介を手短に済ませる。ライアーは助手、アルとクラールは魔獣調教師としての手腕を見せるために用意した非売品の最高級品として。
『……さて、まずは』
予めライアーに教えられていた挨拶を終えて、会談が始まった。まずは相互不可侵、そして今後の協力関係について。魔獣販売は無期限中止だとまず伝えた。理由は適当に「理解が浅く危険だから」だ、知識と良識が周知されるまで売れないと説明した。希少鉱石の国の王は特に反対しなかった。
『次に魔石なんですが……』
魔石は是非輸入したい。しかし魔獣を売らないと決めてしまった以上立場も財源も不安定。だが、僕が魔獣調教師という架空の職であることや、貿易船の護衛もやっていること、それは大事なカードだ。
言葉にも態度にも一切出さず、酒色の国に不利な条約を結ぼうとするなら、国が魔獣の大群に襲われるかもしれませんよと脅す。
「……では、その条件で」
国王は特に悔しがる様子も怯える様子もなく案を受け入れる。交渉のために少々ふっかけた条件だったのだが……まぁ、いい。
『…………次に、同盟についてです。他の国にも提案していることなのですが』
この案が肝だ。正義の国に対抗出来るか否か、国連の権力を縮められるか否か、それらが決まる。
『希少鉱石の国に酒色の国の軍を置かせて頂きたい。近頃は天使も来るでしょう? 錬金術や魔石だけでは対処しきれない……といったことはありませんか』
「…………魔石は国連加盟国にも売っていますから、この国はそれほど」
『そうですか。では、旧支配者については……どうです? 太古この世界を支配していた化け物共です。それが近年復活するとか……』
「聞いたことがありませんね」
ここに来て強気だな。最後に持ってきたのは失敗だったか? これまでの条約の譲歩点を盾にされるかもしれない。やはり苦手だな……こういったやり取りは。
『しかし、気候変動や魔獣の凶暴化はあるでしょう? その保証をさせていただきます。土地と費用を負担していただければ災害時に迅速に対応させていただきます』
これでは国同士の条約と言うより個人の保険屋だな。この条約は実際向こうの旨みも多い、ライアーか兄さえいれば壊れた建物も怪我人も「なかったこと」になる。時が進むほど可能性が高まっていくもしもの時のためならば、多少の金銭は必要経費だろう。
『……派遣できる人材の数と質を考えれば、決断は早い方がいいかと思われます。早い者勝ち、なんですよ』
王の瞳をじっと見つめる。どんなに平凡な人間であろうと多少の魔力をその身に宿している。目を合わせて話せば誰しも理由なく僕の言うことを聞く気になる。国王ともなれば何か特別な血筋だろう、その身に宿しているのが神力ではない限り、国王は僕にとって操りやすい存在と言える。
「………………なるほど。よく分かりました、しかし、年間の費用は──」
ここに来て値切り交渉か。渋る態度は演技、手前の条約で譲歩していたのも計算、これが経験の差か。まぁいい、魔法を使えばコストは数百分の一なのだから、そもそもが高過ぎる値なのだ。
『……ありがとうございます』
毎度あり、なんて言ってしまわないように気を付けて、サインを交わす。立ち上がって互いに歩み寄り、握手を交わす。その場を写真に収めて、会談は終わりだ。
別れを告げ、空間転移でヴェーン邸に戻る。ライアーに事務処理を頼んで部屋に帰ったら上着を脱ぎ捨てる。
『はぁっ……終わったぁ……あー、疲れた。すっごい気ぃ張った。あの王様やり手だよ絶対……』
『クラールは寝てしまったぞ』
『あれ、寝ちゃった? 夕飯そろそろなのに……ふふ、おねむでちゅかー……ふふふっ』
アルの翼の中で眠るクラールを抱き上げて、ピクピクと震える足や解読不能の寝言を楽しむ。数分間楽しんだら枕元の籠の中に寝かせて、着替えを漁る。
『しかし驚いたぞ、貴方がああもハキハキと話せるとは』
『そりゃある程度事前に組み立ててたし、兄さんにテレパシーで補助もらってたし』
『アイディアは貴方だろう?』
『基本はねー?』
良さげな部屋着を見つけてベッドの上に投げ、今来ている正装を脱ぐ。ネクタイを緩めて解いて……っと、そうだ。
『……どう? アル』
『む……? どう、とは? 貴方の仕事ぶりは素晴らしかったぞ』
ネクタイの輪になっている部分を引っ張り、シャツのボタンを外す。リビングに落ちていた誰かが買った雑誌で見たのだ、ネクタイを外すのはモテ仕草だと。モデルの写真を思い出して首の角度を真似て、首筋と鎖骨を強調してみる。
『ヘル……? 着替えるなら早くしたらどうだ。ネクタイが解けないのか?』
雑誌の嘘吐き!
いや、そうか、あれは所詮人間の感覚、いや淫魔の感覚? 狼であるアルには当てはまらない……のか? 一応聞いておこう。
『……キュンとしたりしない? ネクタイ外す仕草は女の子好きって雑誌で見たんだけど』
『…………別に、何とも』
『……………………着替えるね』
格好付かないな。今度犬の雑誌でも買ってこよう、モテる犬の特徴なんかをまとめたコーナーを探そう。
『……アル、雄の狼の愛情表現って何』
『…………餌と、プレゼント? 私は他の狼と関わる事は無かったからな……遺伝子と言うか本能と言うべきか、そんなものでしか判断出来んが、獣の求愛は大抵餌を運ぶか巣を作るかだ。毛繕いもあるな、種によっては体色の鮮やかさもある、ダンスもあるか』
『そ、そっか……分かった』
『何故急にそんな事を聞く?』
『いや、ちょっとした好奇心』
『そうか、近頃は魔獣を集めているものな。生態が分かっていた方が良いだろう。熱心なのは良い事だ、偉いぞ。しかし根を詰め過ぎるのは良くない。息抜きはしっかりな』
アルは妙なところで鈍いな。
鮮やかな服を着て踊りながら寝床を整えて食事を持ってくればいいのか? アルがリラックスしている隙を狙ってブラッシングをすればいいのか?
違う気はするが、ダメ元で今度試してみよう。
『……っし萎えた。ありがとうそしてごめんなさいハスター』
多分、こういう使い方をしていい存在ではない。
心からの感謝を唱え、心の中で土下座し、顔を上げる。
『…………ヘル? 大丈夫か? よく分からないが……大変な仕事なんだな』
素肌に触れる湿った毛皮、開けた視界に映る傾げられた首。
『……っ、わざとなの!?』
『な、何がだ?』
『可愛すぎるんだよもぅっ! 理性持たないんだけど!? あぁもうクラール居るし仕事あるしちくしょう帰ったら覚えててよアル!』
『分かった……何を覚えていればいいんだ?』
『だから! 帰ったらセッ……せ、背中を、撫でさせてね』
冷たいシャワーに四肢の末端が震えてきた。泡も流せたことだし、もう湯船に浸かろう。手だけを外に伸ばしてクラールを洗おう。
『背中くらい今撫でれば良いだろう』
『いや、ほら、ご褒美あった方がやる気出るから』
『……そうか? まぁ、貴方が良いなら私は何でも構わないが……』
駄目な男に引っかかりそうな……いや、もう引っかかっていたな。駄目でなくなるように精進したいものだ。
『…………ふふ、クラール、庭を走っていた時より楽しそうだな』
『そうなの?』
『きゃふっ、わふわふ! おとーたん、わぅ!』
『うーん……まぁ楽しそうだけどさ』
桶に入って泡やお湯を被せられているだけなのに、庭を駆け回るより楽しいのか。よく分からないな、アルに似て風呂好きということだろうか。
『……アル似ってことかな』
『そうだな、私に似て貴方が大好きなんだ』
『アルって僕を一日何回ときめかせるかのノルマ決めてる?』
『む……?』
『目丸くして首傾げるだけで数稼げるよ』
心臓が持たないとはこのことか。普段はここまでではないように思うのだが、やはり気味の悪いモノと半日以上過ごしたから生存本能とやらが刺激されているのだろうか。
『……ま、いいや。僕そろそろ上がるね』
『お仕事頑張って、旦那様。私は邪魔にならない所で見ているよ』
『おとーたぁ、がんぁってぇー』
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『…………真面目にやってね?』
『もちろん、僕はずーっと真面目だよ』
真面目以外の取り柄がないくらいに──とまで言ったところでライアーの視線の冷たさに気付き、冗談の才能のなさを痛感する。
『怠け癖さえなければ、だな』
『そ、そんなに怠けてるかな……』
寄り添うアルとクラールに一時的に加護を与えて水気を払う。ふわふわの毛並みに指を沈めて、アルの頭の上から僕の腕の中に移ろうとするクラールを窘める。
『お父さんもうちょっとお仕事だから、お母さんと居てね』
『きゃうぅ……』
『可愛い顔してもダメなものはダメなんだ。片手なら遊んでていいから』
アルの首に置いた手にクラールが甘噛みをする。妻と子を片手でいっぺんに感じられる効率のいいスキンシップだ。
空間転移の浮遊感に少し酔って、会談の場だろう扉をノックするライアーの隣で咳払いをした。
『酒色の国君主、ヘルシャフト・ルーラー、参上しました。こちらは──』
ライアーとアルとクラールの紹介を手短に済ませる。ライアーは助手、アルとクラールは魔獣調教師としての手腕を見せるために用意した非売品の最高級品として。
『……さて、まずは』
予めライアーに教えられていた挨拶を終えて、会談が始まった。まずは相互不可侵、そして今後の協力関係について。魔獣販売は無期限中止だとまず伝えた。理由は適当に「理解が浅く危険だから」だ、知識と良識が周知されるまで売れないと説明した。希少鉱石の国の王は特に反対しなかった。
『次に魔石なんですが……』
魔石は是非輸入したい。しかし魔獣を売らないと決めてしまった以上立場も財源も不安定。だが、僕が魔獣調教師という架空の職であることや、貿易船の護衛もやっていること、それは大事なカードだ。
言葉にも態度にも一切出さず、酒色の国に不利な条約を結ぼうとするなら、国が魔獣の大群に襲われるかもしれませんよと脅す。
「……では、その条件で」
国王は特に悔しがる様子も怯える様子もなく案を受け入れる。交渉のために少々ふっかけた条件だったのだが……まぁ、いい。
『…………次に、同盟についてです。他の国にも提案していることなのですが』
この案が肝だ。正義の国に対抗出来るか否か、国連の権力を縮められるか否か、それらが決まる。
『希少鉱石の国に酒色の国の軍を置かせて頂きたい。近頃は天使も来るでしょう? 錬金術や魔石だけでは対処しきれない……といったことはありませんか』
「…………魔石は国連加盟国にも売っていますから、この国はそれほど」
『そうですか。では、旧支配者については……どうです? 太古この世界を支配していた化け物共です。それが近年復活するとか……』
「聞いたことがありませんね」
ここに来て強気だな。最後に持ってきたのは失敗だったか? これまでの条約の譲歩点を盾にされるかもしれない。やはり苦手だな……こういったやり取りは。
『しかし、気候変動や魔獣の凶暴化はあるでしょう? その保証をさせていただきます。土地と費用を負担していただければ災害時に迅速に対応させていただきます』
これでは国同士の条約と言うより個人の保険屋だな。この条約は実際向こうの旨みも多い、ライアーか兄さえいれば壊れた建物も怪我人も「なかったこと」になる。時が進むほど可能性が高まっていくもしもの時のためならば、多少の金銭は必要経費だろう。
『……派遣できる人材の数と質を考えれば、決断は早い方がいいかと思われます。早い者勝ち、なんですよ』
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『はぁっ……終わったぁ……あー、疲れた。すっごい気ぃ張った。あの王様やり手だよ絶対……』
『クラールは寝てしまったぞ』
『あれ、寝ちゃった? 夕飯そろそろなのに……ふふ、おねむでちゅかー……ふふふっ』
アルの翼の中で眠るクラールを抱き上げて、ピクピクと震える足や解読不能の寝言を楽しむ。数分間楽しんだら枕元の籠の中に寝かせて、着替えを漁る。
『しかし驚いたぞ、貴方がああもハキハキと話せるとは』
『そりゃある程度事前に組み立ててたし、兄さんにテレパシーで補助もらってたし』
『アイディアは貴方だろう?』
『基本はねー?』
良さげな部屋着を見つけてベッドの上に投げ、今来ている正装を脱ぐ。ネクタイを緩めて解いて……っと、そうだ。
『……どう? アル』
『む……? どう、とは? 貴方の仕事ぶりは素晴らしかったぞ』
ネクタイの輪になっている部分を引っ張り、シャツのボタンを外す。リビングに落ちていた誰かが買った雑誌で見たのだ、ネクタイを外すのはモテ仕草だと。モデルの写真を思い出して首の角度を真似て、首筋と鎖骨を強調してみる。
『ヘル……? 着替えるなら早くしたらどうだ。ネクタイが解けないのか?』
雑誌の嘘吐き!
いや、そうか、あれは所詮人間の感覚、いや淫魔の感覚? 狼であるアルには当てはまらない……のか? 一応聞いておこう。
『……キュンとしたりしない? ネクタイ外す仕草は女の子好きって雑誌で見たんだけど』
『…………別に、何とも』
『……………………着替えるね』
格好付かないな。今度犬の雑誌でも買ってこよう、モテる犬の特徴なんかをまとめたコーナーを探そう。
『……アル、雄の狼の愛情表現って何』
『…………餌と、プレゼント? 私は他の狼と関わる事は無かったからな……遺伝子と言うか本能と言うべきか、そんなものでしか判断出来んが、獣の求愛は大抵餌を運ぶか巣を作るかだ。毛繕いもあるな、種によっては体色の鮮やかさもある、ダンスもあるか』
『そ、そっか……分かった』
『何故急にそんな事を聞く?』
『いや、ちょっとした好奇心』
『そうか、近頃は魔獣を集めているものな。生態が分かっていた方が良いだろう。熱心なのは良い事だ、偉いぞ。しかし根を詰め過ぎるのは良くない。息抜きはしっかりな』
アルは妙なところで鈍いな。
鮮やかな服を着て踊りながら寝床を整えて食事を持ってくればいいのか? アルがリラックスしている隙を狙ってブラッシングをすればいいのか?
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