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第四十章 希少鉱石の国で学ぶ人と神の習性
仕事始め
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曇天の下、人々の視線を感じながら俯いて歩く。
ここは希少鉱石の国、ルシフェルに『傲慢の呪』をかけられた土地。
『酒色の国国王、並び魔獣調教師、ヘルシャフト・ルーラー、到着しました。ボクは魔獣調教師助手のライアー、お願いします』
やって来た理由は仕事。ここに売った魔獣達の点検と兵器共同開発の会議、そしてこちらの国王との会談。
クラールの死期の予測は範囲が広過ぎて、半年も王としての仕事を休むのはまずいと、他の者の休日に合わせて仕事をすることになった。今日はセネカが休みでクラールと遊んでくれている。
『……久しぶり、僕だよ、元気だった?』
港に程近い衛兵の詰所、そこに黒豹の兄妹が居る。以前鍵を使う前の時間で見たのと同じく、片方だけ傷が多い。
『君は……お兄ちゃん、だね。無茶しちゃダメだよ?』
大きな傷が多いのは兄の方だ、妹の方にも細かな傷はあるがそれほど多くもない。ライアーに頼んで傷を癒して痕を消すと、黒くとも見える見事な豹柄が途切れることなく美しく広がった。
『…………うん、大丈夫だね? 僕はもう行くよ、お仕事頑張って』
撫でられてゴロゴロと喉を鳴らしていた彼らは僕が手を離して立ち上がると僕に抱き着くように前足を肩や胸に押し当ててきた。
『……どうかした?』
彼らはテレパシー能力を持っているが、兄妹同士でしか繋がっていない。僕に何かを伝えたいのだとしても、僕に撫でられたいだけだとしても、僕には何も分からない。
『お仕事終わったらまた見に来るよ』
体格に似合わず高い声を上げて、名残惜しそうに僕から離れた。
次は小型の鳥型魔獣の群れだ。事前に寝床に集めてもらっている。そこへ向かう途中、ライアーがボソリと呟いた。
『……あれ浮気にならないの?』
『何が?』
『だから、あの大きな黒猫。撫で回したり舐められたり抱き着かれたり、あれ浮気じゃないの?』
『何言ってるの兄さん……魔獣に懐かれてるだけだよ……?』
自分は恋人が居たとして獣とじゃれ合っているのを見て浮気だと思うのか、それを考えてから言って欲しい。
ライアーはよく分からないと首を傾げていたが、もう鳥小屋に到着してしまったので会話は中断された。
『みんなー、僕だよ、元気ー?』
鳥小屋に入ってすぐ独特な鳥の匂いが鼻に届く。臭いは臭いのだが、癖になる臭さだ。
『よしよし……みんな居るよね?』
やはり何だか少ない気がする。しかし、買った後管理のために魔石を足輪に付けていると言うので、逃げてしまっていたら分かるはずだ。僕の数を認識する能力が低いのだろう。
人間に協力するように、との軽い暗示をかけ直したら鳥小屋を後にする。後は大型の犬型魔獣、クリーム色と黒色の──と予定をぼんやりと頭に描いていると、見覚えのある男が声をかけてきた。
「あの……魔獣調教師、さん。ですよね?」
スーツ姿の男だ。確か兵器開発の会議の場に居た。しかしあれは鍵を使って過去に戻る前の世界、今目の前に居る彼と僕は初対面だ。
『はい、魔獣調教師です。はじめまして。何か用がありましたら助手にお伝えください、今は仕事中ですので』
声色を整えて簡潔に伝え、ライアーに目配せして歩き出す。
「わ、私は緋緋・麗庵と言います。まだまだ勉強中ではありますが、政府直属の錬金術師として働かせていただいています」
スーツの男は……いや、リアンは僕を追いかけながら自己紹介を済ませる。政府直属とはどういう立場だろう。彼よりもセツナやメイラの方が腕は上に思えるが、人に従って研究をするような人物ではない。質は下がっても従順な方が国としては使いやすいと言ったところか。
「後ほど魔獣調教師様も参加されます会議に私も出席するのですが、そこでの議題に魔獣に魔石を埋め込んで使うというものがありまして……魔石は研究で触れることはありますが、魔獣は全く専門外で。予習しておかねばと思っていたのですが野生のものを観察するのは恐ろしく……」
『……すいません、暇じゃないんですよ、何がしたいのか先に言ってもらえますか』
「あ、は、はい、申し訳ありません。その……お仕事を見学させていただけないかと」
前の世界で「魔獣についてもっと勉強しろ」なんて偉そうに言った記憶はあるけれど、こちらではもちろん言っていない。僕が何も言わなくても時間と機会があれば学ぼうとするのか、愚直で熱心な人だ。
『……邪魔しないなら勝手に見てってくださって構いません』
「あっ、ありがとうございます! 邪魔はしません!」
『ヘル? いいの?』
『別に見られて困るようなことしないし』
盗まれる技術も道具もない、弱味になるような行動でもない。見られていると気が散るだとか鬱陶しいだとかいう感情を抜きにすれば何の問題もない。
「……し、質問よろしいでしょうか?」
『…………口は基本暇ですから、どうぞ』
「何も持っていないように見えますが……道具は要らないのでしょうか。魔獣と相対するとなれば危険ですし、何か押さえる器具があると思っていたのですが……調教なら褒美の餌や罰用の何か……鞭か何かを使うのかと」
本当に調教するのなら確かに道具は必要だろう。しかしそんなことは不可能だ、可能なら魔獣調教師はライアーの思い付きの方便でなく現実の職になっている。
僕の命令は魔獣にとって絶対、人喰いだろうと人嫌いだろうと僕に従う。そもそも調教なんてしていないのだ、飴も鞭も必要ない。
『ちょうど着きましたし、見れば分かりますよ』
入国管理局に勤めるクリーム色の垂れ耳犬も密輸入物の販売調査だとかで黒色の方の勤務地の近くに来ているから連れてきてくれるとのことで、僕達は民間錬金術師研究調査局にやって来た。会議もこの近くの建物で行うらしい。
『久しぶり、僕だよ、大丈夫?』
黒い垂れ耳の犬型魔獣、左半身に酷い火傷を負い、歩き方も不自然な子。ひょこひょこと歩いて屈んだ僕の腹に額を寄せ、尻尾を振っている。
「え……? 魔獣、ですよね? 嘘……」
ライアーに火傷を治してもらい、暗示をかけ直す。黒犬は変わらず僕に擦り寄って尻尾を振っている。
「な、何したら……こんなふうに……」
『ヘルの人徳だよねぇ』
まぁ魔物使いの力を徳と捉えるのなら人徳と言えなくもないけれど。
『詳しいことは企業秘密でお願いします』
「ぁ……は、はい……そうですよね、ここに売る前に調教しているんですよね。一体……どれだけ苛烈にやれば魔獣がこんな従順に……」
『…………叩いてたら尻尾振りませんよ』
この国の常識なんて知らないけれど、腹が立ってきた。魔物使いについてしっかり説明しておいた方が良いのだろうか、適当に山から捕獲して虐待して……なんてことはしないだろうか。
リアンは臆病そうだから捕まえるのも無理だろうなと考えていると、クリーム色の犬型魔獣が連れられてくる。やはり目が血走っているような向きがおかしいような……麻薬の嗅ぎ過ぎか?
『よしよし……僕だよ、大丈夫? お仕事辛くない?』
黒犬同様にライアーに治療してもらうと、真っ直ぐに輝く目を僕に向けてきた。捕獲後に撫でた時向けてきた視線と同じだ。
「…………私でも触れますかね?」
屈んだ僕の隣にリアンが立ち、犬に手を伸ばす。噛み付く素振りすら見せなかったものの明確に刻まれた眉間のシワに怯えて手を引っ込めた。
「ダ、ダメそうですね」
『頭の上から大きな手降ってきたらあなただって怖いでしょ。全く知らない奴に触られたら気持ち悪いですし』
「……魔獣にもそういう感情あるんですか?」
『その辺の人間よりよっぽど感情豊かでみんないい子ですよ』
嘲笑しないし、罵倒しないし、陰口も言わない。いや、言っていても分からない。
「何かコツとがあるんですか?」
『知ってどうするんです? 下手に辺りの魔獣捕まえようとしたら怪我しますよ』
「……え、いや……魔獣は頑丈って聞きますし、出張の時の荷物持ちとかに使えそうだなって。薬や武器の試験もできますし」
『……………………ねばいいのに』
「え……? な、何とおっしゃいました?」
『……馬車でも買えばいいのに、って言いました』
この程度で誤魔化されてくれるとは思っていなかったが、馬鹿なのか臆病なのかリアンは黙り込んだ。
会議室までの道程ライアーに「程々に」と耳打ちされ、頭の中だけで善処すると返して笑った。
ここは希少鉱石の国、ルシフェルに『傲慢の呪』をかけられた土地。
『酒色の国国王、並び魔獣調教師、ヘルシャフト・ルーラー、到着しました。ボクは魔獣調教師助手のライアー、お願いします』
やって来た理由は仕事。ここに売った魔獣達の点検と兵器共同開発の会議、そしてこちらの国王との会談。
クラールの死期の予測は範囲が広過ぎて、半年も王としての仕事を休むのはまずいと、他の者の休日に合わせて仕事をすることになった。今日はセネカが休みでクラールと遊んでくれている。
『……久しぶり、僕だよ、元気だった?』
港に程近い衛兵の詰所、そこに黒豹の兄妹が居る。以前鍵を使う前の時間で見たのと同じく、片方だけ傷が多い。
『君は……お兄ちゃん、だね。無茶しちゃダメだよ?』
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『…………うん、大丈夫だね? 僕はもう行くよ、お仕事頑張って』
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『……どうかした?』
彼らはテレパシー能力を持っているが、兄妹同士でしか繋がっていない。僕に何かを伝えたいのだとしても、僕に撫でられたいだけだとしても、僕には何も分からない。
『お仕事終わったらまた見に来るよ』
体格に似合わず高い声を上げて、名残惜しそうに僕から離れた。
次は小型の鳥型魔獣の群れだ。事前に寝床に集めてもらっている。そこへ向かう途中、ライアーがボソリと呟いた。
『……あれ浮気にならないの?』
『何が?』
『だから、あの大きな黒猫。撫で回したり舐められたり抱き着かれたり、あれ浮気じゃないの?』
『何言ってるの兄さん……魔獣に懐かれてるだけだよ……?』
自分は恋人が居たとして獣とじゃれ合っているのを見て浮気だと思うのか、それを考えてから言って欲しい。
ライアーはよく分からないと首を傾げていたが、もう鳥小屋に到着してしまったので会話は中断された。
『みんなー、僕だよ、元気ー?』
鳥小屋に入ってすぐ独特な鳥の匂いが鼻に届く。臭いは臭いのだが、癖になる臭さだ。
『よしよし……みんな居るよね?』
やはり何だか少ない気がする。しかし、買った後管理のために魔石を足輪に付けていると言うので、逃げてしまっていたら分かるはずだ。僕の数を認識する能力が低いのだろう。
人間に協力するように、との軽い暗示をかけ直したら鳥小屋を後にする。後は大型の犬型魔獣、クリーム色と黒色の──と予定をぼんやりと頭に描いていると、見覚えのある男が声をかけてきた。
「あの……魔獣調教師、さん。ですよね?」
スーツ姿の男だ。確か兵器開発の会議の場に居た。しかしあれは鍵を使って過去に戻る前の世界、今目の前に居る彼と僕は初対面だ。
『はい、魔獣調教師です。はじめまして。何か用がありましたら助手にお伝えください、今は仕事中ですので』
声色を整えて簡潔に伝え、ライアーに目配せして歩き出す。
「わ、私は緋緋・麗庵と言います。まだまだ勉強中ではありますが、政府直属の錬金術師として働かせていただいています」
スーツの男は……いや、リアンは僕を追いかけながら自己紹介を済ませる。政府直属とはどういう立場だろう。彼よりもセツナやメイラの方が腕は上に思えるが、人に従って研究をするような人物ではない。質は下がっても従順な方が国としては使いやすいと言ったところか。
「後ほど魔獣調教師様も参加されます会議に私も出席するのですが、そこでの議題に魔獣に魔石を埋め込んで使うというものがありまして……魔石は研究で触れることはありますが、魔獣は全く専門外で。予習しておかねばと思っていたのですが野生のものを観察するのは恐ろしく……」
『……すいません、暇じゃないんですよ、何がしたいのか先に言ってもらえますか』
「あ、は、はい、申し訳ありません。その……お仕事を見学させていただけないかと」
前の世界で「魔獣についてもっと勉強しろ」なんて偉そうに言った記憶はあるけれど、こちらではもちろん言っていない。僕が何も言わなくても時間と機会があれば学ぼうとするのか、愚直で熱心な人だ。
『……邪魔しないなら勝手に見てってくださって構いません』
「あっ、ありがとうございます! 邪魔はしません!」
『ヘル? いいの?』
『別に見られて困るようなことしないし』
盗まれる技術も道具もない、弱味になるような行動でもない。見られていると気が散るだとか鬱陶しいだとかいう感情を抜きにすれば何の問題もない。
「……し、質問よろしいでしょうか?」
『…………口は基本暇ですから、どうぞ』
「何も持っていないように見えますが……道具は要らないのでしょうか。魔獣と相対するとなれば危険ですし、何か押さえる器具があると思っていたのですが……調教なら褒美の餌や罰用の何か……鞭か何かを使うのかと」
本当に調教するのなら確かに道具は必要だろう。しかしそんなことは不可能だ、可能なら魔獣調教師はライアーの思い付きの方便でなく現実の職になっている。
僕の命令は魔獣にとって絶対、人喰いだろうと人嫌いだろうと僕に従う。そもそも調教なんてしていないのだ、飴も鞭も必要ない。
『ちょうど着きましたし、見れば分かりますよ』
入国管理局に勤めるクリーム色の垂れ耳犬も密輸入物の販売調査だとかで黒色の方の勤務地の近くに来ているから連れてきてくれるとのことで、僕達は民間錬金術師研究調査局にやって来た。会議もこの近くの建物で行うらしい。
『久しぶり、僕だよ、大丈夫?』
黒い垂れ耳の犬型魔獣、左半身に酷い火傷を負い、歩き方も不自然な子。ひょこひょこと歩いて屈んだ僕の腹に額を寄せ、尻尾を振っている。
「え……? 魔獣、ですよね? 嘘……」
ライアーに火傷を治してもらい、暗示をかけ直す。黒犬は変わらず僕に擦り寄って尻尾を振っている。
「な、何したら……こんなふうに……」
『ヘルの人徳だよねぇ』
まぁ魔物使いの力を徳と捉えるのなら人徳と言えなくもないけれど。
『詳しいことは企業秘密でお願いします』
「ぁ……は、はい……そうですよね、ここに売る前に調教しているんですよね。一体……どれだけ苛烈にやれば魔獣がこんな従順に……」
『…………叩いてたら尻尾振りませんよ』
この国の常識なんて知らないけれど、腹が立ってきた。魔物使いについてしっかり説明しておいた方が良いのだろうか、適当に山から捕獲して虐待して……なんてことはしないだろうか。
リアンは臆病そうだから捕まえるのも無理だろうなと考えていると、クリーム色の犬型魔獣が連れられてくる。やはり目が血走っているような向きがおかしいような……麻薬の嗅ぎ過ぎか?
『よしよし……僕だよ、大丈夫? お仕事辛くない?』
黒犬同様にライアーに治療してもらうと、真っ直ぐに輝く目を僕に向けてきた。捕獲後に撫でた時向けてきた視線と同じだ。
「…………私でも触れますかね?」
屈んだ僕の隣にリアンが立ち、犬に手を伸ばす。噛み付く素振りすら見せなかったものの明確に刻まれた眉間のシワに怯えて手を引っ込めた。
「ダ、ダメそうですね」
『頭の上から大きな手降ってきたらあなただって怖いでしょ。全く知らない奴に触られたら気持ち悪いですし』
「……魔獣にもそういう感情あるんですか?」
『その辺の人間よりよっぽど感情豊かでみんないい子ですよ』
嘲笑しないし、罵倒しないし、陰口も言わない。いや、言っていても分からない。
「何かコツとがあるんですか?」
『知ってどうするんです? 下手に辺りの魔獣捕まえようとしたら怪我しますよ』
「……え、いや……魔獣は頑丈って聞きますし、出張の時の荷物持ちとかに使えそうだなって。薬や武器の試験もできますし」
『……………………ねばいいのに』
「え……? な、何とおっしゃいました?」
『……馬車でも買えばいいのに、って言いました』
この程度で誤魔化されてくれるとは思っていなかったが、馬鹿なのか臆病なのかリアンは黙り込んだ。
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