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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

小さな桐の箱

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リビングに全員が集まる。誰もソファに座ることはなく、机の周りに暗い顔で立っていた。クラールにこの空気を体験させるのは嫌だったけれど、僕がここを離れる訳にもいかないので仕方なくクラールを抱いたまま机を囲む円の中に入った。

『寿命、もうすぐって……昨日聞いたけど、こんなにすぐだったんだ。ボク何にもしてあげられなかったのに……』

『……昨日、もっと撫でてあげたら良かったわね』

セネカの発言、そして周囲の雰囲気で察する。全員知っていたのだ、昨日ライアーが集めた時に聞いていたのだ、子供達の生命がもうすぐ消えることを。

『間に合った……言うんは嫌やけど、何とか完成したで』

ランチボックスの隣にランチボックスより少し大きな木箱が置かれる。酒呑が作った物らしい。中を覗くと艶のある白い布で覆われていると分かった。

『中はちゃんと柔こうしとるで。頭領、娘さん入れたって』

『……これ、何?』

『棺だよ、作ってもらってたんだ。一晩でできるとは思ってなかったけどね』

ライアーが僕の手からクラールを奪い、アルの頭の上に乗せる。
僕はそっとランチボックスの中に手を入れ、ドッペルとハルプを抱き上げた。

『…………ドッペル、ハルプ、パパだよー……?』

冷たい。いくら蛇だと言っても鳥混じりのドッペル達は触れると微かに温かかった。今はそれがない。

『……パパは、ね、君達のこと大好きだよ。ずっと、ね? 大好き……』

細長い身体に緩やかな円を描かせ、そっと棺の中に入れる。手を箱から離すと酒呑がドッペルとハルプの首に巻いていた打ち紐を解いた。

『……酒呑?』

『あぁ、頭領、後ろ向き。髪結ったるわ』

うなじの辺りで軽くまとめるだけの簡単な結い方、先程までドッペル達に巻かれていた紐を使ってそれは施された。

『…………何か、意味あるの?』

『ただのまじないや。肌身離さず身につけとったもんには何かしら念が宿りよる。それをまた肌身離さず身につけとったらずーっと傍におる気ぃするやろ?』

ドッペルとハルプの霊体が天界に向かったのは確かにこの目で確かめた。

『……居ちゃダメだよ』

『幽霊や何やとちゃうわ、まじないや言うとるやろ。いつか狼が焼き付けやりよったやろ、あれよりずっっとよっわいもんや。頭領の気分や気分』

『気分って……』

生まれ変われないから傍に居てはいけないけれど、傍に居てくれたらとても嬉しい。僕の寂しさを癒すだけならこんな擬似的な物で十分だ。たとえそれが間違った心の癒し方だとしても、僕が壊れないためにはこれが必要だ。

『…………ありがとう』

打ち紐はもう一本追加されることになるのだろう。アルの頭の上のクラールを見て、首筋を紐に擽られて、呆然と考えた。


箱の中に白とクリーム色のクマのぬいぐるみが入れられ、ドッペルとハルプが使っていた皿が入れられ、眠る時に籠の中に敷いていた布や小さなクッションも入れられた。小さな箱の中がどんどん詰まっていく。

「……なぁ、死体どうすんだ? 保存するなら俺綺麗にやれる自信あるけど」

『アホか自分、そんなんやったら成仏出来へんわ』

『魂はもう出てるよ。今ここにあるのは肉体だけ。どれだけいじくっても魂には影響ないよ』

ライアーのような考え方の者ばかりなら墓荒らしが空き巣以上に忌避されることはないのだろう。

『ガキ、これも入れてくれ』

『ぁ、うん……花?』

カルコスが咥えていたのは色とりどりの小さな花だ。

『花冠でも作ってやろうと思ったが我の手では出来なくてな、とりあえず集めた花を渡そうと思って待ってたんだ』

『そっ……か、ありがとう』

餞ではなく、本当にただのプレゼントとして、生きているドッペルとハルプに渡そうとして集めた花。冠が作れるような摘み方ではないのがカルコスの愛らしいところだ。

『……じゃ、じゃあ、ワタシ……このリボン』

『えっ、ぁ、ボクは……えっと』

『……無理しなくていいですよ』

各々がごそごそと餞別になるような物を探す。

『頭領はん、これあげてもええ?』

『口紅? う、うん……君がいいなら』

『王様、庭で拾った変わった形の石は?』

『……ふざけてるわけじゃないなら、いいよ』

変わった形の石だとかは子供の好きな物だろうし、アザゼルもこんな時にふざけたりはしないだろう。


そんなふうに餞別が入れられ、寂しかった箱の中にこれ以上入れてはドッペルとハルプが隠れてしまうというところまで物が詰まった。

『そろそろ……いいかな? 蓋、閉めるよ』

『…………ま、待って、兄さん……もう一回』

箱の中に手を入れ、動かないドッペルの頬を撫でる。隣のハルプの額も撫でて、ゆっくりと手を抜いた。

『……アルちゃん、いい?』

アルは前足を机の上に置いて箱の中を覗き、しばらくすると頷いて前足を下ろした。

『閉めた、よ。それで……どうするの、これ。埋める? 燃やす? 流す?』

土葬、火葬、水葬……魔法の国は土葬だったかな。この国もそうだ。この場に居る者も土葬を常識としている者が多い。

『アルちゃん、科学の国は火葬じゃなかった?』

『……あぁ、骨の方が捨てやすいからな、ただそれだけだ。ヘルに従うよ』

『え……? ぁ、じゃあ……やっぱり、埋める……?』

「……どこに? 庭か?」

薄暗い雰囲気のまま細々と話し合いが進み、花壇の横に埋めることになった。
ザク、ザク、と土を掘る音。出入りしては土を掻き出すスコップ。いつかの牢獄の国のアルの葬儀を思い出した。

『おとーと、ちょっと指切るよ』

『え……? 痛っ!』

手首を掴まれたかと思えば人差し指の腹を切られ、血が滴る。兄は僕の人差し指を掴んで箱の蓋に押し付け、簡単な魔法陣を描いた。

『……ぃったぁ……にいさま? これは……?』

『こうしておけば暴かれることも辱められることもないよ。家の庭だから荒らされることはないと思うけど、念の為にね』

『ありがとう……』

ささくれが刺さった指の傷の痛みを無視し、安らかな眠りが保証された小さな箱を持ち上げる。花壇の横にぽっかりと空いた穴の底にそっと箱を置き、離れ、再び土がかけられていく様を眺める。

『…………』

パラパラ、パラパラ……木の箱に土が乗る。

『…………っ』

じくじくと人差し指が痛む。

『……………………ドッペル』

楽しそうな歌声が聞こえる。

『……………………ハルプ』

手に絡みつく細長い身体の感触が蘇る。

『……っし、これでええな?』

『うん、いい……よね? どうする? ここ、墓標とか……』

「十字架はやめて欲しいな……俺がやばい」

穴は綺麗に埋め直された。土の色の違いはあるものの、きっと明日明後日には分からなくなっているだろう。そうやって場所を忘れてしまわないように墓標を……と話す仲間達の声が遠く聞こえる。
ありがとう、大好き、そう拙く伝えた可愛らしい声が耳の奥に反響する。

『…………ヘル?』

擦り寄った鱗の感触が、パタパタと揺れる翼が当たる感触が、僕を見つめるつぶらな黒い瞳が、全てがハッキリと思い出される。

『ヘル、大丈夫か? ヘル!』

力が抜けて膝を折ってその場に座り込む。
顔の前で手を広げると楽しそうに手に絡んでいるドッペルとハルプが見えた。僕の視線に気が付いてぴぃぴぃと鳴いて、ぱぱと呼んだ。

『えっ、な、何? アルちゃん、ヘルどうしたの!?』

『分からない、急に座り込んで……』

『過呼吸? かな。とりあえず落ち着かせないと。アルちゃん、声かけてあげて』

ドッペルとハルプが居る。僕の手の中に、僕の目の前に生きている。

『おとーたん?』

ドッペル達が絡んでいたはずの手の中にクラールが落ちてくる。踏まれてしまったかと焦ったが、ドッペル達はどこにも居ない。当然だ、もう死んで、もう埋めたのだから。

『ヘル、大丈夫か? 落ち着いた……ようだな、良かった』

今のは……幻覚か? 視線を上げるとアルと目が合った。どうやらアルが僕の手の中にクラールを落としたようだ。

『……ごめん。もう、大丈夫だよ』

何度もやり直してようやく理想に近い見送り方が出来たのに幻覚を見るなんて、僕は本当にどうしようもない奴だ。そんなふうに自分を蔑んでも仕方ない。近いうちにクラールを見送らなければいけなくなるのだから、その日まで笑顔を見せていなければ。
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