魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

不安な睡眠

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眠るドッペル達を尾の方からそっと籠に入れ、とぐろを作る。翼が折れないよう慎重に籠の中で畳ませ、一段落ついたら頭を撫でる。
籠に移す一連の流れで全く動かなかったドッペル達に不安が膨らむ。クラールと違って体温が低く呼吸による胸の上下も分かりにくいドッペル達の生を確認するには手間がかかる。

『……ヘル、大丈夫。生きているよ』

何度確かめても安心できずに撫で回していると僕の不安に気付いたアルに翼で頭を撫でられる。

『おとーたん、おとーたん! あしょ、ぼー?』

眠気の影も形も見せていないクラールが僕の膝の上に乗って飛び跳ねる。

『クラール、妹達はもう寝たよ。クラールも寝なさい』

『やぁー! くぁーぅ、ねぅくなぃ!』

アルに咎められても聞かないで僕にしがみつく。

『……分かった。遊ぼっか、クラール。何して遊びたいの?』

『ヘル……全く。遊ぶなら外で遊べ、ハルプとドッペルが起きてしまう』

籠の中を見れば先程まで微動だにしていなかったドッペル達が身を捩っていた。びー……と不機嫌そうに鳴き、翼を広げては畳んでいる。
僕がクラールを抱き上げて黙らせ、アルが毛繕いをしてやるとドッペル達は元通り静かに眠り始めた。

『……じゃあ、僕クラール疲れさせてくるね』

『頼む』

アルにドッペル達を任せ、クラールを抱いて部屋を出る。ワクワクという言葉が聞こえてきそうなほど期待に満ちた瞳を真っ直ぐに向けられて、思わず苦笑いを浮かべた。何も映せない透明の瞳でも周囲の景色を反射することは出来て、醜い僕の姿も僕に思い知らせてくれる。

『……ねぇ、クラール? 僕の……お父さんのこと、好き?』

『おとーたん? おとーたぁ、すきー!』

どうして、なんて面倒な質問をしそうになる口を止めて感謝を呟いた。

『くぁーぅ、おかーたんのとこ、いくまえねー、おとーたんあったのー』

頭を撫でられてくすぐったそうにしながらも喜び、何かを思い出したように話し出す。

『おとーたぁ、あったぁくてねー、おてて、ふぁふぁしてねー……ぁかぁ、くぁーぅ、ぅっとまえかぁおとーたんすきぁのー』

天界にまで会いに行ったことを覚えているようだ。ずっと前から好きだなんて、なんて可愛いことを言うのだろう。あの時の僕の愛情はしっかり伝わっていたのだ、そう思うと涙が零れる。

『……僕もね、クラールのこと好きだよ。大好き……クラールはずっと僕の大切な娘だよ、可愛いクラール……僕の娘、僕の子……愛してるよ』

気付かれないうちに涙を拭い、抱き締める。クラールは嬉しそうに甲高く鳴き、再び拙い言葉を紡いだ。

『くぁーぅ、もーぅぐねぇ、おとーたんあえなくなゆのー。ぁから、いま、ぎゅーすゆのー。くぁーぅ、おとーたんすきー』

『え……? 待って、待ってよ、今なんて? なん、て……?』

もうすぐ会えなくなる? そう聞こえた、拙いけれど伝わった。クラールは自分の死期を悟っているのか?

『会えなく、なるって……?』

『……くぁーぅ、いぁくなっちゃうのー』

『ど……して、そんなこと』

『ぁかぁ、いま、すき、すゆのー』

死ぬと分かっていて、僕に好きだと伝えている。今しかないと、これで終わりだと、時間の使い方を僕よりよく理解している。

『クラール……いや、だよ。嫌だっ……やだぁ……置いてかないで、行かないで……』

身体の力が抜けて、壁を背にして座り込む。誰にも触れさせない、見ることも許さない、そんな気概でクラールを抱き締めて蹲る。

『おとーたん、くぁーぅ、すきー?』

『好きっ、好きだよ……当たり前だろ……大好きだよ。だから、行かないで……ここに居てよ』

『…………きゅぅ……おとーたん』

甲高く寂しそうに鳴いて、僕の頬を舐める。
クラールは分かっているのに、覚悟しているのに、今を生きようとしているのに、僕はその全てが出来ていない。クラールは一度きりの短い人生を使い切ろうとしているのに、僕は時間を遡って日々を繰り返して誤魔化している。

『……ごめん、ごめんね、遊ぼうね……何して遊びたいの? クラール……』

諦められるわけがない。我が子が死ぬと分かっていてまともでいられるわけがない。
ましてや自分でも分かるくらいに脆い精神をしている僕に覚悟なんて不可能だ。

『ひっぱぃ、すぅー!』

『引っ張り合いっこ? 分かった、ロープ……えっと、ダイニングかな』

未だ宴会が続いているダイニングに入り、棚からロープを探し当てる。
フェルと兄はリビングに居るのか部屋に帰ったのかダイニングには居ない、ライアーもだ。メルとセネカも部屋に帰ったらしい。この部屋に居るのは正真正銘の酔っ払いだ。

『……ぉ、頭領ー!』

絡まれないうちに出ようと思っていたが、見つかってしまった。

『ごめん今君に構ってる暇ない』

『ええからちょっと待ちぃな、ええもんあんねん』

ロープを噛んで遊んでいるクラールを抱き上げて振り返り、何かを探している酒呑を見つめる。

『あったあった、ほれ』

『……何これ、紐? 綺麗だけど……』

渡されたのは僕の小指ほどの太さの紐だった。様々な紐を絡めて作られているらしいそれからは繊細さと静かな美を感じられる。

『打ち紐や、娘さんどーぞ言うてな。ほれ、こうしてこうして……どや!』

打ち紐と呼ぶらしいそれはクラールの胴に巻かれ、背で蝶結びを作る。紐の色彩もあって花が開いたような可愛らしさだ。

『おー、思た通り白いからよぅ似合うわ。べっぴんさんべっぴんさん』

『……ありがとう』

『あーとぉ!』

無骨な手に優しく撫でられ、クラールは胴に巻かれた紐に不機嫌になることなく嬉しそうな声を上げた。

『これ下の娘さんらに』

色違いの打ち紐を渡される。二本あるならドッペルとハルプの分かれている部分に巻かなければ。

『ぁ、ありがとう……渡しておく。それじゃ……』

紐をポケットに突っ込み、横を抜けてダイニングを出ようとすると不意に頭を撫でられ、足が止まる。

『…………酒呑?』

『なんや』

『……君、知ってる?』

『何を。ええから遊んできたりぃや』

『…………うん』

僕を撫でる意味なんてない、我が子の死を覚悟していると知らなければ。だが、酒呑にとぼけた様子はなかった。本当に子供達の寿命の件は知らないのだろうか、それとも僕が彼の表情を読めないだけだろうか。

『……じゃ、じゃあクラール、引っ張り合いっこしようね』

『わぅわぅ! ひっぱぅー!』

無人のリビングの灯りを点け、ふかふかの絨毯に座ってロープの端を摘む。もう片方の端を咥えて引っ張る強さはこの数日間だけでもだんだんと強くなっていることが分かる。クラールの成長が分かる。

『……わぅっ! きゃぅう……わぅわぅ! もっぁい!』

離してしまって負けに落ち込み、起き上がって再戦をねだる。その一連の行動が少しずつ早くなっていることも分かる。クラールの心も成長していると分かる。
すくすくと育っているのに、元気に遊んでいるのに、本人も悟るほど死が近い。病気でもなんでもなく、身体は健康なまま霊体が壊れて死んでしまう。

『……わぅ! わふ……? わぅわぅ! かっちゃぁ! わんわん、おとーたん、くぁーぅかっちゃあ!』

『お父さん負けちゃった……すごいね、クラール。強くなったよ』

『わぅ! おとーたん、おててー』

何も見えていないくせに躊躇せず走って僕の膝に頭をぶつけ、それでも撫でろと要求するために膝に頭を擦り付ける。そんな微笑ましく可愛らしい行為を見られるのはあと僅か。

『きゃふっ、わぅん……おとーたぁ、おてて……すきー』

褒めて、撫でて、そう真っ直ぐ求められるよう健康に育てられているのに。親に向かって好きだとハッキリ言える稀有な善良さを持っているのに。

『……クラール』

『わぅー?』

『…………大好きだよ』

別れの言葉も再会を誓う言葉も今じゃない気がして、何度も伝えた言葉をまた使った。
飽きていないか、適当だと思われなかったか、そんな僕の不安を振り切る嬉しそうな声と表情がそこにあった。
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