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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

共に足踏みを

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希少鉱石の国に売り渡した魔獣達の扱いに不信感を覚え、僕は魔獣の管理を任されている者に改めて扱い方を教えた。
怪我をしたら丁寧な手当を。仕事を果たしたら愛撫と共に褒め言葉を。腹を空かさないよう十分な食事を。
そんな基本的なことばかりだからか、それとも魔獣を物扱いしたいのか、管理者の聞く態度は悪かった。

『じゃ、よろしくお願いしますよ』

「はいはい、ありがとうございました」

いくら態度が悪くとも魔獣達を虐げていると言うほどではないし、これまで魔物に関わってこなかった者達にいきなり可愛がれと言うのも無茶だ。これから仲良くなってくれることを祈り、今日は帰ろう。

『兄さん、帰ろ』

『仕事する?』

『しない、家まで送って』

早く家族に会いたい。いや、共に時間を過ごさなければ。

「え、帰るんですか? 待ってくださいよ、新兵器共同開発の話は?」

『あー、あったね。ヘル、どうする?』

『帰る。兄さん聞いておいて』

「いやいやいや困ります、話聞きに来たって言っちゃいましたし」

魔獣の点検のために──と説明しなかったのかとライアーに尋ねると彼は分かりやすく目を逸らした。
兵器開発か……天使の槍の解析もしておきたい、対天使用の武器や兵器は欲しい。向こうの提案がどんなものだとしても行く価値はあるかもしれない。

『…………分かりましたよ』

断って立場が悪くなるのはライアーの言葉足らずを勘違いした下の者。態度が悪くてムカつくとはいえ叱られるのは些か可哀想だ。
僕はそんな同情と「まぁまだ死なないだろう」という楽観から兵器開発の話に乗った。

「──という感じで、魔獣に魔石を組み込めないかって政府が言ってるらしいんです」

研究者達が待っているという施設へ行く途中、案内の男からそんな話を聞いた。彼の手には紐が絡まっており、その先には首輪に繋がれた垂れ耳の犬型魔獣が居る。

『魔獣はともかく魔石には詳しくないので、なんとも』

「ですから魔石の専門家を集めたんですよ」

初めに思い付いた奴は魔獣を何だと思っているのだろう。石を生物に埋め込むなんて正気の沙汰じゃない……いや、義肢なんかと思えば──いやいや無理がある。魔獣だって違和感や苦痛に襲われるだろう、そんな可哀想な真似出来やしない。

「着きました。失礼しまーす、魔獣調教師様がいらっしゃいましたー」

目的地だった施設のある一室には五人の研究者らしき者達が居た。端から老人、仮面、スーツ、少年、少女、だ。はっきり言って全員胡散臭い。

『……よろしくお願いします』

一応挨拶はちゃんとしよう。挨拶への反応である程度人柄が分かる。

「はい、こんにちは」

ゆるゆると頭を下げた老人。そしてその隣、仮面を着けた……性別は分からないが、黄土色のボロ布を頭から被り白い仮面で顔を隠した不気味な者が無言で微かに頭を揺らす。ただひたすらに不気味だ。

「よろしくお願いします」

「よろしくー」

スーツ姿の男は姿勢を正し、その隣で机に肘を着いたままの少年が片手を挙げる。少年の顔には見覚えがあった。

「メイラ、肘。背も曲がってる」

そうだ、メイラだ。鳥の複製を大量に作って国を危機に陥れた錬金術師。ならその隣の色素の薄い少女はセツナか、彼女に椅子を蹴られたメイラは渋々といった様子で背筋を伸ばした。

「えー、今回集まっていただいたのは新兵器開発のためです。政府として欲しい兵器を二三提案しますので、可能不可能の結論。独自の斬新なアイデア。この二つを出していただきたい」

「独自で斬新って……言った奴多分頭悪いよな?」

「立場を弁えてください不可説転ふかせつてん様、本来ならあなたは牢屋の中なんですよ」

案内人の説明を鼻で笑ったメイラは次に舌打ちをして、拗ねたように顔を背ける。本来なら……ということはメイラは兵器開発に協力することで罰を逃れているのか、セツナはそのお守りかな。

「一つ質問を。その犬は何でしょう」

スーツの男が手を軽く挙げ、案内人の隣に座った犬を指差す。

「皆様が危険物を持ち込んでいないか、作り出さないかの見張りです」

スーツの男は納得したような素振りを見せたものの、眉を顰めている。

「政府が言っているのは魔獣への魔石の埋め込みだったかな? 可能不可能で言うなら可能だ。コストパフォーマンスはかなり悪いね、爆弾背負わせて突撃させた方がマシだ」

「いくら魔獣でも国民から苦情入るぜ、カワイソーってさ。錬金術なら魔石をゴーレム化することも出来るわけだし、可能は可能でもやる意味ねぇよ」

早く終わらせたいのか、セツナとメイラは案内人が言う前から結論を出した。他三人も同意見なのか何も言わない。

「魔獣に魔石を埋め込むことで特殊能力を持った魔獣を繁殖させられないか……というのは」

「強制進化、ってやつ?」

「あなたはクローンを作ってましたし、そのあたりは得意なのでは」

「一匹一匹埋めなきゃ動きもしないよ。繁殖だとかは調教師さんのが詳しいだろ」

メイラは僕に話せと言わんばかりの視線を送ってくる。どうやら彼は僕が誰なのか分かっていないようだ、見た目が全く違うし気付かなくても仕方ない。

『遺伝とかはないと思いますよ』

「思う、ですか?」

『実験なんてしてませんから』

意見としては弱いか? なら──

『賢者の石を核とする魔獣の子はどれも再生能力を持ちませんし、不老でも不死でもありません。ですから、遺伝はしないと思います』

チラ、とライアーに視線を送る。意見や返答というのはこういった言い方で大丈夫かと聞くための視線だったが、ライアーは首を傾げて微笑んだ。

「……坊、賢者の石を核とする魔獣なんて存在しているのかい? じじいは聞いたこともないよ」

老人がしゃがれ声でそう言う。

「居る訳ないでしょう。賢者の石なんてそうそう作れる物じゃありません」

「居るよ、前に造った。と言っても改良して再現しただけだけど、僕は三体知ってる」

スーツの男の否定を即座に否定し、セツナは席を立って僕の隣にやって来る。

「……君、整形でもしたのかい?」

そして耳元で囁き、頬を舐めた。

「味も変わった……是非君で人形を作りたいね」

赤い瞳──いや、瞳として使われている魔石に僕が映る。視界を赤い双眸で塞がれている僕の耳にガタッと椅子を倒す音が届いた。

「ちょっ、ちょちょっ、セツナぁ! その人舐める癖いい加減治せよ!」

「ほら、メイラ、久しい子だよ。魔物使いだ。君の悪名はかねがね、狼は元気かな?」

「え……嘘何整形!? 植毛!? えー……気付かなかったー……お前何か攫われたっぽかったけど無事だったんだな」

そういえば彼女達とはまともな別れ方をしなかった。アルが生き返って浮かれていたら兄に攫われたんだったか、体感としては数十年以上昔のことだ、よく覚えていない。

「……知り合いでしたか? 再会を喜ぶのは後にしてください」

「はいはい。君達も知っているだろう? 悪名高き魔物使い……魔性を率いた狼乗り、国潰しの怪物の噂を。その張本人だよ」

そんな噂になっていたのか、国潰しなんてした覚えは……覚えは、あるな。

「魔物使い!? 兵器の国を焼き、砂漠の国で大量虐殺、お菓子の国の王族を全員暗殺したという、あの……!?」

『そんなことしてない!』

兵器の国を焼いたのは自国の兵器だし、虐殺や暗殺なんて全く覚えがない。

「じじいは牢獄の国の魔王を倒したとか、科学の国を荒らし回ったとか聞いておるのぅ」

『それっ……は、やった……ぁ、いや、やりました……』

科学の国を荒らし回ったのは鬼達やナイだけれど、僕のせいで荒れたのは事実だ。

「……魔物使いの噂に関しては色々と聞きます。直近では正義の国の一角を氷漬けにしたとか」

それは知らない。多分、零だろう。

「…………魔獣調教師様、いえ、酒色の国国王、是非我が国王と対談を」

『……今からじゃないですよね?』

「は、はい、それはもちろん。追って日程を……」

『分かりました』

子供達が死んだら、そんなことは考えたくもないけれど、それからしか暇はない。今は一分一秒でも長く娘達に土産として思い出を持たさなければならない。本来ならこんな会議すら蹴って帰りたいのだ。
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