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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

叢雨

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ウリエルはどうやって神封結界の効力から逃れたのか。その謎を解明しておかなければ他の天使が同じ対策を取った時に対応出来ない。そう思った僕は彼女に跨り、ぱっくりと開いた切り傷に手を差し込み、みちみちと音を鳴らして中を覗いてみた。
切り裂いてまろび出た内腑の更に奥、背骨に沿って埋め込まれたそれは赤々と輝いていた。背骨とその輝く何かを砕き、手のひらに包めるだけ取り出して太陽の光の下で観察してみる。

『なっ、な……何してるの、魔物使い君……』

『だぁーりー……ひぃっ!?』

セネカとメルの怯えた声を無視し、骨を捨てて石らしき物だけを手のひらで転がす。細かく砕いてしまったために分かり辛くなってしまったが、石の中に炎が揺らめくようになっているのが見て取れた。

『あら……美味しそう』

『やめとき、毒やでこんなもん』

『淫魔の死体ならそこら中にあるから拾ってくれば? もう蘇生も出来ないの結構あってさ、処分大変だし置いとくと病気の元だし……』

仲間達も集まってきたので意見をもらおう。そう思って立ち上がると、メルとセネカは互いに抱き合って後ずさった。首を傾げつつライアーと酒呑に石の破片を渡す。

『魔石……かな? 希少鉱石の国で採れるやつ』

『魔石や言うんは知らんけど……なんや、アレ、茨木ー、アレなんや、ゼンマイやないからくり動かすん』

『電池ですか?』

『それそれ。それっぽいわ頭領』

電池……確か、コードとかいう邪魔な紐がない僕が好きな部類の電化製品に必須の何か。前にこれは何だと尋ねた時には「この時計のご飯だよ」なんていかにもな子供騙しを語られたような。

『それも二次電池。便利そうな石やねぇ、あるだけ取っとき』

『にじ……?』

『充電出来るやつと出来へんやつがあって出来るやつのことを二次電池言うんよ』

『へぇ……?』

『……マッチとライターやね』

『なるほど……?』

何故電池の話をしていて電化製品でないマッチとライターの名前が……? いや、例え話か? よく分からないな。

『魔力を溜めておけるってことだよね?』

希少鉱石の国で採れる魔石にはそんな特性があった。焚き火の中に入れておくだけで炎の力を溜められる非常に便利な物だ。

『これは神力だけどね。石自体は変わらないのかな? どんなものでもエネルギーを溜められる…………運動エネルギーとかでも出来るかな……それなら……』

ライアーまでウリエルの体内を漁り出す、メルとセネカはもうこっちを見ようともしない。ライアーがそんなに興味を抱く物なら、それだけ便利な物だと言うのなら、希少鉱石の国との貿易も考えてみなくては。

『溜めてる神力は奪えないってのは前にもあったんだけどなぁ……光輪と羽で十分情報はあったのに、油断してたかなぁ』

『誰も死んでへんしええんちゃう?』

『僕達はねー……』

先程ライアーがさらっと言って、流してしまった発言。蘇生も出来ない……死んでしまって取り返しがつかない国民が大勢居る。手放しで喜ぶのは立場上許されない。

『……あれ、にいさまは?』

『何か、でっかい蝙蝠に絡まれて……どっか行っちゃった』

物陰からフェルが姿を現す。
大きい蝙蝠か、心当たりはないな。

『もー……とりあえず全員揃って話したいのに』

ライアーに兄がどこに居るのか、それとアル達がどこまで逃げたのかを調べてもらう。それを待つ間暇になった僕は何かを掴むように虚空に手を浮かべた。そうしていると手の中に黒い傘が現れて、その傘に作られた足元の影から女の手が伸びる。

『……演舞、俄雨』

傘を差す前に見た空は青々と広がっていたのに、突然雨が降り出す。手を伸ばして手のひらを濡らせばそこに雨水の剣が完成し、影から伸びた手を切り刻み、その胸を貫くと、剣はまた流れ落ちる水に戻った。傘を閉じて影の中に収納すれば、闇色の髪の女は消えていた。

『魔物使い君? 何してるの?』

『……仕留め損なってるの居たから』

『え……ぁ、レリエル? ボク、倒せてなかったんだ』

どうやら彼女はセネカと一度戦っていたようだ。この国の監視役でセネカとも仲が良かったはずだが──まぁ、どんな仲でも天使は天使、命令次第で魔性との友情なんて忘れてしまう。

『……あれ、セネカさん濡れてませんね』

『へ? なんで濡れるの?』

空を見上げれば雲ひとつない晴天。

『………………返り血、浴びてないんですね』

『こっ、怖いこと言うなぁ……浴びたけどちゃんと吸い取ったんだよぉ、放っておいたら汚いじゃないか……』

僕で言えばスープを零したシャツをしゃぶるようなもの──ではないのか、浴びた返り血を吸うことは。吸うと言っても口からでないからそういった抵抗はないのか。

『魔物使い様、兄君と先輩同じ場所に居るみたいですよ。浮気ですね浮気』

『冗談でもやめてよねそういうの……向こう行って何かしたら責任取ってよ?』

ベルゼブブに腕を組まれ、ライアーが描いた空間転移の陣の中に入る。クリューソスとカルコスが陣の外で喧嘩をしていて入ってこないだとか言ってまだ発動はしない。

『……にしても魔物使い様、何か……変わりました?』

『ん……あぁ、天使が一人、魂くれたんだよ』

『へ? 本当ですか? 魔物使い様の妄想じゃないならそれは凄いですよ、同じ属性の天使は二度と創られませんし、創造神の属性を一部奪ったってことですよ! ま、一人二人じゃどーってことありませんけどね』

偉業のように褒め称えておいて最後に鼻で笑うなんて話の組み立て方、どんな思考回路をしていたら出来るのだろう。とても先程見た目相応の泣き方をしていたとは思えない、やはりこっちが素ではないだろうか。

『……じゃあ、これからもどんどん魂もらおう。創造神に心酔してないの探して、口説き落とそう』

『わぁ、屑』

たった二音で人の心を折ることが出来る、それが地獄の帝王。少し前の僕ならそう言って蹲っていただろう、けれど今はアルに会えたなら全ての心の傷が癒える、折れた心だって繋がって立ち上がる。

『アルー! 会いたかったよアル!』

空間転移が終わり、眩んで戻っていない白い視界のまま両腕を広げて飛び出す。すると斜め後ろから誰かに抱き締められた。

『僕も会いたかったよ。ね、お兄ちゃんどうだった? お兄ちゃん上手く出来ただろ?』

どうやら兄のようだ。今日活躍してくれたのは確かな事実。労わなければ、感謝しなければならないことだ。しかし──

『うん、にいさまかっこいいだいすきまたあとでね』

──今はアル、そしてクラールだ。

『……聞いた? 偽物』

『よくあんな棒読みで満足出来るね、尊敬するよ』

兄の腕をすり抜けてライアーに押し付け、ベルゼブブに組まれていた腕も透過してアルの前に座る。

『ヴェーンさん、お疲れ様。飲んでいいけど……』

「…………今はいい」

一応隣に座っているヴェーンを気遣うところも見せて、改めてアルに向けて両腕を広げる。アルは何も言わずに僕に身を任せた。

『僕勝ったよ、アル。みんなも無事、良い結果でしょ?』

予定ではアルが僕を労ってくれるはずだった、褒めてくれるはずだった、けれどアルは何も言わない。僕の膝に乗せた前足の爪を布を越えて皮膚に食い込ませて、僕の胸に頭を押し付けて、身体を僅かに震えさせていた。

『…………アル? どうかしたの?』

黒翼で僕を抱き締めるアルの顔を見ようと首に回していた手を顔の横に添えたその時、背後で大声が上がった。

『マスティマ……!? どういうことですか兄君!』

『え? マスティマ様!? 何……この怪我』

ベルゼブブとメルか……マスティマだって?

『説明面倒なんだけど……そいつ実は敵で、アルちゃん狙ってたみたいだね。僕がギリギリ間に合って封印した』

振り向けば封印陣の上で虫の息のマスティマが居た。天使の殺し方は僕に還った驟雨が教えてくれた、実行してしまおうと腰を上げかけ、震えているアルと彼女が頭の中で繋がって静止する。
マスティマはアルを狙っていた、兄はそう言った。
そのアルは僕を見て抱き着き、何も言わず震えている。

『………………何されたの、アル。言って! 何されたの!』

復讐してやるから──そう言おうとして、辛そうなアルの顔を見て、また動きが止まって声も出なくなる。

『お腹にいっぱい攻撃されて真っ二つにされたんだよね? それでも噛み付いて離さなかった根性凄いよ……僕が来た時にはもうダンピール死にかけてたし、クラールちゃん守るにはやるしかなかったんだろうけどさ』

兄に聞いただけで万事に値する所業だと判断出来る。けれど、それを今ここで行う訳にはいかない。
今はとにかく何をどう思って震えているのかも分からないアルを慰めて話を聞かなければ。
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