魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

灰血

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転移したのは路地裏で、広がった隊形のまま転移した僕達は建物と建物との隙間に挟まれた。

『修復出来る建物は修復して進むから、ボク後ろね』

ライアーを最後尾に僕が先頭、アルとフェルをライアーの前に、僕は聞き取れない独り言を呟き始めたベルフェゴールの手を引いた。

『…………居た!』

修復魔法によって持ち上がっていく瓦礫の向こうに積もった灰を見つけた。慌てて刀を抜き、首に骨に当たるまでの切れ込みを入れた。

『……少年の血ぃ! ふぉお……美味しい!』

『後であげるから引っ込んでてベルフェゴール!』

手を振り払って下がらせ、ドクドクと溢れる血を灰の山にかけた。山が崩れて泥だまりのようになる頃、灰はゆっくりと人の形を取り戻し始めた。

「ぶはっ! はぁっ……ぁ? あ、生きて……る」

『ヴェーンさん! ヴェーンさん……大丈夫? ちゃんと出来てないよ?』

ヴェーンの身体は腹部が抉れ、四肢が欠けている。先程の炎の天使と接触して焼かれたのならもう戻せない……そう思っていたが、欠けた部分は少しずつ再生している。

『…………兄さん、どういうこと。治ってるよ』

『……魔法は時間を戻す治癒、魔物の自主的な再生は新しく作ること。その部位のデータを焼かれたとしても他の部位のプログラムで似たような物を作るんだろうさ。さっきみたいに全身こんがりやられちゃったら流石に無理だろうけどね』

難しい話でよく分からなかったが、ライアーが先程は手を抜いていたなんて事でないのならそれでいい。

「…………魔物使い」

『大丈夫? 他の皆も助けなきゃだから、悪いけど再生は待てない。フェル、おぶってあげられる?』

「魔物使い、魔物使い……こっち向いてくれ、目を……目を、見せてくれ」

『今そういう状況じゃないんだけど』

振り返ればヴェーンは不安そうな顔をしていて、それに絆されかけた僕は彼に頭を掴まれた。

「綺麗だな…………はぁっ、ぁあ、ありがとよ。悪い……これで、もう、一度っ……立てる。もう二度と……十字架に罪悪感なんざ抱かねぇ。俺の、神は、もう変わった…………痛ててっ……」

ヴェーンは右腕で壁を這うパイプに掴まり、再生したての両足で立ち上がった。腹部と左腕はまだ無い。

『……フェル、肩貸してあげて』

「悪いな……ありがとよ。ぁ……そうだ、魔物使い、あのガキ……グロル! アイツは無事か!?」

『…………無事だよ』

ライアーの足にしがみつくように隠れているアザゼルを睨む。半分ほど出ていた顔もライアーの後ろに引っ込み、足に添えられた手だけが残された。

『フェルを身代わりにしたとかヴェーンさん置いて逃げたとか……まぁ、逃げなくても犠牲者増えるだけだろうし、判断は正しいんだろうけどね』

感情としては苛立って当然だろう。しかし、今内輪揉めをしても仕方ない。全て片付いてから水分補給と休憩無しで庭の草むしりでもさせてやろう。

『兄さん、次行こ』

再び景色が一瞬で変わる、幾本もの槍に貫かれた崩れかけの豪邸へと。廊下に何人も淫魔が倒れていた。

『ぁ……王様ぁっ! 王様、来てくれたんですね! よかった……! これで、私達助かったのね……』

駆け寄る少女の右手は潰れていた。

『兄さん、全員治して。それで、えっと……君、メルは……メロウはどこ?』

『メロウ様は外でここを狙う天使と戦ってくださっています、私達を守るために……』

『分かった。兄さん、一人一人に防護魔法お願い、えっと……ベルフェゴール、行こうか』

『…………はっ!? ぼーっとしてた、えっと、行く! どこに!?』

不安定なベルフェゴールに一抹の不安を覚えつつ、扉を開けて外に出る。そこにはメルと、刺々しい金髪の伊達眼鏡の天使……娯楽の国に居た、名前は……えっと、ゼルクだったか、彼が居た。

『ぁああっ! クソがっ、クソ眠ぃんだよクソッタレ!』

『……素敵よーゼルクぅー』

『マジで!? じゃあもっとやる!』

『きゃーカッコイイー』

ゼルクは陶器製の天使達を仲間だろうに壊して回っていた。天使達も上司である彼が襲ってくるのに戸惑い、攻撃を躊躇い、戦闘力の差もあって為す術もなく壊されている。
味方を攻撃しているのも不思議だが、それ以上に背後でメルが棒読みの褒め言葉をかけ続けているのも不思議だ。ゼルクはメルの感情のない歓声が聞こえる度に嬉しそうにしていて、ベルフェゴールの呪いも跳ね飛ばしているように見えた。

『メ……ル……? な、何これ……』

『ぁ……あっ、ぁ…………よかったぁ……』

振り返ったメルは僕を見て安心しきった表情を浮かべ、直後顔を隠した。殴られたのか歪んだ顔を見られたくなかったのだろう。ライアーを呼んで他の傷も治療させるとメルは笑顔をさらけ出してくれた。

『ありがとだーりん! 来てくれるって信じてたわ。だーりんが来るまでワタシ頑張ったのよ、褒めて!』

『……ダーリン、だと…………っのクソ野郎! 俺のメル様に手ぇ出しやがったのか殺してやる!』

メルに返事をする暇もなくゼルクに掴みかかられた。

『ちょっとゼルクやめて! だーりんは……えっと、この人の名前! その、私の恋人とかじゃなくて、ただの同僚!』

同僚……? まぁ同じ邸宅で仕事をしていることはあるけれど。

『え、ぁ、そっすか……早とちりした、悪いな、ダーリン』

『…………鳥肌立つんだけど。メル、他に言い訳なかったの?』

どうして自分より背が高く体格のいい男にダーリンなんて呼ばれなきゃならないんだ。鋭い牙の逞しい狼になら是非呼ばれたいけれど、天使なんて一番嫌だ。

『…………ふわ……何か気ぃ抜けた、眠……い』

『ちょっとゼルク、ワタシのためにもっと部下を倒して! でなきゃ嫌いよ!』

『えっ、た、倒す! 倒すからっ……嫌いだなんて言わないでくださいメル様ぁ!』

『ひっ……す、縋りつかないで! 早く行ってらっしゃい!』

メルに軽く蹴られたゼルクは再び陶器製の天使達の群れに突っ込んでいく。

『……何したの?』

『魅了の術使っただけよ、別にキスとかはしてないのよ? 触られたのだって今のが初めて……じゃないわ、その前は殴られたから、その、天使と……そういうことはしてないって言いたいの……分かってくれる?』

『え? あぁ……うん、まぁそりゃそうだろうけど。魅了……効くんだ』

ベルフェゴールの『堕落の呪』が効くくらいだ、同等の力を持つ魅了をたった一人に向ければ当然効くだろう。メルを襲ったのが耐性の低い天使でよかった。メルも強くなったものだとゼルクを眺めていると、不意に首に腕が絡む。

『……だーりん。怖かったよ……怖かったぁ……』

ぎゅっと抱き着いてくるメルに庇護欲を煽られ、背に手を回そうとすると、その腕に黒蛇が噛み付いた。

『…………早く次に行くべきでは無いか? だーぁーりぃーん……?』

地の底から響くような唸り声、二の腕に置かれた前足、顔の真横にある牙、その全てが僕の心を強く揺さぶった。

『……っ、アル……!』

『ふん、安心しろ。腹は立っているがこれで怒るような私では──』

『もっかい言って、ダーリンって! もう一回! ほら、呼んで、ダーリンって!』

『………………兄君、次へ行こう。この建物の修復は完了したのだろう? ならその淫魔共は置いて行って大丈夫な筈だ』

『ぁ、うん、キミ達、家に結界張ってあるから外に出ないでね。結界破る奴はもう倒したから、今度は絶対大丈夫。さ、行くよみんな、寄って寄って』

新鮮な呼び名に昂ってしまったが今は緊急時、残りの仲間は皆強いし命の危機に瀕してはいないだろうけど、恐怖は感じているだろう。早く助けに向かわなければ──ダーリンってもう一回呼んで欲しかったな……っとと、余計な思考は振り切らなければ……


次の転移先は広い通り、セネカとメルが勤めるレストランの前だ。セネカを探した目は窓が割れたレストランの中に向いて、その中心に座り込む彼女を見つけた。

『セネカさん! 無事で……痛っ、な、何?』

窓は割れているのに窓にぶつかったような感覚があった、結界を張れる者が店内にいたのだろうか。とりあえず透過して中に入ろう。

『うわ入って来た! って……あれ、王様……ですか?』

赤いメッシュ入りの黒髪に赤い瞳の顔色の悪い男性店員……彼には見覚えがあった。淫魔らしき腰羽があるのに尻尾や角がなくて妙に印象に残っていたのだ。

『……はい、国王です。今救助に回ってて……怪我人は?』

男がレストランの中心に集まった者達に視線を移したその瞬間、顔に丸いコウモリが飛びついてきた。
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