魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

それぞれの危機、ホストクラブの場合

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ヘルがナイと接触し、メルがゼルクに接触した頃──結界が解かれた直後。酒色の国指折りのホストクラブでは混乱は起きていたものの王城程の被害はなかった。

『レオ君レオ君怪我人まだこっち居る的なー!』

『分かった! 今はカルコスでいいぞ! それと先輩はクリューソスの結界に入っていろ!』

『姫大勢居るんだからネームは徹底! まだレディの避難完了してないのに俺だけ隠れるとかありえないし!』

『……分かった、では我の傍に居ろ!』

普通、こんな日の高い時間から開いている店ではないのだが、街が綺麗になり昼間も観光客で溢れるようになると、比較的性サービスの少ないこの店は昼間も開けてくれという声を受けるようになった。そのため、従業員を増やしてほぼ二十四時間営業となっていた。

カルコスは陶器製の天使が外に居る者を仕留めるために一斉に投げた槍により崩れた瓦礫などの下敷きになった客や従業員の救出に回っていた。その背には派手な見た目の淫魔の男が居る。

『わわわわすごい血……』

桃色の髪に緑の斑点。キノコを思わせる染髪の淫魔──ブランシュ、彼は足を瓦礫に挟まれて鉄骨が腹に刺さった従業員を見つけた。彼も淫魔で、尻尾と羽が力なく落ちている。

『足が挟まっているな、抜くのは……無理だ』

『こんな重いの俺動かせない的な?』

『我も無理だ、爪が隙間に入らん。とりあえず治療はするか』

出血多量による死を防ぐため、カルコスは青年に癒しの術をかける。

『この光ってる棒何……痛っ!?』

ブランシュは鉄骨を分断し、コンクリートを崩した天使が投げた槍に触れ、手に軽度の火傷を負った。

『それは天界の物だ、弱い魔物が触れると怪我をするぞ』

『先言って欲しかった的な……痛てて』

『……さて、一先ず出血は止めたが、どうする? 鉄骨は我が噛み切ってもいいが、これを切れば建物は更に崩れるぞ』

青年の腹を貫いた鉄骨は落ちかけた天井の支えにもなっており、カルコスの言うように鉄骨を切れば天井が落ち、この一角は埋まってしまうだろう。

『んー……瓦礫は……何か、棒でも差し込んで、ぐぐぐいっと一気に。この鉄骨支えになってるもんねー、これは……どうしようかな』

『…………ふむ、おい、仮眠室はどこだ?』

カルコスはいつも表で寝ているため仮眠室の場所を知らなかった。寝ていても客が集まるし、何なら添い寝を頼む者まで居るのだから、仮眠室に行く必要などなかったのだ。

『そこだけど、瓦礫が邪魔で開けらんない的な』

ブランシュが指した先には柱が倒れて塞がれた扉があった。

『……ぁ、仮眠中の子いっぱい居たじゃん! やばいやばいこっち崩れてないのかなぁ、大丈夫かなぁ……』

扉を塞いでいる瓦礫は人の太腿の高さ程度まであるが、上半分は扉が露出している。カルコスは瓦礫に登り、扉に爪を立てた。

『…………せ、ん……ぱぃ……?』

『わ! 起きた! 目覚ました的な!』

『もう少し待てと伝えろ』

鋭い爪が薄い金属製の扉に刺さり、鉄板を曲げ、嫌な音を立てる。

『せんぱ……痛い、痛いぃ……助けて』

『待って待って、何か知らないけどもうちょいらしい的な! レオ君まだぁー? 俺この音苦手的な!』

『待てと言っているだろう!』

金属製の扉に穴が空く。カルコスはその穴にもう片方の前足の爪も刺し、ギリギリと音を立てて捲っていく。その穴を自分が通れるくらいに広げると仮眠室に入った。

『おい鬼! 起きろ!』

仮眠室の天井は崩れてはいなかった。しかしそれでも扉が開かないことに気が付いた従業員や、扉を引っ掻く爪の音に怯えていた従業員は居た。そんな中でも酒呑は眠っていたし茨木は足の爪に紅を塗っていた。

『……あ、レオン! 何があったんだよ、さっきの音なんだよ!』
『開かなくなったのって何があったんだ? 悲鳴とか聞こえたし……』

『あぁ、少し待て。後で順にその穴から出ろ、今は外も危険だ、我から離れるなよ。助かりたければこの鬼を起こせ!』

『あ、あぁ分かった! おいオロチ! 何か知らないけど起きろってよ!』
『何かやばいんだって起きろよってか何で寝てられるんだよ!』

酒呑は仮眠室に居た淫魔全員に叩かれ始めるが、酒瓶を抱いて幸せそうな顔をしたまま寝息を乱すことすらない。

『……しゃあないなぁ酒呑様は。ほら、どき』

『うぉ……姐さん』
『姉御……何すんすか』

茨木は新人であるにも関わらず何故かほとんどの従業員に敬語を使われていた。茨木は酒呑が抱いていた酒瓶を奪うと、何の躊躇もなく彼の頭に振り下ろした。割れた酒瓶を捨て、不快そうに唸った酒呑の髪を掴んで寝床から引き摺り出すと腹を何度も踏みつけた。

『……ん? おぉ茨木、おはようさん』

『酒呑様、何や起きろ言われてますよ』

『んー……? しふとまだやろ?』

『それどころではないぞ鬼! 今すぐ外に出ろ!』

カルコスはそう言いながら扉に空けた穴をくぐり、鬼達を初めとして従業員を全員仮眠室の外に出した。従業員のほとんどは酷い怪我を負っている同僚の姿に絶句した。

『この瓦礫どかしたらええんやな?』

『あぁ、早くやってくれ』

酒呑は軽々と青年の足を挟んでいた瓦礫を持ち上げて投げ捨て、カルコスは潰れていた足を素早く癒した。

『えーと、鉄骨……これ折ったりはしないで欲しい的な』

『せやったら腹切るしかないなぁ』

『え……うーん……やっぱり? あー、大丈夫かなー』

茨木は右腕を電動鋸のような機械に変形させ、青年の脇腹にあてがった。青年の胴に切れ目を入れて鉄骨を横から抜こうという作戦だ。青年は当然嫌がり、治ったばかりの足をバタつかせた。

『暴れないで! 今助けるから、すぐ大丈夫になるから! もうちょっとだけ我慢して!』

『せんぱい……ぃっ、あ、ぐぁあっ!』

青年が足の動きを一瞬止めたその時、電動鋸が駆動音を鳴らし、青年の脇腹に沈んだ。血肉を撒き散らして青年の胴を割りながら鉄骨の元へ進む電動鋸と青年の絶叫に従業員達は息を呑んだ。
電動鋸が鉄骨に当たって不快な金属音を立てると茨木は右腕を手に戻し、青年を引っ張って電動鋸で創った胴の切れ目から鉄骨を抜いた。
カルコスは床に転がされた青年を癒し、自らの背に乗せるとクリューソスの元に全員を連れて走った。

『点呼取るよー! はい、いーち!』

ブランシュの気の抜けた声での点呼により出勤している従業員全員の無事は確認された。

『姫達ー、お友達がミッシングだったりしないー?』

一人で来ていて従業員も覚えていない客が居なかったなら、客の無事も確認された。クリューソスが自らを中心に球形に張る結界にギリギリ入る人数だったのは幸運と言える。

『ふわ……ぱいせんぱいせん、酒あらへんの?』

『散々飲んだでしょ! あとパイセン呼びはやめて欲しい的な!』

『眠ぅ……虎ー、枕にすんでー』

『やめろ! やめないかこの下等生物!』

瓦礫が崩れてきても結界に弾かれて、負っていた傷は癒されて、不安からの過呼吸などもすぐに治療される。そんな環境はその場に居る者の気を楽にさせた。
だが、そんな一時の平和も終わりを告げる。

『人を惑わす異類異形を討ち滅ぼすべく、部下と共に参ったカマエルだ! 力量差を理解し投降せよ!』

薄紫の髪を揺らし、半透明の液体滴る剣を持った天使が現れた。

『……見たことあんな』

『嫌やわぁ酒呑様、うちが一回バラした姦しい鳥さんやん』

『せやっけ。ま、一回やれたんやったら何や言うことないわ。もっかいやったったらええんやろ?』

天使の襲来に従業員と客は恐怖のどん底に叩き落とされ、パニックを起こしそうになった。だが、余裕の会話と共に結界の外に出て行った鬼達を見て、希望を掴んだ。

『頭領はお隣さん行っとる、補給は出来へんで』

『うちは魔力のぅても戦えますから、酒呑様下がっとったらどうです?』

『アホ抜かせ、お前も冷却や発電やで水要るやろ、そんな長ぅ戦われへんわ』

『嫌やわぁ酒呑様、こーんな雑魚相手にうちが何秒かける思てますん』

鬼達は天使に向かう途中で足を止め、睨み合う。

『……俺がやる!』
『……うちがやる!』

彼らが同時に叫んだ内容にカマエルは激昴した。

『なっ、な……舐めるなよ悪鬼共! 時間は有限だ、二人でかかってこい!』

『…………ええねんな?』

『いいに決まってるだろう、私は神の敵を討ち滅ぼす天使──』

カマエルの口上が終わるよりも先に酒呑が茨木の背中を蹴ってカマエルの方へ飛ばした。

『……はっ!?』

想像以上の速度で──と言うか味方を蹴り飛ばすなんて予想はカマエルには出来なかった。懐に潜り込んだ茨木は艶っぽい笑みを浮かべたまま、剣に変形させた右の義手を腹に突き刺した。

『この程度で私が倒せると思ったら大間違っ……』

義手はカマエルの腹に刺さったまま変形を進めて電動鋸となり、カマエルの腹から首までをぱっくりと裂いた。カマエルが寸前で狙いに気付かなかったら頭のてっぺんまで真っ二つにされていただろう。
喉が裂けたカマエルは声を上げられないままに茨木を睨み付け、身体が割れても動く腕で剣を振るう。その太刀筋は茨木の首を捉えていたが、茨木だけに集中し過ぎたカマエルは酒呑に顔を殴られて吹っ飛び、剣は虚空を裂くに終わった。

『……酒呑様乱暴やわぁ、背中痛ぁてしゃあない』

『お前が蹴れ言うたんやないか』

『蹴り方言うもんがありますやろ? 酒呑様はほんま乙女の扱い言うもんが扱い分かってへんなぁ』

『どこに乙女がおんねんな』

二人はカマエルを一瞥もせず、互いの無傷を確認して口喧嘩を再開した。
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