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第三十七章 水底より甦りし邪神

処分法

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零が離れると零が凍らせた物は自然に凍った物よりも早く溶ける。零が僕の視界から消えて、ツヅラの残骸はもうほとんど溶けていた。

『……どう思う? みんな』

首は零が持ち去ったけれど、この身体は再生するのだろうか。首と胴を分けた場合どちらから再生するのかは僕にとっても重要な問題だ、この先首を落とされる事態がないとは言えない。

『流石に共喰いした人魚は分からんわ』

『人魚喰ったー言う話も聞きませんし……』

同郷である鬼達に分からないならどうしようもない。

『……両方から再生したりはしないのだろうか』

『アル……いや、それだったら今頃植物の国でツヅラさん大量発生しちゃってるってことになるし、大丈夫だと思うけど……』

その場合魂はどうなるのだろう。オリジナル以外はフェルのような生物に? オリジナルはどう決まる?
妄想に意識を飛ばしていると、完全に溶けたツヅラの身体が残骸と動き始めた。首の断面から触手が生え、首から鳩尾までの皮膚が剥がれ始める。

『ひぃっ!?』

その気持ち悪さに思わず飛び退いた。僕とは真逆にサタンが一歩前に出て、中に何かが居るかのように蠢く皮膚など気に留めず、胸を蹴った。するとツヅラの肉体は倒れながら発火し、地面に触れる前に灰となった。

『……炎は万物を灰燼と帰す。硬く割れない物も、柔らかく砕けない物も、再生し続け殺せない肉も、燃やせばいい……焼き尽くしてしまえば悩みは全て灰となる。なぁ、魔物使い? スカッとするだろう、炎はいいぞ』

何の勧誘なのだろう、炎の良さは理解したが僕に炎は扱えない。

『いや待て、まだ……』

灰が小さな竜巻に乗っているかのように螺旋の柱を作る。その柱の中心から地の底から響くような不気味な声が聞こえた。

『……勝手は分かった。勘も戻った。今少し、今少し……星が戻るまでは、せいぜい……』

ツヅラの体を使って話していた時とは全く違う声なのに、僕は何故かその声の主がクトゥルフだと察した。

『……支配者を気取るが良い』

灰が巻き上がって出来ただけの柱に睨まれた気がした。長方形の瞳孔を持つ瞳だった。

『…………逃げた、な。思念波の端だけでは彷徨う事もままならん、取り憑ける物が辺りになければ海底に戻るだろう』

辺りになければ……妙に不安にさせてくれる。

『取り憑けるものってどんなの?』

『魂は無いが生きている肉体、魂が有るが魂の意思でアレを受け入れる肉体、そしてこの国特有の現象付喪神、アレの成り損ない……魂は生まれなかったが魔力は溜まっていて稼働は問題なく出来る物体、と言ったところだな』

前者二つは兎も角、最後はまずい。すぐそこは街で古い人工物は大量にある、成り損ないとやらがある可能性は高い。

『一応居なくなるまで見ておきたいんだけど』

『そうか、誰か思念波の端を追えるか? 霊体ですらない、遥か海底から放出されているものだ』

誰も何も言わない。

『……だ、そうだ。諦めろ』

サタンはあまりクトゥルフを気にしていないように思える。彼にとっても……悪魔にとっても脅威だと思うのだが。ベルゼブブならきっと消滅するまで追いかけただろう。

『……雨が降り始めたな。ソレの影響か』

サタンは酒呑を──いや、酒呑が摘んでいる小さな蛇に視線を移す。

『あぁ……継承の儀の度に雨降ったりもするからなぁ。そら、出てきたら雨降りっぱなしやろ』

『ただでさえさっきまで凍ってたせいで地面ぬかるんでるのに……雨なんか降ったら歩けなくなるよ、早く街まで行こ!』

一歩踏み出せば踝まで沈む柔らかい地面。滑らないよう慎重に急いで町に向かう。途中、羽織っていた背広が持ち上げられたかと思えば頭の上に被せられた。狭くなった視界ながらも見上げれば少しも変わらない表情のサタンが居た。

『と、うっ……ちゃーく…………はぁ、足ぐっしょぐしょ。気持ち悪い……』

通りを歩く者は居らず、獣達に叫ぶ者は居ない。排水設備の整った町の道は森よりも歩きやすい。

『この雨では植物の国にも酒色の国にも飛べん、晴れるまで宿を取るぞ』

『我らの翼は水鳥のものではないからな!』

『……蛇が原因なら晴れることないんじゃない?』

『降らせっぱなしも疲れるやろし、しばらくしたら終わらすやろ。なぁ親父』

『雨、雨、水、水……水? 酒だ! 酒を持ってこい! 生娘もな!』

酒呑の目の高さまで上げられた蛇は水を得た魚と言った具合にくねくねと踊り、楽しそうだ。しばらく、か。早くセネカと合流したいし、植物の国の結界も必要だ。魔物使いの力が通用する相手なら良かったのだが、残念なことに神性だ。

『宿を取るぞって言ってもさぁ、宿っていう看板出してるところもないし、雨強くて前よく見えないし、そもそも宿あってもアル達入れてくれるか分かんないし……って酒呑達もまずいね。ぁー……宿屋! って叫んだら出てきたりしないかなぁ』

クラールは濡れないように気を遣っているつもりだが、それでも濡れるのか雨ゆえの気温か、腕の中でぶるぶると震えている。これ以上外を歩くのは避けたい、辺りの広そうな民家に押し入ってしまおうか……なんて。

『……もし、そこの方』

前を歩いていた茨木ではなく、隣に居たサタンでもなく、真ん中に居た僕の横にいつの間にか笠を被った女が居た。仲間達が飛び退いて各々に戦闘態勢を取る、声をかけてくるまで誰も気が付かなかったなんて、この女……何者だ?

『宿をお探しでしたら、私共の宿にどうぞ』

『…………宿屋の人ですか?』

『……はい、たんたん屋……これここに』

女が指した先、僕達の進行方向に赤い大きな橋があった。ここは町中だったはずなのに、大通りはずぅっと続いていたはずなのに、橋の先には大きな建造物が浮かんで見える。

『……ほぉ、良ぅできた隠れ屋敷やの。頭領、こらええわ、泊まろ』

『え……めちゃくちゃ怪しくない?』

『そら妖しいわなぁ。せやけど敵意はあれへん、完全な善意や、なぁ?』

笠に隠れて目元は見えないが、口元は返事のように笑っている。

『…………まぁ、酒呑の故郷だし……君が平気だって言うならその勘信じるよ。みんなはどう?』

『信じてへんやんけ』

獣達は黙って目を伏せ、サタンと茨木は共に無言。誰も敵意は感じておらず、危険はないと判断している……もしくは雨に打たれるよりもマシと考えている。僕はイマイチ信用出来ないまま、橋を渡り宿に招かれた。

『いらっしゃいませー!』
『お待ちしておりました!』

温泉の国の旅館のような造りだが平屋ではなく、また柱は赤く壁は白い。玄関は住めるくらいに広い。かなり高級な宿に思えるが、代金は大丈夫だろうか。

『お着替えは用意させていただきますので、どうぞ温泉へ』
『お風呂が終わりましたらご夕飯を、苦手な物はございますか?』

『……いえ、特に。あの、えっと…………髪に葉っぱ付いてますよ』

案内してくれた女は宿に入り笠を脱ぐと同時に消え、代わりに双子なのか瓜二つの少女達が出迎えてくれたのだが、その少女達の頭の上には緑の木の葉が乗っていた。庭仕事でもしていたのだろうか。

『ふぇっ!? ぁ、あ……えと、えっと……』
『ぇ、あ、ぁ……かっ、髪飾りです!』

少女達はそう叫びながらも頭の上に手をやって葉っぱを隠し、顔を真っ赤にしている。だが、葉を捨てることはなく僕達を温泉へ案内した。

『温泉ってこの国にもあるんだねー……って言うか、ほんとに大丈夫なの? すっごい怪しいよ?』

『大丈夫大丈夫、気にしぃやなぁ頭領は』

『いやっ……だって、何か出てるよ!?』

前を歩く少女の着物の腰の辺りに茶色い毛に覆われた太短い物……尻尾に見える何かが揺れている。どう見てもアクセサリーだとかではないし、歩いているからではなく揺れている。

『……っ! 尻尾、尻尾……!』
『へ……? あっ……』

少女達は僕が尻尾らしき物に気付いたのに気付いたようで、コソコソと話している。

『今尻尾って言っ……むぐ』

酒呑に口を押さえられる。今日だけで何回口を塞がれただろう。

『可愛らしぃ帯飾りやねぇ』

『ぁ、お、お気遣いありがとうございます……』
『ありがとうございます、ありがとうございます……』

帯飾り……帯より下にあるし留め具が見当たらない。尻尾だとしても穴も空いていない服の上にあるのはおかしい。何なんだこの宿、この少女達、そして僕の仲間達も! どうして怪しさ満点なのに気付かないフリをするんだ! そう叫びたい、けれど口は塞がれている。
僕は不信感で満たされたまま、誘われるがままに浴場に入った。
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