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第三十四章 美麗なる妖狐は壮大な夢を見た

夜闇の脅威

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魔力を地面に流し込むようにイメージすると蔦が太く長く力強く伸び、陶器製の天使達を割った。これで陶器製の天使は全て倒せただろう、再生することもないし、放っておいていい。
後はレリエルをどう追跡するかだ。あの石を早く取り返さなくては僕はどんどんと不利になっていく。認知阻害がなくては魔物使いの力なんて使っていられない。

『レリエル! 出て来いよ、僕を殺さなきゃならないんじゃないの! 早く出て来い!』

いい煽り文句は思い付かない。足元に伸びた影に太陽の方を見れば、もう山の影に半分隠れていた。山に囲まれた酒色の国は日照時間が短いのだ、レリエルは影を利用するという予想が当たっているなら日が沈むのはまずい。

『街中なら……いや、巻き込むのは……』

ネオン街なら影が消えるほど四方八方から照らされる。だが、明るいということは人が多いということ。瓦礫の周囲に散らばった淫魔や人間の死体を見て、胸が締め付けられて、安心する。
大丈夫、僕はまだ他人の死を悼むことができる。他人を巻き込みたくないと思える。僕はまだ精神的には人間だ。
ぎゅ、と心臓の位置でシャツを掴み、胸の痛みと安心感を落ち着かせる。深呼吸をしてアルにも相談しようと振り返ると、僕に向かって剣を振り上げたレリエルと彼女に背後から飛び付いているアルが居た。

『はっ……? ぁ、とっ、透過!』

反射的に頭を腕で守りつつすり抜けていく剣とレリエルを見送り、一拍遅れて飛び退き実体化する。アルは倒れていくレリエルの翼を引きちぎったが彼女はアルの影に沈んだ。

『無事だな? 済まない、言い付けを破った』

『……うぅん、助かったよ、ありがと』

透過は意識的にしなければならない、不意打ちには弱いのだ。痛みも事前に痛覚を消すと意識しなければ消えないし、痛みで集中が乱れれば痛覚消失も透過も出来ず、一方的に嬲られる。アルが来なければどうなっていたか。

『…………どこに行ったの?』

『地中に潜ったようだ』

『影に入ったんじゃなくて?』

『影……? そうか、貴方も影に亜空間を作り出していたな。似たような術を使えるのかも知れん。だとしたら……まずいぞ、ヘル。此処は直に闇に沈む』

連なる山に溶けていく太陽、赤に染まっていく空に、暗くなっていく僕達が立つ郊外。

『繁華街か店内に行こう。影を入口とするなら暗所は危険だ』

『でも……他の人巻き込むし……』

『…………優しいな、貴方は』

手に擦り寄るアルを撫で、明かりを灯す術はないかと頭を働かせていると、長く伸びたアルの影から白く輝く剣とそれを持つ腕が生えた。

『危ないっ!』

素早く刀を引き出し、アルの首に峰を当てる。金属音が一度響くと剣と腕は影の中に引っ込んだ。今少しでも反応が遅ければアルの首は飛んでいた。

『……ありがとう、ヘル。私は足手纏いだろうか』

『いや、僕だけじゃ視界が足りない。死角お願い』

『……ぁ、ああ! 勿論……!』

とはいえ二本の足で立つ僕と四足のアルでは背中をピッタリと合わせられない。アルは腹の下を切られる危険性が高いし、背中合わせで戦うのは危険だ。

『アル、向かい合って。僕の後ろをアルが、アルの死角を僕が庇う』

『……背中合わせでは無いのか?』

『多分こっちの方がいいよ。アル、お腹の下見えないでしょ』

『…………済まないな、私が人型だったならもう少し役に立っただろうに』

死角は補ったが問題はまだある。そもそもレリエルが僕を殺しに来たのかどうかだ。僕が狙いなら石を盗む必要は無い、あの石が目的というのは考えにくいけれどもしそうだとしたら、先程の攻撃が僕達に警戒を促して時間を浪費させるものだとしたら、簡単に逃げられてしまう。
石が副の目的でやはり僕を狙っているのだとしても、このまま隠れられたまま増援を呼ばれたら厄介だ。

『どうしよう……』

鬼の力は相対した時にしか使えない。透過能力は回避や隠密。今の状況に自由意志の力は役立たない。力の使い方を完璧に引き継げた訳ではない、そんな話はしなかった、しておくべきだった。

『…………一角鴉アキュリス!』

ギャアギャアと醜い鳴き声が返ってくる。鳥は夜目がきかないと聞くが、魔獣……いや魔鳥である彼らには魔力視がある。昼間よりは見えにくいだろうが実体を持つモノの動き程度なら分かるだろう。

『……何をする気だ?』

『鴉達に街中を見張らせる。倒されなくても時間を稼がれたら僕達の負けだ。視界共有だけしておいて、僕は実体化しないで隠れてみる。アルはフェルのところに居て、もしかしたら魔法が役立つかもしれないから話聞いてみて』

『分かった……が、平気なのか? そんな使い方をして』

『…………大丈夫。行って』

アルに話した作戦通り僕は透明化し、鴉達と視界を共有して国中に広がるよう指示した。アルが元アシュ邸に帰る様子もしっかり見えている。
無数の視界に変則的な魔物使いの力の使い方、この二つは僕の脳に多大な負担を与える。その上自分の存在を薄めているから自分の境界が曖昧で、このまま大気に溶けて限りなく消失に近い状態になるんじゃないかなんて不安を覚える。

『ふっ……ふーっ…………痛い……』

魔力消費による強い頭痛だけが僕を僕として引き止めている、そんな気分だ。実際には頭痛がなくても実体化したいと思えば元に戻れるのだろうが、そんな意識すら消えてしまう妄想が止まらないのだ。
『黒』はこんな不安な状況がずっと続いていたのだ。僕ほど繊細ではないと思うけれど、彼女もあれで精神が細いところもある。

『大丈夫……大丈夫、僕は、君の代わりに……』

この世界を守ってみせる。君が自暴自棄になって心中しようとした世界を救ってみせる。そして僕も幸せになるのだ、君に貰った指輪と君の指輪を持って、永遠に美しい妻と共に頼れる仲間に囲まれて、いつまでもいつまでも幸せに──

『レリエル! よんだよね、どこ? 魔物使いいるの?』

拙く甘ったるい子供の声が聞こえて妄想から浮上すると、ちょうど目の前に天使が降りてきていた。くるくると巻いた金髪に真っ赤な双眸、性別すら確定していない声と身体に並の天使よりも大きな翼を生やし、キョロキョロと首を回し目を丸くした天使──ミカだ。

『ミカエル、それよりもこれを』

『魔物使いいるっていうからきたのに、それよりってなに? 魔物使いよりだいじ?』

いつの間にかレリエルがミカの前に立っており、僕から盗んだ形見の石をミカに見せていた。

『…………これ』

『ええ、外の神に関わりのあるものだと』

『だね。これはぼくがあずかるよ。レリエル、みんなつれて、もうかえって。魔物使いのそうさく、ほかくは、ぼくがやるから』

『……夜なら私の方が良いかと』

『か、え、れ、っていってるんだけど、きけない?』

ミカはどこからともなく自分の身長よりも大きな剣を顕し、その腹でぺちぺちとレリエルの頬を叩いた。
レリエルは無表情ながらも渋々といった様子で翼を広げ、空高く飛んで姿を消した。それに続くように陶器の破片が空に巻き上げられていく、天界で修理するのだろうか、コスパの悪そうな兵隊だ。
僕は陶器の破片が完全に見えなくなるのを待ち、ミカ以外の天使が来ていないことを確認してからミカが指に引っ掛けてぼうっと観察していた石を奪い取った。

『……魔物使い!』

石に触れるためには実体化しなければならない。ミカに見つかるのは分かっていたことだ。

『悪いけど、これ僕のなんだよ……ぇ?』

石を奪い返したらすぐに姿を消してしまおうと思っていたのに、石に手を伸ばすこともなく剣を放り投げて僕に抱き着いてきたミカに驚いて、僕は透明化も何も出来ず固まってしまった。
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