魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十三章 神々の全面戦争

魔王の片鱗

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自信を持つと余裕が出来て、触手の動きの予測も楽になる。隙をついて酒色の国に逃げる気だったが倒してみてもいいかもしれない。
奪ってしまった『黒』の力がどれだけ扱えるのか、魔物使いの力は魔力をどこまで支配できるのか、篦鹿の女神の術は戦いにどう役立つか、カヤへの指示はどうすればいいか、あらゆる分野で戦闘の経験値が溜まる。
となればナイは邪魔だ。

『カヤ! ナイ君連れて飛べる?』

寒気を与えて現れた半透明の犬は僕の隣にぴったりと並んで飛び、自信ありげにワンと鳴いた。

『よし……行け!』

『えっ……ま、待ってよヘル君っ!』

触手を引き付けてナイを反対方向に投げるとカヤはナイを咥え、空間転移と見間違えるような速度で雲を抜けた。

『……透過、鬼化、共に進行…………あぁ、すごい……すごくいい気分。返す前に堪能しなきゃ!』

人間のままでは両手でも持ち上がらない刀も鬼の力なら片手で振るえる。人間のままでは恐ろしくて化物に向かっていくなんて出来やしないのに透過するという確信があれば口の中にだって突っ込める。

『…………実れ!』

縦長の口に飛び込み、蠢く舌に刀を突き刺し、引き抜いた勢いのまま喉を切りつける。傷口に魔力を流し込めば木や蔦が生えて口内を埋め尽くした。

『……バランス悪いな』

人間の腕にも似た篦鹿の角は豊穣の術を使えば使うほど伸びていく。立っていれば尻もちをつき、飛んでいれば後ろに傾く。前傾姿勢を保とうとすれば前に回る。
根元に刀を当てて軽く引くと角は簡単に落ち、頭は角を落としていない方に傾いた。

『切れるんじゃん。よかった』

もう片方も切って化物に視線を戻す。

『ぉ、おぉォお……ホ…………て………………』

『……なんであんな薬飲んじゃうかな』

弱点は脳幹だと言っていたか。脳幹はどこにあるのだろう。トカゲのシルエットの頭部に脳があると仮定しても範囲が広過ぎる。脳まで肥大化しているとは思えない、むしろ収縮しているかのような動きだ。

『ナイ君絡みじゃ魔物使いの力は使えない……か』

戻すことは出来ない。それなら王の救いは一つだけ、死だ。
口内を埋める木を外そうと触手のほとんどを口に向かわせるが、口にも僕にも届かない触手はうにょうにょと砂を巻き上げる。気色悪さと視界不良、二つの意味で目に悪い。

『……脳幹、脳幹……』

三分の一以下に減った触手を透過しながら頭部を観察する。人間の名残らしきものが少しでも見つかれば基準になる。
もう適当に切っていくか、いつか当たるだろう。

『…………小烏? 何か出来る?』

気の長い作業に嫌気が差して冗談を呟く。刀の先端が誰かに引っ張られるような感覚があって、ナメクジのように飛び出た目玉の間に穂先が移動する。

『……ここなの?』

刀が微かに震えた。
持ち方を変え、眉間に刀を突き立てる。骨や筋繊維の抵抗はなく鍔まで埋まり、一度引き抜く。

『…………存在希釈』

翼を広げてゆっくりと目を閉じ、肉の塊を透過する。目を開ければ真っ赤な肉が目の前に広がる──いや、僕の身体もそこに埋まっている。
その肉を裂きながら刀を持ち上げ、脳らしき桃色の塊を貫いた。途端に周囲の肉が振動をやめ、ゆっくりと傾いていく。外に出て透過を解除し化物の上に乗るも、動く様子はない。

『……もしかして、魔力篭って変な能力持ってる?』

刀を月光に晒し、濡れたように美しい刀身を眺める。
肌身離さず身に付けていたライアーの肩身の石がライアーを名乗るものを生み出してしまったように、常に影の中に入っていた刀にも何かがあったのかもしれない。

『…………出身一緒だし酒呑かな』

魔力に関することならベルゼブブに聞いておきたいが、物の変質だとかなら酒呑に相談すべきだ。
刀を影の中に戻し、月の光を受けて仄かに白い薄い雲を見上げれば、腕の中にナイが収まった。

『……あれ?』

『おかえり、ナイ君』

『…………ただいま?』

『ありがとうねカヤ、休んでいいよ』

カヤの速度はナイも知覚できないようだ。人間の姿を持つ顕現に大した強さはないのだろうか。

『……倒したの?』

『うん、結構疲れたよ」

翼も角も消して人間に戻り、ナイの頭を撫でる。

「ほっぺた揉ませてよナイくーん……お兄ちゃん疲れたー……」

『好きにしなよ』

許可を頂いたのでナイの頬をむにむにと摘んで堪能する。

「はぁ…………アルのお腹に顔埋めたい」

『ボクじゃ癒し効果足りなかった?』

「んー全然いいんだよ、いいんだけどさぁ、毛皮がね……やっぱり毛皮が恋しいよ」

『ふぅん……?』

ここに長居する理由はない。戦争にこれ以上手を貸すつもりはないし、皆に心配や迷惑もかけたくない。
ついさっきまでド忘れしていたがカヤに頼めば海を越える距離の移動も数秒で終わるだろう。

「カヤ、おいで。悪いけどもう一つ頼めるかな」

実体化したカヤは甘えた鳴き声で僕に擦り寄る。そういえば最近はカヤとの時間も減っていた、帰ったら思い切り甘やかしてやらなければ。

「カヤ、僕とナイ君を…………っ!?」

腹にドンと衝撃を感じて下を向けば腕よりも太い触手が僕の身体を背中側から貫いていた。

『御主人様! ご、主人……様っ!』

触手と面している皮膚、筋肉、内臓が熱を感じる。耐えようもない異物感と痛みも遅れてやってくる。呼吸もろくに行えず脂汗が噴き出し、カヤにナイを逃がせと命令しようとした口から血が溢れる。

「脳……を、潰サれなくテ助かった…………さぁホテプ、お前の男ノ最期だ」

脳は確かに貫いたはず──原型を留める程度では足りなかったのか?

『お兄さんはそんなんじゃないよこのエロ親父! 気持ち悪い!』

ナメクジのように飛び出た目玉がナイの頬を撫でる。木の枝が突き刺さった上顎がナイの腕に擦れる。触手が足と腕を固定し、舌が胴に巻きついている。

「……ホテプ……お前ハ、本当に…………美味そウな身体をしてイる」

『…………お兄さんっ! お兄さん助けて、ボクこんな奴に食べられたくない!』

意識は朦朧としているがこれだけの傷と出血でまだ死んでいないのは『黒』から奪ってしまった力のおかげだろう。だが彼女の力を使うのは魔物使いの力を使う以上の集中が必要だ、透過は激痛の中では使えない。魔物使いの力ならまだ使えるか……だが、目の前の化物には僕が操れる魔力が無い。
いや、待てよ。これだけ血が外に出ていれば、この距離で魔眼が両方残っているのなら、どうにかなるかもしれない。

「こ、わ……れろ」

『……お兄さん、こいつには効かないんだって!』

僕が操れる魔力を持っていないのなら、僕の魔力を流し込んで内側から破壊すればいい。

「…………こわ、れろ」

気味悪く変形した頭部を睨み付け、足元の身体に染み込んでいるだろう僕の血を意識し、王だった化物に魔力を流し込む。

「…………………… 壊 れ ろ 」

膨らんだ風船に更に空気を送り込むイメージを描き、頭部を睨み続けていると不意にナメクジのような目玉がぶるぶると揺れだした。

「こわれ、ろ。壊れろ、こわ、れろ。早くっ、壊れろよ……!」

震えは目玉だけではなく頭部全体に移り、変質を始めた当初のように皮膚の下を何かが這い回るようにぼこぼこと膨らみ始めた。

「………… 死 ね 」

子気味良い破裂音を響かせ、化物の頭部は爆発した。

『…………お兄さん! お兄さん、大丈夫?』

拘束が外れたナイが僕に駆け寄る。ナイに腕を引かれて体が傾き、腹を貫いた触手が抜けるとその穴から血と内臓が零れ落ちた。

『治癒魔法少しだけど使えるから、ちょっとずつだけど治すから、もうちょっとだけ死なないでね』

倒れた僕の隣に膝を折って座り、ナイは僕に治癒魔法をかけ始める。消失した腹部に温かさを感じ、母を思い出す。
痛覚消失はないらしく腹の痛みとぽこぽこと肉が再生していく不快感はある。

「…………ナイ君、ごめんね。倒したと……思ったんだけど」

脳幹を潰すと分かっていたのに刀を突き刺すだけで倒した気になっていた。薄く細い鋼が通った程度では十分の一すら削れない、相手は人間ではなく化け物だったのだ、僕には慢心があった。

『ううん、助かったよ、ありがとうお兄さん』

ナイの頬に手を伸ばす。だが、その手はナイに触れることなく純白の槍に貫かれ、ちぎれて落ちた。
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