魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
586 / 909
第三十三章 神々の全面戦争

呪術師の狙い

しおりを挟む
呪術師達とベルゼブブと僕の血で染まった床。真っ赤な景色と蠢く呪術師達を見ていると吐き気に襲われ、呪術師達に対し「ここまでやらなくてもよかったのではないか」と罪悪感が生まれる。ライアーが石に戻ったのだろう。

『私に呪いかけるなんていい度胸してますよね全く』

人間らしく人間の傷付き死ぬ様を忌む自分に安堵する。そして死を待つだけの人間を見て安堵した自分自身に再び疑念が生まれる。
とにかく自分が人間であると証明したくて、同形の死体が弄ばれる不快感を少しでも軽減したくて、呪術師を蹴るベルゼブブの肩を掴んだ。

「やめなよ」

『……そうですね、また呪われたらたまったもんじゃありません』

意外なことにベルゼブブは素直に従い、自分の皮膚を裂いて現れた丸っこい虫をつまみ上げた。虫の姿は呪術師達が持っている杖の先端を飾る宝石の形によく似ている。この虫を模したものなのだろう。

「ベルゼブブ、それ何ていう虫?」

『タマオシコガネ……俗に言うフンコロガシですね』

「…………知らない」

『……他の生き物の糞丸める何かいじらしい虫ですよ。割と好きです』

虫に詳しくない僕には変わった習性に思えるが、それ以上にベルゼブブに「いじらしい」なんて感情があったことに驚いている。口に出せば怒るだろうから心に留めておく。

「フン……かぁ、やっぱり何か共感するところあるの?」

『…………私を糞に集る蝿扱いしてるんだったらぶち殺しますよ』

殴るだとか齧るだとかではなく、ぶち殺す。丁寧な口調と穏やかな声色も相まって恐ろしさが増す。彼女があまり使わない表現だからこそ本気が伺えた。

「い、いや……そういうんじゃないけど」

『じゃあなんです? どこに私が共感すると思ったんです? 言い方的に糞関連ですよね?』

「…………き、汚い話はやめない?」

『虫にとっては大事なご飯なんですよ? 汚いだなんて酷いですねぇ、これだから自分で万物の霊長だとか言っちゃう猿はいけません』

糞に思い入れがあるような口ぶりのくせにそう扱われることを嫌うのだから、ベルゼブブの方が糞に失礼なのではないか。

「……ベルゼブブが出す蝿って丸いじゃん……何か似てるなって。フンって言ったのはただ変わった習性だなって思っただけだから……誤解だよ。ご、ごめんね、嫌な思いさせて……」

『誤解なら謝らなくていいんですよ。そんなだからヘルシャフト様はダメなんです』

一応許してはもらえたようだ、ダメ出しはされたけれど。

「……で、そのナントカコガネが何で呪いに?」

『この国の太陽神は姿がいくつかありましてね、時間帯だとか何だとか……まぁとにかく、そのうちの一つがコレなんです』

「虫なんだ……」

『虫をバカにするのは人間の悪い癖ですね』

別に馬鹿にしている訳ではないけれど、人に崇められるならそれだけ美しい姿をしているものだと思うだろう。

『この虫が作るのは本当に綺麗な球状で……神でも魔でもないただの虫でも神秘的に見えますよ?』

「そっか……で、何で呪いに? 神様の姿なんでしょ?」

『……この国の遺跡群は太陽神がこの地に居た頃に作られた物。神に賜った王権を守るために呪が発展し、歴史の一ページとなった後もその歴史の証拠達を守るために呪術は研ぎ澄まされた。この国の呪術は神への愛で溢れています、だから薄汚く忌まわしいとされる呪いですら悪魔を浄化する力を持つ…………不浄の頂点であるこの私を浄化しにくるだなんて、侮辱もいいところです』

「…………ベルゼブブ汚いんだ」

『その無駄に伸びた髪引きちぎるぞ』

「怖っ……バアルのキレ癖入っちゃってるんじゃないの?」

指先でコロコロと転がしていた虫を弾き、ベルゼブブは僕を置いて大学の外を目指す。

「ま、待ってよ! まだ避難所の場所とか本のこととか聞いてない!」

『あんな芋虫人間喋りませんよ。あんなのより……こっち、でしょう?』

ベルゼブブが角を曲がると同時にゴッと鈍い音が響く。慌てて追いつけば呪術師らしき男が壁に押し付けられていた。

『相棒さんみたいになりたくなかったらヘルシャフト様の質問にお答えください』

目線を下げれば倒れた呪術師が蝿に集られていた。僕には彼らの気配すら分からなかったのに……素晴らしい早業だ。

「わ……わっ、分かった、分かった……!」

男は怯え切っており、ベルゼブブの手が離れて僕が声をかけただけでも身体を跳ねさせた。それだけのことをベルゼブブが行ったとはいえ、ここまで怯えられるとショックだし罪悪感も湧く。

「えっと、まず避難所の場所教えてくれませんか?」

『向こうの壁に街の地図貼ってたんで取ってきますね』

一瞬羽音が消え、風を感じたと横を向けば地図を持ったベルゼブブが立っていた。

『取ってきました』

「素早いなぁ。あ、これに印つけてください」

「ぁ、ああっ、分かった……やる、から……殺さないで……」

『印つけられるようにしてあげますね』

ベルゼブブは男の右手を掴み、人差し指の腹の皮を剥がした。男は痛みと恐怖に苦しそうな呼吸をしながら地図に印をつけていった。

「……ここ入れて三つかぁ」

『私の空間転移は行ったことある場所と我が子が居る場所しか無理なので、自力であっちぃ砂の上を歩いてくださいね』

「分かってるよ。じゃあ、次の質問……この大学の歴史学者に本を解読させようとしていましたよね、何が知りたかったんですか?」

この質問は出来ることならヴィッセンを脅していた連中にしたかった。入口付近でさまよっていたこの男が知っているかどうかは怪しい。

「あ、あまり詳しくは……でも、蜂蜜酒の作り方が……載ってるって」

『蜂蜜酒ぅ? 何か言ってましたねぇ、呪術師って蜂蜜酒好きなんですか?』

「わ、分からない。それを使えば……神性が……」

『…………喚べるんですか?』

「た、多分……だから本を解読させろって」

解読させろ、か。ヴィッセンを脅していた連中に命令を出した者が居るということだな。話し合って出したことなら「──させろって」なんて言い方はしないだろう。

『蜂蜜酒、蜂蜜酒……酒なんかに釣られるの鬼くらいでしょ』

「お酒だけで神様喚べるんですか?」

「おっ、俺は、そんなに詳しくは……」

やはりここに来ていた呪術師は末端に過ぎないようだ。

「ベルゼブブに心当たりがないって何か珍しいよね」

バアルの知識も備わった今、ベルゼブブが知らない神性や魔性なんて──異界のモノになるのだろう。正当性が無いモノ達は人界から追い出しやすいが、常識が違うモノとの戦いは難しい。

『蜂蜜酒作るだけじゃ意味ないよー?』

気の抜けた可愛らしい声が聞こえて振り向けば、窓から射し込む陽光にくっきりと型を抜かれた少年が立っていた。足音どころか気配もなく、ずっとそこに居ましたなんて雰囲気すら醸し出していた。

『……久しぶり、お兄さん。会いたかったよ?』

透ける布で顔の下半分を隠し、陽光を遮る分厚い布を頭から被り、顔は全く見えない。だが、呪術的な模様が描かれた浅黒い肌やその雰囲気の異質さに嫌でも理解してはいけないということを理解させられる。

「…………ナイ君」

『ふふ……覚えててくれて嬉しいな』

「……っ! ベルゼブブ! 動くな!」

翅の向きが微かに変わったのが視界の端に映った。僕の予想は当たったらしく、ベルゼブブは舌打ちをして僕の隣に留まった。
ため息をついて視線を戻せばナイはもうそこには居ない。腕に何かが触れた感触があったかと思えば、ナイが絡みついていた。

『悪魔さん怖ぁい。守ってお兄さーん』

金と宝石の装飾と透け布で局部を僅かに隠すだけ、そんな服装で腕に擦り寄られては肌の感触が嫌でも伝えられる。とんでもなく良い手触りなのが腹立たしい。

「預言者様っ! た、助けてくださいっ!」

ナイへの攻撃体勢を取ろうとしたベルゼブブは男から手を離しており、男はナイの腰にしがみついた。

『やだぁえっち、服ズレちゃうじゃんやめてよ』

『……ねぇヘルシャフト様、どうして動くななんて言ったんです? いいでしょ? こいつ殺していいでしょ?』

「…………ちょっとみんな黙ってよ……」

ナイが来るなんて……あぁそういえば神降の国の晩餐会で砂漠の国の国王と共に居た。この国に居るとは知っていたのに、どうして考慮出来なかったのか自分を責める。
僕には殺気立ったベルゼブブを宥めつつナイをあしらい男を黙らせなければならない。余計な思考をしている暇などないのだ、だというのにナイの肌に「柔らかくてすべすべ」なんて気持ち悪い感想を抱くな。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

処理中です...