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第三十三章 神々の全面戦争

主導権

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骸兵アルコとか言ったか、弓や剣を持った動く骸骨共だ。砕こうと灰にしようと元通りに再生する奴らを倒すには呪いの触媒を壊すしかないが、アル曰くほとんどの場合見つからないらしい。

「……っ、みなさん! 壁に寄って!」

獣人達はまだ全員中に入ってはいない、結界の外に居る者は大勢居る。城壁にぴったりとくっつけば結界に守られるが、その指示を出し実行されるよりも先に骸骨達が襲ってくる。
兄はこれ以上魔法を使えば空腹で我を失うだろうし、触手だけで止められる数ではない。

「………… 止 ま れ !」

なら、僕がやるしかない。呪いで動いているのなら、魔力が原動力となっているのなら、奴らは僕の獲物足りうる。

「…… 寄 越 せ 」

眼底に針を刺すような痛みを覚える。骨同士はそもそもどうやってくっついていたんだなんて思えるが、奴らは骸骨らしく崩れた。触媒から供給される魔力を奪えるのではないかなんて思い付きの行動だったが上手くいったらしい。

『よくやったねヘル! 流石は僕のおとーと、えらいえらい……』

「……にいさま、ちょっと……もらってくれない?」

骸骨から奪っている魔力はかなりの量だ、それも憎悪に満ちていて頭痛と吐き気を煽る部類のもの。あまり溜め込みたくはない。兄の後ろ髪が変化した触手が首の周りを這い回り、首筋に魔法陣を描く。ドンッと軽い衝撃があって首に手を向かわせると、触手が動脈あたりに突き刺さっていた。

『…………うん、美味しい。本当にいい味……流石はヘル、僕のおとーと。可愛い可愛い……僕のおとーと……』

兄は恍惚とした笑みを浮かべ、更にねちっこく僕の頬や髪を撫でる。痛みはないが圧迫感と魔力が抜ける感覚はある。僅かに呼吸が荒くなり、穢れた魔力が身体から消えていく感覚に快楽を覚え、眠りに落ちる前のような朦朧とした心地よい時間が続く。
気が付けば獣人は皆城壁の中に入り、門は閉じ、僕は兄に横抱きにされていた。

『よっ……と、変化あった?』

「ええ、それも最悪のよ」

アルテミスが視線で示した先には先程落とした物と同じ船が何十隻も飛んできていた。

「五隻くらいしか見てなかったんだけどなー、どこにあんな隠してたんだろ」

「……どうする、父上の雷霆はそう何度も落とせるものではないぞ」

「にぃの竪琴届かない?」

「乗っているのが人間なら船を停めるよう指示できるが……」

『気分が良いから僕がやってあげる』

兄は相談する三人を押しのけ、結界の外に山をも越える巨大な魔法陣を浮かべた。

『せっかくだから使ってみようか。ヘル、しっかり見ててね、お兄ちゃんのカッコイイとこ』

手のひらの中心に一瞬黒い粘液の水たまりが現れ、そこに金色に輝く石が浮かんだ。

『出力……四十割増、ってとこかな? 行くよ…………雷槍!』

魔法陣から放たれた無数の雷撃はひとつの塊になり、強烈な光を放った。轟音が鳴り響くがその音の元は見えない。

『どうだった? あれ……失明しちゃった? ごめんごめん、治すね』

空を飛んでいる船は一つも無かった。そして、目の前に広がっていたはずの山も。僕と同じく失明した兵士も多く、兄は渋々ながら結界内全てに向けて治癒魔法をかけた。彼らは皆「目が眩んだだけ」と認識し、落ちた船の痕跡に声援を上げた。

「……自信失くすなー」

『あぁ、王様。もう終わったよ?』

「みたいだな、もう来ないか?」

山が消失したことによって広がった遠い空にも船らしきものは見えない。

「来ないみたいだけど……山、消しちゃって…………アンタもう少し加減しなさいよ! 加減できないなら船だけ攻撃しなさいよ! どーすんのよ獣人の国消し飛んだでしょ今の!」

『角度つけたから酒色の国は無傷だよ?』

「獣人の国って言ってんでしょ!?」

『そんな国知らないし』

獣人の国は国と名乗ってはいるが国としての機能はない、集落をそう呼んでいるだけだ。しかし、先程聞いたばかりだろうにもう忘れたのか? いや、そもそも耳に届く範囲に居ただけで頭には入っていなかったのか。

「アルテミス、そう怒るな。今後敵対する可能性が高い正義の国が目をかけている獣人の国を隣に置いておく訳にはいかない、天使が好き勝手に近くに来るんだ、国民が怯える。今回の山の消失は砂漠の国の攻撃だと主張し……獣人の国を別に移してもらおう。こちらは避難も受け入れているし、正義の国の侵攻はしばらく抑えられるはずだ」

「こんな時だけそれっぽいこと言って! ただの女好きのくせにっ!」

「アルテミス! 父上は確かに女癖が悪い、悪過ぎる! だが外交能力はそれなりなんだ!」

全く助けになっていないアポロンの言葉にため息をつき、王は城壁の内側を眺める。外側とは正反対に何の損傷もない、国を守るという責務は果たした王は仄かな笑みを浮かべた。

「……警戒、戦闘態勢共に継続。アルテミス、このまま見張りを続けろ。アポロン、獣人達を隠すための立ち入り禁止区域をとっとと作れ。ヘルメス、休め」

「ふんっ! 了解。とぉはサボり?」

「そうだなー、獣人のかわい子ちゃん探すか」

アルテミスの罵声を背に受けながら王は昇降装置へ向かう。不意に立ち止まり、振り返る。

「そうそう、新支配者どの。結界はこのままにしておいてもらって構わないかな」

『いいよ、解く方が面倒だし』

結界は魔法陣を描いてしっかりと張れば継続して魔力を供給する必要は無い。劣化や損傷を修理するというなら別だが。

「ありがとう。それと……邪魔な山が消えたことだし、酒色の国の代表と話がしたい。新支配者どのはツテはあるかな?」

『酒色の国を今納めてるのは……誰になるのかな? あの淫魔は居なくなったよね?』

「マンモンとベルゼブブが呪いを管理してて、えっと……」

そうなるとベルゼブブの主人である僕が納めていることに? いやいや、呪いの管理と政治的管理はまた別だろう。

「にいさま、そっち行ってたでしょ? なんかこう、政治的な人居なかった?」

『んー……あの下品な悪魔が全部管理してて、そっち方面は仮面の悪魔が引き継いでたかな』

部外者であるマンモンが管理しているのはかなり問題だ、呪いが安定すれば彼はこちらには来なくなる訳だし、代わりを立てなければいけない。まぁそれを決めるのは僕ではない。

「色々とゴタゴタしてそうだなー……」

「すいません……落ち着いたらまた連絡しますね」

「おぅ、頼む」

昇降機で地上に向かい、兵士の案内を受ける獣人の集団に視界を埋められる。少し獣臭い……表情に出さないようにしなければ。

『……獣臭いなぁ』

口に出すヤツが横に居た。

「にいさま、そういうことは思っても言わないで! うちも大概臭いから!」

『うちに居る魔獣は全員毎日風呂に入ってるし……こんな濡れた獣みたいな臭いしないし……』

「濡れた獣なんだよさっきまで雨降ってたんだから!」

「二人ともー、外交的な問題になるからやめてくれーぃ」

「…………本っ当にごめんなさい!」

『あぁヘル暴れないで、首えぐっちゃう』

自分も失礼な発言をしていたことに気が付き、兄の腕の中で頭を下げ、更に強く抱き締められる。

「……あの骸骨ってまだ魔力吸わなきゃダメ?」

『蒸発させたけど……あぁ、ダメだね、再生しそう。後で圧縮して海底に捨てるからもうしばらく吸っておいて。そうしてる間はお兄ちゃんがだっこしててあげる、嬉しい?』

「う、うん……嬉しい……」

結界があるのなら動いていても何の問題もなさそうだ、獣人達の避難が完了したなら解除してもいいだろう。僕はそう考えていたが兄は違った。気を張らなければ眠ってしまいそうだし、圧迫感が気になるしで早く触手を抜いてもらいたいのだが……まだまだ先になりそうだ。

『………………すいません、貴方……王様、ですよね?』

くい、と王の袖を引き、背の低い少年が首を傾げる。その翠の長髪と真っ赤な瞳の組み合わせには見覚えがあった。

「……あぁ、そうだが、何か……?」

『死んでください』

白く細い腕が屈もうとした王の腹を貫く。静かな凶行に気付く者は少なかったが、僕の叫び声と広がる血液に獣人の一人が声を上げ、全員に広がる。

『……喚くんじゃねぇよ小バエ共っ! 黙って私を崇めろクソがぁっ!』

真っ赤に染まった腕を引き抜き、獣人達の方に視線を移す。
周囲は完全にパニックに陥った。
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