上 下
573 / 909
第三十三章 神々の全面戦争

正当性の重要さ

しおりを挟む
神性においても魔性においても正当性は何よりも優先すべきものらしい。
戦争に敗れ土地を追い出された神性がそのまま消えるか堕ちて呪いを振り撒くかの二択しか与えられないのも、根強い信仰者を持つ土地神がその土地でのみ圧倒的な強さを誇るのも、ナイやロキなどの異界の神がそこまで好き勝手出来ないのも、全てその「正当性」が理由になるのだと。
悪魔における正当性とは契約だ。彼らは契約を重んじて、契約の範囲内なら通常よりも数段上の働きを見せる。

「……それ、こっちに来てるの? 何で?」

「…………この間、砂漠の国の王達がとぉ狙ってきたでしょ? あれと同じ。正義の国が今一番疎ましがってるのが神降の国だから、国連非加盟国に圧力をかけられるだけかけて、潰しにかかってきてる」

「それは知ってるのよ、何でそれに正当な神が従ってるのって聞いてんの。そいつからしてみれば創造神は敵みたいなもんでしょ?」

「……正直、それは分からない。信仰者の願いを叶えようとしてるだけで正義の国のこと知らないって可能性もあるし、正義の国と何か取引があったのかもしれない」

いくら重要書類を盗もうと、会話を盗み聞きしようと、人間が神について調べられる範囲は酷く狭い。敵対している神性に近付くことなんて出来ないし、神は紙を残さない。

「でも、完全に砂漠の国の神性とも言いきれない気がするんだ。アレは……何か、足りないっていうか、不十分な感じがした。直接見たわけじゃないけど……」

「……ま、喚び戻されたばっかの信仰者の少ない神性なんて不安定で当然よね」

メモを取ることに集中し過ぎて肝心の相談が出来ないアポロンに代わり、アルテミスが話している。

「十二神やその他の神々は絶対に手を貸してくれない、神具さえ渡せばいいと思ってる。だから……その神性には対抗するのは俺達神具使いしかいない。ねぇ、俺達勝てると思う?」

「勝てる勝てないじゃない、勝つのよ。ヘル、アタシ達だけじゃ国民を守りきれない、協力頼める?」

「…………うん、どっちにしたって……酒色の国は挟まれてる、やるよ」

みんなあの国で仕事を始めたばかりだ。あの国以上に魔物が居心地よく住める国はないし、ヴェーン邸以上の隠れ家なんてきっと見つからない。

「よし。で? その神性だとか呪術部隊だとかはあとどれくらいで来るの?」

「分かんないよ、力量は全っ然測れてない。部隊の規模くらいなら分かるけど……神性が居る以上、なんとも」

酒色の国から潰す、なんてことはしないだろう。本命の敵を前に戦力を削るような真似をする訳がないし、立地が悪いだけで酒色の国とは何の関わりもないのだから。
それならヴェーン邸に残してきた魔物達はそのままでいいだろう。グロルやメルは戦えないし、神性との戦いに巻き込めば誰も無傷では済まない。嵐へ対応する為に結界は強化してあるから、流れ弾程度なら何ともないはずだ。

「とにかく急いで準備しないと。にいさま、国を覆う結界張って」

「…………この戦争に僕達は関係ないだろ?」

「酒色の国は間にあるんだよ。家だけ守っててもダメだ、僕達はあの国で暮らしてるんだから……今まで通りに生活するためには守らないと」

「なら酒色の国に結界張ればいいだけだろ? こっちにまで手を貸す必要は無い」

『……ヘル、私も反対だ。目立つ真似をすれば天使に見つかる可能性が高まる。それに砂漠の国が正義の国と手を組んでいる可能性だってある。もしそうだったら標的は貴方になるんだ』

今の今まで大人しく黙っていたアルも兄に加勢する。

「にいさまなら一つや二つ国を守るくらい余裕でしょ? こっちにも大勢人が住んでる。何もしてないのに殺されるかもしれないんだよ?」

『知らないよ、そんなの。死ぬ奴が弱いだけだろ』

兄に対して命の尊さを語っても無意味だと分かってはいたが、そんな言葉を吐くなんて──

「もし神降の国が負けたとしたら次の標的は酒色の国よ。悪魔が統率してるんじゃ当然よね」

アルテミスが兄の前に出る。メモを清書していたアポロンは愛妹が男に近付いた気配を察知し、慌ててこちらに向かってきた。

「協力しなさい、このクズ男。それとも何? アンタまさか怖いの? 実は大したことないんでしょ」

アルテミスは兄の胸ぐらを掴み、その鋭い金眼で睨み上げる。

「勝てないって分かってるから屁理屈こねくり回して逃げようとしてんじゃないの?」

『そんな訳ないだろ。僕が負ける? 何言ってんの?』

「……なら証明してみなさいよ」

兄はこの手の挑発に乗りやすい。分かっていたはずの僕が思い付かなかったのに、知らないはずのアルテミスが思い付いた。

「勝てるんなら勝ってみなさいよ」

『望むところだ。完全な勝利ってものを見せてあげる』

「ふぅん? じゃあその完全勝利ってのを見せてくれたらご褒美あげる、期待してなさい」

『君に与えられるものなんてろくなものじゃなさそうだけど、まぁいいよ、くれるならちょうだい、その場で捨てるから』

一時は恋人同士になってしまうのではないかなんて心配していた二人だが、無事犬猿の仲になったようで何よりだ。兄なんかに惚れていたらアルテミスの人生はめちゃくちゃになってしまう。

「アルテミス! 男に近付くな!」

何度目かの制止がようやく通り、アポロンはアルテミスを兄から引き剥がして背に庇う。

「にぃも男じゃない……っていうか、早くとぉに知らせに行きなさいよ」

「…………アルテミスに指一本でも触れたらこの即死の矢を放つからな!」

アポロンは僕達に向かってそう叫び、部屋を出て行った。兄は宣った完全勝利のため、こちら側の損失をゼロに近付けるため、僕が言った通り神降の国を囲む結界を張り始めた。僕も準備を進めなければ。

「……よし、じゃあアル。アルは家に帰って」

『…………何故だ?』

「アルは戦わなくていい」

『何を言う、私は貴方を守らなければならない。貴方に降り掛かる火の粉を払わなければ』

もしアルに何かあったら──、そう考えるだけで狂ってしまいそうだ。前線に進んで出るつもりはなさそうだが、僕の壁になるというなら怪我の確率は上がる。

「アル、帰って」

『……なら、貴方も』

「ダメだよ、僕は協力するって決めたから」

『なら、私も』

こんな押し問答をしている暇もない、魔物使いの力を使うしかないのか?
じっとアルの目を見つめ、念を込める──アルテミスに肩を叩かれた。

「ねぇ、アンタ……これ」

彼女の細長い人差し指はアルの首飾りを指していた。

「…………アンタの恋人って魔獣だったの?」

今はそんな話をしている状況ではない。

「魔物使いヘルシャフト・ルーラーの名の元に、合成魔獣アルギュロスに命令する」

『ヘルっ……!』

「僕が帰るまで部屋で待て」

虚ろな目をしてコクリと頷く。兄に頼んでアルだけをヴェーン邸に送らせた。


神降の国には居住地を囲う高い壁がある。その城塞の上には対空兵器が並べてあり、僕達はそこを歩いていた。兄の結界のおかげで暴風雨は国の外の出来事となり、対空兵器を整備する兵士達の負担も減った。

「ねぇ、何であの魔獣帰したのよ。相当強いんでしょ?」

『僕以外必要ないって、こんな兵器もね。そうだろ? ヘル』

兄に適当な肯定を返し、足を早める。

「待ちなさいよ! アンタ……本気で魔獣なんか」

「…………可愛いでしょ?」

腕を掴まれて仕方なく立ち止まる。

「可愛いって……アンタ、あれ魔獣なのよ?」

「だったら何ですか? 甲高い声で喚かないし、体温は高いし、誰よりも愛情深い。あんな最高の美女、他に居ないでしょ」

「それ本気で言ってんの? 魔獣なんかと何が出来るって言うのよ」

アルテミスは僕への嫌悪感を隠さず僕を問い詰める。

「何でも出来ますよ。そうですね、帰ったらまずキスでもしましょうか?」

「……っ、気持ち悪い奴ね……アンタ」

「………………知ってますよ」

「……アンタの兄貴がクズで良かったかもね、魔獣が義理の妹なんて嫌よ」

「僕もアルテミスさんが義理の姉にならなくてよかったと思いました、今」

無理矢理に微笑みを作って見せ、視線を山の方へ移す。滝のような雨は少し弱まっており、山の向こうの空を飛ぶ巨大な船を目視できた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~

斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている 酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

アイスさんの転生記 ~貴族になってしまった~

うしのまるやき
ファンタジー
郡元康(こおり、もとやす)は、齢45にしてアマデウス神という創造神の一柱に誘われ、アイスという冒険者に転生した。転生後に猫のマーブル、ウサギのジェミニ、スライムのライムを仲間にして冒険者として活躍していたが、1年もしないうちに再びアマデウス神に迎えられ2度目の転生をすることになった。  今回は、一市民ではなく貴族の息子としての転生となるが、転生の条件としてアイスはマーブル達と一緒に過ごすことを条件に出し、神々にその条件を呑ませることに成功する。  さて、今回のアイスの人生はどのようになっていくのか?  地味にフリーダムな主人公、ちょっとしたモフモフありの転生記。

処理中です...