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第三十三章 神々の全面戦争
正当性の重要さ
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神性においても魔性においても正当性は何よりも優先すべきものらしい。
戦争に敗れ土地を追い出された神性がそのまま消えるか堕ちて呪いを振り撒くかの二択しか与えられないのも、根強い信仰者を持つ土地神がその土地でのみ圧倒的な強さを誇るのも、ナイやロキなどの異界の神がそこまで好き勝手出来ないのも、全てその「正当性」が理由になるのだと。
悪魔における正当性とは契約だ。彼らは契約を重んじて、契約の範囲内なら通常よりも数段上の働きを見せる。
「……それ、こっちに来てるの? 何で?」
「…………この間、砂漠の国の王達がとぉ狙ってきたでしょ? あれと同じ。正義の国が今一番疎ましがってるのが神降の国だから、国連非加盟国に圧力をかけられるだけかけて、潰しにかかってきてる」
「それは知ってるのよ、何でそれに正当な神が従ってるのって聞いてんの。そいつからしてみれば創造神は敵みたいなもんでしょ?」
「……正直、それは分からない。信仰者の願いを叶えようとしてるだけで正義の国のこと知らないって可能性もあるし、正義の国と何か取引があったのかもしれない」
いくら重要書類を盗もうと、会話を盗み聞きしようと、人間が神について調べられる範囲は酷く狭い。敵対している神性に近付くことなんて出来ないし、神は紙を残さない。
「でも、完全に砂漠の国の神性とも言いきれない気がするんだ。アレは……何か、足りないっていうか、不十分な感じがした。直接見たわけじゃないけど……」
「……ま、喚び戻されたばっかの信仰者の少ない神性なんて不安定で当然よね」
メモを取ることに集中し過ぎて肝心の相談が出来ないアポロンに代わり、アルテミスが話している。
「十二神やその他の神々は絶対に手を貸してくれない、神具さえ渡せばいいと思ってる。だから……その神性には対抗するのは俺達神具使いしかいない。ねぇ、俺達勝てると思う?」
「勝てる勝てないじゃない、勝つのよ。ヘル、アタシ達だけじゃ国民を守りきれない、協力頼める?」
「…………うん、どっちにしたって……酒色の国は挟まれてる、やるよ」
みんなあの国で仕事を始めたばかりだ。あの国以上に魔物が居心地よく住める国はないし、ヴェーン邸以上の隠れ家なんてきっと見つからない。
「よし。で? その神性だとか呪術部隊だとかはあとどれくらいで来るの?」
「分かんないよ、力量は全っ然測れてない。部隊の規模くらいなら分かるけど……神性が居る以上、なんとも」
酒色の国から潰す、なんてことはしないだろう。本命の敵を前に戦力を削るような真似をする訳がないし、立地が悪いだけで酒色の国とは何の関わりもないのだから。
それならヴェーン邸に残してきた魔物達はそのままでいいだろう。グロルやメルは戦えないし、神性との戦いに巻き込めば誰も無傷では済まない。嵐へ対応する為に結界は強化してあるから、流れ弾程度なら何ともないはずだ。
「とにかく急いで準備しないと。にいさま、国を覆う結界張って」
「…………この戦争に僕達は関係ないだろ?」
「酒色の国は間にあるんだよ。家だけ守っててもダメだ、僕達はあの国で暮らしてるんだから……今まで通りに生活するためには守らないと」
「なら酒色の国に結界張ればいいだけだろ? こっちにまで手を貸す必要は無い」
『……ヘル、私も反対だ。目立つ真似をすれば天使に見つかる可能性が高まる。それに砂漠の国が正義の国と手を組んでいる可能性だってある。もしそうだったら標的は貴方になるんだ』
今の今まで大人しく黙っていたアルも兄に加勢する。
「にいさまなら一つや二つ国を守るくらい余裕でしょ? こっちにも大勢人が住んでる。何もしてないのに殺されるかもしれないんだよ?」
『知らないよ、そんなの。死ぬ奴が弱いだけだろ』
兄に対して命の尊さを語っても無意味だと分かってはいたが、そんな言葉を吐くなんて──
「もし神降の国が負けたとしたら次の標的は酒色の国よ。悪魔が統率してるんじゃ当然よね」
アルテミスが兄の前に出る。メモを清書していたアポロンは愛妹が男に近付いた気配を察知し、慌ててこちらに向かってきた。
「協力しなさい、このクズ男。それとも何? アンタまさか怖いの? 実は大したことないんでしょ」
アルテミスは兄の胸ぐらを掴み、その鋭い金眼で睨み上げる。
「勝てないって分かってるから屁理屈こねくり回して逃げようとしてんじゃないの?」
『そんな訳ないだろ。僕が負ける? 何言ってんの?』
「……なら証明してみなさいよ」
兄はこの手の挑発に乗りやすい。分かっていたはずの僕が思い付かなかったのに、知らないはずのアルテミスが思い付いた。
「勝てるんなら勝ってみなさいよ」
『望むところだ。完全な勝利ってものを見せてあげる』
「ふぅん? じゃあその完全勝利ってのを見せてくれたらご褒美あげる、期待してなさい」
『君に与えられるものなんてろくなものじゃなさそうだけど、まぁいいよ、くれるならちょうだい、その場で捨てるから』
一時は恋人同士になってしまうのではないかなんて心配していた二人だが、無事犬猿の仲になったようで何よりだ。兄なんかに惚れていたらアルテミスの人生はめちゃくちゃになってしまう。
「アルテミス! 男に近付くな!」
何度目かの制止がようやく通り、アポロンはアルテミスを兄から引き剥がして背に庇う。
「にぃも男じゃない……っていうか、早くとぉに知らせに行きなさいよ」
「…………アルテミスに指一本でも触れたらこの即死の矢を放つからな!」
アポロンは僕達に向かってそう叫び、部屋を出て行った。兄は宣った完全勝利のため、こちら側の損失をゼロに近付けるため、僕が言った通り神降の国を囲む結界を張り始めた。僕も準備を進めなければ。
「……よし、じゃあアル。アルは家に帰って」
『…………何故だ?』
「アルは戦わなくていい」
『何を言う、私は貴方を守らなければならない。貴方に降り掛かる火の粉を払わなければ』
もしアルに何かあったら──、そう考えるだけで狂ってしまいそうだ。前線に進んで出るつもりはなさそうだが、僕の壁になるというなら怪我の確率は上がる。
「アル、帰って」
『……なら、貴方も』
「ダメだよ、僕は協力するって決めたから」
『なら、私も』
こんな押し問答をしている暇もない、魔物使いの力を使うしかないのか?
じっとアルの目を見つめ、念を込める──アルテミスに肩を叩かれた。
「ねぇ、アンタ……これ」
彼女の細長い人差し指はアルの首飾りを指していた。
「…………アンタの恋人って魔獣だったの?」
今はそんな話をしている状況ではない。
「魔物使いヘルシャフト・ルーラーの名の元に、合成魔獣アルギュロスに命令する」
『ヘルっ……!』
「僕が帰るまで部屋で待て」
虚ろな目をしてコクリと頷く。兄に頼んでアルだけをヴェーン邸に送らせた。
神降の国には居住地を囲う高い壁がある。その城塞の上には対空兵器が並べてあり、僕達はそこを歩いていた。兄の結界のおかげで暴風雨は国の外の出来事となり、対空兵器を整備する兵士達の負担も減った。
「ねぇ、何であの魔獣帰したのよ。相当強いんでしょ?」
『僕以外必要ないって、こんな兵器もね。そうだろ? ヘル』
兄に適当な肯定を返し、足を早める。
「待ちなさいよ! アンタ……本気で魔獣なんか」
「…………可愛いでしょ?」
腕を掴まれて仕方なく立ち止まる。
「可愛いって……アンタ、あれ魔獣なのよ?」
「だったら何ですか? 甲高い声で喚かないし、体温は高いし、誰よりも愛情深い。あんな最高の美女、他に居ないでしょ」
「それ本気で言ってんの? 魔獣なんかと何が出来るって言うのよ」
アルテミスは僕への嫌悪感を隠さず僕を問い詰める。
「何でも出来ますよ。そうですね、帰ったらまずキスでもしましょうか?」
「……っ、気持ち悪い奴ね……アンタ」
「………………知ってますよ」
「……アンタの兄貴がクズで良かったかもね、魔獣が義理の妹なんて嫌よ」
「僕もアルテミスさんが義理の姉にならなくてよかったと思いました、今」
無理矢理に微笑みを作って見せ、視線を山の方へ移す。滝のような雨は少し弱まっており、山の向こうの空を飛ぶ巨大な船を目視できた。
戦争に敗れ土地を追い出された神性がそのまま消えるか堕ちて呪いを振り撒くかの二択しか与えられないのも、根強い信仰者を持つ土地神がその土地でのみ圧倒的な強さを誇るのも、ナイやロキなどの異界の神がそこまで好き勝手出来ないのも、全てその「正当性」が理由になるのだと。
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「でも、完全に砂漠の国の神性とも言いきれない気がするんだ。アレは……何か、足りないっていうか、不十分な感じがした。直接見たわけじゃないけど……」
「……ま、喚び戻されたばっかの信仰者の少ない神性なんて不安定で当然よね」
メモを取ることに集中し過ぎて肝心の相談が出来ないアポロンに代わり、アルテミスが話している。
「十二神やその他の神々は絶対に手を貸してくれない、神具さえ渡せばいいと思ってる。だから……その神性には対抗するのは俺達神具使いしかいない。ねぇ、俺達勝てると思う?」
「勝てる勝てないじゃない、勝つのよ。ヘル、アタシ達だけじゃ国民を守りきれない、協力頼める?」
「…………うん、どっちにしたって……酒色の国は挟まれてる、やるよ」
みんなあの国で仕事を始めたばかりだ。あの国以上に魔物が居心地よく住める国はないし、ヴェーン邸以上の隠れ家なんてきっと見つからない。
「よし。で? その神性だとか呪術部隊だとかはあとどれくらいで来るの?」
「分かんないよ、力量は全っ然測れてない。部隊の規模くらいなら分かるけど……神性が居る以上、なんとも」
酒色の国から潰す、なんてことはしないだろう。本命の敵を前に戦力を削るような真似をする訳がないし、立地が悪いだけで酒色の国とは何の関わりもないのだから。
それならヴェーン邸に残してきた魔物達はそのままでいいだろう。グロルやメルは戦えないし、神性との戦いに巻き込めば誰も無傷では済まない。嵐へ対応する為に結界は強化してあるから、流れ弾程度なら何ともないはずだ。
「とにかく急いで準備しないと。にいさま、国を覆う結界張って」
「…………この戦争に僕達は関係ないだろ?」
「酒色の国は間にあるんだよ。家だけ守っててもダメだ、僕達はあの国で暮らしてるんだから……今まで通りに生活するためには守らないと」
「なら酒色の国に結界張ればいいだけだろ? こっちにまで手を貸す必要は無い」
『……ヘル、私も反対だ。目立つ真似をすれば天使に見つかる可能性が高まる。それに砂漠の国が正義の国と手を組んでいる可能性だってある。もしそうだったら標的は貴方になるんだ』
今の今まで大人しく黙っていたアルも兄に加勢する。
「にいさまなら一つや二つ国を守るくらい余裕でしょ? こっちにも大勢人が住んでる。何もしてないのに殺されるかもしれないんだよ?」
『知らないよ、そんなの。死ぬ奴が弱いだけだろ』
兄に対して命の尊さを語っても無意味だと分かってはいたが、そんな言葉を吐くなんて──
「もし神降の国が負けたとしたら次の標的は酒色の国よ。悪魔が統率してるんじゃ当然よね」
アルテミスが兄の前に出る。メモを清書していたアポロンは愛妹が男に近付いた気配を察知し、慌ててこちらに向かってきた。
「協力しなさい、このクズ男。それとも何? アンタまさか怖いの? 実は大したことないんでしょ」
アルテミスは兄の胸ぐらを掴み、その鋭い金眼で睨み上げる。
「勝てないって分かってるから屁理屈こねくり回して逃げようとしてんじゃないの?」
『そんな訳ないだろ。僕が負ける? 何言ってんの?』
「……なら証明してみなさいよ」
兄はこの手の挑発に乗りやすい。分かっていたはずの僕が思い付かなかったのに、知らないはずのアルテミスが思い付いた。
「勝てるんなら勝ってみなさいよ」
『望むところだ。完全な勝利ってものを見せてあげる』
「ふぅん? じゃあその完全勝利ってのを見せてくれたらご褒美あげる、期待してなさい」
『君に与えられるものなんてろくなものじゃなさそうだけど、まぁいいよ、くれるならちょうだい、その場で捨てるから』
一時は恋人同士になってしまうのではないかなんて心配していた二人だが、無事犬猿の仲になったようで何よりだ。兄なんかに惚れていたらアルテミスの人生はめちゃくちゃになってしまう。
「アルテミス! 男に近付くな!」
何度目かの制止がようやく通り、アポロンはアルテミスを兄から引き剥がして背に庇う。
「にぃも男じゃない……っていうか、早くとぉに知らせに行きなさいよ」
「…………アルテミスに指一本でも触れたらこの即死の矢を放つからな!」
アポロンは僕達に向かってそう叫び、部屋を出て行った。兄は宣った完全勝利のため、こちら側の損失をゼロに近付けるため、僕が言った通り神降の国を囲む結界を張り始めた。僕も準備を進めなければ。
「……よし、じゃあアル。アルは家に帰って」
『…………何故だ?』
「アルは戦わなくていい」
『何を言う、私は貴方を守らなければならない。貴方に降り掛かる火の粉を払わなければ』
もしアルに何かあったら──、そう考えるだけで狂ってしまいそうだ。前線に進んで出るつもりはなさそうだが、僕の壁になるというなら怪我の確率は上がる。
「アル、帰って」
『……なら、貴方も』
「ダメだよ、僕は協力するって決めたから」
『なら、私も』
こんな押し問答をしている暇もない、魔物使いの力を使うしかないのか?
じっとアルの目を見つめ、念を込める──アルテミスに肩を叩かれた。
「ねぇ、アンタ……これ」
彼女の細長い人差し指はアルの首飾りを指していた。
「…………アンタの恋人って魔獣だったの?」
今はそんな話をしている状況ではない。
「魔物使いヘルシャフト・ルーラーの名の元に、合成魔獣アルギュロスに命令する」
『ヘルっ……!』
「僕が帰るまで部屋で待て」
虚ろな目をしてコクリと頷く。兄に頼んでアルだけをヴェーン邸に送らせた。
神降の国には居住地を囲う高い壁がある。その城塞の上には対空兵器が並べてあり、僕達はそこを歩いていた。兄の結界のおかげで暴風雨は国の外の出来事となり、対空兵器を整備する兵士達の負担も減った。
「ねぇ、何であの魔獣帰したのよ。相当強いんでしょ?」
『僕以外必要ないって、こんな兵器もね。そうだろ? ヘル』
兄に適当な肯定を返し、足を早める。
「待ちなさいよ! アンタ……本気で魔獣なんか」
「…………可愛いでしょ?」
腕を掴まれて仕方なく立ち止まる。
「可愛いって……アンタ、あれ魔獣なのよ?」
「だったら何ですか? 甲高い声で喚かないし、体温は高いし、誰よりも愛情深い。あんな最高の美女、他に居ないでしょ」
「それ本気で言ってんの? 魔獣なんかと何が出来るって言うのよ」
アルテミスは僕への嫌悪感を隠さず僕を問い詰める。
「何でも出来ますよ。そうですね、帰ったらまずキスでもしましょうか?」
「……っ、気持ち悪い奴ね……アンタ」
「………………知ってますよ」
「……アンタの兄貴がクズで良かったかもね、魔獣が義理の妹なんて嫌よ」
「僕もアルテミスさんが義理の姉にならなくてよかったと思いました、今」
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