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第三十三章 神々の全面戦争
自給自足
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部屋に戻り、アル用の通信蝿をベッド脇の棚に置く。アルは僕が出て行った時と変わらない格好で眠っていた。
「存在希釈……』
ランプに手を透かし、実体が消えたのを確認してアルの寝顔を観察する。無警戒時のアルの眠りは浅く長い、実体を持ったままではアルを起こしてしまう。
『…………アル』
額に手を寄せ、倒れた耳に沿って動かす。アルにも僕にも何の感触もない。
『アルは、子供欲しい?』
擬似的な愛撫をしばらく続け、不意に虚しくなってやめる。
『僕は……君さえ居ればいいよ』
天使と混ざってしまった弊害か、それともただの不眠症なのか、隣で眠る気にはなれない。
眠る時でも付けっぱなしの首飾りの石がパステルカラーだけを出しているのを見て何となく興を削がれ、再び壁をすり抜けて部屋の外に出た。
『暇だなー……」
目の前に狼のぬいぐるみを揺らし、呟く。ヴェーンは他の者にも通信蝿用のカバーを頼まれたらしく彼の前には蝿が積まれていた。まだ誰も持ち歩いていないだろう。暇な人を探すことは出来ない。
『……あ! お兄ちゃーん!』
こんな少しの退屈も耐えられないなんてロキ以下だと自分を戒めていると、廊下の端からフェルに手を振られた。
『お兄ちゃん、今暇じゃない?』
「すっごい暇」
少し前までは暇を求めていたのに、退屈を至高としていたのに、ずっとアルと寝て過ごしたいと思っていたのに、何故か今は退屈が何よりの苦痛に思える。勝手な奴だ。
『にいさまが畑作ってるから来ない?』
「……畑?」
ヴェーン邸の裏には荒れ放題の庭がある。元は美しい庭園だったそうだが、手入れ中に怪我をして植物に血を与えてしまい、吸血植物の温床になったのだと。
どうやら兄は「今更人間に囲まれて仕事したくない」とごねたらしく、食料さえ調達出来ればいいだろうという思考の元農業に手を出したらしい。
「…………素人だよね?」
『本読んだから出来るって言い張ってたからそういうのは言わないであげてね』
「フェルも手伝ってたの?」
『うん、種とか苗とか……そういうの集めてた』
だから家に居そうなフェルも居なかったのか。とりあえず家事の件については一安心だ。
『にいさまー! お兄ちゃん連れてきたよー!』
兄は更地の中心に何をするでもなく佇んでいた。たまに窓から見ていた凶暴そうな植物達は燃やされでもしたのだろう、灰が落ちている。
「にいさま、本当に畑作る気? 焼いちゃって大丈夫なの?」
焼畑という農法はあるらしいが、魔性を混じらせた植物を焼いた灰でまともな野菜が育つのだろうか。
『問題無いよ、ヘルが居ればね』
「……どういう意味?」
『豊穣神の力を使えるんだろ?』
意外なことに僕頼りだった。
兄が指を鳴らすと庭……いや、更地に魔法陣が浮かび、あっという間に掘り返され、ボコボコとした土になった。畑には見えない。
『フェル、種撒いて。ヘル、今使える?』
「え……待って、畑ってもっとなんか、列になってるものじゃないの?」
『野生で列になってないんだから平気だろ』
「野生じゃないよね!? 収穫しにくいだろうし根っことか色々絡まったりするだろうし……」
本を読んで学んだなんてフェルは言っていたが、本すら読んでいないのではないだろうか。もしくは整理された畑があるという前提の本しか読んでいなかったか。
『もぅ……ワガママだなぁ。分かったよ、列ね、列』
もう一度指を鳴らすと土が整えられ、畑と聞いて一番に思い付く形となった。フェルが等間隔に種を撒き終え、二人は揃って僕を見つめる。
「ちゃんと使えるかどうか分かんないのに……」
とりあえず集中してみよう。魔物使いの力でも自由意志でもない、以前神性から教わった力の使い方を発揮するだけだ。魔力を足から土に流し、魔力を変質させて──
『わっ、お、お兄ちゃん! 手! 頭から腕生えてる!』
『いや、これは鹿か何かの角じゃない? あれ? 手? いや、角だよね?』
目を閉じて祈っている今、自分で確認は出来ない。アシュの邸宅だったかでも角を生やした覚えはあるが……今度もハゲないだろうか。
視覚情報が無いと要らぬ心配をしてしまいがちだ。目を開けて作物の様子を見ることにしよう。
「……出来てる?」
芽が出ているものがチラホラと伺えた。以前は数秒で木が育ったのに、今回は随分と遅い。危機的状況ではないからだろうか。
食料危機には違いないのだと自分を鼓舞していると、頭のすぐ後ろでパァンと破裂音が聞こえた。
「なっ、何?」
思わず振り向くも、何も無い。
『お兄ちゃん、これだよ。髪ゴム切れたみたい』
「え……そ、そっか」
フェルは髪ゴムを拾い、僕に渡す。何故急にちぎれたのだろう、そんなに負荷はかけていないはずなのに。
「…………え? あれ、僕……髪、こんなに長かったっけ」
肩甲骨を越す程度だった髪は腰に届くほど長くなっていた。
『……ヘルはこのところ急に髪が伸びることが多かったけど、生で見たのは初めてだよ。ちょっと感動した』
「か、感動してる場合なのかな……大丈夫? 髪の毛に栄養吸われて干からびない?」
『変に豊かな発想力持ってるねぇ。大丈夫だと思うよ』
「ぁ、爪も伸びてる……」
凶器として使えそうなほど伸びた爪は鬼の力を使う際に伸びる爪とは違い、指の腹で押すだけで簡単に曲がった。
『背は伸びないんだね』
『もう打ち止めなんじゃないかな』
ぽんぽんと両隣から頭を撫でられ、不気味な現象への恐怖を苛立ちが上回る。
「伸びるよ、僕はまだ伸びる! にいさま越してやるんだから!」
『…………ダメだよ?』
「ひっ……わ、分かった……」
見つめられただけなのに、表情は変わらなかったのに、焦点の合わない瞳が恐ろしくて思わず了承してしまった。自分で成長を制御出来る訳もないのに。
「えっと……も、もう少し畑やってみるね」
気まずさを振り払うため、畑に向き直って祈りを捧げる。
頭がずっしりと重くなり、景色がぐにゃりと歪む。芽を出した作物が伸びていく様に感銘を受け、更に力を使うよう意識し──突然目の前が真っ暗になった。
暗闇の中、僕を呼ぶ声が聞こえる。蕩けるように低く甘い、僕が大好きな声には余裕がない。慌てて目を開けて声の主を探す。
『ようやく起きたか? ヘル』
「…………ぁ、あぁ、アル? 僕……庭に居たんだけど」
兄とフェルと共に畑を育てていたはずなのに、僕は今ベッドに寝転がっている。
『夢でも見ていたんだろう。それより、ヘル。首の皮を引っ張るのをやめてくれないか』
「え……? あっ、ご、ごめん、痛かった?」
眠っているうちにアルの身体を掴んでしまうことが多い。抱き着くならまだいいのだが、何故か手のひらだけで完結してしまう。
『いや、痛くはない。痛いと言うなら毛を毟る方だな。嗽をして来るといい、私の毛は不味いだろう』
「わ……ホントだ、口の中毛がいっぱい。ぅえ……」
舌に絡まるアルの毛を取ろうと手を使えば、手についた毛が口に入りプラマイゼロ、いや、プラスが勝つ。
「…………洗ってくる」
ベッドから足を先に下ろして立ち上がろうとしたが、何かに髪を引っ張られてベッドから転がり落ちる。
「うわっ!? な、何? ぇ……自分で踏んだ?」
『そのように見えたぞ。また伸びたな』
洗面所に走り、鏡の前で体を捻る。腰を越し膝の裏まで来た白い髪が揺れている。
「前髪まで……こんな」
髪留めの位置を変え、予備の髪ゴムで後ろ髪を縛る。長さは変わらないがまとまりは出た。
「アル、どう? 変じゃない?」
『以前から思っていたが、その髪留め……その毛色は、私の……』
「髪留めの下から髪ぴょこぴょこ出ちゃって何か変だねー! 髪留めの飾りみたいになってるよ! あーなんか上手い留め方ないかなぁー!」
不自然に聞こえているだろうと思いつつも大声で誤魔化し、洗面所を後にする。服や腕に砂や灰が付着していることに気が付き、着替えを持って風呂に向かった。
「存在希釈……』
ランプに手を透かし、実体が消えたのを確認してアルの寝顔を観察する。無警戒時のアルの眠りは浅く長い、実体を持ったままではアルを起こしてしまう。
『…………アル』
額に手を寄せ、倒れた耳に沿って動かす。アルにも僕にも何の感触もない。
『アルは、子供欲しい?』
擬似的な愛撫をしばらく続け、不意に虚しくなってやめる。
『僕は……君さえ居ればいいよ』
天使と混ざってしまった弊害か、それともただの不眠症なのか、隣で眠る気にはなれない。
眠る時でも付けっぱなしの首飾りの石がパステルカラーだけを出しているのを見て何となく興を削がれ、再び壁をすり抜けて部屋の外に出た。
『暇だなー……」
目の前に狼のぬいぐるみを揺らし、呟く。ヴェーンは他の者にも通信蝿用のカバーを頼まれたらしく彼の前には蝿が積まれていた。まだ誰も持ち歩いていないだろう。暇な人を探すことは出来ない。
『……あ! お兄ちゃーん!』
こんな少しの退屈も耐えられないなんてロキ以下だと自分を戒めていると、廊下の端からフェルに手を振られた。
『お兄ちゃん、今暇じゃない?』
「すっごい暇」
少し前までは暇を求めていたのに、退屈を至高としていたのに、ずっとアルと寝て過ごしたいと思っていたのに、何故か今は退屈が何よりの苦痛に思える。勝手な奴だ。
『にいさまが畑作ってるから来ない?』
「……畑?」
ヴェーン邸の裏には荒れ放題の庭がある。元は美しい庭園だったそうだが、手入れ中に怪我をして植物に血を与えてしまい、吸血植物の温床になったのだと。
どうやら兄は「今更人間に囲まれて仕事したくない」とごねたらしく、食料さえ調達出来ればいいだろうという思考の元農業に手を出したらしい。
「…………素人だよね?」
『本読んだから出来るって言い張ってたからそういうのは言わないであげてね』
「フェルも手伝ってたの?」
『うん、種とか苗とか……そういうの集めてた』
だから家に居そうなフェルも居なかったのか。とりあえず家事の件については一安心だ。
『にいさまー! お兄ちゃん連れてきたよー!』
兄は更地の中心に何をするでもなく佇んでいた。たまに窓から見ていた凶暴そうな植物達は燃やされでもしたのだろう、灰が落ちている。
「にいさま、本当に畑作る気? 焼いちゃって大丈夫なの?」
焼畑という農法はあるらしいが、魔性を混じらせた植物を焼いた灰でまともな野菜が育つのだろうか。
『問題無いよ、ヘルが居ればね』
「……どういう意味?」
『豊穣神の力を使えるんだろ?』
意外なことに僕頼りだった。
兄が指を鳴らすと庭……いや、更地に魔法陣が浮かび、あっという間に掘り返され、ボコボコとした土になった。畑には見えない。
『フェル、種撒いて。ヘル、今使える?』
「え……待って、畑ってもっとなんか、列になってるものじゃないの?」
『野生で列になってないんだから平気だろ』
「野生じゃないよね!? 収穫しにくいだろうし根っことか色々絡まったりするだろうし……」
本を読んで学んだなんてフェルは言っていたが、本すら読んでいないのではないだろうか。もしくは整理された畑があるという前提の本しか読んでいなかったか。
『もぅ……ワガママだなぁ。分かったよ、列ね、列』
もう一度指を鳴らすと土が整えられ、畑と聞いて一番に思い付く形となった。フェルが等間隔に種を撒き終え、二人は揃って僕を見つめる。
「ちゃんと使えるかどうか分かんないのに……」
とりあえず集中してみよう。魔物使いの力でも自由意志でもない、以前神性から教わった力の使い方を発揮するだけだ。魔力を足から土に流し、魔力を変質させて──
『わっ、お、お兄ちゃん! 手! 頭から腕生えてる!』
『いや、これは鹿か何かの角じゃない? あれ? 手? いや、角だよね?』
目を閉じて祈っている今、自分で確認は出来ない。アシュの邸宅だったかでも角を生やした覚えはあるが……今度もハゲないだろうか。
視覚情報が無いと要らぬ心配をしてしまいがちだ。目を開けて作物の様子を見ることにしよう。
「……出来てる?」
芽が出ているものがチラホラと伺えた。以前は数秒で木が育ったのに、今回は随分と遅い。危機的状況ではないからだろうか。
食料危機には違いないのだと自分を鼓舞していると、頭のすぐ後ろでパァンと破裂音が聞こえた。
「なっ、何?」
思わず振り向くも、何も無い。
『お兄ちゃん、これだよ。髪ゴム切れたみたい』
「え……そ、そっか」
フェルは髪ゴムを拾い、僕に渡す。何故急にちぎれたのだろう、そんなに負荷はかけていないはずなのに。
「…………え? あれ、僕……髪、こんなに長かったっけ」
肩甲骨を越す程度だった髪は腰に届くほど長くなっていた。
『……ヘルはこのところ急に髪が伸びることが多かったけど、生で見たのは初めてだよ。ちょっと感動した』
「か、感動してる場合なのかな……大丈夫? 髪の毛に栄養吸われて干からびない?」
『変に豊かな発想力持ってるねぇ。大丈夫だと思うよ』
「ぁ、爪も伸びてる……」
凶器として使えそうなほど伸びた爪は鬼の力を使う際に伸びる爪とは違い、指の腹で押すだけで簡単に曲がった。
『背は伸びないんだね』
『もう打ち止めなんじゃないかな』
ぽんぽんと両隣から頭を撫でられ、不気味な現象への恐怖を苛立ちが上回る。
「伸びるよ、僕はまだ伸びる! にいさま越してやるんだから!」
『…………ダメだよ?』
「ひっ……わ、分かった……」
見つめられただけなのに、表情は変わらなかったのに、焦点の合わない瞳が恐ろしくて思わず了承してしまった。自分で成長を制御出来る訳もないのに。
「えっと……も、もう少し畑やってみるね」
気まずさを振り払うため、畑に向き直って祈りを捧げる。
頭がずっしりと重くなり、景色がぐにゃりと歪む。芽を出した作物が伸びていく様に感銘を受け、更に力を使うよう意識し──突然目の前が真っ暗になった。
暗闇の中、僕を呼ぶ声が聞こえる。蕩けるように低く甘い、僕が大好きな声には余裕がない。慌てて目を開けて声の主を探す。
『ようやく起きたか? ヘル』
「…………ぁ、あぁ、アル? 僕……庭に居たんだけど」
兄とフェルと共に畑を育てていたはずなのに、僕は今ベッドに寝転がっている。
『夢でも見ていたんだろう。それより、ヘル。首の皮を引っ張るのをやめてくれないか』
「え……? あっ、ご、ごめん、痛かった?」
眠っているうちにアルの身体を掴んでしまうことが多い。抱き着くならまだいいのだが、何故か手のひらだけで完結してしまう。
『いや、痛くはない。痛いと言うなら毛を毟る方だな。嗽をして来るといい、私の毛は不味いだろう』
「わ……ホントだ、口の中毛がいっぱい。ぅえ……」
舌に絡まるアルの毛を取ろうと手を使えば、手についた毛が口に入りプラマイゼロ、いや、プラスが勝つ。
「…………洗ってくる」
ベッドから足を先に下ろして立ち上がろうとしたが、何かに髪を引っ張られてベッドから転がり落ちる。
「うわっ!? な、何? ぇ……自分で踏んだ?」
『そのように見えたぞ。また伸びたな』
洗面所に走り、鏡の前で体を捻る。腰を越し膝の裏まで来た白い髪が揺れている。
「前髪まで……こんな」
髪留めの位置を変え、予備の髪ゴムで後ろ髪を縛る。長さは変わらないがまとまりは出た。
「アル、どう? 変じゃない?」
『以前から思っていたが、その髪留め……その毛色は、私の……』
「髪留めの下から髪ぴょこぴょこ出ちゃって何か変だねー! 髪留めの飾りみたいになってるよ! あーなんか上手い留め方ないかなぁー!」
不自然に聞こえているだろうと思いつつも大声で誤魔化し、洗面所を後にする。服や腕に砂や灰が付着していることに気が付き、着替えを持って風呂に向かった。
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