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第三十二章 初めから失敗を繰り返して

磔刑

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兵士達を引かせた声の主は輝きのない月色の鎧を着込んだ天使だった。

「どうして止めるんです天使様! アレは悪魔ですよ!?」

『バカを言うな! どう見たって天使だろう!』

天使は──オファニエルは僕を指差して絶叫する。

『光輪もある! 翼も白い! 何をどう見たら悪魔に見えるんだ!』

「まっ、魔獣を処刑しようとした兵士達を残虐な方法で殺したんです! 今だって大勢死んで……それに! 角が生えているじゃありませんか! 天使に化けた悪魔に違いありませんよ!」

そうだそうだと声を上げ、再び盾と槍を構える兵士達を怒鳴りつけ、オファニエルは僕の元へと走ってきた。

『たぁちゃんっ……たぁちゃん、大丈夫かい? あぁたぁちゃん……こんな、酷い……どうしてわざと受けるような真似を……』

無数に刺さった槍で針鼠のようになってしまっていた僕には近付けず、オファニエルはオロオロと手を漂わせる。

『オファ……ニエ、ル…………槍、抜いて……』

喉元にも槍は刺さっている。口で息を吐く度に血が溢れて、上手く話せない。

『わ、分かった……一気にやった方がいいかな、ゆっくりかな……』

恐る恐る槍を引き抜いていき、その傷跡は問題無く塞がる。手が自由になってからは自分でも槍を抜いて、身体が元通りになる頃には辺りは赤く染まっていた。

『たぁちゃんっ……!』

鎧を着たままのオファニエルに抱き締められ、服が破れて露出した肌に鎧の凸がくい込む。

『……ありがと、オファニエル。割と危なかったから……助かったよ』

『たぁちゃん! どうして部屋から出たりしたんだ、どうして私から逃げていってしまうんだ! 逃げないと言ったじゃないか……愛していれば逃げないと……私はずっと君のことだけを考えていたんだよ!? 愛してるのにっ……!』

僕が元気に戻ったと判断したオファニエルは僕の肩を掴んで揺さぶり、檻から抜け出したことを咎める。

『ごめんね。君がずっと居なかったから……退屈でさ』

下手に言い訳をするよりは自分勝手に「退屈」を理由にした方が『黒』……いや、タブリスらしいのだろう。

『ぁ……そ、そう……か。私の方こそ……ごめんよたぁちゃん。でも、仕事が……あっ!』

オファニエルは僕を押し退け、僕の血に塗れて耳を垂らしたアルに迫る。

『これ、たぁちゃんが気にしてた魔獣だね? そっか……この子と居たんだ。仲良いんだね』

そう言って微笑むオファニエルに寒気を感じ、影から刀を引き抜いた。監禁していて逃げた相手が他の者と仲良くしていたらその者に憎悪を抱く──経験則だが、彼女はこの後アルに向かって剣を抜くだろう。

『なら、この子も一緒に……たぁちゃん? どうしたの、怖い顔して』

オファニエルはアルの頭を撫で、また微笑む。

『え……怒らないの?』

『私が? どうして?』

『だ、だって、君から逃げて、アル……他の子と……』

『うん、お気に入りなんだよね。連れてこようかって言ったのに……人界を散歩したい訳じゃないよね? この子を置いておけば部屋に居てくれるよね?』

……あぁ、そうだった。オファニエルはアルの話題を出した時にも怒らなかった。兄とは違うのだ。僕の経験は役に立たない。
刀を影の中に戻し、安堵のため息をつく。

『ヘル……この天使は、一体……』

『はじめまして、アル……だったかな? アルちゃん? アルくん? 私はオファニエルだよ、たぁちゃんの親友さ』

『あ、ああ……丁寧に、どうも』

手早く自己紹介を済ませ、「帰ろう」と振り返ったオファニエルは僕越しに何かを見て目を見開く。アルの首根っこを掴み、僕の胴に腕を回し、慌てて飛び上がった。
直後、拘置所が爆発し瓦礫が飛び散った。

『何のつもりだ……何故撃った!』

僕達を瓦礫から翼と身体で庇い、オファニエルは眼下の兵士達に向かって叫ぶ。彼らはオファニエルを指差し、巨大な筒のような金属の塊をこちらに向けた。

『オファニエル……? あれ、何?』

『大砲だよ! うぅ……どうしようたぁちゃん、私昼間じゃ大したこと出来ないよ。せめて自分で飛んで欲しい……』

『ご、ごめん……アル、飛べる?』

『ああ、呪はここまでは届かないらしいな』

オファニエルの手を離れ翼を広げ、もし呪いを届かせる方法があったら危ないからと適当な理由を付けてアルの首に腕を回した。

『……レヴィアタンは?』

大砲は一発の装填に時間がかかる類の兵器らしく、また両手が空いたオファニエルが剣を構え弾を待つことにより、兵士達も無闇に撃てなくなった。膠着状態の背後で僕はアルとレヴィアタンの様子を確認する。

『…………ここだ』

アルは口を大きく開けると舌の上に乗った僕の小指ほどの大きさの蛇を見せる。

『え……もしかしてこれ?』

蛇は返事をするように鎌首を持ち上げ、口を開けた。

『天使に見つかると面倒だからな』

『う、うん……ちょっと我慢しててね』

口の中にも伝わるようにアルの頬に口を寄せて囁き、何もなかったかのように振る舞いオファニエルに状況を尋ねた。

『たぁちゃん……君何したの? 人間が天使に歯向かうなんて……ここは国連加盟国だよね?』

『何もしてないよ。僕はただ、アルを助けて……ゴミを処分して……』

『ゴミ? ゴミって何かな?』

『ゴミは……ゴミだよ、アルを傷付けた……要らないもの。僕より要らない……害ばっかりのゴミだよ』

『…………人間のことかい?』

『違うよ。アレは人間じゃない。人間なんて今もどこにも居ないじゃないか』

オファニエルは困惑した表情で僕を見つめているが、その顔をしたいのは僕の方だ。どうして要らないものを片付けただけなのに問い詰められなきゃならないのか理解出来ない。掃除は褒められるものだろう?

『……オファニエルだったか。ヘルは……今、少々、おかしくて……』

『うん……こんなたぁちゃん初めてだよ』

『……何? 二人共……僕何かおかしいの?』

『い、いやいやいや! 大丈夫だよたぁちゃん、すぐ戻ると思うから!』

おかしいということは否定しないのか。何がおかしいと言われているのか予想もつかない。

『とにかく今は……逃げないと!』

オファニエルの後を追い、アルを間に入れて列になって飛ぶ。あの大砲とやらはどうやら素早く空を動くものに対しては効果の薄い物らしい。欠点の多い兵器で助かった。核なんて作っている暇があるなら実用的な兵器に投資したらどうだ。

『……とりあえず、ここまで来たら大丈夫かな』

兵器の国南西の山、中腹に潜む。今はオファニエルを敵に回す訳にはいかないと、アルだけに構う訳にはいかないと、僕はオファニエルの肩に頭を預けた。

『天界に戻るにしても魔獣を連れて行くなら申請書書かないと……審査厳しいし通るまで時間かかるんだよね、あれ。この子が今まで何の悪事も働いていないならまだいいんだけど』

牢獄の国の集落で大神として振る舞ったアルには入界許可は降りないだろう。どうにかして説得し、オファニエルを一人で帰さなければ。

『あの、さ、オファニエル。申請は任せていいかな。その間僕は人界でアルの様子見てるから……』

彼女が天界に向かったらアルに一時的に加護を与え、その後の捜索を躱す。不誠実で恩知らずな真似だが、これ以上オファニエルと行動を共にしていては何も出来ない。僕は早く元の時空に戻りたいのだ。

『いや、申請そのものは人界からも送れるから、私もたぁちゃんの傍に居るよ』

『……でっ、でも、仕事とか──』

『やぁオファニエル、僕から乗り換えかい? 僕としては願ったり叶ったりだけど……君の愛ってその程度だったんだね』

鈴の鳴るような美しい声に顔を上げる。逆光でその表情は伺えないが、虚ろな瞳がオファニエルを睨んでいることは分かった。

『え……え? たぁちゃん……? たぁちゃん、だよね』

間の抜けた顔と声、僕と『黒』を何度も往復する視線。

『…………どうして間違えるかな』

『えっ、いや……たぁちゃんは、こっちで……』

オファニエルは恐る恐る僕の肩に手を置く。

『…………でも、たぁちゃんは……あれ?』

立ち上がり、『黒』の顔を見つめて首を傾げる。

『同じ? いや……やっぱりこっち……でも、たぁちゃん』

名前を持っているのは僕だけど、オファニエルが見てきたのは『黒』の姿だ。愛した理由が属性ではなく人格や姿なら、彼女は『黒』の方に向かうはずだ。

『……ちょっと不都合があってね、その子は一時的に僕の属性を分けてるただの人間だよ』

『えっ!? 加護受者? で、でもたぁちゃん……この子も、たぁちゃんで……』

『……まぁ名前や属性としては間違いではないね。でも、君と知り合いなのは僕だよ』

『そういえば人違いとか……』

困惑するオファニエルを見ていると罪悪感を覚える。話を聞ける精神状態ではないと判断してしまわず、根気よく否定して今の『黒』のように適当な理由を作ればよかった。
オファニエルは『黒』が大好きなたぁちゃんだと認識したらしく、『黒』に謝りながら抱きつき、僕を睨んだ。
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