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第三十二章 初めから失敗を繰り返して
壊れゆくもの
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僕がいくら抱き締めても、背を撫でても、アルは身を強ばらせたままだった。いつもならアルからも擦り寄ってきたり、力を抜いて身を任せてきたりするのに────そんなに怖かったのか?
『アル……痛かったね、怖かったんだよね……大丈夫、大丈夫だよ。もう何も居ないからね、何も近付けさせないから……』
アルが処刑されかけただけでここまで怯えるとは考えにくい。となると、ここで四肢を裂く処刑をする前に何らかの拷問があったと考えるのが妥当か。
『ねぇ、アル……何されたの?』
いや、一方的に嬲られたことはなかったのか? それなら抵抗出来ないという状況そのものに怯えた可能性もあるか。
『アル? 返事は?』
返事も出来ないほど怯えているのか?
僕はアルの頬肉を掴み、ぐいと顔を上げさせた。僕を真っ直ぐに見つめる黒い瞳は微かに震えている。
『…………アル?』
どうしてそんな目で僕を見るの?
僕に向けるべきなのは信頼だとか安心だとかの視線だろう?
どうして僕に怯えているの?
『……ヘル、貴方は……ヘル、だよな。私の……主人の、ヘルシャフト……』
『何言ってるの? 僕がヘルじゃなかったら誰がヘルだって……ぁ、天使っぽいの嫌なんだね? 待ってね…………はい、これでどうかな」
翼と光輪を消し、完全に実体化する。しかしアルの態度は変わらない。
「……アル、これでもダメなの? どうして? 僕の何が不満なの?」
『貴方は、私の……何だ?』
「え……? えっと、何だろ」
一応主従関係ではあるはずだが、この時空ではまだ契約はしていない。もはや友人とは言えないし、アルは僕に主人らしさは見い出せなくなっているだろうし……となると──
「…………ぉ、夫……とか?」
『……そう、そうか。そう……なんだな』
アルの反応は薄い。半分冗談で言ってしまったが、なかったことにしたい。顔が熱い。
『ヘル……私の、背の君。貴方がどうなろうと、私は……ずっと貴方の傍に』
トンと預けられた身体はいつもより硬い。しかし、ようやく怯えが薄まってきたようで一安心だ。翼と翼の間を背骨の凹凸を感じる程の力加減で撫でていくと、身体の強ばりも少しずつ取れていく。
やはり処刑されかけたことに怯えていただけなのだろうか……僕に怯えているように見えたのは気の所為なのだろうか。
「アル、もう怖くない?」
『……ああ、もう……大丈夫。済まないな、手間を掛けて。もう二度と貴方の行動に口を出したりしない』
「え……? えっと……何で?」
僕の行動に口を出さない? それは困る。アルに助言されなければ僕は選択を間違えるに決まっている。
『ごめんなさい、ヘル……もう迷惑は掛けない、こんな手間を掛けさせないから……』
「な、何謝ってるの。アル、やめてよ」
『私のせいで貴方は壊れてしまう……そんなのは嫌だ』
壊れる? どういう意味だろう、怪我をするという意味なら問題は無い。攻撃は透過する。
アルを問い詰めたくなったが、耳を垂らしてきゅうんと鳴く姿を見てその気は萎んだ。詳しく聞くのは双方落ち着いてからがいい。
「とりあえず、レヴィアタンも探そっか。ほら、降りれる?」
小さくなってしまった気のするアルを台から降ろし、拘留場所らしき建物に向かう──グチャっと何かを踏んでしまった。
「うわ……気持ち悪っ……」
鴉達が競争のように食べて飛ばした肉片だ。僕は靴の跡がついてしまったそれを鴉の方に蹴り飛ばし、地面に汚れを擦り付ける。アルの首に腕を回して予定通りレヴィアタンを探した。
『……なぁ、ヘル。貴方は……極悪人を殺せと言われたらどうする?』
「え? 僕が? 嫌だよ、何で僕がやらなきゃならないのさ」
殺人なんて重荷、僕は背負いたくない。たとえ殺さなければならない罪人だとしても、そういうものは然るべき者達の仕事だ。処刑人だとか天使だとか、そういう「正しい」連中がやるべきだ。
『……もう一つ。これまで何の罪も犯してこなかった聖人君子が私に傷を負わせたら──』
「出来るだけ苦しめて、可能な限りゆっくり殺す」
まぁ、本当に出来るかどうかは分からない。以前十六夜がアルを殺した時、僕は十六夜を殺せなかった。僕の怒りや殺意なんて所詮そんなものなのだ。
『…………そうか、分かった』
「何の質問だったの?」
『貴方がどんな人間かを探る……所謂心理テストだ』
どんな人間かなんて分かり切っている。出来損ないの屑だ。
『……貴方は私をとても愛している』
「な、何さ……それ。心理テストとかで分かるのって人柄とかじゃないの?」
『人柄だとも。貴方は愛情深い……嬉しいよ、ヘル。でももう少し私以外も見て深慮すべきだな』
首に回した腕に額が擦り付けられる。何だか照れ臭くなったが、アルに照れを悟られるのが嫌で、僕は何ともないフリをしてアルの頭を優しく撫でた。
人気の無い拘置所を歩いていると不意にアルの足が止まる。鼻を鳴らし、海の匂いがすると言った。レヴィアタンの居場所を嗅ぎつけたのだろうと先導させた。
廊下の端の薄汚く血腥い檻の中、床に描かれた魔封じの呪術陣の上で横たわる深い海色の髪の少女を見つけた。
「レヴィアタン! レヴィアタン、大丈夫?」
アルは尾で鍵を叩き壊し、僕は歪んだ扉を力任せに開けた。呪術陣があるから──とアルは柵の前で留守番だ。
「……えっと、呪術陣の外に出れば治るからね。必要なら血でも肉でも内臓でも好きなのあげる。その……引っ張る時に手が変なとこに当たっても怒らないでね」
半分意識が無いようだが、それでもレヴィアタンは「早くしろ」と目で訴えかけている。僕は彼女の上半身を腕を引っ張って起こし、後ろに回って脇の下に手を入れ、胃のあたりで手を組んで引き摺った。
「あ、段差……ちょっと痛いかも」
扉の部分だけ一段高い。しかし僕には彼女を持ち上げることは出来ず、そのまま引き摺った。檻の外に出たレヴィアタンはぐったりとしながらも瞳を明瞭なものにする。
「……怪我してる。ほら、食べて」
小さな口に手を触れさせると、弱々しく噛み付いた。皮膚と肉がむにむにと揉まれるだけで血は出ない。
「アル、噛んで」
唾液をレヴィアタンの服で拭い、アルに手を噛ませ、もう一度口元に持っていく。裂けた皮膚から血を吸う様子は赤子のようにも思える。
『…………まもの、つかい?』
「もう大丈夫?」
傷を治し、レヴィアタンの服で唾液と血を拭って彼女の手を引いて立ち上がらせる。
「怪我は治ったね、魔力足りてる? まだ食べたいなら食べてもいいけど、どうする?」
『…………いい』
ふいっとそっぽを向き、俯く。彼女もアル同様怖い目に遭ったのだろうと、あまり声を掛けても逆効果だろうと、そっとアルの翼に身を包ませた。
「……大した情報は無かったし、もう出ようか」
どこに行くかも決まっていないけれど、このまま兵器の国に居るのはよくない。二人の静かな肯定を受け、とりあえず拘置所の外を目指した。
中天に登った太陽に怯みつつ、聴覚を占める鴉の鳴き声に苛立ちながら、待ち構えていた大勢の兵士達にため息をつく。
「盾がある。アル、レヴィアタン、下がってて』
魔封じの呪を使いアルを傷付けようと槍を構える者は人間ではない、排除するべき害だ。
翼を広げ、そして考える。別の入り口があるがアルとレヴィアタンをそこから逃がす訳にはいかず、そこから兵士達が中に入ってくるかもしれないから傍に立って守るのが一番だが、僕が攻撃を透過すればアルが傷付いてしまうと。
『加護を……いや、ダメだ。もたない……』
この人数を片付けるまでアルとレヴィアタンも透過させるなんて、僕にはまだ出来ない。
僕は今通ってきた廊下の天井を崩し、アル達に対しての背後と横からの攻撃手段を絶った。
『……済まない、ヘル。身体の動きが鈍い……飛んで逃げるのも難しい』
『うん、大丈夫。アルには絶対に触れさせない』
アルは蹲るレヴィアタンを翼で隠し、瓦礫にぴったりと身体をつけた。唯一彼女達への攻撃が行えるのは正面、僕が翼を広げてそこを塞げば攻撃は不可能。
その場合、兵士達からの攻撃は──透過せず全て受け止める。
『ヘル……!』
『大丈夫、そこから出ないで』
鬼の力なら槍は容易く砕けるし、一人投げれば数人の行動を一時的に封じることが出来る。
『……ヘル! 私を盾にしてくれ! 魔力が吸い取られようとも身体の分厚さは変わらん、あの槍程度なら貴方に通さん、だから!』
『ダメに決まってるだろ!? 変なこと言わないで、集中出来ない……黙ってそこに居ろ!』
武術の心得も剣術の心得もない。槍に対して刀を使ってもリーチで負けるのは分かり切っている、それなら手が塞がる刀は使わず、槍を掴んで折って引き寄せ、頭を砕くか首をへし折ってしまった方が効率的だ。
槍は胴や頭を狙うものばかりだから、腕を振るうのに何の障害もない。このまま全員が賢い判断が出来ないまま突っ込んできてくれれば、飛び道具が来なければ、勝てる。
『ヘル……ヘルっ、血が……』
『痛覚は消してる!』
『そんな問題では……』
『そんな問題だよ! 黙ってろって言っただろ!? なんで僕の言うこと聞けないの!? 僕の集中散らさないで!』
瓦礫や扉の段差に遮られて溜まった血はくるぶし辺りまでかさを増やしている。それを気にして声を掛けてくるアルに怒鳴って──視線を逸らして、腕を狙った槍を躱せなかった。
『しまった……!』
槍は腕を貫通して壁に刺さり、昆虫標本のように僕の腕を壁に縫い止める。槍は手首の下、二本の骨の隙間に刺さっており、簡単には抜けない。
攻撃は途切れない、一瞬でも透過すればアルに当たってしまう。それだけは避けなければならない。
『やめろ! 下がれ……攻撃中止! 繰り返す、攻撃中止!』
槍や鎧で埋まった視界の向こうから女の声が聞こえると、兵士達は僕から離れた。
『アル……痛かったね、怖かったんだよね……大丈夫、大丈夫だよ。もう何も居ないからね、何も近付けさせないから……』
アルが処刑されかけただけでここまで怯えるとは考えにくい。となると、ここで四肢を裂く処刑をする前に何らかの拷問があったと考えるのが妥当か。
『ねぇ、アル……何されたの?』
いや、一方的に嬲られたことはなかったのか? それなら抵抗出来ないという状況そのものに怯えた可能性もあるか。
『アル? 返事は?』
返事も出来ないほど怯えているのか?
僕はアルの頬肉を掴み、ぐいと顔を上げさせた。僕を真っ直ぐに見つめる黒い瞳は微かに震えている。
『…………アル?』
どうしてそんな目で僕を見るの?
僕に向けるべきなのは信頼だとか安心だとかの視線だろう?
どうして僕に怯えているの?
『……ヘル、貴方は……ヘル、だよな。私の……主人の、ヘルシャフト……』
『何言ってるの? 僕がヘルじゃなかったら誰がヘルだって……ぁ、天使っぽいの嫌なんだね? 待ってね…………はい、これでどうかな」
翼と光輪を消し、完全に実体化する。しかしアルの態度は変わらない。
「……アル、これでもダメなの? どうして? 僕の何が不満なの?」
『貴方は、私の……何だ?』
「え……? えっと、何だろ」
一応主従関係ではあるはずだが、この時空ではまだ契約はしていない。もはや友人とは言えないし、アルは僕に主人らしさは見い出せなくなっているだろうし……となると──
「…………ぉ、夫……とか?」
『……そう、そうか。そう……なんだな』
アルの反応は薄い。半分冗談で言ってしまったが、なかったことにしたい。顔が熱い。
『ヘル……私の、背の君。貴方がどうなろうと、私は……ずっと貴方の傍に』
トンと預けられた身体はいつもより硬い。しかし、ようやく怯えが薄まってきたようで一安心だ。翼と翼の間を背骨の凹凸を感じる程の力加減で撫でていくと、身体の強ばりも少しずつ取れていく。
やはり処刑されかけたことに怯えていただけなのだろうか……僕に怯えているように見えたのは気の所為なのだろうか。
「アル、もう怖くない?」
『……ああ、もう……大丈夫。済まないな、手間を掛けて。もう二度と貴方の行動に口を出したりしない』
「え……? えっと……何で?」
僕の行動に口を出さない? それは困る。アルに助言されなければ僕は選択を間違えるに決まっている。
『ごめんなさい、ヘル……もう迷惑は掛けない、こんな手間を掛けさせないから……』
「な、何謝ってるの。アル、やめてよ」
『私のせいで貴方は壊れてしまう……そんなのは嫌だ』
壊れる? どういう意味だろう、怪我をするという意味なら問題は無い。攻撃は透過する。
アルを問い詰めたくなったが、耳を垂らしてきゅうんと鳴く姿を見てその気は萎んだ。詳しく聞くのは双方落ち着いてからがいい。
「とりあえず、レヴィアタンも探そっか。ほら、降りれる?」
小さくなってしまった気のするアルを台から降ろし、拘留場所らしき建物に向かう──グチャっと何かを踏んでしまった。
「うわ……気持ち悪っ……」
鴉達が競争のように食べて飛ばした肉片だ。僕は靴の跡がついてしまったそれを鴉の方に蹴り飛ばし、地面に汚れを擦り付ける。アルの首に腕を回して予定通りレヴィアタンを探した。
『……なぁ、ヘル。貴方は……極悪人を殺せと言われたらどうする?』
「え? 僕が? 嫌だよ、何で僕がやらなきゃならないのさ」
殺人なんて重荷、僕は背負いたくない。たとえ殺さなければならない罪人だとしても、そういうものは然るべき者達の仕事だ。処刑人だとか天使だとか、そういう「正しい」連中がやるべきだ。
『……もう一つ。これまで何の罪も犯してこなかった聖人君子が私に傷を負わせたら──』
「出来るだけ苦しめて、可能な限りゆっくり殺す」
まぁ、本当に出来るかどうかは分からない。以前十六夜がアルを殺した時、僕は十六夜を殺せなかった。僕の怒りや殺意なんて所詮そんなものなのだ。
『…………そうか、分かった』
「何の質問だったの?」
『貴方がどんな人間かを探る……所謂心理テストだ』
どんな人間かなんて分かり切っている。出来損ないの屑だ。
『……貴方は私をとても愛している』
「な、何さ……それ。心理テストとかで分かるのって人柄とかじゃないの?」
『人柄だとも。貴方は愛情深い……嬉しいよ、ヘル。でももう少し私以外も見て深慮すべきだな』
首に回した腕に額が擦り付けられる。何だか照れ臭くなったが、アルに照れを悟られるのが嫌で、僕は何ともないフリをしてアルの頭を優しく撫でた。
人気の無い拘置所を歩いていると不意にアルの足が止まる。鼻を鳴らし、海の匂いがすると言った。レヴィアタンの居場所を嗅ぎつけたのだろうと先導させた。
廊下の端の薄汚く血腥い檻の中、床に描かれた魔封じの呪術陣の上で横たわる深い海色の髪の少女を見つけた。
「レヴィアタン! レヴィアタン、大丈夫?」
アルは尾で鍵を叩き壊し、僕は歪んだ扉を力任せに開けた。呪術陣があるから──とアルは柵の前で留守番だ。
「……えっと、呪術陣の外に出れば治るからね。必要なら血でも肉でも内臓でも好きなのあげる。その……引っ張る時に手が変なとこに当たっても怒らないでね」
半分意識が無いようだが、それでもレヴィアタンは「早くしろ」と目で訴えかけている。僕は彼女の上半身を腕を引っ張って起こし、後ろに回って脇の下に手を入れ、胃のあたりで手を組んで引き摺った。
「あ、段差……ちょっと痛いかも」
扉の部分だけ一段高い。しかし僕には彼女を持ち上げることは出来ず、そのまま引き摺った。檻の外に出たレヴィアタンはぐったりとしながらも瞳を明瞭なものにする。
「……怪我してる。ほら、食べて」
小さな口に手を触れさせると、弱々しく噛み付いた。皮膚と肉がむにむにと揉まれるだけで血は出ない。
「アル、噛んで」
唾液をレヴィアタンの服で拭い、アルに手を噛ませ、もう一度口元に持っていく。裂けた皮膚から血を吸う様子は赤子のようにも思える。
『…………まもの、つかい?』
「もう大丈夫?」
傷を治し、レヴィアタンの服で唾液と血を拭って彼女の手を引いて立ち上がらせる。
「怪我は治ったね、魔力足りてる? まだ食べたいなら食べてもいいけど、どうする?」
『…………いい』
ふいっとそっぽを向き、俯く。彼女もアル同様怖い目に遭ったのだろうと、あまり声を掛けても逆効果だろうと、そっとアルの翼に身を包ませた。
「……大した情報は無かったし、もう出ようか」
どこに行くかも決まっていないけれど、このまま兵器の国に居るのはよくない。二人の静かな肯定を受け、とりあえず拘置所の外を目指した。
中天に登った太陽に怯みつつ、聴覚を占める鴉の鳴き声に苛立ちながら、待ち構えていた大勢の兵士達にため息をつく。
「盾がある。アル、レヴィアタン、下がってて』
魔封じの呪を使いアルを傷付けようと槍を構える者は人間ではない、排除するべき害だ。
翼を広げ、そして考える。別の入り口があるがアルとレヴィアタンをそこから逃がす訳にはいかず、そこから兵士達が中に入ってくるかもしれないから傍に立って守るのが一番だが、僕が攻撃を透過すればアルが傷付いてしまうと。
『加護を……いや、ダメだ。もたない……』
この人数を片付けるまでアルとレヴィアタンも透過させるなんて、僕にはまだ出来ない。
僕は今通ってきた廊下の天井を崩し、アル達に対しての背後と横からの攻撃手段を絶った。
『……済まない、ヘル。身体の動きが鈍い……飛んで逃げるのも難しい』
『うん、大丈夫。アルには絶対に触れさせない』
アルは蹲るレヴィアタンを翼で隠し、瓦礫にぴったりと身体をつけた。唯一彼女達への攻撃が行えるのは正面、僕が翼を広げてそこを塞げば攻撃は不可能。
その場合、兵士達からの攻撃は──透過せず全て受け止める。
『ヘル……!』
『大丈夫、そこから出ないで』
鬼の力なら槍は容易く砕けるし、一人投げれば数人の行動を一時的に封じることが出来る。
『……ヘル! 私を盾にしてくれ! 魔力が吸い取られようとも身体の分厚さは変わらん、あの槍程度なら貴方に通さん、だから!』
『ダメに決まってるだろ!? 変なこと言わないで、集中出来ない……黙ってそこに居ろ!』
武術の心得も剣術の心得もない。槍に対して刀を使ってもリーチで負けるのは分かり切っている、それなら手が塞がる刀は使わず、槍を掴んで折って引き寄せ、頭を砕くか首をへし折ってしまった方が効率的だ。
槍は胴や頭を狙うものばかりだから、腕を振るうのに何の障害もない。このまま全員が賢い判断が出来ないまま突っ込んできてくれれば、飛び道具が来なければ、勝てる。
『ヘル……ヘルっ、血が……』
『痛覚は消してる!』
『そんな問題では……』
『そんな問題だよ! 黙ってろって言っただろ!? なんで僕の言うこと聞けないの!? 僕の集中散らさないで!』
瓦礫や扉の段差に遮られて溜まった血はくるぶし辺りまでかさを増やしている。それを気にして声を掛けてくるアルに怒鳴って──視線を逸らして、腕を狙った槍を躱せなかった。
『しまった……!』
槍は腕を貫通して壁に刺さり、昆虫標本のように僕の腕を壁に縫い止める。槍は手首の下、二本の骨の隙間に刺さっており、簡単には抜けない。
攻撃は途切れない、一瞬でも透過すればアルに当たってしまう。それだけは避けなければならない。
『やめろ! 下がれ……攻撃中止! 繰り返す、攻撃中止!』
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