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第三十二章 初めから失敗を繰り返して

嫉妬する海蛇

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レヴィアタンが扱うのは『嫉妬の呪』、温泉の国で暴走させていた時は人々の嫉妬を煽っていた。今も「喧嘩すればいい」だとか「別れればいい」だとか言っていた。レヴィアタンは仲の良い者達の諍いを好むのだ。

『アルは僕のこと嫌いなんだ! だから僕を引き剥がしたりするんだ! 僕はアルの傍に居たいだけなのに……!』

『いや、だからな、ヘル……あの蛇は──』

『言い訳なんか聞きたくない! 分かってるんだよ、アルが僕を嫌ってることは!』

『違う! 話を聞け、ヘル、あのな──』

『聞くことなんかない!』

『ヘル!』

アルによるレヴィアタンの性格分析なんてレヴィアタンに聞かせたら更に怒り狂うだろう。喧嘩を見せて機嫌を良くさせる手も通じなくなる。

『もうやだアルのばかぁ!』

『ヘル! 今は貴方の我儘を聞く暇はない!』

『ワガママってなんだよ! 僕はワガママなんか言ってない、僕のこと嫌いなら向こう行けよアルのばかぁっ!』

『…………あぁ、行かせてもらう。後で泣きついても知らんぞ!』

黒翼を揺らし、アルは陸地に戻る。背を向けて座り、尾の黒蛇で僕の様子を伺っている。

『……説明したら分かってくれるかな。さ、レヴィアタン、落ち着いてくれた? ちょっと話さない?』

涙を拭い、高度を落としてレヴィアタンの鼻先に立つ。

『まもの、つかい……あのこ、は』

『嫌になっちゃうよね』

『…………喧嘩、した? へへっ……ざまぁ』

『性格最悪だね君……ぁ、いや……あのねレヴィアタン、これからも僕に協力して欲しいんだけど──』

人界で真の姿を保ち続けるレヴィアタンの強力さはよく考えなくても分かる。情報収集するにしても正義の国に関われば天使と戦闘になるかもしれない、その時のための保険として戦力が欲しい。
何より、以前は話もせずに殺してしまったレヴィアタンの人柄が知りたい。

『へへ……まもの、つかい、ひとり……かわいそ。いい、よ。かわいそ、だから……着いてって、あげる』

『めちゃくちゃ嫌な奴だなぁ……』

少なくとも集団行動には向かないだろう、僕が言えたことでもないけれど。
僕も陸地に戻り、レヴィアタンに手を伸ばし人の姿に化けるよう言った。すると僕の手を取って深い海色の髪を二つ結びにした少女が現れる。海蛇の姿はもう無い。

『アル! 行こ」

透過をやめ、アルに声をかけて兵器の国に向かう──アルはついて来ない。

「……アル? 行こうよ、日が暮れちゃう」

顔を覗き込むとふいっとそっぽを向く。

「アールー、行ーこー?」

首周りの皮を引っ張るも、反応はない。口周りの皮を引っ張り、牙をなぞっても反応はない。

「……ぷにぷにして気持ちいい」

『ほんと? わたしも、やる……』

「…………力加減しっかりね」

アルに触るなと怒鳴ってしまわないよう気を付けつつ、二人でアルの口周りの皮を揉む。

「痛くないのかな」

『いぬ、は、このへん、皮、伸びる……おやいぬ、咥える』

「あぁ……なるほど。でも鬱陶しいよね? ねぇアル、無視しても続けるよ。知ってるだろうけど僕鬱陶しさには自信あるんだ。話しかけ続けるしむにむにし続けるし無視してても鬱陶しさが増すだけだよ?」

そう言っても反応しないアルに宣言通り鬱陶しく話かけながら加減を忘れずに顔周りを揉み、撫で、擦った。

『……やめろ鬱陶しい』

ようやく言葉を発し、顔を振った。

『知らんと言っただろう。私の話を聞かない貴方の話を聞く気は無い』

『へへっ……嫌われ、てる……へへへっ』

『私の気持ちを決め付けて私を馬鹿だと言った貴方について行く気は無い』

『へへへっ……喧嘩、してる……ふへへ』

「レヴィアタンちょっと黙っててくれない?」

従順にもレヴィアタンは僕の後ろに下がり、不快な笑い声を聞かせるだけに留まった。顔を覗き込んで煽ってこないなら嘲笑われるのは我慢しよう。

「アル、あのさ、さっきのは……えっと」

しかし、レヴィアタンの前でアルに先程の言動を説明するのは至難の業だ。いや、演技だからなんて言わなくても仲直りすればレヴィアタンはまた怒り狂うだろう。なんて面倒臭い。

『私は……貴方が好きなのに、貴方の為だけに行動しているのに。貴方は私の話を聞かないばかりか私の愛情すらも受け取ろうとしない。我儘ばかりで……けれど、そんな貴方が……』

釈明に迷っているとアルが僕の胸に額を押し付けてくる。

『駄々っ子な貴方が好きだ。貴方の我儘を聞くのが好きだ。駄目だな私は、拗ねてみせる事すらもう出来ない。可愛い私の旦那様、私のヘル、少しは懲りて私の想いを汲み取ってくれよ』

僕に巻き付くように身体を擦り寄せ、可愛らしい鳴き声を上げる。目を閉じ、僕の手に頬を擦り付ける。

「……アル?」

『私は貴方が大好きだよ、愛している。嫌われたなんて言わないでくれ、好きなんだ』

背後から大きな舌打ちが聞こえる。

『先程は私もムキになった。大人気無かったな、済まない。貴方が戻って来てくれた時、もう二度とこんな真似はしないと誓ったのに……本当に済まない、許してくれるか?』

「……うん、あの……ちょっと待ってくれる?」

可愛らしくも擦り寄るアルを放っておくのは心が痛い。せっかく可愛いのにもったいない、そんな思いが大きい。

「あの、レヴィアタン……さん」

『……仲直り、できて、よかったね』

じとっとした瞳は祝福しているようには見えない。

『………………死ねばいいのに』

暴れなければ良いとしようか。いや、何かをきっかけに爆発するかもしれない。ガス抜きはさせておきたい、しかし案がない。

『……はやく、行かなきゃ、ひ、沈む』

「あ、うん、その……レヴィアタン、不満ある?」

『…………喧嘩、すれば、いい……って、ものじゃ、なかった。むかつく。雨、ふったら、地面、固まる。むかつく』

胴に黒蛇が巻かれ、僕はアルの背に乗せられる。立ち止まって話している暇は無いということか。レヴィアタンは従順に僕の──いや、アルの後をついて来る。

「あのさ、アル……ちょっと聞いて」

この距離なら聞こえないだろうと僕はアルの耳に唇を寄せ、説明した。レヴィアタンの呟きを聞いて演技を思い付いたことを、その演技をいつから始めたのかを、全て事細やかに助長に話した。

『…………驚いた、貴方にそんな頭が……いや、済まない。そうか、それなら良かった。事前の説明が欲しいところだがあの状況では仕方ない、よくやったなヘル。流石だ』

「今、そんな頭あったのかって言ったよね」

『全く分からなかったぞ、凄いな、流石だぞヘル。自慢の旦那様だ。私の愛情は伝わっているんだよな? 嫌われたなんて思っていないよな?』

「愛情も伝わってるし僕を馬鹿にしてるのも伝わったよ」

『なら良かった。済まないな、ムキになって……いや、ああしなければならなかったのか? 恥ずかしいな、あんな大人気無い怒り方を計算されていたなんて……』

「…………そんな頭あったのかってのもそうだけど、大人気ないとかムキになったとかも僕を馬鹿にしてるよね?」

時折に後ろを振り返り、レヴィアタンが会話を聞いていないかを確認する。アルの首に腕を巻き、ぴくぴくと動く耳に擽られた口の周りを搔く。

『……馬鹿にしている訳では無い。貴方はまだ子供だ、そう思っているだけだ』

「子供……ね。別に馬鹿だと思われるのは事実だからいいけど、僕、そろそろ子供じゃないんだけどなぁ」

時間を遡ったせいで肉体年齢と精神年齢が合致しない。精神年齢は幼児で止まっている? そう言うなら本当の意味での大人なんて存在しない。

『確かにな……貴方はもう大人の男だ』

胴に巻き付いた黒蛇が僕の背から腰を撫でる。

『愛しているよ、旦那様』

「…………僕も」

上体を起こし、沈んでいく太陽を見送りながら体を伸ばす。確認していたのに接近に気が付かなかったレヴィアタンに驚き、苦笑いを送る。

『仲直り、おめでとう』

「ど、どうも……」

おぞましい怨念を感じる。呪いは効かないはずなのに背筋に悪寒が走る。

『ふくじょ、死、すれば、いいのに』

「副助詞……?」

『……とっとと、死ね』

「うん、なんか胃? 心臓? が痛いからそろそろ死にそう」

『へへっ……』

「本気で喜ぶじゃん……嫌な奴だなぁ」

拙い話し方での暴言というのは流暢に話されるより心への締め付けが強い。アザゼルの下卑た話が酒呑の下卑た言動より不快だというのと同じだ、幼さや拙さは純粋さの証であって欲しい、そう思うのは身勝手なのだろうか。
僕は重い気持ちのまま、レヴィアタンを刺激しないためにアルに抱き着くのも控え、ただ空を見上げた。
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