上 下
534 / 909
第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

人界は人のモノ

しおりを挟む
今はそうは呼ばれていないようだけど、やがて植物の国となる島に人間達は避難させられた。もちろん他の大陸にも島にもまだまだ残っているだろう、それでも僕は自分の前世が悪魔にやらせた人助けを誇りに思う。

もう何時間も戦い続けているのに一向に太陽の位置が変わらない。いくら大陸間を移動しているといっても時間が進んでいないことは理解出来る。
前世の僕はそれにとっくの前から気が付いていたらしく、とある大陸に辿り着くと竜の頭の上で吼えた。

「……出て来いよ、邪教徒!」

竜が立つのは半透明のドームの前、魔法の国を一望する場所。その結界の上に立つのは──ヘクセンナハト。

「…………悪魔を従える君に邪教呼ばわりされたくないな。にしても……そうか、創造神の信者が幅をきかせてるのか……」

竜は片足をドームにかけ、身体を捻って長い尾でナハトを薙ぐ。地面を離れた足はそのままドームの上に乗り、尻尾を振ってバランスを取り、ドームの上に二足で立つ。

「サタン、この結界は割れないの? うん……うん、分かった。割らなくてもいいよ、中の人達を殺す気はないし……」

「私は殺したのにか?」

「……っ!? 確かにさっき……サタン! もう一回!」

ナハトは前世の僕の目の前に、竜の鼻の上に現れる。竜は首を振ってナハトを落とし、その大きな牙で穿いた。
口からはみ出た上半身と口内に入った下半身の繋ぎ目は簡単にちぎれて、竜は落ちていく上半身も空中で捕まえた。

「…………食べた? いや、飲み込むのはやめた方がいいかも……」

赤い塊が吐き出され、霧のようになって消える。

「消えた! やっぱり何かおかしい、何か仕込まれてる!」

「勘はいいようだな、魔物使い。しかし……お前自身が無能なのはよく分かっている」

今度はナハトは背後に現れ、前世の僕の首に縄を引っ掛ける。

「このまま絞め殺されたくなければ、この竜を下がらせろ」

「……っ、の……」

「なんだって? 早く竜を下がらせろ!」

「は……な、せぇっ!」

その叫びが早いか縄は四散し、ナハトの両腕が破裂する。

「なっ……魔物使い、一体何を……」

「……壊れろ」

魔法を繰り出そうとしたナハトの動きが止まる。腕の再生すら進んでいない。

「壊れろ、壊れろ、壊れろ壊れろっ……! 壊れろっってんだろ!? とっととこの世から失せろぉっ!」

竜の姿が消え、竜の尾と翼と角を生やした男が──サタンが前世の僕の目と口を腕で塞ぐ。

『落ち着け魔物使い、無茶な使い方をするな』

サタンは竜の姿だった時と同じように結界の上に立ち、破裂を繰り返して原型を失ったナハトを眺める。

『魔力が多く人間の範疇を越えていたとはいえ、人間を……こんな』

腕を剥がそうともがいていた僕の前世が抵抗を諦めると同時に肉片の集合体は人の形に戻る。

「魔物使い……お前、私の魔法を全て打ち消したな? おかげで……痛かったぞ、何百年ぶりだ……こんな痛み。まさかお前に与えられるなんてなぁっ!」

『……強さと相性を吟味してから牙を剥け、人間』

「私が魔物使いに負けるはずがない! 魔物使いは無能なんだ、私が……ずっと守らなければならなかった! 前は失敗した、今度は失敗しない、だから寄越せ!」

サタンは深いため息をつき、腕を解く。
半透明の結界の上に立たされた僕の前世は下の景色を見て、静かに息を呑む。

「…………魔物使い。さぁ、私の元に……」

「……アイツらを復活させたのは君だね」

「ああ、神様がそれを望んだ」

「君のせいでたくさん死んだ。人間も、動物も、魔獣も……だからさ、その回数君も死になよ。何回だって生き返れるんだろ? いいね、便利で」

僕の前世はナハトに尋常ならざる憎悪を向けている。自分の両親を殺したのは天使だという嘘を見破ってはいないはずだ、大量の死の原因となったというだけでここまでの憎悪を抱けるものなのか?

「……魔物使い。そうか、私を拒絶するのか…………残念だ。なら今一度人形にしてやる!」

ナハトの手に魔法陣が浮かぶ。サタンは腕を組み二人をじっと見つめている、手を出す気はなさそうだ。

「自身への再生と蘇生以外の魔法の使用を禁ずる!」

「私の言いなりに……ぇ?」

魔法陣は消え、ナハトが何を唱えようと何度手を振ろうとそれは現れなかった。

「…………で、出来た? 出来たよね、僕……」

『ああ、よくやった。これでこの女はただの人間だな、不老不死の……幾らでも拷問を試せる』

「星の動きも正常化するはずだし、旧支配者達の封印も戻るはず……天使を一人も殺せなかったのは残念だけど、僕達勝ったんだよね」

『…………そうだな』

サタンはナハトを結界の頂点から蹴り落とし、前世の僕を抱えてその横に飛び降りた。結界はドーム状になっているとはいえゆるやかに落ちるのは途中までだ。ナハトは地面に叩きつけられ、普通の人間なら即死であろう傷を負い、再生する途中だった。

「ぁ、ぁ……ぐ、ぅ…………魔物使い、この無能がっ、よくも……」

再生には若干の痛みと不快感が伴い、再生直後は治ったはずの部位に違和感を覚える。手足の末端でそれなら壊れた臓器を再生させたナハトが感じた苦痛は僕には想像も出来ないものだろう。

『ふっ……イイ、イイな……自分が何よりも優れていると勘違いし増長した人間、これほどイイものはない』

サタンは嗜虐的な笑みを浮かべ、塞がる直前だった傷口に爪先を突っ込んだ。尖った革靴はナハトの白い肌に遠慮なくぐりぐりと挿し込まれ、彼女の体内を蹂躙する。

『……何をやっても殺してしまう心配はなく、すぐに再生する。最高だな』

腹を破って足を出す。サタンの黒い靴とスラックスの裾は真っ赤に染まっていた。ナハトはしばらくの間苦痛に喘ぎ、傷が塞がると前世の僕の足に縋りついた。

「助けて……魔物使い、助けて、お願い……」

「…………やだよ」

「どうしてっ……魔物使い、私はずっとお前の世話をしてやったじゃないか! 確かに、一度守るのに失敗してしまったが……いや、二度だな、悪魔に遅れを取った。とにかく! 私は、私は……お前のために国を作って、お前のために魔法を編み出して、お前のために生きてきたんだ! それなのに……こんな仕打ちあんまりだろう。なぁ、魔物使い……助けてくれるよな?」

「何言ってるのか分かんないよ」

ナハトが話しているのは数代前の前世のことだろう、僕のために──なんてのは彼女の勝手な捏造だけれど。国も魔法も彼女の都合と好奇心で作り上げたものだ。

「……幼馴染みだろ? 魔物使い……私のことが好きだよな? そうなんだろ? 助けてくれるなら一度くらい抱かせてやってもいい」

「…………サタン。好きに使っていいけどベルゼブブと喧嘩しないでよ。多分欲しがるから仲良く分けて」

『確かに、美味そうだ。ブブも今回はよく働いた。喧嘩をするな……か、余がそんな子供に見えたか?』

前世の僕は無慈悲に手を振り払い、サタンの尾の上に腰掛けた。

「魔物使い…………そんな、嫌だ……お前も私を捨てるのか。私は誰より優秀なのに、誰も……私を、愛してくれない。お前だけは……違うと思っていたのに」

『……余は愛してやるさ。貴様は最高の玩具だ』

「嫌っ……嫌だ、魔物使い! 助けて、助けろ! 私が助けろって言ってるんだ、助けろ!」

「…………サタン、君の趣味じゃないだろうけどさぁ……舌抜くか喉潰すかして」

『確かに、余は声を聞くのも好きだが……人間の尊厳とも言える言葉を奪われた人間を見るのも好きだ、気にするな』

前世の僕には加虐趣味は無いようで、弄ばれるナハトから目を背け耳を塞いでいる。
しかし、彼の一連の言動は彼女を人として見ていないものだった。屠殺現場を見たくはないけれど、家畜のシステムそのものには何も思わない……そんな一般的な人のように、彼は自身の都合で人を助け人を利用し人を殺している。
虐殺よりも、拷問よりも、その人からズレた精神性は何よりも悪魔に近い。
僕はそう感じ、微かな寒気を覚えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

処理中です...