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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

星の位置が揃う時

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幼い子供だった僕の前世が今の僕の年頃まで成長するまでは何も起こらず、いつの間にか『黒』もその隣に居た。『黒』はすっかり悪魔達とも仲良くなっていて、さらに天使らしくなさを見せつけていた。
サタンの目的は創造神の殺害で他の悪魔達もそれにならった。人間の信仰を奪うことが出来れば自分達にも旨みがあると、魔物使いの力を使う必要もなく従っていた。
僕の前世が成熟し、力の扱いに慣れたら戦争を仕掛ける気だったのだろう。しかし、その時は数年早まった。

『サタン様! 報告です、星が揃います!』

ある日の平和な万魔殿にマスティマの声が響いた。
悪魔達は大慌てで戦争の準備を進める──星が何だと言うのだろう。

『人類誕生の以前からモノが居ましてね。彼は星座を魔術陣と見立てる封印陣により大陸ごと海に沈んだんですが……その封印を一時的に打ち消す星座が今日揃うんですよ』

僕の疑問を察したのかウムルが話し始める。

「星がどうこうっていうのは前から聞いてたんですけど、それだったんですか……」

『我々はこちらとは違う宇宙そらの存在だったんですが、偶然にも重なってしまったんですよね……人類誕生の経緯も歴史も全く違いますが、人間の形態や精神性は似通っているので問題なく過ごしています』

この話は今は関係ないだろう。だが、聞いておいて損は無さそうだ。戦争の準備にはまだ時間がかかるだろうし、棚にでも座って聞いておこう。

『……彼らにも信仰は重要ですからね。海底に居る彼以外にも大勢が目覚めるでしょう』

「それって……ナイ君みたいなのがいっぱい出てくるってことですよね?」

『………………違います』

変わらないはずの抑揚に落胆を感じる。

『まぁ、人間の理解度などどうでもいいです。人類は滅亡に近い状況に立たされますね』

「え……信仰が必要なら守ったりするものじゃないんですか?」

少なくとも創造神はそうしているし、マンモンやアシュメダイも自身の領地の人間を外敵から守っている。

『滅亡とは死滅だけを指すわけではないでしょう。減りはしますがね』

死んではいないのに死んだような状況になるということか? どういうものなのか全く想像がつかない、首を傾げていると彼は僕の返答を待たず説明を続けた。

『彼らの配下の生物の子を孕まされたり、彼らの餌となる子供を延々と作らされたり、手慰みに暇潰しに身体を改造されたり、その他様々な肉体的精神的苦痛を強要され続け、それでもそのモノを神と崇めて祈り続けなければならない──いえ、そうしてしまう生き物にされる。それは人類にとって滅亡足りうるのでは?』

「……死んだ方がマシって状態に全人類が置かれるってことですか」

『人間の感覚で言えば──人間の理解度からすれば────その認識で構いません』

前提条件は気になるが及第点をもらった。
そんな「滅亡」が起こるなら阻止しなければならないし、悪魔達が慌てる理由も分かる。
戦いに赴く前に……と『黒』と睦まじく過ごす僕の前世を見ていると不意に襟首を掴まれ、上方向に引っ張られたかと思えば僕は人界に居た。

「ウムルさん……何か言ってから移動させてくださいよ」

自分ではあるが自身ではない者が『黒』と仲良くしているのは複雑な気分ではあったが、それでもこの前世で最後の平和な時間かもしれないのに。

『……アレです。見えますか?』

僕の呟きを無視して示したのは霧の向こう。海の上──いや、離島に発生したその霧の向こうに何かが居る。山のような巨体が揺れている。

『今回の星座は作為ではありませんから、少々時間が長いんですよ。精神干渉を行いますが、記録として干渉は遮断していますから好きなだけ観察してください』

「観察しろって言っても……気持ち悪いんだけど」

霧が薄まり見え始めたのはぬめった鱗、蝙蝠に似た細長い翼。

「…………何だろ、見たことある気がする」

『覚えていましたか。海辺の街で夢に見たはずです』

「……イミタシオン?  そういえば……僕は、夢を見たような…………でも、忘れて……」

今見えているのは背中側のようだ、ゆっくりと振り向いている。このままなら顔が見えるだろう、顔が分かれば思い出せるはずだ。
太い腕が見え、ゆらゆらと揺れる触手の先端が見え始め──ひた、と頬に手が触れる。骨ばった男のものだ。

『…………海洋生物の観察は豊かな知識を育みますよ? なんて言っても仕方ありませんね。珍しい顕現です、人間に入れ込むなんて……いえ、それは魔物使いでしたね、失礼しました』

その手は僕の目を覆う。途端に何を思い出そうとしていたのかすら忘れてしまった。
彼が誰かと話しているようだけど、この手の主だろうか。懐かしさと温かさを同時に感じる優しい手……手首から上には触れられず、背を反らせても足を伸ばしても身体には触れない。

「兄さん……」

気が付けばそう呟いていた。

『ええ、魔物使いは神の道具。魔界の弁。そもそも独りで成り立つモノなのに何かとモノを引き寄せる。その結果は──ええ、彼の望むようにはなりません。ですがそれも彼は楽しみます、次の遊戯に使えますから。何を他人事面しているんですか?  あなたのことですよ』

彼はその後に何かの名を呼んだ。僕には上手く聞き取れない、聞き覚えがありながらも新鮮で不思議で不快な発音だった。
今度は裾を引っ張られ、目を覆っていた手が離れるとまた違う場所に居た。

「……魔界の魔力は汲み上げ続ける。みんな、全力でやって!」

その声の主を探していると巨大な黒い竜が目の前に現れた。

「サタン……! 人界に出てる……」

『この時代には結界はありませんから』

「魔力濃度は……?」

そう言ってから気が付いた。すぐ側の大陸に大穴が空いていることに。そこから黒い瘴気が……魔界に満ちていた濃度の高い魔力が吹き出していることに。

『……もう少し上に行きましょう。どうせなら眺めの良い場所に』

襟首を引っ張られ、ふわふわと空中を漂う。彼の他人の服を断りなく引っ張る癖は治せないのだろうか、少なくとも僕には注意すら不可能だ。

「うわっ……地獄絵図だね」

『悪魔が人界に真の姿のまま出ていますからね、地獄や魔界と同じ景色です』

比喩ではなく現実、か。
巨大な獣、鳥、虫、それらの混合、あるいは人界の生物では例えようのない化け物。そんなものが大穴の底から際限なく湧き出ている。

「レヴィアタン、ベルゼブブ、その軍門の悪魔達! 旧支配者達を引き付けてて!」

僕の前世をようやく見つけた。彼は完全に色が抜け落ちた白髪を振り乱し、サタンの頭にしがみついている。隣に居るマスティマに支えられては居るものの、角に掴まる彼の顔は険しい。

「……とりあえず人界から人界の生き物以外を追い出して…………天使が来たら迎え撃とう、こっちからは天界に行けないし。それでいいよね?」

『ええ、ええ! 完璧です、流石は魔物使い様!』

マスティマは黒い翼を生やしていた。その姿には堕天使を思い出させられるが、まぁそんな姿の悪魔も居るだろう。

「お母さんとお父さんの仇だ、天使は絶対に倒さなきゃ……」

『そうですそうです、その調子ですよ魔物使い様!』

「…………来なかったらどうしよう」

『来るまで暴れますか?』

「……ううん、ダメ。人界を壊すのは目的じゃない」

『………………了解』

マスティマは口の端を邪悪に歪ませる。その顔は悪魔らしいと言えるだろう。
黒竜は翼を広げ、大陸を移る。黒い炎を鋭い爪が揃った腕で練り、箱舟のようなモノを作り上げた。

「事前にマンモンとアシュメダイが人間を集めてるはず……マスティマ、その箱舟に出来るだけ多くの人を乗せてベルフェゴールのところまで運んで!」

『了解!』

マスティマが降り、前世の僕は自力で竜の頭にしがみつく。
彼らは各地で似たような箱舟を作っては人間達が隠れ場としていた場所の前に置いて行った。
箱舟はマスティマに押されて断崖絶壁に囲まれた島に辿り着く。マスティマが箱舟をその島に持ち上げ、待っていたらしいベルフェゴールが箱舟を引き上げる。
珍しくも働いたベルフェゴールはマスティマと協力して全ての箱舟を島に運ぶと島全体を囲う結界を張った。

「ここ……まさか、植物の国じゃ……」

『この記録から言って未来にはそう呼ばれています』

「…………やっぱり」

亜種人類はまだこの島に居ないのか? この箱舟に乗ってきた者達が亜種人類の祖先なのか?
僕はそんな考え事をしつつも悪魔達が魔物使いに言われてとはいえ人助けをしたことに感動していた。
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