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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

成功例

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結界の青白い半透明の壁は粘性が高く、破られにくい。しかし、粘度と燃えやすさは比例も反比例もしない。

「結界が燃えた!? すごい……破れたり溶けたりは見たことあるけど燃えたところなんて初めて見た」

強い力を加えれば結界は割れる。それはどの属性でも同じだ。粘度を高めることでそれを阻止したのは流石は神だと言えるだろう。
ミカが結界を溶かし斬ったのは見たが、今目の前の結界は燃えている。水属性を付与されたにも関わらずだ、こちらも流石は神だと言えるだろう。ナイが嫌いなのでこちらを応援したい。

『……この結界水属性なのになぁー』

『水……? 火の方が、ウエ』

『まぁ、蒸発するもんね?』

神殿は一瞬で炎に包まれ、ナハトは自分専用の結界を張って口を手で覆う。

『……土も、シタだ』

『…………ボクのことかなぁ?』

『この明るさなら、逃れるカゲはない』

炎に囲まれたナイの姿が歪む。黒い影だけのような──影すらもないような、不気味なモノに。

「……あの、これってナイ君負けてるんですか?」

『彼の特性は知っていますか?』

「土……って聞きましたけど」

『それは人界に縛られた際の属性です。彼は未知でなければ圧勝出来ません』

「未知……ですか。確かによく分かりませんけど」

『ヘクセンナハトは未知なるモノを未知なるままに崇め未知の力を未知のまま振るっている。魔法が人界で解析されないのはそれが理由です。使う者も根底を理解していないのだから、受ける者に解析出来る訳がありません』

そういえば魔法は「この世で唯一法則を無視する」だとか「全く訳が分からない」だとか悪魔にも天使にも好き勝手に言われていた。

『……人間と猿との差は火を使うことです。火は人界にとっての知の表象、恐ろしい闇夜を見知った風景にしてしまうモノ。まぁ、こちらの世界では人は進化して生まれたモノではなく神が作った人形のようですが……星の特徴はほぼ同じですからね。彼らの相性は──』

「ナイ君が不利ってことですね。ところで……あの神様って僕にも喚べますか?」

ナイの天敵になりうるモノならば力を借りたい。

『無理ですね。それに……彼らは決してコブラとマングースではありませんよ。そろそろ目線を外すべきかと、何故ずっと未知のままなのか察することくらい出来るでしょう?』

「……そういう神様だからじゃないんですか?」

そう言いながらも僕は彼の背に隠れ、視界をヴェールで覆った。

「…………退散せよっ!」

詠唱が終わり、ナハトは呪文を完成させた。神殿だけでなく国中、いや大陸中の炎が一挙に退いた。

「やりましたよ! かみさ──ぁ、あぁっ、ぃやぁああぁぁああっ!?」

辛勝を喜ぶはずだったナハトの声は絶叫に変わった。

「な……なんですか? なんで突然……」

思わず立ち上がろうとするとヴェールが顔に被さった。彼がふわりと浮き上がり、常にヴェールの中に居た人型が僕の胸倉を掴む。

「ウムル……さん?」

『前世は死亡しました。次に行きましょう』

彼は僕の胸倉を掴んだまま重力に従うように落ちて、僕は少し屈む形になった。彼が離れてヴェールから出ると、そこは建造当時よりも広く豪奢になった神殿だった、場所は移動せず時間だけを進めたらしい。

「……ウムルさん、何があったんですか? ナハトはどうなったんですか?」

『未知でなければならないモノの真実の一部を見てしまった。それでも彼はヘクセンナハトを今手放すのはもったいないと壊れた彼女を組み直し、魔法によって永遠の命を与えました』

人や本人から聞いた。ヘクセンナハトは不老不死の魔女で、僕は前世で彼女を殺し続けて生を諦めさせたのだと。
それは今から見る前世のことなのだろうか、あんなに仲の良かった幼馴染を殺し続けてしまうのだろうか。

『魔物使いも彼に精神を侵されましたが……来世以降には引き継がれませんでした、天界の洗浄機能で忘れられるものだったようです。しかし彼女はあまりにも深く、そして長く触れ続けた。だから転生してもなお、壊れきったまま』

神殿の扉が開く。ついさっき見た数百年前と同じ姿のまま、ナハトが現れた。

『……自分より優れたモノは存在せず、自分以外の全ては征服するモノであり、魔物使いは唯一愛憎をぶつける玩具』

「…………それがヘクセンナハト?」

『そして魔物使いの兄』

「壊れきってる、か…………まぁ、そんな感じだよね。でも、最近は優しいんだよ?  壊れても修理は出来たんだ」

『そう思うのならそれで構いませんが』

真実とは違う、とでも言いたげだ。
まぁ、真実なんてどうでもいいし、きっと気が狂うような代物だろう。それなら自分に都合のいい妄想でいい。
僕はナハトが神の像に祈りを捧げているだけだと判断し、自分の前世の元に向かいたいと言った。すると彼は僕の服の裾を掴み、引っ張った。

「……どれですか?」

連れてこられたのはどこの国かも分からない保育施設のような場所。ヴェールに包まれた手が示した先には部屋の隅でうさぎのぬいぐるみを抱き締めている子供が居た。

「…………あれですか?」

頭らしき部分がこくりと動く。

「……僕っぽいの来たなぁ」

前世でくらい積極的な僕を見ていたかった。僕は小さな本棚の上に腰掛け、その子供を眺める。ぬいぐるみと話しているように見えるが……

「ちょっと飛ばした方がいいかな」

成長するまで飛ばそうかと思った瞬間、他の子供がぬいぐるみを取り上げ振り回し始めた。自分の前世のことだからか苛立って、あの悪ガキが痛い目を見るまで眺めていようと決めた。

「かえして!  かえしてよぉ!」

「うっせぇ!」

保育施設なら子供の面倒を見る役の大人が一人か二人は居るはずなのだが、部屋には見当たらない。
ぬいぐるみは相当大切な物なのか、前世の僕は必死に追いすがっている。

「ウムルさん、一瞬でいいんで干渉できませんか?」

『……四歳児を蹴るのはどうかと』

「ああいうのは大きくなってもろくな奴にならないんですよ」

『大丈夫ですよ、彼は大きくなりません』

どういう意味だろうかと意識を逸らす。子供の泣き声が聞こえて視線を戻す。

「あぁ……泣いちゃった。うわ、アイツ嬉しそう……ムカつくなぁ」

十歳以上年下に……と言わないで、彼が虐めているのは前世の僕なのだから。どうにかならないのかと苛立ちながら眺めていると、窓が割れて二つの頭を持つ黒い鳥が飛び込んで来た。

「は……?  ぇ、嘘、まさか……」

鳥はぬいぐるみを取り上げた子供を蹴り倒し、踏みつけ、ぬいぐるみを奪い返した。僕は急いで前世の前に回り込み、その瞳を覗き込んだ。右眼だけではあるが、多色の輝きを見せている──魔眼になっている。
僕がなり始めたのは十四の頃なのに、僕より十年も早く目覚めるなんて……何故だろう、元々少ない自信がさらに萎んでいく。

『……はぁーい、魔物使いくん。初めまして』

鳥は子供の上で背の高い男の姿になり、周囲に居た子供達は泣き喚き逃げ惑った。

『あら、子供ってホント元気……うるっせぇなぁクソガキ共っ! 取って喰うぞォラアッ!』

甲高い裏声は低く荒い男らしい声に変わり、苛立ち紛れに足下の子供を踏み潰した。その凄惨な光景に僕の前世も泣き出したが、腰が抜けているのか逃げはしなかった。

『あら、やだぁ。もう、冗談よ?  子供は元気が一番なんだから。ね、うさぎさんもそう言ってるわ』

服装や髪型の違い、そして何より仮面を着けていないからすぐに分からなかったが、彼はマンモンだ。この裏表の激しさと声の使い分けの上手さは間違いようがない。

『やっと見つけたわ、魔物使いくん。さ、一緒に行きましょ?』

マンモンは僕の前に屈むと優しい笑顔を浮かべた。前世の僕はすすり泣きながら首を振る。

『あら……フラれちゃった。でも、ほら、うさちゃんは返すわね』

目の前にぬいぐるみをぶら下げられ、前世の僕はそれに手を伸ばす。マンモンは踵を返して鳥の姿に戻り、前世の僕を足で掴んで窓から飛び去った。

「うわ……問答無用、流石悪魔……」

その躊躇いのなさと素早さに感心していると袖を引っ張られ、景色は豪奢な邸宅へと変わる。

『ここは魔界の最奥ですね。邸内は結界が張られて人界と同レベルの魔力濃度です、魔物使いへの配慮でしょう。この家そのものが魔物使いのためのものですね』

どこだと聞く前に答えられては上手く礼を言えない。
人気の無い廊下をさまよい、子供の泣き叫ぶ声に扉をすり抜けるとやはりと言うべきか前世の僕が居た。
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