魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
上 下
526 / 909
第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

幼馴染の魔術師

しおりを挟む
穏やかに流れる川、そこに架かった石橋を走る子供達、土手の上に並んだ木組みの家々──今回の前世は平和そうに見える。竜族と天使の戦争から一体どれだけ経ったのだろう。

『や、こんにちは。お昼寝中かな?』

土手に寝転がった僕の顔を『黒』が覗き込む。どうやらもう魔物使いの力は目覚めているらしく、『黒』も僕を見つけている。

『平和でいいねぇ、羨ましいよ。天界は色々とゴタゴタしててさ』

「よく来るけど君仕事しなくていいの?」

『君に言われたくないね』

僕は『黒』と仲良く話している、出会ってからそれなりの時間が経っているらしい。以前のように監禁もしていなければ、傍に常に居る訳でもない、『黒』は本当に気分屋だ。

『ほら、怖ぁい幼馴染ちゃんが迎えに来たよ』

言うが早いか、視界が揺れた。頭を思いっきり蹴り飛ばされたらしい。こういう時は映像を見ているだけで良かったと、触覚がなくて良かったと心底思う。

「お前、私の仕事を手伝うと言ったよな。無能なお前のためにこの私がわざわざ用意してやった仕事をどうして抜け出すことが出来るのか、その精神が一番の謎だな!」

尖ったヒールが腹に埋まっていく……『黒』はその光景を見て腹を抱えて笑っている。

「……またお前か、堕天使もどき」

『やだな、僕は何もしてないよ。それよりさ、彼を無能って呼ぶのはそろそろ改めた方がいいと思うな、多分……後二、三ヶ月もすれば魔物使いとしてちゃんと目覚めると思うよ? あんまり虐めちゃ悪魔けしかけられちゃうかもね、高名な魔術師様と言えども所詮は人間、人間の範囲から逸脱出来ない間は偉ぶるのはやめた方が身のためだ』

「ご忠告感謝する。ほら起きろ、将来有望の魔物使いとやら! このまま蹴り殺すぞ!」

「君が蹴ってるから起きれないんじゃないか……」

「黙れ! 死ね!」

そう吐き捨てて額を蹴り、苛立ちを歩き方にまで匂わせて去って行く。前世の僕にとって彼女は逆らえない存在らしく、よろよろと立ち上がって追いかけた。

「そんな高いヒール履いてちゃ危ないよ?」

「王都では女はこの格好をしなければならない! 全く不愉快だ……男装が出来れば問題は無いが……」

「その胸じゃ無理だね! いやぁほんと立派、赤ちゃんの頭くらいあるんじゃない?」

高いヒールに爪先を踏み抜かれ、倒れ込んで悶絶する。
乱暴な女だと思っていたが、これは前世の僕の態度にも原因がある。まぁやり過ぎたとも思うけれど──でも、これが日常なら僕は懲りるという言葉を知らない馬鹿だ。

「いてて……でもさ、ここ王都じゃないし別に良くない?」

『昼に王都の魔術師が来るんだ! だから掃除しておけと言ったのに……』

「そうだっけ? ごめんごめん、忘れてた」

家なのか職場なのか、目的地らしい掘っ建て小屋の中は酷い有様だ。本やら薬瓶が散乱し、食べ残しが虫を集めている。

「ナハトちゃんが本棚の大きさ考えずに本買うからこうなるんだよ」

「片付けは助手であるお前の仕事だ! 本棚は作れと数日前から言っているし、食べ残しを床に捨てるなと数年前から言っている!」

「そうだっけ? ごめんごめん、気を付けるよ」

「もういい! この本も全部読んだ、もう要らん!」

ナハトというのが彼女の名だろうか、どこかで聞いたような……彼女の顔にも見覚えがある。彼女の無責任な助手が僕の前世だからだろうか。
ナハトは短く詠唱し、本や食べ残しを燃やしてしまった。今のは魔術だろう、中々の腕前だ。

「いやぁ鮮やか鮮やか、見惚れるね」

「薬を拾って棚に整理! 灰を外に掃き出す! 終わったら茶と茶菓子を買ってこい!」

「ナハトちゃんって人使い荒いよね」

「さっさとやれ! 出来なければ蹴り殺すぞ!」

随分と足癖が悪い。魔術師なら魔術の実験台にするだとか言ったらどうだ。
僕の前世は手早くナハトの言いつけをこなし、すっかり綺麗になった部屋の床に寝転がった。

「やれば出来るじゃないか。勿体ない……どうしていつもだらけているんだ」

「人よりやる気の出が悪くてねー、数日は何も出来ないかも」

「もうすぐ王都の魔術師が来る、茶を用意しておけ。しっかり出来たら褒美をやる」

「……まさか、とうとう……その完璧なお身体を任せてくれる気に?」

「死にたいのか、なら仕方ない、死ね」

「冗談じゃん」

「お前の冗談は一々下品な上にあわよくばが見え透いている!」

こんな男が僕の前世とは思えない、いや、思いたくない。今まで見てきた前世の中で一番僕から遠い、むしろ僕がイレギュラーだとでも言うように。
自身の視界として体験しているのに、お茶を用意する前世の僕の手際は僕の知覚が追いつかない程に良く、扉を叩く音がする頃には完璧に仕上がっていた。

「……これは驚いた、あの名高い田舎魔術師ヘクセンナハト様がこんなに若く美しいお嬢様だとは」

やって来た中年の魔術師の男は嫌らしい笑みを浮かべてそう言った。
ヘクセンナハト──そうか、見覚えがあって当然だ。お菓子の国で兄が前世帰りさせられて、その時に尋常ならざる憎悪と殺意を向けられた。

「あなたの功績は素晴らしい、腕前も確かだ」

ナハトは王都で魔術師として働きたいと、そんな事を話した。この国がどこかはまだ分からないが国家資格らしい。試験を通過しなければ自称になるのだと。

「しかし、受験資格は与えられませんな」

「……どうしてでしょう」

「あなたは女性でしょう?」

「…………やはり、そうなりますか」

「ええ、どうぞ魔術などやめて自分を磨いてください。もう少し見目に気を使えば、王都の貴族達も妾として欲しがるでしょう」

男はナハトを舐め回すように見つめ、そう言った。それから僕に視線を寄越す。

「あなたが彼女のような魔術師で、彼女があなたのように美味しいお茶を入れられるなら理想でしたのに」

お茶を飲み干し、席を立つ。
男が馬車で去って行くのを窓から確認し、僕は残されたお茶菓子を齧る。

「灰まみれの窓枠を拭いた雑巾の絞り汁って王都の方の口に合うんだね」

「……お前、そんなことしていたのか」

「前からあの人嫌いでね。あ、ナハトちゃんのには入れてないから安心して」

「当たり前だ、馬鹿」

カップの中、茶色い水面を眺めるナハトの顔は暗い。

「だから国出ようって前から言ってるのに。この国では女の子はどんなに優秀でも仕事に就けないんだからさぁ」

「……気に入らないな。私はどの魔術師よりも腕が良いはずだ」

「仕方ないんじゃない? この辺の自然神様は女嫌いらしいし。でも創造神の地域だと魔術なんか処刑対象だしなぁー……不真面目な天使様に何か良いとこ聞いておくから、荷造りしよ?」

ナハトは無言のまま指を振る。すると収納棚に押し込んだ大きな鞄がひとりでに床に出てきて、勝手に薬瓶がその中に入っていく。

「詠唱無しでここまで繊細な魔術使えるのナハトちゃんだけだよね。いやぁ流石だよ、助手として幼馴染として恋人候補として鼻が高い!」

「誰が恋人候補だ! お前だけは絶対に有り得ん!」

「えー寝食を何年も共にしてるのにー」

「黙れ! 死ね! 生き返ってもう一度死ね!」

ナハトは不貞腐れたのか小さなベッドに身を丸め、僕に背を向ける。荷造りは滞りなくひとりでに進んでいる。

「……お前は魔物使いなんだろ? 隷属魔術だとか言えば王都に入れるはずだ。何故しない」

「働きたくないから」

「…………私を憐れんでいるのか?」

「えー僕ナハトちゃんには劣情しか抱いてないよ?」

「……死ね!」

飛んで来た薬瓶を眼前で防ぎ、鞄に放り入れる。
枕を抱き締めて不貞寝を始めたナハトの顔を覗き、僕は夕飯の買い出しに出掛けた。
……今までの関係を見る限りでは殺し合うような仲には見えない。どうしてああまで恨まれたのだろう。

『……続けますね?』

「ウムルさん。はい、何か起こるまで……ちょっとずつ飛んで、ナハトさんにナイ君が接触するところを見ないといけませんから」

ナイはこれまで僕の前世に関わっていなかった、おそらく『黒』にも。
ナハトがナイに関わるのは、不老不死になるのは、この時代のはずだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

死亡フラグだらけの悪役令嬢〜魔王の胃袋を掴めば回避できるって本当ですか?

きゃる
ファンタジー
 侯爵令嬢ヴィオネッタは、幼い日に自分が乙女ゲームの悪役令嬢であることに気がついた。死亡フラグを避けようと悪役令嬢に似つかわしくなくぽっちゃりしたものの、17歳のある日ゲームの通り断罪されてしまう。 「僕は醜い盗人を妃にするつもりはない。この婚約を破棄し、お前を魔の森に追放とする!」  盗人ってなんですか?  全く覚えがないのに、なぜ?  無実だと訴える彼女を、心優しいヒロインが救う……と、思ったら⁉︎ 「ふふ、せっかく醜く太ったのに、無駄になったわね。豚は豚らしく這いつくばっていればいいのよ。ゲームの世界に転生したのは、貴女だけではないわ」  かくしてぽっちゃり令嬢はヒロインの罠にはまり、家族からも見捨てられた。さらには魔界に迷い込み、魔王の前へ。「最期に言い残すことは?」「私、お役に立てます!」  魔界の食事は最悪で、控えめに言ってかなりマズい。お城の中もほこりっぽくて、気づけば激ヤセ。あとは料理と掃除を頑張って、生き残るだけ。  多くの魔族を味方につけたヴィオネッタは、魔王の心(胃袋?)もつかめるか? バッドエンドを回避して、満腹エンドにたどり着ける?  くせのある魔族や魔界の食材に大奮闘。  腹黒ヒロインと冷酷王子に大慌て。  元悪役令嬢の逆転なるか⁉︎ ※レシピ付き

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【 暗黒剣士の聖十字 】 ~属性適正がまさかの闇で騎士団追放。でも魔王と呼ばれるようになった俺の力がないと騎士団が崩壊するって?~

岸本 雪兎
ファンタジー
 闇に飲まれていく世界で彼は気付く。 闇を統べる自分こそが最強だと────  1000年前に闇の属性を統べる邪神を封じ、その封印を維持するために建設された聖堂都市。 そこを守護する誉れ高き聖騎士団。  憧れからその聖騎士団へと入団した1人の少年がいた。 その少年の名はリヒト。 だがリヒトは見習いから騎士へと昇格する際に行われる属性適正の鑑定の儀で、その適正を見出だされたのは『闇』の属性。 基本となる火、水、風、土の4属性とも、上位属性である光の属性とも異なる前代未聞の属性だった。  生まれも平民の出だったリヒトはその忌むべき属性のために1度は団を追われようとしたが、当時の聖騎士団総団長ヴィルヘルムによって救われる。  それからは聖騎士としての力を示すために己の属性である闇を纏って戦場を奔走。 リヒトは数々の戦果をあげる。  だが総団長の辞任と共に新たに総団長となったのはリーンハルトという選民意識の強い貴族の当主。 この男によってリヒトは団を追われ、街を追われる事になった。 その時に敬愛し憧れていた前総団長ヴィルヘルムもリーンハルトの策略によって失脚した事を知る。 だがリヒトの災難はこれで終わらない。 失意のうちに故郷へと戻ったリヒトの目の前には無惨に変わり果てた町並みが広がっていた。 リーンハルトによって平民の村や町は切り捨てられ、魔物の脅威に曝されて。 リヒトの両親もそれによって命を落としていた。  聖騎士団をリーンハルトの手から救うべく、リヒトは聖騎士団と同等の力を持つ王国騎士を目指す。 そのためにまずはギルドで活躍し、名を挙げる事に。 だが聖堂都市を離れたリヒトは気付いた。 闇に侵されていくこの世界で、闇の属性を操る自分が最強である事に。 魔物の軍勢の最強の一角であったフェンリルも討ち、その亡骸から従魔としてスコルとハティの2体の人語を介する魔物を生み出したリヒト。  昼は王国騎士となるべくギルドで成果を。 夜は闇の仮面で素顔を隠し、自身の生んだ魔物の軍勢によって魔物の統治を進めていった。  いつしかその夜の姿を人々は魔王と謳い恐れる。  そしてリヒトが聖堂都市を離れ、邪神の封印に異変が起こりつつあった。 リヒトの退団によって聖堂都市と聖騎士団の滅亡が静かに。 だが確実に始まっていた────

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...