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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ
「結婚してください」
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サタンは配下の悪魔や魔獣を生み出し、魔界の環境を整えて天界を滅ぼす完璧な軍を作ると言ってそのまま底に残った。
急な浮上は身体に悪いと僕達は魔界の低層で低い魔力濃度に身体を慣らしていた。
『……で、本当に結婚する気なの?』
『まぁ、約束だし。人間の寿命なんて百年もないだろ? それくらいいいよ』
『軽いわねー……』
二人の姿は見えない。前世の僕は『黒』に寄り添って目を閉じているらしい。どうして名前を聞かないのか、まさかまだ認識阻害が効いているのか、安心しきった前世に反して僕は苛立っていた。
『……ここでは名前は盗れませんよ』
「ウムルさん……分かりました。じゃあ、飛ばして……」
真っ暗だった視界が清浄な光に満たされる。眩さに目を手で覆う……身体が動く。足元を見れば真っ白い長髪の男の死体があった。前世の僕は死んだらしい。
『…………酷いことするね。僕の旦那様を殺すなんてさ』
『貴様の行動は目に余る! 異界の神性を招き入れ、サタンの封印を解き、魔物使いを煽り立てて神魔戦争を引き起こし……君達張本人は逃亡だって!?』
『戦争が終わったから隠居しただけだよ、逃亡だなんて人聞きの悪いこと言わないでよね』
前世の僕の死体には剣で切られた傷がある。おそらく『黒』と言い争っている天使──カマエルがやったのだろう。
『……神は貴様を創ったのは最も重大な失敗だと言っている!』
『あ、そう。酷いね、勝手に作ったくせに』
『創造者への敬意も人類への愛も悪魔への嫌悪も何も存在しない! なんなんだ……貴様は、一体何を考えているんだ!』
『強いて言うなら、何も。ただ退屈で、暇で、仕方ないだけ。でも……うん、彼との結婚生活は楽しかった。夫婦らしいことは何もしてないけれど、数年で終わってしまったけれど、彼の転生を待つ価値はある、僕の存在を存続する価値はある』
きっと冷たくなっているであろう前世の僕の頬を撫で、寂しそうに微笑む。何度も見た表情だ、僕はあの顔を見る度に心が締め付けられて、無理矢理に恋心が引き出されるんだ。
『……少し、眠るね。疲れたよ、これから退屈だし……じゃあ、ばいばい』
霧が陽光に溶けるように、『黒』はゆっくりと姿を透かした。後に残ったカマエルは苛立ち紛れに死体を壊し、天に戻った。
『黒』の名前はいつ分かるだろうか、そればかりを気にしているとヴェールを纏った人の形をしたモノが僕の顔を覗き込んだ。
『手遅れになることはありませんので、どうぞごゆっくり』
「……『黒』には時間が無いんだよ、本当に……」
『時間などお気になさらず。貴方の心が戻るのは銀の鍵を握った図書館です』
僕の生きている時代の時間は進まないと? 理屈は分からないが彼が僕に嘘を言う理由はないだろう。
『全ての時空と接しています。時とはまぁるいものですから。後も先も何もありません。あるのはただ、空虚、あるいはそれすらも』
僕の頭の中だけの疑問の返答なのだろうけれど、彼の言葉は理解し難い。僕は会話を無理に切り上げ、前世の記憶に意識を戻した。
見えるのは石壁、そして鉄柵。どうやら独房に入れられているらしい。何か罪でも犯したのだろうか。
俯いているらしく細く白い膝が視界の半分以上を占領している、端々に見える長い髪は真っ白だ。
「出ろ! 魔女め……早くしろ!」
手枷に繋がる鎖を引かれ、僕はよろよろと立ち上がる。鏡の前に立たされ、髪を掴まれ顔を無理矢理上げさせられる。
「見ろ、見るんだ! この眼を……邪悪な色の眼を! 貴様は数日前まで眼と髪は黒かったそうではないか、今はなんだ! 悪魔に憑かれたとしか思えん!」
腰まで伸びた髪は生え際から毛先まで真っ白で、両眼ともに虹色に輝いて、この前世は完璧に魔物使いとして目覚めている。
見た目からして十代の少女だ、今の僕より歳下かもしれない。身体には無数の傷があって、ボロ布のような服を着ている。
「……貴様が認めようと認めまいと、今日で貴様が魔女かどうか決まる……処刑が楽しみだな!」
半ば引き摺られる形で広間に連れられ、真ん中に設置された椅子に座る。肘掛けに手首を、椅子の足に足首を、背もたれに身体を縛り付けられる。抵抗する気力はないようで、前世の僕は指先一つ動かさなかった。
「魔女裁判を開廷する! 我らが正義の国で魔女がのさばるなどあってはならない事だ、魔女ならば……この天使様より賜りし神の炎で浄化せねば!」
広間を囲う柵には等間隔で松明が設置されている。
ゆらゆらと揺れる赤い炎……あれが神の炎なのか? 特別さは僕には分からない。
「……これまでの尋問でこの女は口を割らなかった。膝を割ろうと、指を潰そうと、鉛を飲ませようとも……だが、聖水は誤魔化されない! 魔女ならば皮膚が爛れ、そうでなければ清められる!」
気取ったように柵の向こうの民衆に呼びかける神父風の男。彼の合図で椅子の周りに水の入ったバケツが並べられる。
「…………では、始める!」
男はバケツを抱え、恐怖を煽るように僕に水を覗かせる。泡立った黄色混じりの濁った液体……これが聖水? そうは思えない。
男は台に上り、バケツを僕の頭の上に掲げる。バケツが傾く──と、そのバケツを細い足が蹴り飛ばした。その足の主は背もたれに乗っているらしく、足以外は見えない。
「て、天使様……?」
僅かに腕や太腿に落ちた飛沫は肌を爛れさせている。あのまま頭からかけられていたらどうなっていただろう。
『…………自由意志を持って決定する。この者は無罪だ』
「天使様!? しかし、この者は間違いなく魔女で──」
ごっ、と鈍い音が響き、バケツと同じように男の顎が蹴り上げられる。
トンと椅子の前に飛び降りた天使は翼を広げ、男を踏み付け、顔を踏む。
『異論は認めない。天使に逆らうなんて……まさか、君、悪魔に取り憑かれているのかい?』
松明を手に取り、眼前で揺らす。
「ひっ……い、異論などありません! 逆らうなんて、とんでもない!」
『…………よろしい。浅ましく人間らしい、醜くって最高さ』
松明を男の顔の横に落とし、僕に向き直って微笑む。黒と白と灰が混じった髪に、黒と赤の違った瞳──珍しくも屈託のない笑みを浮かべた『黒』だ。
縄を解き、僕を抱き上げると椅子を足場に飛び立った。
『……下、見てご覧』
あの神父風の男が民衆に松明を押し付けられている。
『神の炎に怯えたこと、そして地に落ちて広かった炎が彼の衣服に燃え移ったこと…………神の炎が善良な人間に危害を加えるはずがないと、彼は悪魔に取り憑かれていると認定されたみたいだね』
翼が揺れる速度とは関係なく、空を飛ぶ速度はぐんぐんと上がる。
正義の国を一望出来る高さまで来ると『黒』はケラケラと笑った。
『あれはただの炎だし、聖水だって言ってるのは骨まで溶ける劇薬だ! 面白いよねぇ、いたいけな少女を嬲り殺す為だけにあーんなに手間かけて……あぁ、全く、最高だよ……』
ふざけた笑い声は消え、表情は寂しいものになる。
『……連中に何人処刑されたっけ』
「…………私で13人目だと言っていました」
山奥に降り立ち、無人の山小屋の扉を蹴り開ける。『黒』は棚から正方形に切られた紙を取り出し、万年筆で呪術陣を描いていく。
『君は魔物使いだから当たりと言えば当たりなんだけどね』
描き終わった呪術陣を僕の額に貼り、短く呪文を呟く。
『二、三日安静にしてれば元通りに治るよ』
潰れた指、上手く動かない足、それらを一瞥し、また『黒』に視線を戻す。
「……ありがとうございます。あの、天使様……どうして私を助けてくださったんですか? こんな、不気味な……眼と髪で、私は本当に魔女なんでしょう?」
『君は前世で僕と結婚したんだよ。ずっと待ってた、また一緒だね』
問いに答えず、『黒』は寂しそうに微笑む。いや、今のが『黒』なりの答えだったのだろうか。前世で結婚した仲だから助けた──と。
「……結婚? 私と……天使様が?」
『あ、君女の子か……僕あんまり身体弄るのは得意じゃないんだよね。まぁ性別変えるくらいなら余裕だけど…………面倒だなぁ。君、女の子好きだったりしない?』
「へ……? ぁ、あの、天使様……」
『まぁ別に友達でもいいし。あ、天使様って呼び方やめてよ、おねーさんって呼んで』
「そんな……天使様に向かって、不敬です……」
慈しむように細められていた虚ろな瞳が苛立ちを孕む。前世の僕もそれを感じ取ったようで、恐る恐る「おねーさん」と呟いた。
『うん、いい子だね。君いじめられっ子だろ、他人の苛立ちを察するのに慣れてる。でも、そうおどおどされると困るな。言ったろ? 僕は君を恋人か友人にしたいんだよ。あ、そうそう、君家族は?』
「……家族、は……私が小さい頃に、みんな…………」
『だろうね。身寄りがあったら下手に魔女だなんて言えないよ』
「だからっ……帰るところ、なくて」
『……何言ってるの? 君の家はここだよ、どこにも行かせない。帰るなんて行動、君はもう二度と出来ない』
頬をゆっくりと撫で上げ、魔性を宿した赤い瞳を輝かせる。
『君に家族が居たとしても、僕は同じ行動を取った。その辺りは理解してね、僕の性格だから』
「……おねーさん、私……私、家族、欲しいです」
『うん……? ダメだよ、君にはもう二度と僕以外の存在を生きて近付けない』
「おねーさん! 私と家族になってください!」
『…………あぁ、そっち。もちろん、喜んで。ふふ……人付き合いはしてこなかったのかな? 僕がおかしいって思わないんだ、自分でも思ってるのに……あははっ、いいね、好きだよそういう壊れちゃってる子、可哀想で可愛くって最高だ』
家族が居ても居なくても、この家に閉じ込めて二度と他の者に近付けさせない。この『黒』の行動を異常だと思えなければ壊れていると?
…………なら、僕も壊れている。前世の僕が「羨ましい」なんて思ってしまったのだから。
急な浮上は身体に悪いと僕達は魔界の低層で低い魔力濃度に身体を慣らしていた。
『……で、本当に結婚する気なの?』
『まぁ、約束だし。人間の寿命なんて百年もないだろ? それくらいいいよ』
『軽いわねー……』
二人の姿は見えない。前世の僕は『黒』に寄り添って目を閉じているらしい。どうして名前を聞かないのか、まさかまだ認識阻害が効いているのか、安心しきった前世に反して僕は苛立っていた。
『……ここでは名前は盗れませんよ』
「ウムルさん……分かりました。じゃあ、飛ばして……」
真っ暗だった視界が清浄な光に満たされる。眩さに目を手で覆う……身体が動く。足元を見れば真っ白い長髪の男の死体があった。前世の僕は死んだらしい。
『…………酷いことするね。僕の旦那様を殺すなんてさ』
『貴様の行動は目に余る! 異界の神性を招き入れ、サタンの封印を解き、魔物使いを煽り立てて神魔戦争を引き起こし……君達張本人は逃亡だって!?』
『戦争が終わったから隠居しただけだよ、逃亡だなんて人聞きの悪いこと言わないでよね』
前世の僕の死体には剣で切られた傷がある。おそらく『黒』と言い争っている天使──カマエルがやったのだろう。
『……神は貴様を創ったのは最も重大な失敗だと言っている!』
『あ、そう。酷いね、勝手に作ったくせに』
『創造者への敬意も人類への愛も悪魔への嫌悪も何も存在しない! なんなんだ……貴様は、一体何を考えているんだ!』
『強いて言うなら、何も。ただ退屈で、暇で、仕方ないだけ。でも……うん、彼との結婚生活は楽しかった。夫婦らしいことは何もしてないけれど、数年で終わってしまったけれど、彼の転生を待つ価値はある、僕の存在を存続する価値はある』
きっと冷たくなっているであろう前世の僕の頬を撫で、寂しそうに微笑む。何度も見た表情だ、僕はあの顔を見る度に心が締め付けられて、無理矢理に恋心が引き出されるんだ。
『……少し、眠るね。疲れたよ、これから退屈だし……じゃあ、ばいばい』
霧が陽光に溶けるように、『黒』はゆっくりと姿を透かした。後に残ったカマエルは苛立ち紛れに死体を壊し、天に戻った。
『黒』の名前はいつ分かるだろうか、そればかりを気にしているとヴェールを纏った人の形をしたモノが僕の顔を覗き込んだ。
『手遅れになることはありませんので、どうぞごゆっくり』
「……『黒』には時間が無いんだよ、本当に……」
『時間などお気になさらず。貴方の心が戻るのは銀の鍵を握った図書館です』
僕の生きている時代の時間は進まないと? 理屈は分からないが彼が僕に嘘を言う理由はないだろう。
『全ての時空と接しています。時とはまぁるいものですから。後も先も何もありません。あるのはただ、空虚、あるいはそれすらも』
僕の頭の中だけの疑問の返答なのだろうけれど、彼の言葉は理解し難い。僕は会話を無理に切り上げ、前世の記憶に意識を戻した。
見えるのは石壁、そして鉄柵。どうやら独房に入れられているらしい。何か罪でも犯したのだろうか。
俯いているらしく細く白い膝が視界の半分以上を占領している、端々に見える長い髪は真っ白だ。
「出ろ! 魔女め……早くしろ!」
手枷に繋がる鎖を引かれ、僕はよろよろと立ち上がる。鏡の前に立たされ、髪を掴まれ顔を無理矢理上げさせられる。
「見ろ、見るんだ! この眼を……邪悪な色の眼を! 貴様は数日前まで眼と髪は黒かったそうではないか、今はなんだ! 悪魔に憑かれたとしか思えん!」
腰まで伸びた髪は生え際から毛先まで真っ白で、両眼ともに虹色に輝いて、この前世は完璧に魔物使いとして目覚めている。
見た目からして十代の少女だ、今の僕より歳下かもしれない。身体には無数の傷があって、ボロ布のような服を着ている。
「……貴様が認めようと認めまいと、今日で貴様が魔女かどうか決まる……処刑が楽しみだな!」
半ば引き摺られる形で広間に連れられ、真ん中に設置された椅子に座る。肘掛けに手首を、椅子の足に足首を、背もたれに身体を縛り付けられる。抵抗する気力はないようで、前世の僕は指先一つ動かさなかった。
「魔女裁判を開廷する! 我らが正義の国で魔女がのさばるなどあってはならない事だ、魔女ならば……この天使様より賜りし神の炎で浄化せねば!」
広間を囲う柵には等間隔で松明が設置されている。
ゆらゆらと揺れる赤い炎……あれが神の炎なのか? 特別さは僕には分からない。
「……これまでの尋問でこの女は口を割らなかった。膝を割ろうと、指を潰そうと、鉛を飲ませようとも……だが、聖水は誤魔化されない! 魔女ならば皮膚が爛れ、そうでなければ清められる!」
気取ったように柵の向こうの民衆に呼びかける神父風の男。彼の合図で椅子の周りに水の入ったバケツが並べられる。
「…………では、始める!」
男はバケツを抱え、恐怖を煽るように僕に水を覗かせる。泡立った黄色混じりの濁った液体……これが聖水? そうは思えない。
男は台に上り、バケツを僕の頭の上に掲げる。バケツが傾く──と、そのバケツを細い足が蹴り飛ばした。その足の主は背もたれに乗っているらしく、足以外は見えない。
「て、天使様……?」
僅かに腕や太腿に落ちた飛沫は肌を爛れさせている。あのまま頭からかけられていたらどうなっていただろう。
『…………自由意志を持って決定する。この者は無罪だ』
「天使様!? しかし、この者は間違いなく魔女で──」
ごっ、と鈍い音が響き、バケツと同じように男の顎が蹴り上げられる。
トンと椅子の前に飛び降りた天使は翼を広げ、男を踏み付け、顔を踏む。
『異論は認めない。天使に逆らうなんて……まさか、君、悪魔に取り憑かれているのかい?』
松明を手に取り、眼前で揺らす。
「ひっ……い、異論などありません! 逆らうなんて、とんでもない!」
『…………よろしい。浅ましく人間らしい、醜くって最高さ』
松明を男の顔の横に落とし、僕に向き直って微笑む。黒と白と灰が混じった髪に、黒と赤の違った瞳──珍しくも屈託のない笑みを浮かべた『黒』だ。
縄を解き、僕を抱き上げると椅子を足場に飛び立った。
『……下、見てご覧』
あの神父風の男が民衆に松明を押し付けられている。
『神の炎に怯えたこと、そして地に落ちて広かった炎が彼の衣服に燃え移ったこと…………神の炎が善良な人間に危害を加えるはずがないと、彼は悪魔に取り憑かれていると認定されたみたいだね』
翼が揺れる速度とは関係なく、空を飛ぶ速度はぐんぐんと上がる。
正義の国を一望出来る高さまで来ると『黒』はケラケラと笑った。
『あれはただの炎だし、聖水だって言ってるのは骨まで溶ける劇薬だ! 面白いよねぇ、いたいけな少女を嬲り殺す為だけにあーんなに手間かけて……あぁ、全く、最高だよ……』
ふざけた笑い声は消え、表情は寂しいものになる。
『……連中に何人処刑されたっけ』
「…………私で13人目だと言っていました」
山奥に降り立ち、無人の山小屋の扉を蹴り開ける。『黒』は棚から正方形に切られた紙を取り出し、万年筆で呪術陣を描いていく。
『君は魔物使いだから当たりと言えば当たりなんだけどね』
描き終わった呪術陣を僕の額に貼り、短く呪文を呟く。
『二、三日安静にしてれば元通りに治るよ』
潰れた指、上手く動かない足、それらを一瞥し、また『黒』に視線を戻す。
「……ありがとうございます。あの、天使様……どうして私を助けてくださったんですか? こんな、不気味な……眼と髪で、私は本当に魔女なんでしょう?」
『君は前世で僕と結婚したんだよ。ずっと待ってた、また一緒だね』
問いに答えず、『黒』は寂しそうに微笑む。いや、今のが『黒』なりの答えだったのだろうか。前世で結婚した仲だから助けた──と。
「……結婚? 私と……天使様が?」
『あ、君女の子か……僕あんまり身体弄るのは得意じゃないんだよね。まぁ性別変えるくらいなら余裕だけど…………面倒だなぁ。君、女の子好きだったりしない?』
「へ……? ぁ、あの、天使様……」
『まぁ別に友達でもいいし。あ、天使様って呼び方やめてよ、おねーさんって呼んで』
「そんな……天使様に向かって、不敬です……」
慈しむように細められていた虚ろな瞳が苛立ちを孕む。前世の僕もそれを感じ取ったようで、恐る恐る「おねーさん」と呟いた。
『うん、いい子だね。君いじめられっ子だろ、他人の苛立ちを察するのに慣れてる。でも、そうおどおどされると困るな。言ったろ? 僕は君を恋人か友人にしたいんだよ。あ、そうそう、君家族は?』
「……家族、は……私が小さい頃に、みんな…………」
『だろうね。身寄りがあったら下手に魔女だなんて言えないよ』
「だからっ……帰るところ、なくて」
『……何言ってるの? 君の家はここだよ、どこにも行かせない。帰るなんて行動、君はもう二度と出来ない』
頬をゆっくりと撫で上げ、魔性を宿した赤い瞳を輝かせる。
『君に家族が居たとしても、僕は同じ行動を取った。その辺りは理解してね、僕の性格だから』
「……おねーさん、私……私、家族、欲しいです」
『うん……? ダメだよ、君にはもう二度と僕以外の存在を生きて近付けない』
「おねーさん! 私と家族になってください!」
『…………あぁ、そっち。もちろん、喜んで。ふふ……人付き合いはしてこなかったのかな? 僕がおかしいって思わないんだ、自分でも思ってるのに……あははっ、いいね、好きだよそういう壊れちゃってる子、可哀想で可愛くって最高だ』
家族が居ても居なくても、この家に閉じ込めて二度と他の者に近付けさせない。この『黒』の行動を異常だと思えなければ壊れていると?
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