上 下
488 / 909
第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共

三魔王の一人

しおりを挟む
アシュメダイの邸宅、その中庭。ヘルから奪い取った犬神の首を掴んだまま、アシュはギリギリと歯を食いしばっていた。

『……不肖アスタロト、進言させて頂きたく』

いつの間にか背後に立っていた執事風の男に声をかけられ、身を跳ねさせる。

『アスタロト様……? こんにちはぁ~……アシュちゃん今忙しいの』

『このまま追えば貴方様は確実に屠られます』

アシュは分かり切ったことを言われ、苛立ち紛れに舌打ちをする。変質したとはいえヴェーン薄汚い混血程度どうにでもなるが、合流した吸血種らしい悪魔は手強そうだ。そして何よりの問題は魔物使いの声がベルゼブブに届くだろうということ。自宅の結界内なら呼べはしないだろうが、ベルゼブブが住み着いているヴェーン邸近くでは確実に届く。そうなったら負け……だからアシュは手をこまねいていた。

『しかしこのまま放っておいても屠られます。この未来の回避は難しいでしょう』

『……不可能じゃない、ってこと~? 詳しく教えてぇ? アスタロト様ぁ~』

アシュは可愛らしい声を作ってアスタロトに絡み付く。声色も表情も全く変えることなく、アスタロトは機械的に言葉を紡ぐ。

『貴方様の当初の予定通り、魔物使いを食すことが出来れば……人界なら一時的にベルゼブブ様を凌ぐ力を手に入れられます』

人界なら、一時的に、という限定にアシュは眉を顰めた。

『十分でしょう? ベルゼブブ様をも喰らってしまえば完璧です』

『まぁ……そうだよねぇ~』

アスタロトは話の途中だというにも関わらず、革靴をコツコツと鳴らして門を抜ける。

『ちょ、ちょちょちょっ、アスタロト様ぁ~、どこ行くのぉ?』

『時間は有限ですから。貴方様が未来に抗うにしても抗わないにしても、その場所へ向かいながら話すべきだと』

『……抗うに決まってんじゃぁ~ん』

するりと腕に絡み付き、歩幅を合わせて歩く。

『最も警戒すべきは魔物使いが喚ぶ外の神。アレは……そうですね、創造神創造物特効とも呼べる存在です』

『…………どういう意味ぃ~?』

『あの神性は常識外れです。そしてその常識とは創造神が創ったモノ。異界の神ならそう驚くこともないのかも知れません。しかし創造神に創られた者共はアレを見ただけで異常なまでの恐怖と狂気に犯されます』

創造神、の言葉を聞いてアシュは分かりやすく機嫌を損ねた。

『一言で言うなら、冒涜的』

『……それは悪魔も同じコトでしょぉ~?』

『冒涜の種類が違いますから。悪魔は創造神に創られたくせに牙を剥いたモノ、アレらは創造神を否定するモノです』

『…………否定?』

『貴方様も元は天使。吸血鬼は創造神の信者。本能として十字架に罪悪感を抱く者と救いを求める者はアレを見てはいけません』

アシュはアスタロトの煙に巻くような言葉に苛立ったが、同時に「理解してはいけないものを理解しないままに説明しているから」だと察していたから、それを表に出さないよう務めた。

『あの霧は神なのね?』

『そう呼べるものですね』

『なら、気を付けるわ。だ~かぁ~らぁぁ~……そろそろ、抗い方を教えてくれない? あ、す、た、ろ、と、さ、まぁ?』

アスタロトは自分の腕に胸を押し付けるアシュを一瞥し、もう片方の手で市場を指差した。説明無用は未来を視て分かっていた。

『何よぉ~もぅ、つれないひと……』

無反応さに頬を膨らまし、指し示したモノを探す。
黒蛇が揺れている……店員に買った物を詰めさせ、その鞄を絡め、蛇は店の外へと向かう。黒蛇そのものではない、蛇はあくまで尾。首にも買ったもの入れた袋を下げ、蛇に咥えさせたメモを見る──美しき銀狼。

『…………なぁ~るほどぉ。あのコを使うのねぇ~?』

『どう使うかは御自由に。貴方様の好き勝手は最も貴方様らしい。私が口を出せば未来は変わります』

『……ね、アスタロト様ってぇ~、魔物使い、邪魔だと思ってるのぉ~? ベルゼブブ様やサタン様みたいにぃ、使おうと思ってるならぁ、アシュちゃんが食べる協力してくれないよねぇ~?』

アスタロトはようやく表情を変えた、不敵な笑みだ。この質問も予見している、回答も用意している。

『ベルゼブブ様、いけ好かないんですよ』

そう残し、アスタロトは姿を消した。少しずつ透明になった彼に通行人は誰一人として気が付かず、己の欲に忠実になるため歩いていた。

『ふぅ~ん?  真偽不確かって感じぃ~』

自らの欲望を満たす為だけに活動するのが悪魔。アスタロトも例に漏れず、何らかの目的を持ってアシュに接触しているはず。アシュはそれを理解していたからこそ、アスタロトへの利が薄いことを証拠に不信感を抱いた。
魔物使いの存在は悪魔にとって大きい。食えば魔王に、敵対すれば塵に、下れば今まで通り──いや、気に入られれば何らかの恩恵を得られる。とにかく、他の悪魔が喰うのを助けるような行為は有り得ない。

『…………まぁ、いいかぁ。魔物使い食べたいしぃ~、ベルゼブブ様も食べたら……次の魔王は絶対アシュちゃん!』

いつもの笑顔を作り、アシュはアルの前に躍り出る。

『……アシュメダイ様? 御機嫌よう……』

アルは首を傾げながらも礼儀を重んじる。

『どうかなされましたか?』

『……ワンちゃんってさ~、確かぁ~、耐性! 無いんだよねぇ~? 魅了チャーム!』

目に悪い明るいピンク色の瞳が、ハート型の瞳孔が、アルの真っ黒な瞳を見つめる。

『さて、どうしよっかなぁ~。無難に人質か……手足でもちぎって送り付けるか……それとも、寝取っちゃおっかなぁ~?』

アシュの小さな手がアルの額に触れる。アルは心地良さそうに目を閉じ、自らその手に擦り寄った。

『ん~、可愛い可愛い。よし! た~っぷりじ~っくり育ててあげるね!』

魔力によって首輪が生成され、アルの首に巻かれる。アシュがそれに繋がる紐を引くとアルは黙ってついて行く、買い物袋を投げ捨てて。


アシュは何の障害もなく魔物使いを手に入れる為の道具が手に入ったことに喜んでいた。邸宅の前で出迎えたサキュバス達一人一人と濃厚なキスを交わし、魔力を吸い取って更に上機嫌になった。

『んっふふふ~、さてさてワンちゃん、ワンちゃんは~……女の子だったよね?』

アルを連れて自室のベッドに腰掛け、アルをベッドに乗せると背を撫でた。

『…………イヌ科って年中発情期じゃないから面倒なんだよねぇ~。まず発情させないと魅了してても嫌がるしぃ~……もぅ、面倒臭い……ほら、ワンちゃん、こっち向いてこっち向いてー』

再び目を合わせ、魔眼を発動させる。

『む……なかなか……』

普通、魔獣というのは長命な生き物ほど発情期の感覚が長い。そして大抵の人工の生き物は生殖機能を有していない。不老不死で合成魔獣のアルもその例に漏れず、生殖機能そのものが存在しなかった。

『はぁ……まず身体の作り弄らなきゃ……ワンちゃん、目あんまり閉じないでね~?』

無いなら付けてやればいい。アシュはそう考え、当初の目的を頭の隅に追いやって、久しぶりの魔眼フル稼働に目薬を指した。

『んふふふ~……だーいじなコが帰ってきたと思ったらぁ~、他所の人の孕んでたってなったらぁ~、戦意喪失間違いなしだよねぇ~!』

どれだけの時間がかかったとしても、その嫌がらせを必ず決行する。
悪魔は自らの欲望を満たす為だけに活動する。回り道だろうとそちらの方が楽しければそちらを選ぶ。大罪の呪の悪魔なんて呼ばれる六悪魔は特にその傾向が顕著だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

俺だけ入れる悪☆魔道具店無双〜お店の通貨は「不幸」です~

葉月
ファンタジー
一学期の終わり、体育館で終業式の最中に突然――全校生徒と共に異世界に飛ばされてしまった俺。 みんなが優秀なステータスの中、俺だけ最弱っ!! こんなステータスでどうやって生き抜けと言うのか……!? 唯一の可能性は固有スキル【他人の不幸は蜜の味】だ。 このスキルで便利道具屋へ行けると喜ぶも、通貨は『不幸』だと!? 「不幸」で買い物しながら異世界サバイバルする最弱の俺の物語が今、始まる。

えっ、じいちゃん昔勇者だったのっ!?〜祖父の遺品整理をしてたら異世界に飛ばされ、行方不明だった父に魔王の心臓を要求されたので逃げる事にした〜

楠ノ木雫
ファンタジー
 まだ16歳の奥村留衣は、ずっと一人で育ててくれていた祖父を亡くした。親戚も両親もいないため、一人で遺品整理をしていた時に偶然見つけた腕輪。ふとそれを嵌めてみたら、いきなり違う世界に飛ばされてしまった。  目の前に浮かんでいた、よくあるシステムウィンドウというものに書かれていたものは『勇者の孫』。そう、亡くなった祖父はこの世界の勇者だったのだ。  そして、行方不明だと言われていた両親に会う事に。だが、祖父が以前討伐した魔王の心臓を渡すよう要求されたのでドラゴンを召喚して逃げた!  追われつつも、故郷らしい異世界での楽しい(?)セカンドライフが今始まる!  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

追放された最弱ハンター、最強を目指して本気出す〜実は【伝説の魔獣王】と魔法で【融合】してるので無双はじめたら、元仲間が落ちぶれていきました〜

里海慧
ファンタジー
「カイト、お前さぁ、もういらないわ」  魔力がほぼない最低ランクの最弱ハンターと罵られ、パーティーから追放されてしまったカイト。  実は、唯一使えた魔法で伝説の魔獣王リュカオンと融合していた。カイトの実力はSSSランクだったが、魔獣王と融合してると言っても信じてもらえなくて、サポートに徹していたのだ。  追放の際のあまりにもひどい仕打ちに吹っ切れたカイトは、これからは誰にも何も奪われないように、最強のハンターになると決意する。  魔獣を討伐しまくり、様々な人たちから認められていくカイト。  途中で追放されたり、裏切られたり、そんな同じ境遇の者が仲間になって、ハンターライフをより満喫していた。  一方、カイトを追放したミリオンたちは、Sランクパーティーの座からあっという間に転げ落ちていき、最後には盛大に自滅してゆくのだった。 ※ヒロインの登場は遅めです。

処理中です...