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第二十八章 神降の国にて晩餐会を

テロリストの余興

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僅かに広間が暗くなり、舞台らしき場所に照明が集中する。何も無い、ただマイクとかいう名前の棒が立っているだけの空間が照らされている。

「なんだかドキドキしますわね、エア様」

『そう……?』

「私だけなのでしょうか……だとしたら、この胸の高鳴りは、貴方の……」

「アルテミスっ! お兄ちゃんの手も腕も空いてるぞ! さぁその男から離れろ! そしてこの腕に抱き着いて──」

開会式が始まりそうだというのにアポロンは騒がしい。

「ヘル君ヘル君、俺にぃの右腕押さえるからヘル君左腕頼める? ねぇに協力頼まれててさ、上手くいかなかったら何されるか分かんない」

「わ、分かりました……」

僕もアルテミスに協力を依頼されている、報酬は無いけれど。このまま騒がしいのも問題だし、アルテミスに後で怒鳴られるのも嫌だ。僕はヘルメスと息を合わせ、そっとアポロンの腕を抱き締めた。

「……お兄様の腕は埋まっているようですね」

「なっ……!? へ、ヘルメス! 離しなさい! ヘル君まで……何故だ、何故私を裏切る!」

振り払われてしまわないよう注意しながらアルテミスと兄の様子を見る。僕の視線に気が付いたアルテミスは兄に見えないように親指を立て笑顔を浮かべた、どうやら彼女の機嫌は取れたらしい。
だが、無表情のままアポロンを見つめている兄はどうすればいいのか分からない。

「裏切るって人聞き悪いなぁー、腕空いてるって言うから埋めてあげただけじゃん」

「この腕はアルテミス専用だ!」

「妹の分だけとか弟差別だよ」

「……まぁお前はいいとして、ヘル君はなんなんだ!」

アルテミスに協力していると言ってしまわないよう、顔を伏せる。

『…………暗かったから僕と間違えたんだよね? そうだよね? ねぇヘル? 僕こっちなんだけどなぁ……』

とうとう話しかけてきた。さてどうしよう、ここで兄を無視すれば兄は間違いなく怒り狂う。今すぐ兄の腕に抱き着いて媚を売ればアルテミスの恨みを買う。

「そっ、そうなんだよ。ちょっと疲れてきて視界が……あはは、何か抱き心地悪いと思った! ごめんねにいさま!」

『…………だよねぇ』

兄の怒りとアルテミスの恨み、どちらが恐ろしいかと言えば当然兄の方だ。

「えっ、ちょ、ヘル君」

「…………ごめんなさいヘルさん。無理です……」

「えぇ……俺一人でやれとかそれこそ無理だよ、ねぇに殺される」

「……僕だってこれ以上やったら殺されますよ」

兄の機嫌を損ねない方法ならいくらでも協力出来るのだが、兄をアルテミスと二人きりにする為には僕が離れなければならないし、アポロンも引き離さなければならない。兄は僕が手元に居ないと機嫌が悪くなるので、条件を満たし兄の機嫌を保つ方法はない。

「…………なんなのよ」

アルテミスの小さな呟きが聞こえた。僕はやれる事はやったし、後は自分一人で頑張って欲しい。いや、そもそも兄はお勧め出来ない。


ほどなくして背後の扉がひとりでに開き、マイクの高さがひとりでに調節される。何も無い空間から突然中年の男が現れ、挨拶を始めた。

「えー……本日はお日柄も良く……けほっ、ちょ、ちょっと待……走って来たから、息が……」

彼の手には見覚えのある髑髏を彷彿とさせる兜がある。先程の怪現象は不可視の兜がなせる技か。
遅刻しそうだったから走った、まではいいとして何故シャツのボタンが外れているのだろう、遅刻の原因は寝坊だろうか。
しばらくすると息が整い、先程の無様な姿を忘れさせるような見事な挨拶を行った。そうして開会式は無事に終わり、男は壇上を降りて一番に水を飲みに行った。

「父上!」

「あぁ、えぇーっと……アレス?」

「誰ですか! 私はアポロンですよ!」

「おぅ、アポロンアポロン。覚えやすいな」

中々に適当な男らしい。

「どうしてこんな日に遅刻を……というか! ベルトを締めてください!」

「社会の窓が開きっぱなしぃー」

「お……お前誰だ」

「わぁちょっと前に顔見せたのに忘れられてる」

修正する。恐ろしく適当な男らしい。

「ん……? 綺麗なねーちゃん!」

「アルテミスですよ! あなたの娘です! 娘にまで手を出すつもりですか! それより早く服を整えて……」

「あぁ……娘か、そういやいたなぁ」

「早くベルト締めろぉ!」

これまでアポロンを妹好きの面倒臭くて騒がしい奴だと思っていたが、この父親を見ると同情心が湧いてくる。第一王子という重荷に加え、彼には様々な家庭問題があったのだ、問題が比較的少ない妹に傾倒しても仕方ない。

「全く……何故服がこんなに乱れているんですか」

アポロンに手伝われながら、男はようやく服を整えた。

「ほら、今月入ったあの可愛いメイドさん居るだろ、あの子と──」

「それ以上口を開かないでください。分かってますか? ここは各国の統治者が集まる社交場……名目は親睦会ですが、その実…………ここでどう振る舞うべきかは分かるでしょう?」

見た目としては「ナイスミドル」だとか「おじさま」だとか言われそうな適度に混じった白髪がまた魅力的な男性なのだが……どうにも適当だ。

「心配するな、俺の外面は完璧だ」

丁度そこに砂漠の国の王とその王妃がやってくる。
男は王に礼儀正しく挨拶する。

「初めまして、王妃。あぁ、僕はなんて不幸な……貴女の輝きを見てしまったら、もう満天の星空も夕暮れの海も鈍くなって──」

そして、王妃を口説く。

「やめてください父上!」

王妃は困ったように笑っている。王の方も笑っているし、関係悪化ということはないらしい。人柄が知れ渡っているのか、社交辞令と見ているのか、僕には分からない世界だ。
少し離れていようと後退り、机に盛られた料理を皿に盛る。せっかくの晩餐会だ、食べなければ。

『……ねぇ、お兄さん。ボクにも取り分けて』

くい、と裾を引く少年。砂漠の国の王族か何かだろうか。金の装飾と透ける布を合わせたどこか艶やかな衣装──王や王妃と似た服装だ。少年は顔の下半分もその布で隠しており、僅かに透けて見える浅黒い肌には呪術に使うような模様が描かれていた。

「どれ欲しいの?」

『これと、それ。あとそっちのも』

別の皿を取り、少年が指差した料理を均等に盛る。

『……ありがと、お兄さん』

ふわりと広がった肩に付かない程度の黒檀のような髪。深淵を覗いている気分になる丸く大きな瞳。少年の特徴は王にも王妃にも一致しない、血縁者ではないのだろうか。

『…………ねぇ、お兄さん』

「何?」

『ボクはね、火が嫌いなんだよ。せっかく作ったものも無駄になっちゃうし、何より……明るくなっちゃう、見えちゃうんだよ、ボクが』

大抵の生き物は火が嫌いだろう。眺めている分には綺麗だけど、家や自分が燃やされてしまうと思えば誰もが嫌う。

『……ボクはね、未知のままでいなきゃいけない』

「…………言ってる意味がよく分からないんだけど」

『大丈夫、それが正しいボクだよ』

「……君は、王子なの?」

『ううん、ボクは預言者。もしくは、王の愛人、かな?  なーんて……あははっ』

こんな子供に煙に巻かれるなんて──いや、この感覚、この美貌、見覚えがある。

「…………まさか、君は──」

『火を追い払ってくれたお礼にイイこと教えてあげる』

「……何?」

情報は貰っておこうか。どんなに怪しくとも相手の意図の手掛かりにはなる。

『何もかもが嫌になったら、過去に戻ってやり直すのもいいと思うよ』

「出来るならやりたいけどね」

『……門を超える資格があるなら誰にだって出来るよ』

資格がどうこうと言う時点で誰にだってではないだろう。なんて揚げ足取りは声に出さず、じっと少年を見つめ返す。

『……料理を取り分けてくれたお礼もしなきゃね。あの鍵は簡単に手に入るはずさ、手に入れた後が大変だからね。大抵のボクは門を超えさせたくはないだろうけど……預言者として言わせてもらうね、あの門を超えればキミは今以上に不幸になる。全人類に降り掛かる全ての不運を合わせたよりも、ね』

「……君がそうするの?」

『ボクじゃないよ、別のボクかもしれないけど。キミの大好きな人かもしれないし、大っ嫌いになるかもしれない人だ』

「…………ナイ君、だよね?」

『ボクはそう名乗ってないよ』

どうも彼は明言を避ける傾向にあるらしい。預言者故なのか、ただの性格か、僕を苛立たせる為か──

「……君には幾つもの顔があるよね」

『ボクに顔は一つも無いよ。あったら幾つも持てないからね』

「僕は君に会ったら殺そうと思ってたんだけど、君は善良な個体なのかな」

『ふふ、お兄さん怖いなぁ。ボク悪い邪神じゃないよ?  虐めちゃ、やーだ。ふふふっ……』

まだ彼自身には何もされていない。むしろ情報を貰った、使えるものかどうかは分からないけれど。
だから僕は彼への殺意をとりあえず保留にした。どうせ今この場では殺せない、せめて機会を待とう。
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