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第二十八章 神降の国にて晩餐会を

いざ晩餐会

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時刻を確認する為に時計を探し、目が見えないのだと思い出し、腹の上で寝息を立てるアルに気が付く。
睡眠が必要無いだとか言っておきながらアルはよく眠る。まぁ、僕の隣が安心できるというのは誇らしい。
僕は眠る前何をしていたっけ。何だか頭が痛いし、吐き気もする。

『…………ヘル?  起きたのか』

ピクっと動いた耳がアルの額に置いていた手に触れる。けれどそれに可愛らしさも感じられないほど、僕は眠る前の記憶に集中していた。

「あっ……ぁ、ぁあっ!?」

『ヘル!?  どうした、どうしたんだヘル!』

「……っそだ、嘘だ……」

『何だ!?  どこか痛むのか?  どこだ?』

「僕のバカっ!  ばか、バカぁっ!  うわぁぁっ!」

『……ヘル?』

ベッドの上、というか僕の足の上で慌てていたアルが止まる。

「アル!  全部忘れてね、忘れろ!  全部っ……ご主人様って呼べとか、僕愛されてるって言ったこととかぁっ……全部!  忘れて!  特にご主人様!」

『……何だ、正気に戻っただけか……驚かせるな、突然叫び出すから何事かと思ったぞ』

僕にとっては叫ぶに値する愚行だ。酒は人を変えるというのは本当なのだ。もう二度とアルコールは摂取しない、料理酒もだ。

『しかし、貴方は酒を飲むと──』

「言わないで!  忘れて!」

『可愛らしいものだったぞ、襲いたくなってしまう程にな』

「今襲って僕の記憶消して……頭齧って……」

酔いの影響ではなく、顔が熱くなる。どうにかしてあの愚行を忘れ、アルの記憶からも消さなくては。

「あれ本音とかじゃないからね?  お酒ってほら、人格変わるって言うじゃん、本音じゃないからね!」

『違うのか?』

「違うよっ!  僕ご主人様なんて呼ばれなくていいから!  もうやだ、寝る!  寝るんだ!  また寝るね、おやすみ!」

勢いよく身体を倒して、毛布を頭の上まで引っ張り上げる。

『一人で眠るのは寂しいんだろう?  ご主人様……』

だが、毛布は僕とアルを遮断してはくれない。

『毛布に包まって……何か、したいのか?』

むしろ、二人の空間を狭くした。

『…………ヘル?  おい、ヘル?』

逃げ場を失った僕は唯一残された現実逃避という策に出た。今まで眠っていたのにも関わらず、その眠りの前にも眠っていたにも関わらず、僕の逃走は成功した。アルを現実に置いてきぼりにして、夢の中へ──夢は見なかったけれど──逃げた。



毛布を捲り上げられ、腕を掴んで乱暴に引き起こされ、浮遊感を味わった。

『ヘル、起きて』

胸倉を掴まれて乱暴に揺さぶられ、僕の意識は覚醒する。

「……にいさま?  何するのさ……」

『晩餐会で護衛するんだろ。ほら、しっかり立って』

胸倉を掴んで持ち上げていた自覚がないのだろうか。

「ばんさ……?  あぁ、神降の…………ここ、神降の国?」

『その王城の一室、ってとこかな?  ねぇ?』

兄は僕ではない誰かに話しかける。

「……ぁ、うん。いや凄いねヘルシャフト君のお兄さん、急に出てきて……何、空間転移?」

この声は──ヘルメス、か。部屋に元から居たのだろうか。部屋着で人に会うのは少々恥ずかしいな。

「にしてもヘルシャフト君、君……パジャマ派手なんだね」

修正、少々ではなくとても恥ずかしい。

「こ、これはにいさまが選んだやつで、僕の趣味じゃっ……」

『服は用意してくれるって言ってたよね?』

「あぁ、にぃが上の部屋に用意してるはず。サイズと趣味に合うやつ自分で探して」

兄は僕の腕を掴み、気遣いなどなくグイグイと引っ張っていく。だが、歩くのが早い、腕が痛いなどと声を出せば、途端に気を遣い過ぎた歩みになる。
極端だ、適度や中途半端という言葉を覚えて欲しい。

『客って立場だしスーツが妥当かな。何色がいい?』

「……黒じゃないの?」

『魔法の国では服は大体黒だけど、この国で黒いスーツは葬儀のイメージがあってね。酒食の国でもそうだよ』

「そうなの?  でも、ヴェーンさんとか黒くなかったっけ」

『吸血鬼って死のイメージあるんだよ。それにほら、彼のは裏地が赤色だろ?  黒に合わせて派手な色付けるのは若干の反社会性を醸し出すファッションで──』

ファッションだ何だの話は苦手だ。目立たず寒くない服なら何でもいい僕には着飾ろうという今の目的は果たし難い。

『僕は藍にしようかな、ヘル何色がいい?  ショッキングピンク?』

「……目立たないやつ」

『ドレスにしちゃう?』

「なんでだよ!」

先程の兄の話からすれば黒い服は目立つのだろうか。藍などの落ち着いた色が多いならそう目立たないと思うのだが。

「黒がダメならみんな何着るの?」

『紺、深緑、茶褐色、濃いめの灰色、かな?』

「……そんなに明るくもない?」

『まぁ、明るい色は目が痛いし。それにほら、晩餐会には花とかも飾られてるだろ?  ワンポイントならともかく、飾りを超えちゃダメだよ』

「……そっか」

『まぁ、さっきの人は蒼の星柄来てたけど』

ヘルメスの事か。彼の人柄を鑑みればある程度派手な服装でも不自然ではない。彼の神具は羽飾りの付いた派手なものだし、靴なんて金色だった。

『ヘルって黒とか白以外似合わないんだよね』

「ぅ……分かってるけど言われると傷つく」

『ごめんね?  ほんと似合わないから、そもそも服が似合わないから』

「……全裸?」

『それも似合わない』

「なんなんだよっ!」

兄の感性が異常なのか、僕の存在そのものが不快なのか。
髪を長く伸ばして身体をも隠してしまえば、兄もこんな事は言わなくなるかな。

『まぁいいや、これ着てなよ』

「何色?」

『落ち着きのある灰色』

灰色はどんな明るさでも落ち着いていると思う。やはり兄の感性が異常なだけなのだろうか。

『ヘル、それ裏だよ』

「着慣れてるのなら見えなくても着れるんだけど……」

『ヘル、そこ腕通すところじゃないよ』

「手伝ってよ」

今までの人生で最も大変だったであろう着替えを終え、また兄に手を引かれる。一階の広間だという部屋に到着し、大きな椅子に放られる。

「えっと……僕、今目が見えてないんですけど、晩餐会このまま行って大丈夫ですか?」

「平気じゃない?  パッと見分かんないし」

「見た目とかじゃなくて……迷惑、かけないかな、と……」

「んーどうだろ。にぃ?」

部屋にはヘルメスとアポロンが居る。アルテミスは身支度に手間取っているのだと。

「そう動く訳でもない、大丈夫だろう」

兄弟揃って楽観的だ。机の場所も料理の並びも分からないのに何がどう大丈夫だと言うのか。

『……蝿出す?  大人しくしてるよう言って、どこかに隠してれば……』

兄が僕に耳打ちする。

『え?  あぁそうなの?  ヘル、蝿さんもっと小さくなれるって』

大きさを変えられるのなら外に出られるだろうにナッツ瓶の中に留まっているのは本当に居心地が良いからなのか?
ベルゼブブの視界を借りるのか……まぁ、人間だけの晩餐会で魔力視による弊害を気にする必要は無いだろう。彼女は馬鹿ではないし、暴れるなんてこともないはずだ。

「……ベルゼブブ、おいで」

膝の上に置いていた手の中に何かが入る。それこそナッツ程度の大きさのものが。
僕は更に小さくなるように言って、髪を整えるフリをしてベルゼブブを潜ませた。蝿が頭皮を歩いていると思うと寒気がするが、仕方ない。ベルゼブブは僕の耳の付け根で止まった。

「視界共有……よし、見えた」

薄暗いような──気のせいか?  照明は正常らしい。複眼の見え方は思っていたものと違う、同じ景色が幾つも映る訳ではないらしい、助かった。

「……二人とも、派手な服ですね……」

「あれ、見えてるの?」

「ちょっと疲れるんですけど、魔物使いの力の応用で……ちょっと、見えます」

「ふぅん……?  魔物居ないのに?  凄いね」

「ま、まぁ、そんなにちゃんとした技じゃありませんから」

僕が扱える力の応用法の中では随一だと思うけれど、どうやっているのかを詳しく聞かれるのも困るので誤魔化した。
晩餐会がどういったものかの説明を受けていると不意に奥の扉が開け放たれた。そこには息を切らしたアルテミスが立っていた。

「え……えっと、遅れてごめんなさい」

彼女は金色の糸で装飾が施された白いドレスを着ており、髪を結い上げて小さなティアラを乗せており、その美貌を遺憾無く発揮していた。

「アルテミスぅぅぅーっ!  女神!  女神だな!」

「にぃ、うるさい」

肩周りに布はなく、透明の紐のような物も見受けられない。背中でキツく縛って胸に引っ掛ける物らしい。ドレスと同じ色同じ装飾の手袋は二の腕の真ん中辺りまであり、スカート部分はあまり広がらず彼女の細長い足をスリットから微かに見せていた。
確かに、女神と言うのも頷ける。
だが、そんな美女が先程から僕の隣を見ているというのは納得がいかない。
口は悪いが性格は良い美女が、口も性格も手癖足癖も何もかもが悪い屑に引っ掛かるなんて──どうして彼女に兄を見せてしまったのか。僕は今後この失態を引き摺るだろう。
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