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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難
茅
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玉藻が放った火に包まれたカヤを抱き締めて──どれだけそうしていたか分からない。いつ気を失ったのかも分からない。
気が付けば僕は山の中で倒れていた。
夜の山は寒い。僕は横に落ちていた豪奢な着物を羽織り、周囲を見回す。真っ暗闇で何も見えず、虫の声や木々のざわめきだけが聞こえてくる。
「…………カヤ?」
僕は腕や頬を確かめたが、焼け爛れたような痕はなく、また痛みもなかった。玉藻に渡された着物はあるから、あれが夢ではないことは分かっている。だが、一連の出来事が白昼夢であったかのような錯覚はあった。
「カヤ? 居ないの?」
僕は気に入らなかったのか?
「……っくしゅ、寒ぅ…………宿に帰りたいよ……」
月も見えない夜に山を歩き回るなど自殺行為、だが僕は立ち上がって歩き始めた。数歩歩いた時、足に柔らかい毛が触れた。
「…………っ!?」
突然明るくなった景色に目が眩む。
『おぉ、頭領。どこ行っとったんや。茨木と犬が探しとったで』
何度か瞬き、ようやく目が明るさに慣れる。僕は宿に帰ってきていて、目の前には酒呑が座っていた。
『自分どっから入って来たん?』
「え? え? えっと……」
『お? なんやその服。えらい高そうやけどそれ女もんちゃうん』
空間転移? 僕にはそんな高度な技は使えない。
なら、何故一瞬で移動出来たんだ?
「…………そ、それは後で! アルが僕を探してるって……どこ行ったの?」
『知らんわそんなん』
僕がカヤに飲まれたのは何時だったか。あれから何時間経ったのか。
アルが何時間も僕を見つけられずに彷徨っているのか? あの優れた嗅覚なら山の中にいた僕を見つけられてもいいのに。そんな事を考えていると、背後でどすんと音が響いた。
「…………アル?」
『痛た……何なんだ』
「アル!」
『……ヘル!? 一体今まで何処に……それにここは……』
戸惑うアルを抱き締め、ひたすら撫でる。何故か懐かしいアルの毛並み。それを堪能していると、酒呑が肩を掴む。
『何憑けとるん自分』
「え? 何か付いてるの? 取って」
山で倒れていたのだ、枝葉が髪や着物に引っ付いていてもおかしくない。僕はそう考えて返事をしたのだが、酒呑が掴み取ったのはゴミではなかった。
『離セ……魕、鬼!』
『おぉ、上等な犬神やなぁ。ええ出来やん』
『鬼、鬼、憎イ憎ィ憎…………鬼鬼鬼鬼ッ!』
『おーよしよし、落ち着き……痛っ! 噛みなや……痛…………痛いゆうとるやろが離せボケっ!』
酒呑の腕に噛み付いたカヤは力任せに振り回され、壁や床に叩きつけられる。
「カヤ!? え、どういう……まっ、待って待って待って! やめて二人とも!」
『あぁん? 何や頭領、この犬しつけ直さんと……』
「や、め、て! って言ってるだろ! やめて!」
振り回されても離さなかった口を簡単に離し、カヤが僕に擦り寄る。
『御主人様! 御主人様、御主人様……』
そして僕に溶けるように姿を消してしまう。
「…………な、なにがどうなってるの?」
『知らんがな……あぁもう腕痛いわ』
「なんかごめん……」
酒呑の腕にはしっかりと歯型が残っており、振り回した事によって更に痛々しく傷が広がっていた。
『ヘル? 今のは?』
「カヤ」
『……いや、名前ではなく』
「…………犬神?」
玉藻や酒呑はそう呼んでいた。アルを合成魔獣と呼ぶようなものだろう、アルが求めているのがカヤについての説明ならこれで満足するはずだ。
『アレが犬神か……いや待て、何故犬神が貴方に憑いているのだ!』
「な、成り行きで」
犬神の作り方を聞いた僕はカヤを憐れんだ。
苦しかったことだろう、悲しかったことだろう、その心の痛みを少しでも癒せれば。僕はそう考えてカヤを抱き締めた。
ただそれだけだ。
『犬神憑きか……嫌われんで』
「そうなの? でも別にいいよ」
カヤが憑いているからと僕を嫌う人は、カヤが居なくとも僕を好いてはくれない。
僕を愛してくれない人なんてどうでもいい。
「カヤ、どこ?」
姿は見えないが、手に柔らかい毛が触れる。
「おいで」
どん、と少し勢いをつけて僕にもたれ掛かる不可視の犬。愛おしいその仔を抱き締める。
『……おい、鬼。犬神がヘルに危害を加える事は?』
『知らん』
『茨木に聞いた話では相当に危ないモノだ、制御は効くのか?』
『知らんて』
不機嫌そうに唸るアル。僕は腕を緩めてアルも呼ぶ。
『犬神、私のヘルに手を出したら喰い殺すぞ』
『……狗。狼、狼? 鳥、酉? 禽。蛇?』
「アルは合成魔獣なんだよ」
異形の狼と不可視の犬、僕は二人を抱き締め、その温かさと感触に眠気を誘われる。
『自分、犬共と戯れてんと服着た方がええんとちゃう』
「……あっ! 忘れてた、どいて二人とも! 服着てくるから!」
僕は二人から手を離し脱衣場に走る。棚かどこかに着替えを置いていたはずだ。
『……余計な真似を』
『余計? 余分…………排除?』
『めんどくさい犬共やのぉ』
『私は犬ではない! 狼だ!』
『一緒やんけ』
着替えて戻ってくると、何故か喧嘩が始まりそうになっている。
僕は唸る二人を宥め、酒呑に茨木を探してきた方がいいのではと進言する。これで外に行ってくれればしばらく静かになるのにな、と考えながら。
気が付けば僕は山の中で倒れていた。
夜の山は寒い。僕は横に落ちていた豪奢な着物を羽織り、周囲を見回す。真っ暗闇で何も見えず、虫の声や木々のざわめきだけが聞こえてくる。
「…………カヤ?」
僕は腕や頬を確かめたが、焼け爛れたような痕はなく、また痛みもなかった。玉藻に渡された着物はあるから、あれが夢ではないことは分かっている。だが、一連の出来事が白昼夢であったかのような錯覚はあった。
「カヤ? 居ないの?」
僕は気に入らなかったのか?
「……っくしゅ、寒ぅ…………宿に帰りたいよ……」
月も見えない夜に山を歩き回るなど自殺行為、だが僕は立ち上がって歩き始めた。数歩歩いた時、足に柔らかい毛が触れた。
「…………っ!?」
突然明るくなった景色に目が眩む。
『おぉ、頭領。どこ行っとったんや。茨木と犬が探しとったで』
何度か瞬き、ようやく目が明るさに慣れる。僕は宿に帰ってきていて、目の前には酒呑が座っていた。
『自分どっから入って来たん?』
「え? え? えっと……」
『お? なんやその服。えらい高そうやけどそれ女もんちゃうん』
空間転移? 僕にはそんな高度な技は使えない。
なら、何故一瞬で移動出来たんだ?
「…………そ、それは後で! アルが僕を探してるって……どこ行ったの?」
『知らんわそんなん』
僕がカヤに飲まれたのは何時だったか。あれから何時間経ったのか。
アルが何時間も僕を見つけられずに彷徨っているのか? あの優れた嗅覚なら山の中にいた僕を見つけられてもいいのに。そんな事を考えていると、背後でどすんと音が響いた。
「…………アル?」
『痛た……何なんだ』
「アル!」
『……ヘル!? 一体今まで何処に……それにここは……』
戸惑うアルを抱き締め、ひたすら撫でる。何故か懐かしいアルの毛並み。それを堪能していると、酒呑が肩を掴む。
『何憑けとるん自分』
「え? 何か付いてるの? 取って」
山で倒れていたのだ、枝葉が髪や着物に引っ付いていてもおかしくない。僕はそう考えて返事をしたのだが、酒呑が掴み取ったのはゴミではなかった。
『離セ……魕、鬼!』
『おぉ、上等な犬神やなぁ。ええ出来やん』
『鬼、鬼、憎イ憎ィ憎…………鬼鬼鬼鬼ッ!』
『おーよしよし、落ち着き……痛っ! 噛みなや……痛…………痛いゆうとるやろが離せボケっ!』
酒呑の腕に噛み付いたカヤは力任せに振り回され、壁や床に叩きつけられる。
「カヤ!? え、どういう……まっ、待って待って待って! やめて二人とも!」
『あぁん? 何や頭領、この犬しつけ直さんと……』
「や、め、て! って言ってるだろ! やめて!」
振り回されても離さなかった口を簡単に離し、カヤが僕に擦り寄る。
『御主人様! 御主人様、御主人様……』
そして僕に溶けるように姿を消してしまう。
「…………な、なにがどうなってるの?」
『知らんがな……あぁもう腕痛いわ』
「なんかごめん……」
酒呑の腕にはしっかりと歯型が残っており、振り回した事によって更に痛々しく傷が広がっていた。
『ヘル? 今のは?』
「カヤ」
『……いや、名前ではなく』
「…………犬神?」
玉藻や酒呑はそう呼んでいた。アルを合成魔獣と呼ぶようなものだろう、アルが求めているのがカヤについての説明ならこれで満足するはずだ。
『アレが犬神か……いや待て、何故犬神が貴方に憑いているのだ!』
「な、成り行きで」
犬神の作り方を聞いた僕はカヤを憐れんだ。
苦しかったことだろう、悲しかったことだろう、その心の痛みを少しでも癒せれば。僕はそう考えてカヤを抱き締めた。
ただそれだけだ。
『犬神憑きか……嫌われんで』
「そうなの? でも別にいいよ」
カヤが憑いているからと僕を嫌う人は、カヤが居なくとも僕を好いてはくれない。
僕を愛してくれない人なんてどうでもいい。
「カヤ、どこ?」
姿は見えないが、手に柔らかい毛が触れる。
「おいで」
どん、と少し勢いをつけて僕にもたれ掛かる不可視の犬。愛おしいその仔を抱き締める。
『……おい、鬼。犬神がヘルに危害を加える事は?』
『知らん』
『茨木に聞いた話では相当に危ないモノだ、制御は効くのか?』
『知らんて』
不機嫌そうに唸るアル。僕は腕を緩めてアルも呼ぶ。
『犬神、私のヘルに手を出したら喰い殺すぞ』
『……狗。狼、狼? 鳥、酉? 禽。蛇?』
「アルは合成魔獣なんだよ」
異形の狼と不可視の犬、僕は二人を抱き締め、その温かさと感触に眠気を誘われる。
『自分、犬共と戯れてんと服着た方がええんとちゃう』
「……あっ! 忘れてた、どいて二人とも! 服着てくるから!」
僕は二人から手を離し脱衣場に走る。棚かどこかに着替えを置いていたはずだ。
『……余計な真似を』
『余計? 余分…………排除?』
『めんどくさい犬共やのぉ』
『私は犬ではない! 狼だ!』
『一緒やんけ』
着替えて戻ってくると、何故か喧嘩が始まりそうになっている。
僕は唸る二人を宥め、酒呑に茨木を探してきた方がいいのではと進言する。これで外に行ってくれればしばらく静かになるのにな、と考えながら。
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