魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

ねこかぶり

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アルとミーアでは可愛さの種類が違う。
そんな僕の発言にミーアは静止してしまった。

『ヘル、ヘル、私は可愛いのか?』

「可愛いよ」

『そうか!』

ミーアとは正反対にアルは嬉しそうだ。
別にミーアよりアルが可愛いと言った訳でもないのに、どうしてここまで反応に差が出るのだろう。

「………………ムカつく」

「え?  ミ、ミーア?  あの……」

「にゃ?  どうかしたのかにゃ?  ヘルさん」

「い、今……なんか」

「今?  にゃ?」

ミーアは首を傾け、いつも以上の猫なで声を出す。誤魔化していると言っているようなものだ、何を誤魔化したいのかまでは分からないけれど。

「うーん……まぁいいか」

『なぁヘル、鬼に「何時まで呑む気だ」と言って来てくれないか?  長髪の方で構わないから』

「え……?  あぁ、うん。僕一人で?」

『凶暴な赤髪の方は眠っているし、私は猫と話していたい。頼めないか?』

「別にいいけど……仲良くなったんだね」

アルに仲の良い友人が出来るのは喜ばしい事だ。
……嫉妬なんてするな。僕を除け者にしてアルはミーアと何を話すのだろう、なんて考えるな。僕の愚痴を言い合うのかななんて、そんな事を考えているから嫌われるのだ。

「にゃん!  行ってらっしゃいにゃ!」

僕が立ち上がるとミーアは横に詰め、肘掛けに顎を置いたアルに近づく。

「…………ね、ミーア。あんまりアルに触らないでね」

「にゃ?  にゃあ、分かったにゃ」

不審に思われただろうか、でも構わない。アルが僕を抜いて他人と会話するのを許しているのだから、この程度のワガママは通してもらわなければ。



酒場の扉をくぐるまでの間、ヘルは一度も振り向かなかった。けれどミーアはヘルの姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

『……徹底しているんだな』

嘲りを込めた褒め言葉。ミーアは頭の上で振っていた手を下ろし、アルの額に置いた。

「ヘルさんは分かってにゃいにゃー、それとも私の質問が悪かったのにゃ?  好きなのはどっち?  じゃなくて恋人にするならどっち?  って聞けば良かったにゃあ」

ミーアは猫なで声のまま、手に込める力を強めていく。鋭い爪はゆっくりと銀色の毛の中に沈んでいく。

『それならヘルも貴様を選んだだろうな』

「……意外。現実見えてたんだ?  そう、私を選ぶに決まってる。当然じゃない。ヘルはまだ女の子よりもペットが大事な年頃なだけ。今にあなたは私に負ける」

『女を欲しがるのなら私が見繕う。田舎臭くも獣臭いもない、床上手な処女をな』

「負け犬の遠吠えって分かってても……ムカつく、その生意気な目、潰してあげようか?  そうすればすぐに捨てられる。ボディガードが隻眼なんて、ねぇ?」

ミーアにアルの目を潰すような度胸はない。
ヘルがすぐに帰ってくるだろうから、この魔獣も猫を被るだろうから、多少の苦痛には耐えるだろう。
そう考えてはいたが、ヘルにバレる可能性もあるのに痕を残すような度胸は無かった。それに魔獣が目を潰されてまで猫を被るかどうかは分からない。だが、分かりにくい場所には傷を付けてやろう。そう考えた。

「……ねぇ、痛い?」

『何がだ?』

ミーアは額に置いていた右手を首に移動させていた。鋭い爪に分厚い皮膚が微かに裂けて、ポタポタと血が落ちる。だがアルは余裕そうに笑ってみせた。それは強がりではなく、本当に「大したことがない」のだ。

「…………ほんっとムカつく。この牝犬っ!  ヘルは私のもんなのよ、ベタベタ引っ付いて犬臭くしないでもらえる!?」

このまま皮を剥がしてコートにでもしてやろうか。ミーアがそんな考えにまで至った頃、酒屋の扉から出てくるヘルが見えた。
ミーアはベンチの後ろの植え込みにハンカチを突っ込み、朝露で濡らし、アルの毛皮と自分の爪に付着した血を拭った。

「ただいま。アル、仲良くしてた?」

『あらあら……白い仔猫はん。綺麗な足だして愛らしいわぁ。うちもあんなふうなカッコしてみたいわぁ』

何故か着いてきた茨木がミーアを見て、ニコニコと笑顔で僕に同意を求める。
ミーアが履いているのはホットパンツ。茨木はまだメイド服を着ているから、足首まで隠れる長いスカートを履いている。

「……短いの履きたいの?」

『まさか!  うちには似合いまへん』

アルの頭を撫で、「酒呑は今金を払っている。彼が来たら出発しよう」と伝える為にアルの耳に顔を近づける。

「…………何かした?」

血の匂いがする。

『いや、何も』

アルはそう誤魔化して視界を塞ぐ。僕はアルの頭を抱き締めて抑え、赤い斑点模様の地面を見た。

「何したの?  怪我したの?  どうして隠そうとしたの?  どこ怪我したの?  もう治したの?  どうしたらこんなちょっとの間で怪我できるの?」

アルの頭を両手で挟み込んで問い詰める。

「ねぇ何で?  早く全部答えて」

『落ち着きぃな』

「落ち着けるわけないだろ!?」

「にゃ……にゃ、ヘルさん」

宥めた茨木に怒声を浴びせ、恐る恐る名を呼んだミーアを睨む。そうだ、ミーアなら知っているはずだ。頑固なアルよりもミーアを問い詰めた方が早い。

「ねぇミーア、どうしてアル怪我したの?」

「にゃ……にゃ、分かんにゃいにゃ、知らにゃいにゃ。ちょうど目を離してて……」

『……仔猫はん、綺麗な爪やねぇ。ちょっと見せてぇな』

「茨木!  邪魔しないでよ!」

ミーアは震えながら左手を茨木の前に突き出した。

『……そっちの手ぇも見たいわぁ』

目を固く閉じ、両手を突き出す。
ミーアは茨木が鬼だと分かっているのか?  他の村人と同じように牛の獣人だと思っているのなら、これほど怯えるはずはない。

『ふふっ……ええ匂いしますわぁ。強い魔獣の、よーけ力貯めはった血ぃの匂い』

「ひっ…………ゃ、いや、私……私知らないもん!」

ミーアは茨木を突き飛ばして逃げていった。その足の速さには「流石は猫」としか言えない。
突き飛ばされた茨木はといえば、バランスを取れず受け身も取れず、呆れた表情で地面に寝転がっていた。

「血……血の匂いって言ったよね?  な、なに?  嘘……ミーアがしたの?  何で?  だって分からないって…………言ったのに、何だよそれ、嘘ついたのかよ」

仲良くなったのではなかったのか?  事故?  いや違う、事故なんて起こりようがない。
アルには触れるなと言っておいたし、話していて爪を振ることなどありはしない。
そもそも故意でなければアルの丈夫な皮を裂けはしない。

「あいつ……あの恩知らずっ!」

過去、アルに助けられたくせに。
僕のアルを傷つけるなんて許せない。
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