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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

小型化と発見

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エア達がアルの鼻を頼りに地下室を探し始めた頃、鬼達はピクリとも動かないベルゼブブを眺め、術者が死に灰となった骨の山の中心で座り込んでいた。

『……起きませんなぁ。血でも垂らしてみます?』

『それで齧りつかれでもしたらこっちがあかんようなるわ。あにさんなら腕や足や食われても戻るやろうけど、俺らはそんな再生せぇへんねんから』

『あにさん腕置いていってくれたら良かったんに』

『これから敵本陣やいう時に力削れへんやろ』

茨木はふぅっとため息をつき、シャバハの死体を義肢からワイヤーを飛ばして引き寄せ、二の腕の肉を摘んで喰った。

『あにさん心臓潰しよったからなぁー』

『みそいきます?』

『みそアテに丁度ええんやけど、今酒あらへんからな』

人差し指を引き抜き、口の中でコロコロと転がす。

『王さん食べさせてみよか』

『流石は酒呑様、ええこと思い付きはる。どこにします?』

『……そら心臓の次に魔力溜め込んでるん言うたら──』

酒呑はローブを捲り、その下の服を破り、臍に指を引っ掛けて腹を引き裂いた。溢れ出る血や零れる脂肪には目もくれず、一つの臓器を引き摺り出す。鶏の卵ほどの大きさで、茄子のような形をしたものだ。

『──これやろ』

『おぉー……?  大したことあれへんよぅですけど』

『せやな、子供居るんちゃう』

ベルゼブブの顎を掴み、口を開けさせ、毛の生えた触手のような舌の隙間に臓器を突っ込む。口を閉じさせると幾本もの中で一際長い舌が唇の端から飛び出した。

『……えらい長い舌しとんなぁ』

『口の中納めんの大変そうですねぇ』

茨木がその舌の先端を摘み、引っ張る──と、ベルゼブブの真っ赤な目が開き茨木の指を口に含んだ。

『……かふぁいれふ』

指をぺっと吐き出し、酒呑に支えられながら上体を起こす。

『起きたんか王さん。どや、調子は』

『…………ダメですね、ろくに動けもしません。とりあえず魔力消費を抑える為、低燃費モードになりますね。大事に扱ってくださいよ』

ベルゼブブはそう呟きながら身体を丸め、徐々にその姿を歪ませていった。重みが消え、肉体がどんどんと萎み、酒呑は薄緑色のドレスを膝に乗せただけとなった。

『……消えましたん?』

茨木がそのドレスをまるで牛乳を拭いたあとの雑巾を摘むように持ち上げると、ドレスの中から黒く丸いものがコロンと出てきた。
酒呑の膝の上に転がった手のひらに乗る大きさのそれは、よくよく見れば脚と翅と触角を身体にピッタリとくっつけた蝿だと分かった。

『うわ気持ち悪っ』

瞼が無いため目を閉じている訳ではないが、その大人しさから眠っているのだろうと鬼達は推測する。
丸々と太り、尖った針のような毛が生えた脚は短く、緑色の透ける翅には髑髏の模様があり、目玉は血のような赤。身体は全体的に緑っぽく光沢があり、メタリックな美しさを感じさせはしたが、蝿であるが故、全身に生えた細かな毛がその美しさを不快感でかき消していた。

『コレが低燃費もぉど?  ってやつなんか。えっらい細こうなったなぁ。ま、煩のぉてええわ』

『ポケット入れときます』

茨木はスカートのひだに隠れたポケットにベルゼブブを入れ、シャバハの死体から肉を摘んで蓋をした。

『……臭そうやな』

『蝿と死肉ですからねぇ。お気に入りなんやけど……戦って破れてもうたところもあるし、他の汚れも酷いし、帰ったら買い替えますわ』

『帰ったら、なぁ?』

茨木はもう酒色の国のあの家を自宅と認識していたのか、と酒呑は意地の悪い笑みを浮かべる。

『…………頭領はんも居はるし。しばらくはあれがうちの家や』

茨木はその笑みから酒呑が言わんとしていることを察し、ぷいと顔を背けた。




無人の舞台、赤い幕の裏。アルは鼻を壁に近付け、髭を這わせ、一声鳴いた。

『此処だ』

エアは黙って頷き、シャバハから奪った首飾りを壁に向けて掲げた。その途端、壁に黒い円が現れた。

「何たら陣ってやつですか?」

『……いや、門だね』

黒い円に手を触れさせる──と、指先がその中に飲み込まれた。

『三次元を二次元的に扱って壁の中に出入り口を作ったんだ。要するに別の場所に繋がる便利な門って訳』

そう言うとエアは何の躊躇いもなく円の中に入り、右手だけを残して手招きをした。アルがそれに続くとエアの手は消え、後には戸惑うフェルとリンだけが残された。

「……ど、どうする?  行く?」

『そりゃあ……行かなきゃ、でしょ』

キッと円を睨みつけ、その前に足を肩幅に開いて立つ。踏み出そうという気概は見受けられない。

「…………怖いならイバラキさんとかと向こうで待ってようよ」

『でも、にいさまに着いて行かないと……』

円の中心から突如黒い触手が伸び、フェルの手に絡み、中へ引き込んだ。リンは慌ててフェルのローブの端を掴み、同じように中に引き込まれた。

『……何してんの?』

不思議そうに首を傾げ、不機嫌そうに長い髪──いや、触手を揺らし、エアは転んだ二人を助け起こす。

「いや、人間そんな簡単に変なもんに触れないんですよ」

『ここには君以外人間はいないから、それは誰も同意しないよ』

エアはそう言って床に描かれた魔法陣に視線を戻す。リンはフェルを見て頭を撫でた。人間は自分以外居ないと言われ、フェルの正体を知らない彼は「ならフェルは?」と不審に思ったものの、自分の理想に近い少年の顔を見てその考えは吹っ飛んだ。

『……なんです?』

「いや、可愛いなぁって。ヘル君は女装させたら嫌っそうな顔しながらも諦めるんだけど、君はかなり諦め悪そうで……いやぁー、露出過多のメイド服とか着てみない?」

『…………今後一切お兄ちゃんに近付かせませんからね』

「べっ、別に何もしないよ!  俺の趣味は見るだけだから!  科学の国で一二を争う紳士だから俺!」

『科学の国って酷いところなんですね』

妄想を垂れ流し青少年に無用な不快感を与えている時点で紳士ではない。フェルはそう判断し、リンの手を払ってエアの腕に抱き着いた。
実際のところ、子供の羞恥の表情に興奮するリンと弟の心身を虐げ屈服させることに興奮するエアとでは、エアの方が余程危険なのだけれど。

『にいさま、その魔法陣読めた?』

『……書きかけだよ、使ってる文字は似てるけど魔法じゃないし。でも、理解は出来た。これは召喚陣だ』

『召喚か……契約すればどんな人間でも行えるが』

『契約自体が難しいでしょ。しかもそれは悪魔や精霊に限った話だ、これは神性を喚び出すもの』

床に描かれた魔法陣はほとんど完成していたが、一本だけ線が足りなかった。エアはこの陣を完成させただけでは何も喚び出せないと予想していたが、線を足すほどの好奇心はなかった。

『どんな神が喚び出されるんだ?』

『火の神性……だけど、その他は分からないな』

『火か。ロキも確かそうだった』

『……アレとは違う。アレは五属性に当て嵌めるとしたら、の話だろ。変身術とあの性格からして、固有属性と定義した方がいいと思うね。ま、こっちには滅多に来ないから適当な区分で良いんだろうけど』

エアはナイに与えられた知識によって召喚陣を解読することが出来た。だが、魔法の国の魔法知識しかないフェルには読めず、彼はエアの隣で頭を抱えて唸っていた。

『火の神性ってのは大抵荒っぽい。でも、知恵を象徴するものでもある。人は火によって人と成ったからね。恐ろしい闇夜を照らし、正体不明の化け物を追い払うんだ。知らないモノを知っているモノに変えることが出来る』

『……私は人間と違って夜闇も平気だからな』

『今は僕もだよ、フェルもね』

『ヘルは今もずっと闇の中に居るのだろうな』

アルはぼうっと天井を見つめ、もう眠っているであろう主を思い描く。早く目を見えるようにしてやりたいものだ、と。
だが、アルにも欲はある。暗闇に囚われたヘルが自分の感触を求める姿を、自分に頼るであろう震えた声を、手探りで乱暴に毛皮を掴む指先を、それを永遠のものにするには目が戻らない方がいいと考える。

『…………なぁ兄君、ヘルの目はいつ戻すんだ?』

『魔物使いの力が使えるようになったら……とか言ってられないよね。天使に見つからず特訓出来る場所があれば、もしくは天使に襲撃されても大丈夫な戦力があれば良いんだけど』

すぐには戻らないことにアルは口で残念だと言いながら心は歓喜していた。
そして、今考えるべきは召喚の阻止だと意識を改め、姿勢を正した。
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