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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

警備処理

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ベルゼブブが広間の様子を口頭で伝え続け、時計の針が頂点から六分の一倒れる頃、館内には警備員が残るだけとなる。

『……警備員は三人、まぁやれますね』

「ちょっ……こ、殺す気?」

『殺してもいいんですけど、貴方後々面倒臭そうですし気絶に留めましょうか』

一行はようやく多目的トイレから出て、早速近くを見回っていた警備員に発見される。

『ていっ……これで死んでませんよね?』

ベルゼブブは素早く後ろに回り込み、後頭部を比較的優しく殴った。襟首を掴み、リンに見せ、生死を確認させる。

「う、うん、息はしてる」

『じゃ、後二人もやってきまーす』

ベルゼブブは一行の前から姿を消す。全員が広間に出た頃には三人の警備員を積み上げて遊んでいた。魔界最速の名に恥じぬ結果だ。

『今何時です?  もう明日……いえ、アスタロトが予言した時間ですよね』

『砂漠の国の時計で二時十八分ですね』

『……アスタロト、どこの時間で予言したんです?』

『それは……砂漠の国では無いのですか?』

『言ったのは酒色の国ですよね。でもあれは彼本体ではありませんし、彼自身は魔界に居るはずですし……』

魔界には太陽のように分かりやすく昼と夜を分けるものがない。人間のような社会形態を構築していない彼らに一日の途切れ目など必要無く、時間の概念すら希薄だ。

『……ま、時差が一日以上ある訳でもありませんし、このままここで明日まで待ってればそのうち来ますよね』

『…………魔界を基準として言った場合は?』

『悪魔は人界に来た時にこそ時間を守りますが、魔界では暦や昼夜は在りません。強いて言うなら……サタンが夜の営みレッツトライと言えば夜ですし、手作り朝食たまんねぇと言えば朝です』

「ねぇ待ってサタンさん気になる」

『酒色の国との時差で言えば……四十分後に日付が変わる、と言った具合でしょうか。ヘルは歯を磨いたでしょうか、いえそれ以前に夕食はどんな物だったのでしょう、ダンピールや堕天使に何かされてはいないでしょうか』

アルは時差の計算や予言の考察を途中放棄し、ヘルの心配で頭を埋める。ベルゼブブはそんなアルを見て両の手のひらを天に向け肩を竦め、言葉を使わずに嘲った。

『ここで明日まで……か。暇やなぁー、何か暇潰し無いの』

『そこの変態でも潰したらどうです?』

「お、お兄さん助けて殺される!」

『……冗談でもやめてよね、この人はヘルの恩人らしいからさ』

ベルゼブブと鬼達はエアがリンを庇った事に驚愕し、しばし動きを止めた。そしてそれから目を見開き、大声を上げた。

『そんなに意外?』

『意外ですよ!  麻薬でもやりましたか?  頭でも打ちましたか?』

『頭領はんのあにさん……何や悩みあるんやったら相談してな』

エアは魔物達の反応に眉を顰めながらも、魔法を使う事も拳を振るう事もなかった。彼らはそれに更に驚愕し、面白がるよりも気味悪がる気持ちが勝った。

『暇潰しの鉄板っちゅーたら怪談やな』

『恋バナもいいですよ』

『誰か恋してんのか』

『私の邪推ではたっぷりしっぽりと』

魔物達はエアの変化についての話を無かった事にした。ベルゼブブは警備員達で作った塔を崩し、彼らを横たわらせて椅子にした。

『サタンことクソトカゲが浮気された話なら四桁はありますけど、聞きます?』

『おぅ聞く聞く、五番目におもろいのから頼むわ』

『はいはーい。ではまず背景説明を──』

若干脚色された過去の話。鬼達は面白半分で、リンは半信半疑で、フェルは話の半分も理解出来ずに聞いていた。エアとアルは話に興味が無いようで、少し離れてヘルの話をしていた。

『……魔法の国が滅ぼされてから君はずっとヘルの傍に居たんだよね』

『まぁな。途中死んでしまったりヘルが攫われてしまったりで、正確には「ずっと」では無いが』

『…………ヘルはきっと、僕と君が同時に死にかけてたら君の方を助けるだろうね』

事実、兵器の国ではアルを優先した。エアは今すぐにでも目の前の獣の首をねじ切りたい衝動を抑え、その首を撫でた。

『ねぇ、アル君。僕が一番大事なのはヘルだけどね、二番目に大事なのはヘルが大切にしてるものなんだよ』

アルはその言葉を信用し、自らを撫でる手に額を擦り寄せた。
今の言葉の嘘は二つ。エアが一番大事なのは自分で、二番目に大事なのがオモチャ、三番目以降は存在せず、全てが平等に塵芥だ。

『……君のことだよ、アル君。だからねアル君、この先戦う時は僕の後ろでヘルを守ってあげてね』

『…………善処しよう。それにしても、兄君、貴方は──』

人間には拾えない甘えた声を出しながら、アルはエアの愛撫に身を任せる。

『──獣を撫でるのが上手いな』

『君からお褒めの言葉を頂けるとは。今日は良い日だね』

自分の頭二つ分はゆうに超える大きな狼の頭を抱き締め、エアは口の端を歪ませる。
ナイに与えられた知識と狂気を活用し、エアは完璧を演じる。世界を統べたヘルを傀儡とし、二つの夢を同時に叶える為、エアは仮面を被る。
衝動に任せ攻撃するのではなく、自分の感情を殺して塵芥共の信頼を勝ち取る。そうすれば掃除は楽になる。

『……兄君?』

『ん?  なぁに、アル君。どこか撫でて欲しいところでもあるの?』

『…………いや、気の所為だ。何でもない』

『……そう』

流石は獣、勘が鋭い。エアは安堵のため息を吐き、柔らかく温かい毛皮に包まれてそっと目を閉じた。

『──という訳で浮気の原因は自分の愛の伝え方が悪かったからと……おや?  何か来ましたか?』

『阿呆な男や……ぁん?  何や聞こえんなぁ。茨木、どや』

丁度一つ話し終えた頃、魔物達は外に何者かの気配を感じ取る。茨木は義肢を変形させ、広範囲レーダーを起動し、そこに示されたものを伝えていく。

『死んだ生き物が向かってきてはります』

『死んだ生きもん?  どっちやねんな』

『心拍、体温、その他諸々から判断して身体は死んではるみたいやけど、何や動いてはるんです』

『あー、この国って呪術盛んでしたね。変態さーん?』

リンはベルゼブブの話に登場した下品な言葉の数々の意味をフェルに質問され、頭を抱えていた。答えを先延ばしにする口実が出来たとリンはベルゼブブの隣に走り、噂で聞いたミイラやゾンビの話をする。

『……ふむ、死体を兵に、ですか。良いアイディアですが……死体じゃ脆いですよねぇ』

ベルゼブブが生ける屍の兵隊の案を没にすると同時に、巨大なアギトが扉を喰い破った。

「どっ、ドド……」

『どどうど?』

「ドラゴンだぁーっ!?」

『見れば分かりますよ。骨ですけどね』

頭蓋骨だけでこの劇場程の大きさはある、成竜だろう。そして成竜ということが分かれば同時に様々なことが分かる。成熟した竜を殺した者が居ること、白骨化する程の時間が経っていること、そしてその骨に呪術をかけられる者が居ること。

『……アル君、竜って……えぇと、兵器の国に居たのは……』

『アレはまだ若かった、しかもそう強くない種族だ』

『じゃああの骨の奴は?』

『あぁも古び欠けた骨では分からん。鱗の色と牙と爪の数で見分けるんだ。だが、砂漠の国ならおそらくは灼竜、暑い地域の砂地に住む竜で、好物は蠍だ。大抵は大人しく陰湿な性格で戦いを嫌うが、ああなっては関係無いな。炎属性の竜族では第三位と言ったところだ』

『……ふーん、結構やばいのかな。でも、アレに集中する訳にもいかないよね』

破られた扉からは人間であろう屍が入ってきていた。骨だけのものに、腐った肉が残っているもの、しっかりと処理され乾燥しているもの。

『多分、あの死体共は陽動。向こうも僕達の存在に気が付いてるらしい。しっかり生きた人間を見つけて、そいつから地下室への切符を取り上げないと』

『流石は兄君、頭脳明晰だ』

『……煽ってないよね?』

『褒めたつもりだったが……不快だったか?  済まない』

『ぁ、いや、最近あの悪魔とばっかり話してたから過敏になってただけ。陽動だってのは誰にでも分かるだろうし。でも、普通に嬉しいよ』

魔物達は陽動がどうとかなど考えもせず、ただ戦いの機会に昂っている。フェルとリンは慌ててエアの背後に隠れ、エアは仕方なく魔術での結界を張る。
劇場の窓という窓が割れ、人間動物魔獣問わず無数の死体が入ってくる。戦いの火蓋が切って落とされた。
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