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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共
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大量虐殺にリンが異を唱え、その他の者は「なら代案を出せ」と捲し立てる。リンは魔物達に怯えながらも必死にアイディアを絞り出した。
「よ、よし……何とか思い付いた。久々の脳みそフル回転で頭が頭痛で痛い……」
『早く話しなさい。物理的に回転させますよ』
『蹴鞠やね? うちにもやらせてぇな』
「助けてアルギュロス! 首もがれる!」
大袈裟に助けを求められ、アルは尾で一蹴する。腕を弾かれたリンは落ち込みながらも咳払いをして、形にした思い付きを作戦に変えた。
「ま、まず、この時間なら……多分、次の劇が終わったら閉館なんだよ。だから、最後まで残った職員に見つからないように隠れていれば、無人の館内を探索出来るんだ」
『儀式の時間は明日としか聞いていません、日付けが変わった直後かもしれないんですよ?』
「どっちにしても、今はまだ今日だ。日付けが変わるまでには客は減るし、もう少し待ってもいいんじゃないかな」
『明日になったらその時が今日ですけどね』
一先ず即座に暴れるという選択肢を消し、一行は劇場に足を踏み入れる。客は昼時よりは少なく、また昼時よりも活気があった。
『……探知魔法使えばすぐなんだけどな。アル君、君の鼻は何て言ってる?』
『無口だ』
『私もですね。匂いも味も特別なものは感じません。まだ教団の者は来ていないのでしょうか?』
『やっぱ明日言うたらお日さん昇ってからやろ』
『アスタロトの予言にそんな感情らしいものはありません。一秒でも過ぎればそれは別日となります』
一行が劇場に入る前から行われていた劇が終わり、今日の分は次のもので終わりだとのアナウンスが流れる。
その劇が終わるまでは劇場は閉まらないが、開演を待つ舞台が無いのに広間に居ては不自然だと、一行は人波に紛れてトイレに向かった。
「多目的トイレなら全員入れそうだね。鍵どうする? 掛けてたら見回り来た時に開けられるかも」
『見回りなら鍵掛けてなくても開けるでしょう。その時はその時で良い方法がありますから、お気になさらず』
ベルゼブブは茨木と視線を交わし、笑い合う。そこに険悪さは感じられない。二人とも外面は良いのだ。
『……さて、地下室があるならその入り口を探したいところだね。虱潰しに調べるにしても、ある程度の予想は必要だ。鬼、地図と写真出せる?』
『はい、はい。只今』
茨木の義肢が変形し、投影機が再び姿を現す。白いタイルが貼られた壁に劇場の地図が映し出される、入口付近に張り出されている案内図だ。
『撮ってたんですか? 抜け目ないですねぇ』
『そら、うちがしっかりせんかったらこの集団すぅぐ海に飛び込んでまうからなぁ』
『私は鼠ではなく蝿です、媒介としての性能は段違いですよ。この中で自分から死ににいくのなんてスライム共くらいじゃないですか?』
案内図の横に昼間の劇場内の写真が複数枚映し出される。エアはベルゼブブを無視し、写真と地図を見比べる。
『当然地図には地下室なんて無いし、写真と見比べても破綻は無い。流石にそんなに分かりやすくは無いね』
『怪しいのは従業員控え室と調理場か。控え室が二部屋で、調理場は一つだが広い、どこから調べる?』
エアに寄り添い、頬を肩に擦り付ける。エアは肘を曲げてアルの顎を腕に乗せ、喉を撫でた。
『トイレ……には作らないよね、何となくだけど……』
もう片方の腕にはフェルが抱き着いている。
『まぁ普通に考えれば控え室ですよね』
『……舞台の裏、とかあれへんのか?』
『あー……でも、それは格好付け過ぎですよ』
映し出された図と写真の前で話しているとにわかに外が騒がしくなる。本日最後の劇が終わったのだ。
『鬼さん、コードを』
『はいな』
投影機に変形している方の腕から黒い電線が伸びる。それを受け取ったベルゼブブは触角を片方引き抜き、代わりに電線の先端を頭に突き刺した。
次にベルゼブブは口を開き、刺々しい長い舌を何本も垂らす。球形に絡んでいたそれが解けると、中から人の拳ほどの丸々と太った蝿が姿を現した。
『……思ったこと言ってええか?』
『どうぞ、ただし気に入らなかったら殴りますよ』
『めっさキモい』
ベルゼブブはその正直な感想を笑って受け流すかのように見せかけ──
『……ぅらぁっ!』
──その小さな拳を酒呑の腹にめり込ませた。
『っ!? さ、さっき食ったもん出てくる……』
『こーんな美少女に大してキモいとは何事ですか! こーんな美少女に!』
『蝿吐くようなんのどこが「美」や!』
『どっからどう見ても美少女ですよ! 腹ぺこ敬語系美少女なんて最高以外の何者でもないでしょう!? ヘルシャフト様もそう言います! 貴方は女に興味無いから分からないのかもしれませんがね!』
騒ぎ出した二人を他所に、エアは扉を少し開けて蝿を外に出す。茨木が映し出しすものは蝿が見た映像に切り替わる。
食事を買ってから帰る者や、劇の余韻に浸る者でごった返している。もうしばらくは広場から人が去ることはなさそうだ。
『酒と女と人肉にしか興味無いわ阿呆!』
『あーら意外ですねぇてっきり女装筋肉ダルマが好みかと!』
『あの格好させとった方が飯狩りやすいんや! 俺の趣味とちゃうわちんちくりん!』
『へーぇ? まぁ、そういうことにしておいてあげます。そうじゃない方が嬉しいんですけど……ま、邪推してる間がなんだかんだ一番楽しいんですよね。旅行そのものより鞄に荷物詰めるのが楽しいみたいな』
『このガキっ……舐め腐ってからに……』
二人以外は皆外の映像に集中しており、彼らの喧嘩を止める者は居ない。皆、と言ってもリンとフェルは集中しているフリだ。
『呪術や魔術を扱えそうな奴は居ない、怪しい動きをしてる奴も……居ない。うーん…………あ、ねぇ、従業員控え室入れる?』
最も集中しているのはエアだ。アルと茨木は彼の意見を聞いて初めて思考する。
『うちが蝿操作してるわけとちゃいますよ』
『……蝿女! いつまでやってるの、暇潰しは暇な時にしなよ』
ベルゼブブはいつも以上に高い声で「はーい」と返し、わざとらしく可愛い子ぶった動きでエアの隣に並んだ。その途端ふらふらと飛んでいた蝿が一直線に従業員控え室へと向かう、映像の揺れも極限まで抑えられた。
『扉空いてませんねぇ、普通の蝿なら入れるんですけど……魔力増やすとどうしても大きくなりますからねぇ。あ、通気口ありません?』
『それじゃない? ほら、その……左上、そうそれ』
映像が消える──いや、暗くなって見えなくなる。蝿の羽音が通気口内に反響し、それだけが聞こえてくる。
『ところでこれどうなってるの?』
エアはそう言いながらベルゼブブの頭に刺さった電線を引っ張る。
『あ、抜かないでくださいよ。魔法の国でヘルシャフト様を待っていた時、暇に暇を極めて編み出した技です』
『悪魔は暇だからって頭に物刺すの?』
『私の子の感覚は私に繋がっていますから、それを更にこのコードを私に刺せば鬼さんに繋がります。私さえ見られれば状況把握や偵察は出来るんですけど、一応貴方達にも見せてあげないと、ねぇ』
エアの疑問は無視し、感謝を要求するという嫌がらせも行う。
『…………魔物の身体のつくり気持ち悪いね』
『義肢の性能が良いんですよ。普通なら五感なんて他人に伝えられません、そういう能力が無ければね』
映像に光が戻る。通気口を抜けたのだ。
蝿はロッカーの上に止まり、部屋を見回す。
『……ちゃんと掃除して欲しいですね』
ロッカーの上は埃まみれで、映像の下半分は灰色の綿埃と髪の毛と虫の卵で埋まっていた。蝿の脚に絡んでいるらしく、まるで車のワイパーのように映像の真ん中で脚が揺れる。
『扉は一つしかないね、外れかな』
『控え室はもう一つありますからそっちに行きましょう』
『……いや待て、ここが当たりや』
扉が開き、数人の女性従業員が入ってくる。取るに足らない内容のお喋りが聞こえてくる。
『…………何が当たりなんです?』
『分からへんか? この壁に並べられた棚に、何もない真ん中。入ってきたんは女だけ……ここは更衣室や』
『…………何が当たりなんです?』
『もう片方は男のんやろうからなぁ、そんなもん見てもしゃーない。地下室探すんはもうちょい見物してからでもええやろ?』
先程までとは打って変わって酒呑も映像に釘付けになる。ロッカーの下に降りろとベルゼブブに指図する始末だ。ベルゼブブはそんな酒呑を冷めた目で見下しつつ、綿埃の山を眺めさせた。
「よ、よし……何とか思い付いた。久々の脳みそフル回転で頭が頭痛で痛い……」
『早く話しなさい。物理的に回転させますよ』
『蹴鞠やね? うちにもやらせてぇな』
「助けてアルギュロス! 首もがれる!」
大袈裟に助けを求められ、アルは尾で一蹴する。腕を弾かれたリンは落ち込みながらも咳払いをして、形にした思い付きを作戦に変えた。
「ま、まず、この時間なら……多分、次の劇が終わったら閉館なんだよ。だから、最後まで残った職員に見つからないように隠れていれば、無人の館内を探索出来るんだ」
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『……探知魔法使えばすぐなんだけどな。アル君、君の鼻は何て言ってる?』
『無口だ』
『私もですね。匂いも味も特別なものは感じません。まだ教団の者は来ていないのでしょうか?』
『やっぱ明日言うたらお日さん昇ってからやろ』
『アスタロトの予言にそんな感情らしいものはありません。一秒でも過ぎればそれは別日となります』
一行が劇場に入る前から行われていた劇が終わり、今日の分は次のもので終わりだとのアナウンスが流れる。
その劇が終わるまでは劇場は閉まらないが、開演を待つ舞台が無いのに広間に居ては不自然だと、一行は人波に紛れてトイレに向かった。
「多目的トイレなら全員入れそうだね。鍵どうする? 掛けてたら見回り来た時に開けられるかも」
『見回りなら鍵掛けてなくても開けるでしょう。その時はその時で良い方法がありますから、お気になさらず』
ベルゼブブは茨木と視線を交わし、笑い合う。そこに険悪さは感じられない。二人とも外面は良いのだ。
『……さて、地下室があるならその入り口を探したいところだね。虱潰しに調べるにしても、ある程度の予想は必要だ。鬼、地図と写真出せる?』
『はい、はい。只今』
茨木の義肢が変形し、投影機が再び姿を現す。白いタイルが貼られた壁に劇場の地図が映し出される、入口付近に張り出されている案内図だ。
『撮ってたんですか? 抜け目ないですねぇ』
『そら、うちがしっかりせんかったらこの集団すぅぐ海に飛び込んでまうからなぁ』
『私は鼠ではなく蝿です、媒介としての性能は段違いですよ。この中で自分から死ににいくのなんてスライム共くらいじゃないですか?』
案内図の横に昼間の劇場内の写真が複数枚映し出される。エアはベルゼブブを無視し、写真と地図を見比べる。
『当然地図には地下室なんて無いし、写真と見比べても破綻は無い。流石にそんなに分かりやすくは無いね』
『怪しいのは従業員控え室と調理場か。控え室が二部屋で、調理場は一つだが広い、どこから調べる?』
エアに寄り添い、頬を肩に擦り付ける。エアは肘を曲げてアルの顎を腕に乗せ、喉を撫でた。
『トイレ……には作らないよね、何となくだけど……』
もう片方の腕にはフェルが抱き着いている。
『まぁ普通に考えれば控え室ですよね』
『……舞台の裏、とかあれへんのか?』
『あー……でも、それは格好付け過ぎですよ』
映し出された図と写真の前で話しているとにわかに外が騒がしくなる。本日最後の劇が終わったのだ。
『鬼さん、コードを』
『はいな』
投影機に変形している方の腕から黒い電線が伸びる。それを受け取ったベルゼブブは触角を片方引き抜き、代わりに電線の先端を頭に突き刺した。
次にベルゼブブは口を開き、刺々しい長い舌を何本も垂らす。球形に絡んでいたそれが解けると、中から人の拳ほどの丸々と太った蝿が姿を現した。
『……思ったこと言ってええか?』
『どうぞ、ただし気に入らなかったら殴りますよ』
『めっさキモい』
ベルゼブブはその正直な感想を笑って受け流すかのように見せかけ──
『……ぅらぁっ!』
──その小さな拳を酒呑の腹にめり込ませた。
『っ!? さ、さっき食ったもん出てくる……』
『こーんな美少女に大してキモいとは何事ですか! こーんな美少女に!』
『蝿吐くようなんのどこが「美」や!』
『どっからどう見ても美少女ですよ! 腹ぺこ敬語系美少女なんて最高以外の何者でもないでしょう!? ヘルシャフト様もそう言います! 貴方は女に興味無いから分からないのかもしれませんがね!』
騒ぎ出した二人を他所に、エアは扉を少し開けて蝿を外に出す。茨木が映し出しすものは蝿が見た映像に切り替わる。
食事を買ってから帰る者や、劇の余韻に浸る者でごった返している。もうしばらくは広場から人が去ることはなさそうだ。
『酒と女と人肉にしか興味無いわ阿呆!』
『あーら意外ですねぇてっきり女装筋肉ダルマが好みかと!』
『あの格好させとった方が飯狩りやすいんや! 俺の趣味とちゃうわちんちくりん!』
『へーぇ? まぁ、そういうことにしておいてあげます。そうじゃない方が嬉しいんですけど……ま、邪推してる間がなんだかんだ一番楽しいんですよね。旅行そのものより鞄に荷物詰めるのが楽しいみたいな』
『このガキっ……舐め腐ってからに……』
二人以外は皆外の映像に集中しており、彼らの喧嘩を止める者は居ない。皆、と言ってもリンとフェルは集中しているフリだ。
『呪術や魔術を扱えそうな奴は居ない、怪しい動きをしてる奴も……居ない。うーん…………あ、ねぇ、従業員控え室入れる?』
最も集中しているのはエアだ。アルと茨木は彼の意見を聞いて初めて思考する。
『うちが蝿操作してるわけとちゃいますよ』
『……蝿女! いつまでやってるの、暇潰しは暇な時にしなよ』
ベルゼブブはいつも以上に高い声で「はーい」と返し、わざとらしく可愛い子ぶった動きでエアの隣に並んだ。その途端ふらふらと飛んでいた蝿が一直線に従業員控え室へと向かう、映像の揺れも極限まで抑えられた。
『扉空いてませんねぇ、普通の蝿なら入れるんですけど……魔力増やすとどうしても大きくなりますからねぇ。あ、通気口ありません?』
『それじゃない? ほら、その……左上、そうそれ』
映像が消える──いや、暗くなって見えなくなる。蝿の羽音が通気口内に反響し、それだけが聞こえてくる。
『ところでこれどうなってるの?』
エアはそう言いながらベルゼブブの頭に刺さった電線を引っ張る。
『あ、抜かないでくださいよ。魔法の国でヘルシャフト様を待っていた時、暇に暇を極めて編み出した技です』
『悪魔は暇だからって頭に物刺すの?』
『私の子の感覚は私に繋がっていますから、それを更にこのコードを私に刺せば鬼さんに繋がります。私さえ見られれば状況把握や偵察は出来るんですけど、一応貴方達にも見せてあげないと、ねぇ』
エアの疑問は無視し、感謝を要求するという嫌がらせも行う。
『…………魔物の身体のつくり気持ち悪いね』
『義肢の性能が良いんですよ。普通なら五感なんて他人に伝えられません、そういう能力が無ければね』
映像に光が戻る。通気口を抜けたのだ。
蝿はロッカーの上に止まり、部屋を見回す。
『……ちゃんと掃除して欲しいですね』
ロッカーの上は埃まみれで、映像の下半分は灰色の綿埃と髪の毛と虫の卵で埋まっていた。蝿の脚に絡んでいるらしく、まるで車のワイパーのように映像の真ん中で脚が揺れる。
『扉は一つしかないね、外れかな』
『控え室はもう一つありますからそっちに行きましょう』
『……いや待て、ここが当たりや』
扉が開き、数人の女性従業員が入ってくる。取るに足らない内容のお喋りが聞こえてくる。
『…………何が当たりなんです?』
『分からへんか? この壁に並べられた棚に、何もない真ん中。入ってきたんは女だけ……ここは更衣室や』
『…………何が当たりなんです?』
『もう片方は男のんやろうからなぁ、そんなもん見てもしゃーない。地下室探すんはもうちょい見物してからでもええやろ?』
先程までとは打って変わって酒呑も映像に釘付けになる。ロッカーの下に降りろとベルゼブブに指図する始末だ。ベルゼブブはそんな酒呑を冷めた目で見下しつつ、綿埃の山を眺めさせた。
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