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第二十章 偽の理想郷にて嘘を兄に
帰らぬ愛し子
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ル・リエー・イミタシオン、地上の街。
とある宿の窓から魔獣と悪魔が揃って顔を出していた。
『……遅くないですか?』
『いつもならもう帰って来ている時間です』
二人の主人であるヘルがまだ帰って来ていないのだ。アルとベルゼブブはもう二時間も海を眺めている。
『どうして一人にしたんですか! ナイアーラトテップの元に行ってるんですよ!?』
『彼は人間です、魔力を見れば分かるでしょう。ですから私は一人でも大丈夫だと……暑くて…………確かに、私の落ち度です。ですが、ベルゼブブ様も……』
『私も……なんですか?』
『ベルゼブブ様も、油断していらした』
ベルゼブブは苛立ちに任せてアルの首を掴んで窓から投げ捨てる。アルは問題なく着地し、ヘルが勤めている店へと走った。
もう夜だというのにカフェは開いていた。大勢の人で賑わい、その中にはツヅラの姿も見えた。
「キミは……えっと、ヘル君の使い魔、なのかな? どうしたの?」
元気そうな顔を傾け、ライアーは不機嫌な狼に目線を合わせる。
『ヘルは何処だ』
「…………こっちが聞きたいよ。昨日急に辞めるって言い出して、今日は来てない。契約違反だよ全く……」
ライアーは眉をひそめ、虚偽の愚痴を言う。カウンターで珈琲を飲んでいたツヅラもその話に混ざる。
『今朝からずーっとグチグチゆーとんのよスーニャ。ヘルシャフト君にゆうといてな、あんま無責任なことしたあかんよって』
『来ていない? だが、ヘルは朝……』
確かに店に行くと言って宿を出た。だが、ヘルの魔力はこの店には感じない。違和感は海の中に入った時から感じていた。ヘルの魔力の痕跡を水中で全く見つけられなかった。
アルは不自然な点を頭の中に並べて、解決出来ない苛立ちを込めて後ろ足で首を掻いた。
『ヘルシャフト様が昨日辞めたぁ? 下手な嘘ですねぇ、そんなこと私は聞いてませんよ。とっととどこに隠したか吐いたらどうです』
ベルゼブブはいつの間にかツヅラの隣に座ってオレンジジュースを飲んでいた。
「……行き先を知らされてないのは、キミ達が信頼されてないからじゃないの」
『なんですって? 言ってくれますね外来種が偉そうに』
『ベルゼブブ様、ヘルの魔力はここには感じません。この者達は本当の事を言っています』
『…………ライアー、とか名乗りましたっけ貴方。そのままですね、嘘吐き野郎の話を誰が信用するんですか』
アルの制止を無視してベルゼブブはライアーに掴みかかるが、その腕をツヅラが握る。ライアーは胸倉を掴まれたまま、声色を変えずアルに話しかける。
「神降の国に行きたいって言ってたし、そっちにいるんじゃない?」
『……そうかもな』
アルは自分に黙ってヘルが自発的に行動するとは思えなかった。だが、ヘルがこの街にいないのは事実だとも思っている。自分に魔力の痕跡が見つけられないはずがないと自負している。
ベルゼブブはナイへの恨みに盲目になっている、ベルゼブブとこのまま行動するのは危険だ。アルはそう判断し、店を出た。
『離してくれません? 貴方はまだ殺す気はないんですけど』
ベルゼブブはツヅラを睨みつける、それが間違いだった。無数の赤い瞳と魚のように飛び出た瞳、その視線が完全に交わると、ベルゼブブは手をストンと落とした。
「……ボクはヘル君の様子を見てくるよ。竜一君、後はお願い」
ライアーは服を整え、店の奥に引っ込む。
『仰せのままに…………ニャル様』
ツヅラは全てを拒絶するように閉じられた扉に言葉を投げ、ベルゼブブを見つめたまま他の客に向かってしっしと手を振る。巻き込まれたくなければ去れ、と。
『……我が主よ、御力をお貸しください』
ベルゼブブの触角を掴んで引き寄せ、額同士を触れさせる。
『外来種がっ……図に乗らないでくださいよぉっ……! 頭から、丸呑みにしてやるっ……』
『人界に上がった悪魔は浜に打ち上げられた魚みたいなもん、そんな魔力もあらしまへん』
にぃと歪んだ口の端からは鋭い牙が見えた。
『るっせぇよ雑魚が…………あぁ、今なら蛸野郎に聞こえてんですかぁ? 刺身にしてやるから出てきなさいよ。こいつは前菜で……てめぇは主菜にしてやりますからぁ……』
ベルゼブブの拳がツヅラの腹にめり込み、ツヅラは壁に叩きつけられる。
ベルゼブブはその隙にちぎれた触角を再生させ、逃げ遅れた客を喰らった。
人界で悪魔は魔力の消耗が激しい、ましてや戦闘をするとなれば四六時中人を喰らい続けなければならない。だが、ベルゼブブはこのところ食事と呼べる食事をしていない。
『いったいわぁ、けど……耐えれんほどとちゃう。やっぱ弱っとるねぇ』
『黙れ……黙れ、黙れぇぇ! 雑魚にゃ用はねぇんですよ! とっとと死ね!』
『おーおー、言葉遣いぐっちゃぐちゃ。思たより効いてはるなぁ。ま、俺にとっちゃええことやけど』
イロウエルとの交戦でもそうだったが、ベルゼブブは精神攻撃に弱い。それはトラウマに似た失敗によるもので、彼女自身がその弱さを認めないからいつまで経っても治らない。
『……人の栄光はやがて終わる。その時悪魔は残らず魔界に戻る。人界を我が主に明け渡す日は近い』
『ハッ……一度追いやられた雑魚が粋がるな』
『せやね、主はまだ封じられたまま……やけどその夢は俺が伝える。さぁ……同じ夢を見ろ、蝿の王』
『てめぇは……てめぇら外来種は、このベルゼブブ様が直々にぶっ殺してやりますよっ! 人界は私の食料庫なんですからぁ!』
『星の動きを止められる者などいない、せいぜい今を楽しむといい……やって。せいぜい頑張りや、在来種はん』
ツヅラは開け放たれた扉をくぐり、店の外へ。首飾りを捨て下半身を魚に変え、都市を抜け海を泳いでいく。
ベルゼブブは頭を抑えたまま、消耗した魔力を取り戻す為に客の残骸を呑み込んだ。
だが、それは逆効果だ。深き者はベルゼブブの言うところの外来種、彼女が吸収できる魔力は持っていない。
『あぁ、不味い……腹が、減った…………身体が、崩れ……腹、減った……』
少女の姿が歪む、巨大な蝿へと変貌する。真の姿を現したベルゼブブは咆哮を轟かせ、空腹を訴えた。
とある宿の窓から魔獣と悪魔が揃って顔を出していた。
『……遅くないですか?』
『いつもならもう帰って来ている時間です』
二人の主人であるヘルがまだ帰って来ていないのだ。アルとベルゼブブはもう二時間も海を眺めている。
『どうして一人にしたんですか! ナイアーラトテップの元に行ってるんですよ!?』
『彼は人間です、魔力を見れば分かるでしょう。ですから私は一人でも大丈夫だと……暑くて…………確かに、私の落ち度です。ですが、ベルゼブブ様も……』
『私も……なんですか?』
『ベルゼブブ様も、油断していらした』
ベルゼブブは苛立ちに任せてアルの首を掴んで窓から投げ捨てる。アルは問題なく着地し、ヘルが勤めている店へと走った。
もう夜だというのにカフェは開いていた。大勢の人で賑わい、その中にはツヅラの姿も見えた。
「キミは……えっと、ヘル君の使い魔、なのかな? どうしたの?」
元気そうな顔を傾け、ライアーは不機嫌な狼に目線を合わせる。
『ヘルは何処だ』
「…………こっちが聞きたいよ。昨日急に辞めるって言い出して、今日は来てない。契約違反だよ全く……」
ライアーは眉をひそめ、虚偽の愚痴を言う。カウンターで珈琲を飲んでいたツヅラもその話に混ざる。
『今朝からずーっとグチグチゆーとんのよスーニャ。ヘルシャフト君にゆうといてな、あんま無責任なことしたあかんよって』
『来ていない? だが、ヘルは朝……』
確かに店に行くと言って宿を出た。だが、ヘルの魔力はこの店には感じない。違和感は海の中に入った時から感じていた。ヘルの魔力の痕跡を水中で全く見つけられなかった。
アルは不自然な点を頭の中に並べて、解決出来ない苛立ちを込めて後ろ足で首を掻いた。
『ヘルシャフト様が昨日辞めたぁ? 下手な嘘ですねぇ、そんなこと私は聞いてませんよ。とっととどこに隠したか吐いたらどうです』
ベルゼブブはいつの間にかツヅラの隣に座ってオレンジジュースを飲んでいた。
「……行き先を知らされてないのは、キミ達が信頼されてないからじゃないの」
『なんですって? 言ってくれますね外来種が偉そうに』
『ベルゼブブ様、ヘルの魔力はここには感じません。この者達は本当の事を言っています』
『…………ライアー、とか名乗りましたっけ貴方。そのままですね、嘘吐き野郎の話を誰が信用するんですか』
アルの制止を無視してベルゼブブはライアーに掴みかかるが、その腕をツヅラが握る。ライアーは胸倉を掴まれたまま、声色を変えずアルに話しかける。
「神降の国に行きたいって言ってたし、そっちにいるんじゃない?」
『……そうかもな』
アルは自分に黙ってヘルが自発的に行動するとは思えなかった。だが、ヘルがこの街にいないのは事実だとも思っている。自分に魔力の痕跡が見つけられないはずがないと自負している。
ベルゼブブはナイへの恨みに盲目になっている、ベルゼブブとこのまま行動するのは危険だ。アルはそう判断し、店を出た。
『離してくれません? 貴方はまだ殺す気はないんですけど』
ベルゼブブはツヅラを睨みつける、それが間違いだった。無数の赤い瞳と魚のように飛び出た瞳、その視線が完全に交わると、ベルゼブブは手をストンと落とした。
「……ボクはヘル君の様子を見てくるよ。竜一君、後はお願い」
ライアーは服を整え、店の奥に引っ込む。
『仰せのままに…………ニャル様』
ツヅラは全てを拒絶するように閉じられた扉に言葉を投げ、ベルゼブブを見つめたまま他の客に向かってしっしと手を振る。巻き込まれたくなければ去れ、と。
『……我が主よ、御力をお貸しください』
ベルゼブブの触角を掴んで引き寄せ、額同士を触れさせる。
『外来種がっ……図に乗らないでくださいよぉっ……! 頭から、丸呑みにしてやるっ……』
『人界に上がった悪魔は浜に打ち上げられた魚みたいなもん、そんな魔力もあらしまへん』
にぃと歪んだ口の端からは鋭い牙が見えた。
『るっせぇよ雑魚が…………あぁ、今なら蛸野郎に聞こえてんですかぁ? 刺身にしてやるから出てきなさいよ。こいつは前菜で……てめぇは主菜にしてやりますからぁ……』
ベルゼブブの拳がツヅラの腹にめり込み、ツヅラは壁に叩きつけられる。
ベルゼブブはその隙にちぎれた触角を再生させ、逃げ遅れた客を喰らった。
人界で悪魔は魔力の消耗が激しい、ましてや戦闘をするとなれば四六時中人を喰らい続けなければならない。だが、ベルゼブブはこのところ食事と呼べる食事をしていない。
『いったいわぁ、けど……耐えれんほどとちゃう。やっぱ弱っとるねぇ』
『黙れ……黙れ、黙れぇぇ! 雑魚にゃ用はねぇんですよ! とっとと死ね!』
『おーおー、言葉遣いぐっちゃぐちゃ。思たより効いてはるなぁ。ま、俺にとっちゃええことやけど』
イロウエルとの交戦でもそうだったが、ベルゼブブは精神攻撃に弱い。それはトラウマに似た失敗によるもので、彼女自身がその弱さを認めないからいつまで経っても治らない。
『……人の栄光はやがて終わる。その時悪魔は残らず魔界に戻る。人界を我が主に明け渡す日は近い』
『ハッ……一度追いやられた雑魚が粋がるな』
『せやね、主はまだ封じられたまま……やけどその夢は俺が伝える。さぁ……同じ夢を見ろ、蝿の王』
『てめぇは……てめぇら外来種は、このベルゼブブ様が直々にぶっ殺してやりますよっ! 人界は私の食料庫なんですからぁ!』
『星の動きを止められる者などいない、せいぜい今を楽しむといい……やって。せいぜい頑張りや、在来種はん』
ツヅラは開け放たれた扉をくぐり、店の外へ。首飾りを捨て下半身を魚に変え、都市を抜け海を泳いでいく。
ベルゼブブは頭を抑えたまま、消耗した魔力を取り戻す為に客の残骸を呑み込んだ。
だが、それは逆効果だ。深き者はベルゼブブの言うところの外来種、彼女が吸収できる魔力は持っていない。
『あぁ、不味い……腹が、減った…………身体が、崩れ……腹、減った……』
少女の姿が歪む、巨大な蝿へと変貌する。真の姿を現したベルゼブブは咆哮を轟かせ、空腹を訴えた。
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